友に捧げる哀歌(バラード)・2
ヘーゲルシュタインとノイフェルマンの運命の結末は…。
ここのところ、書き直しが多いです(-_-;)
どうもすいません<(_ _)>
リンクスの攻撃に、原形を留めないほど頭を撃ち抜かれたドロイドが両腕をだらりと落とした。最後の仕上げとばかりに、ダガーは首の根元に銃弾を撃ち込んでドロイドの頭を胴体から吹っ飛ばす。
頭を失ったドロイドが戦車に覆い被さるように倒れ込んだ。車両の前がドロイドの重量で沈み、後方のキャタピラが浮き上がる。車体後部の搭乗口から乗員が一人ずつ飛び出してくる。
「砲手、操縦手、装填主、射撃手」
ヘーゲルシュタインが兵士達を指差しながら点呼する。
「射撃手は肩を撃ち抜いてやったから、銃を撃てるのは三人か」
「四人です」
鋭い声に、ヘーゲルシュタインが後ろを振り向く。銃口を向けたダガーが足早に接近して来るのが目に入った。
「ダガー軍曹!猫のように素早い奴だな。いつの間にスーツから降りたんだ?」
目を怒らせて自分を睨み付けるヘーゲルシュタインを、ダガーは瞬きもせず見据えた。
「ヘーゲルシュタイン少将、今すぐ中佐を開放して頂きたい」
「ふむ。それは私の意に適う提案だ」
バイザーを額に上げたダガーの鬼気迫る表情に、ヘーゲルシュタインが破顔した。手にした銃をベルトに差し込むと、まるでダガーを歓迎するかのように胸の前で両手を広げる。
「ダガー、私は君と撃ち合うつもりはない。早くブラウンを安全な場所に連れて行け」
ダガーはホルスターに銃を仕舞うとブラウンの後ろ手の拘束を解いてから、その背に手を回してゆっくりと立ち上がらせた。
「お怪我はありませんかと言いたいところですが、酷い顔だ。随分と殴られたようですね」
「戦車の中で、少将と取っ組み合いの喧嘩をしたからな」
青痣が浮かぶ頬と顎を眉を顰めながら眺めるダガーに、ブラウンは苦笑した。
「…命を奪われなかっただけ、まし、ですか」
ダガーはヘーゲルシュタインを一瞥すると、足元をふらつかせるブラウンを、片膝と両拳をアスファルトに付けて屈んでいるリンクスまで歩かせた。
「銃を捨てろ、ヘーゲルシュタイン!」
戦車の上でぴくりともしないドロイドに安堵したのだろう。四人の兵士がダガーと入れ替わるように腰の拳銃を引き抜いて、ヘーゲルシュタインを取り囲んだ。
「おかしな真似をしたら、躊躇なく撃つ!」
ヘーゲルシュタインの額に照準を当てている兵士が憎々しげに声を張り上げた。
「了解だ」
そう言ってヘーゲルシュタインは、手と腰の二丁の銃を右と左に高く放り投げた。アスファルトに落ちた銃が、乾いた金属音を立てる。
四方から自分を取り囲む四人の兵士をつまらなそうに見回してから、ヘーゲルシュタインは戦車に向かって大声を張り上げた。
「出てこい、ノイフェルマン。何を恐れている?私は丸腰でお前の部下に包囲されているんだぞ。それともα・ωの攻撃に腰を抜かして動けなくなったのか?」
「いらぬ心配だ」
搭乗口から姿を現したノイフェルマンが、ゆっくりと戦車から降りて来た。
「車長、いや、中将殿が、やっとお出ましになった」
銃を構えた兵士の脇に並んだノイフェルマンは、両手を上げて笑っているヘーゲルシュタインに氷のような冷たい視線を向けた。
顎を引いて背筋をまっすぐに伸ばす姿は紛れもなく軍人だが、丁寧に櫛を入れられた赤い髪は一筋も乱れもない。高級スーツと見紛う軍服に身を包んだ格好は、大貴族の何ものでもなかった。
戦闘車の操縦桿を奪うべく兵士を撃ち殺し、恐ろしく狭い車内でブラウンと格闘した灰色の髪は乱れに乱れ、皺くちゃになった実戦用の迷彩服に血が飛び散っているヘーゲルシュタインとは、何もかもが対照的である。
「何だ?そのチャラチャラした服装は?」
顰め面に表情を変えたヘーゲルシュタインが、頓狂な声を上げた。
「まるで舞踏会に行くような装いだな。ノイフェルマン、ここは戦場だぞ。そんな格好で戦闘指揮を務めるとは。呆れるにも程がある」
「私が正装してきた理由を教えてやろう。フランツ、何もない荒涼としたこの地で君を処刑して、亡骸を人知れず葬る為だよ」
ノイフェルマンは抑揚なく喋ると、さっと右手を上げた。
「撃て!」
最高指揮官の合図に、四人の兵士がヘーゲルシュタインに向かって一斉に銃弾を放つ。
パンッパンッと発砲する音が、幾度となく山に反響した。
「何故、倒れない?」
薬莢が空になるまで撃った兵士が、何事もなく立っているヘーゲルシュタインに顔を青くした。他の兵士も唖然とした表情でヘーゲルシュタインを眺めている。
「もう弾丸が尽きたのか?」
悪魔のような笑いを浮かべたヘーゲルシュタインが、足元に落ちている銃弾を蹴飛ばしながら、兵士に向かって足を踏み出した。
「ひっ」
「化け物!」
拳銃に弾倉を装填するのも忘れて、兵士達が後退る。
「一体、どうなっているんです?」
拳銃からサブマシンガンに持ち替えたダガーが、リンクスの腕に背を凭れ掛けたブラウンに尋ねた。
「ヘーゲルシュタインは、肉眼では見えないシールドフィルムで身体を覆っているんだ。原理は分からんが、ガグル社製の最新式プロテクターらしい。実は私にも装着されている」
ブラウンは軍服の胸に張り付いている薄い箱をダガーに見せると、ポケットにしまっておいた銃弾を取り出した。
「ヘーゲルシュタインに十センチの距離から拳銃で撃たれた時の弾だ。フィルムのお陰で銃弾は私の身体を貫通しないまま下に落ちた。痛みはさすがに相当なものだったが」
「こいつで狙い撃ちしても無理ですか」
弾頭が潰れた拳銃の弾に、ダガーは構えていたサブマシンガンを下ろした。
「さて、雑魚にはそろそろ消えて貰うとしよう」
ヘーゲルシュタインの右人差し指が左腕をタップした。戦車に身を横たえたドロイドの二の腕が微かに持ち上がった、次の瞬間。
後退する兵士達の腰の辺りに白刃の閃光が放射状に走った。一瞬で二つに切り裂かれた四人の身体がアスファルトに散乱するのを見て、ダガーとブラウンは息を飲んだ。
「ドロイドの自律機能を解除して手動で動かした。とは言っても、頭を吹っ飛ばされているから、動くのは片腕だけだが」
ヘーゲルシュタインは、アスファルトに投げ捨てた拳銃を拾い上げた。トリガーに指を掛け、兵士の血に染まった銃口をノイフェルマンの正面に向ける。
「一発で、あの世に送ってやる」
無言のまま、真正面から自分を睨み据えているノイフェルマンの心臓目掛けて、ヘーゲルシュタインは銃弾を撃ち込んだ。心臓を貫いた弾丸が背中に抜ける。血飛沫を上げながらノイフェルマンが仰向けに倒れた。
「さらばだ、ハインリヒ。我が友よ」
ノイフェルマンの傍らに片膝を付いたヘーゲルシュタインは、かっと見開いたままの両眼を指でそっと閉じてから、数秒間、黙とうを捧げた。
「ハインリヒをこのまま道路に捨て置くのはさすがに忍びない。軍曹、リンクスで墓を掘れ。見ろ、部下達の旗色が悪いぞ。私の命令を聞くなら、戦闘ドローンをドロイドに戻してやる」
突き出した顎を山に向けながら、ヘーゲルシュタインが血だらけの拳銃でダガーを手招きする。
「どうしますか?」
ブラウンは山で銃撃戦を繰り返している三体のスーツに目をやった。ヘーゲルシュタインの言う通り、ビッグ・ベアとキキ、ガルム1は円盤型ドローンに苦戦している。
「あの山でドローンと戦うには足場が悪過ぎる。ダガー、ノイフェルマンの墓を掘ってやれ。私の事は心配しなくていい」
シールドフィルムの装置を指差したブラウンにダガーは頷いて、その手にサブマシンガンを渡した。




