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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第七章 創造者たち
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墓標なき埋葬

ヘーゲルシュタインの計略に屈するダガー。


「リンクス、こっちに来い」


 スーツの足を駆け上がるようにコクピットに搭乗したダガーに、ヘーゲルシュタインが手招きする。ダガーはリンクスをヘーゲルシュタインの正面に片膝を(ひざまず)かせてから、うやうやしく頭を下げた。


「軍曹、コクピットを開けろ」


 ヘーゲルシュタインの命令通り、コクピットを開ける。リンクスの操縦席に座るダガーと、仁王立ちで見上げるヘーゲルシュタインの視線が交錯した。


「軍曹、イヤホンの周波数を変えて、中佐とこそこそ話をしていたようだが、何を企んでいるのかね?おおかた、私を捕縛する相談でもしていたのだろう」


 疑い深げな表情で()め付けるヘーゲルシュタインに、ダガーは首を振った。


「いいえ(ノー・サー)。中佐には、少将に従うよう、仰せになりました」


「本当かね?」


 疑心を露わにしたヘーゲルシュタインが、自分の胸に装着してある四角い装置を指差した。


「これを見ろ。この装置が中佐の胸にも装着してあっただろう。これは基本、兵士の身体を防護するのだが、敵もろとも自爆する為のTNT火薬も内蔵されている」


 ヘーゲルシュタインは、折り曲げた人差し指で装置を軽く小突いた。


「この装置は中佐の装置と連動させておいた。私の心臓が停止した途端、即座にブラウンの装置が自爆するよう設定してある。軍曹、もし君が私をスーツの拳で叩き潰した途端、ブラウンの身体は吹き飛び、小さな肉片となって飛び散るぞ」


 表情は変わらないが、瞳に動揺の色を浮かべたダガーに、ヘーゲルシュタインが勝ち誇ったように言葉を続けた。


「ダガー、今から君を私の直属の部下とする。イヤホンの周波数は私だけに限定しろ。ブラウン及び他のスーツ隊との会話は一切許可しない。ウェルク、君がダガーと通信出来るのはここまでだ」


 ブラウンのイヤホンに、ダガーからの通信が切れる音がした。


「何なりと命令をお言いつけ下さい、少将閣下」


 リンクスのコクピットの中で深く(こうべ)を垂れたダガーに、ヘーゲルシュタインは満足げに頷いた。


「君は物分かりが良い男だな。助かるよ、軍曹。早くノイフェルマンの死体を片付ろ」


「承知致しました」


 ヘーゲルシュタインに一礼したダガーはコクピットを閉じると、アスファルトに仰向けになって倒れているノイフェルマンの遺体をリンクスの左手ですくい上げた。


「中将をどこに埋葬しますか」


「そうだな…」


 ヘーゲルシュタインは、アスファルトで舗装された幹線道路から広大な荒れ地を見渡した。

 プロシアの東部の州から集められた資源や物資を直接ガグル社へと運搬するバイパス道路である。運搬時間を短くする為に岩山を削り、痩せた荒れ地に道を通した。

 この辺境の地で、ノイフェルマンの親衛隊と戦闘になったのは、天の導きだろう。ヘーゲルシュタインはそう思わずにはいられなかった。


(いいや、怨念か。戦域で死んでいった数知れない兵士の魂が、ノイフェルマンを戦域のようなこの地に呼び寄せたのだ)


「道路から離れた所に穴を掘れ」


 遠くを見つめるような眼差しで、ヘーゲルシュタインは草がまばらに生える場所を指差した。リンクスが示された場所へと向かう。


「そこでいい」


 命令に、リンクスが足を止める。


「穴を掘れ、ダガー。人の手では到底掘り起こせないくらい、深い穴をな」


 リンクスが両手で地面をかき分けるように穴を掘り出した。あっという間にリンクスの肩まで深さまで掘り進めると、ノイフェルマンの遺体を穴の底にそっと横たえる。


「ノイフェルマン閣下。不本意でしょうが、ここで安らかにお眠りください」


 ダガーはコクピットの中で頭を下げて弔いの言葉を呟いてから、こと切れたノイフェルマンの顔を見た。

 眉を険しく眉間に寄せ、口を真横に引き結び、閉じた両眼の目尻が引き攣っている。

 ヘーゲルシュタインの命を奪う瞬間に運命が逆回転した時の驚愕が、そのまま死に顔に張り付いていた。


「余計なことはするな、ダガー!早く土を被せろ!」


 穴の前で跪いているリンクスに、ヘーゲルシュタインが大声を放つ。ダガーは近くに生えていた野草の白い花をリンクスの指で器用に摘み採ると、ノイフェルマンの胸の上に手向けた。


「埋葬はするが墓標は立てぬ。独裁者の末路にふさわしいと思わんか?ノイフェルマン、風となってこの荒れ地を永遠に彷徨うがいい」


 道路の端に立って愉快そうに笑っているヘーゲルシュタインに、ブラウンは眉を顰めた。


「中佐、お怪我はありませんか?」


 ライフルを担いだビッグ・ベアがブラウンの後ろに直立した。キキとガルム1も、ブラウンを護衛するように左右に陣取る。


「ドローンは?」


「ドロイドに格納されました。申し訳ありません、中佐。奴らの攻撃力を甘く見ました」


「気にするな。あの形状のドローンと戦うのは初めてだからな」


 恥じ入るように声を落とすビルに、ブラウンは労いの言葉を掛けた。押し黙ったビルに、今の言葉が慰めになっていないと気付く。


「伍長、ノイフェルマンが死んだ今、こんな場所で戦闘を繰り広げても意味がない。貴重な火器を消耗するだけだ」


「中佐の仰る通りです。やっと補給された武器を無駄に使いたくはありません」


 円盤型ドローンが姿を消した空を見上げながら、ビック・ベアが頷いた。


「酷いな。同軍の兵士をこんな風に殺すなんて…」


 胴から真っ二つに切り離された兵士の死体に、ジャックが声を震わせる。ビッグ・ベアのコクピットが開いて、ビルが上半身を表した。


「中佐、いつでも少将を撃てます。命令して下さい」


 怒りの籠ったビルの息遣いが、イヤホン越しに伝わってくる。


「伍長、銃をしまえ」


 思わぬ返答に、ビルの眉尻が跳ね上がった。


「何故です?あいつは連邦軍総司令官を殺した重罪人ですよ?」


「ビル、ちょっとは頭を使いなさいよ」


 ハナが怒ったようにビルを諫めた。


「軍曹が何故、隙だらけの少将の命令を大人しく聞いているか、あなたには分からないの?」


「え?…まさか、どっかに爆弾でも仕掛けてあるってか?」


 ビルがビッグ・ベアの上からきょろきょろと目を動かした。


「ハナさん、それって、もしかして…」


「そうよ、ジャック。あのヴァリル・ダガーが、唯唯諾諾になるような対象物に、ね」


 ジャックがガルム1の顔をブラウンに向ける。


「くそっ」


 険しい視線をリンクスに据えたまま身動き一つしないでいるブラウンに、ビルは拳銃から手を離した。

 ノイフェルマンを埋葬し終えたダガーが戻って来て、ヘーゲルシュタインの前にリンクスの片膝を付かせた。


「閣下、路上の遺体も埋葬してやりたいのですが」


「いいだろう。このまま死体を放置して動物の餌にするほど、私は残酷な人間ではない。曲がりなりにも彼らはプロシアの国防軍の兵士だ。敬意は払わなければならん。だが、いくつも穴を掘っている時間はない。死体は戦車の中に放り込んでおけ」


「御意」


 ダガーはリンクスの指で戦車のハッチを開けてから、胴と腰が分かれた死体を次々と入れていった。


「大変なことになりましたね、中佐」


 キキのコクピットが開いた。久しぶりに聞くハナの涼やかな声が愁いを露わにしている。

 ブラウンと視線の合った黒い瞳が、困惑に揺れている。これから先に起こる事態がどれだけ深刻なものか、ハナは理解しているのだろう。


「ああ、そうだ。プロシアに軍及び政治的空白が生まれてしまった。それも、アメリカ軍とガグル社にミサイル攻撃されて首都機能が麻痺している、最悪の事態でだ」


「ノイフェルマン中将の死がヨーロッパ中に知れ渡るのも時間の問題でしょう。軍事同盟との戦争で仕方なく結びついていた連邦国家は、内乱が飛び火するのを恐れて合同軍をすぐに解除。混乱に乗じてポーランド州を筆頭に、各州がプロシアから独立しようとしますよ」


「君の言う通りだよ、フロイライン」


 ブラウンとハナの会話に耳を挟んだヘーゲルシュタインが、口を割り込ませながら近づいて来た。


「プロシアはエンド・ウォーで疲弊した近隣諸国を救済するとの名目で、肥沃な土地を併合して国土を広げてきた。旧国名ポーランドやハンガリー、チェコなどの州に反旗を翻されたとしても、当然の結果と言えるだろう」

 

 意気揚々と解説するヘーゲルシュタインに、ハナは表情を強張らせた。 


「少将にお聞きしたいことがあります。粛清した中将の代わりに、少将がプロシアを統治するのですね?閣下がもたらしたプロシア国家の混乱です。あなたが収束させる責任がある」


 スーツの上から舌鋒を放つハナに、ヘーゲルシュタインが肩を竦めた。


「今後、プロシアがどうなろうと私の知った事ではないのだよ、ハナ・サトー。」


 ハナが息を飲んだのを見て、ヘーゲルシュタインは口角をゆったりと持ち上げた。


「私はこの国の貴族どもが死ぬほど憎いのだ。だから、奴らの地位を尽く崩壊させる為に、親玉のノイフェルマンを殺したのだ。そんなことより、ご覧なさい。エンド・ウォーで滅びた、東に位置した島国の忘れ形見の美しいお嬢さん。もうすぐ陽が沈む。こんな荒れ地でも、何と夕陽の美しいことよ。燃えるような空が、お嬢さんの艶やかな黒髪によく映える」


 求愛するかのようにハナに差し伸べたヘーゲルシュタインの手に、血まみれの拳銃が握られている。


「待たせたな。ウェルク、君をアシュケナジに引き渡しに行くとしよう」


 ヘーゲルシュタインは拳銃を構えながら大股に歩み寄ると、ブラウンの手からサブマシンガンをもぎ取った。



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