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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第七章 創造者たち
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合流・2

スーツに武器を積み終えたケイはジャック、ダンと共に、ダガーの元へと急ぐ。


ヘーゲルシュタインが行動を起こすのを少しでも遅らせようと、ブラウンは会話を続けるが…。


「待って下さい!ヘーゲルシュタイン少将が敵って、どういうことですか?!」


 ジャックの言葉に衝撃を受けたケイは、フェンリルの手を伸ばしてドーベルマンの形状でいるガルム1の細い尻尾を掴んだ。


「少将は、装甲車の搭乗員と中佐を人質にして、たった一人で謀反を起こした。ケイ、手を離せ。これ以上説明している暇はない」


 鞭のようにしなったガルム1の尻尾が、フェンリルの手からするりと抜けた。


「一刻も早く軍曹達に銃を届けなければ、俺達に戦う術はない」


 そう言うと、ジャックはガルム1をロケットスタートさせた。


「中佐達の命が危ないだって?」


「そうだ。ベルリンに向かう途中の装甲車内で、ヘーゲルシュタインに人質に取られた」


 ヘルメットに送信されたダンの声に、ケイは背後にいるガルム2を振り返った。


「少将が自分の腹心の部下を人質にしている?そんなバカな話があるもんか!」


 混乱するケイに、ダンはシェパードの形状になっているガルム2の鼻先をフェンリルの鼻先と並べた。


「時間がないから、走りながら説明してやる。軍曹達との合流地点まで一気に駆けるぞ。

ケイ、俺の後に付いて来い」


 先に走り出したガルム1を追って、ガルム2が高速走行を始めた。フェンリルもガルム2の後方にぴたりと付いて疾行する。バックモニターを見ると、運転席から顔を覗かせた兵士が手を振っているのが分かった。


「武器を運んでくれてありがとう」


 ケイは挨拶代わりにフェンリルの尻尾を兵士に向かって大きく振った。彼らか気付いたかどうか分からないまま、幹線道路に停車している武器輸送のコンテナ車が瞬く間に小さくなっていく。


「ダン、何があったか、早く説明してくれ」


 ガルム2が立てる砂埃がフェンリルの顔にかからないように斜め後ろを走りながらケイが尋ねる。


(おおむ)ね、ジャックさんの言った通りだ。それで、たった一人でプロシアに反逆を起こしたヘーゲルシュタインは、ガグル社の最新兵器でベルリンを破壊しようと企んでいるらしい。ヘーゲルシュタインの攻撃をスーツ隊で阻止せよと、ベルリンの国防軍から軍曹に直接命令が下ったんだ」


 ダンの話にケイはますます混乱した。


「自分の生まれ育った国を滅茶苦茶にしたい程、少将はプロシアを恨んでいたっていうのか?」


 その心境がどうしても理解出来ない。ケイは、首を力なく横に振った。


「それにしても、ガグル社の行動は支離滅裂じゃないか。プロシア軍に協力して生体スーツの最


 新技術を供与したのに、今度は少将と一緒になってベルリンを破壊しようとしているなんて…。どうしたらそんな事になるのかな?」


「俺が答えられる訳ないだろ。とにかく急ぐぞ。ガルム1に距離を開けられると、後で伍長から大目玉を食らっちまう」


 数キロ先を走るガルム1が送ってくるロードポイントを追って、ガルム2とフェンリルはダガーとビル、ハナの待つ場所へと、ただひたすらに走り続けた。


 



 金属板でアスファルトを削るような音を立てながら、超大型コンテナ車が直進して来る。

 ブラウンの背丈を優に超える巨大なタイヤが、ゆっくりと回転を止めた。胡坐を掻いている場所から三メートル程の距離で停車したコンテナ牽引車の運転席を、ブラウンは痛いくらいに首を仰け反らせて見上げた。運転席に人の姿はない。


(完全自動運転で、ここまで走行して来たのか…。キキのレーダーが感知したのはこのコンテナで間違いなさそうだ)


 小高い丘のようにそびえ立つコンテナに目を凝らす。同時に、青い空が視野に入った。

 真っ青な空にぽつんと浮かんだ黒い点に、ブラウンは視線を縫い留めた。


(あれは?)


 身動(みじろ)ぎもせずにコンテナを凝視するブラウンに、へーゲルシュタインが満足そうに目を細めた。


「このコンテナは、私が君の拘束に成功した暁にはアシュケナジから供与されることになっていたものだ。アシュケナジが信頼できる男だと分かって、何よりだ」


「中身は、ガグル社が開発した兵器です、よね?」


「分かり切ったことを聞くのは野暮の極み」


 虚ろな声で問い掛けるブラウンに、ヘーゲルシュタインが鼻を鳴らした。


「コンテナ内部に満載されている兵器をベルリンに放って、ノイフェルマン一派を皆殺しにしてやる。ノイフェルマンに追従した他の貴族政治屋もだ。奴らを一瞬で死なせるような温情は私にはないからな」


 陰湿な笑い声がヘーゲルシュタインの喉の奥からせり上がった。


「奴らがベルリンの中枢機関付近に構えている贅を尽くした豪邸を柱一本残すことなく焼き尽くし、失意のどん底に叩き落としてやるのだ」


(この場所からノイフェルマンを攻撃する?だとすると、彼らの隠れていそうな場所を狙撃ちにするつもりだな)


 ならば、コンテナに格納されている兵器は、高性能センサーを備えた小型ミサイル、もしくは焼夷弾の可能性が高い。


「プロシアが軍の独裁から民主国家に戻るのなら、貴族軍人や似非為政者達にミサイルをお見舞いしても一向に構いませんよ。しかし、自国の一般市民を巻き添えにするのは、軍の高官の行動としては如何なものか?」


「革命に犠牲は付きものだ。歴史の転換点で、どれ程の罪なき人命が露と散ったか、ウェルク、お前が知らぬ筈はないだろう」


 ヘーゲルシュタインが厳かに言った。

 口調とは裏腹に、憤怒に染めた顔をブラウンに向ける。その悪鬼となった表情に、ただ一人の友と信じていたノイフェルマンに裏切られた失望と怒りが、大量殺人をも辞さないまでに膨れ上がているのを知って、ブラウンは改めて戦慄した。

 この話を続けたところで、ヘーゲルシュタインの意志を変えられそうにはない。そう、ブラウンは悟った。


「私をアシュケナジに引き渡すのに指定された場所はどこですか?」


 唐突に話題を変えたブラウンに、一瞬、訝し気に眉根を寄せたヘーゲルシュタインだが、すぐに先程の余裕のある表情に戻った。


「指示された座標にお前を連れて行くのは、ベルリンを壊滅させた後だ」


 ヘーゲルシュタインが顎を少し動かした。その、無意識の行動で、アシュケナジがどの方面から来るのか理解した。


(南を向いたな。やはり、ルクセンブルクではないようだ)


 ルクセンブルク。その小さな公国にガグル社の本社がある。


(いいや、あったと、過去形にすべきだな)


 誰もが畏怖する超高層ビルは一時間ほど前、アメリカ軍によって空から放たれた高出力レーザーで粉砕されて地上から消滅したからだ。


(ならば、アシュケナジは、どこから現れるのだ?)


 気付かれぬように辺りを見渡す。だが、何かがこちらに向かって来る気配は全くなかった。

 時間を稼げば、この絶望的とも思える窮地を打開出来るかも知れない。その可能性に賭けて、ブラウンは挑むように口を開いた。


「それで少将、コンテナ車の兵器がベルリンに向かって飛び出すのはいつですか?それから、貴方はさっきヤガタに戻ると言ってましたね。もしかして、アシュケナジもヤガタに同行するのですか?ところで、彼はいつ姿を現すのです?ヨーロッパを牛耳る男がどんな男なのか、とても興味が沸きますよ」


「うるさい奴だ。この期に及んで、べらべらとよく喋りおる」


 次々と質問をぶつけてくるブラウンが癪に障ったのか、ヘーゲルシュタインが苛立ったように眉を上げた。


「だが、あと少しでノイフェルマンが死ぬと思うと、すこぶる気分がいい。だから特別に、一つだけ教えてやろう。コンテナだよ。これ自体が完全自律兵器になっているのだ」


「コンテナが、完全自律兵器…」


 己の言葉をなぞるブラウンに、ヘーゲルシュタインが深く頷いた。


「そうだ。コンテナが開かなければ、ウェルク、お前の身柄は私に拘束されたままとなる。アシュケナジが約束を反故にするなら、お前はこの場で私に頭を撃ち抜かれて殺される」


 軍服の裾を持ち上げたヘーゲルシュタインは、ズボンのベルトに差し込んだベレッタを一撫でした。


「だから、さっさと口を閉じて、アシュケナジが私との契約を破らないように祈っているんだな」


「やれやれ」


 ブラウンは皮肉めいた表情を作って、長々と息を吐いた。


「ご命令通り口は閉じますが、これだけは喋らせて下さい。平民出身の軍人の命は、あなた方貴族軍人の命と比べれば空気よりも軽いものなのだと、限定戦域に配属されて心底痛感しました。それがどうだ。私の命が、プロシアを手中に置いた王族出身の大貴族軍人、ノイフェルマンの命と同じ重さになったとは!今までの苦労が少しは報われた感じがしますよ」


 肩を小刻みに震わせながら笑うブラウンを、ヘーゲルシュタインは無表情に眺めた。


「お前をこの世界の誰よりも重要人物に仕立てたのは、アシュケナジだ。ウェルク、ベルリンに未だ攻撃が開始されないのは何故か。その理由を教えてやろう。完全自律兵器の機械知能が、接近してくる敵を捕捉したからだ」


 ヘーゲルシュタインが左腕の軍服の袖をまくり上げる。腕に装着された半透明のフィルム型タブレットを見たブラウンは、表情を強張らせた。


「ノイフェルマンめ、ようやく造反に気付いたか。私を亡き者にしようと刺客を放ったな。親衛隊の戦車が我らの元に続々押し寄せて来るぞ。生体スーツ隊もな」


 ヘーゲルシュタインは余裕の表情で空を仰いだ。


「お喋りで私の気を逸らせて、不意を突けると思ったか?甘いな、ウェルク。お前の部隊が全滅するのを指を咥えて見ているがいい。ああ、それは無理だな。お前は手を後ろに拘束されているんだった」


(くそっ、見透かされていたか…)


 悔し気に唇を噛み締めるブラウンの身体に、微かな振動が伝わってくる。


「戦車隊が先に到着するようだ。どれ、奴らを最初に血祭りにあげてやろう」


 長方形のタブレットの上で、ヘーゲルシュタインの指が踊る。

 牽引車から分離したコンテナが、激しい金属音を発しながら変形を開始した。


「これは…」


 変形を終えたコンテナを呆然と見上げるブラウンを横目に、ヘーゲルシュタインは高らかに宣言した。


「ガグル社が開発した最終兵器、超大型ドロイド、α(アルファ)・ω(オメガ)だ」

 


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