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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第七章 創造者たち
289/303

合流・1

ダガー隊と一刻も早く合流しようと、ケイは乾いた大地を、ただひたすらにフェンリルを走らせる。

 フェンリルのモニター画像が大地の裂け目を映し出した。

 一刻も早くオーストリアに戻ろうと最短距離を走るうちに、土漠のあちこちにある亀裂帯の一つにぶち当たったらしい。

 エンド・ウォー以後に起きた地殻変動で生まれた亀裂帯は大小様々だが、目の前のものは、かなり大きな口を開けている。

 こちらと向こうの崖と崖の距離が二十メートルとパネルに表示されたのを見て、ケイは少し不安になった。


「フェンリル、このまま行けるか?」


『問題ナイ』


 愚問だとばかりに低く唸った後、フェンリルは速度を上げて崖を蹴った。

 ケイの身体を浮遊感が覆う。着地予定の巨岩がモニター画面に迫って来た。失敗すれば、遥か下の谷底へと墜落するが、雲の上から着地に成功した後では何の恐怖も感じない。それどころか、宙に浮いた感覚に心地良さすら覚えていた。

 当然の如く、フェンリルが岩に着地する。

 四十トンある生体スーツの重みで、空中に突き出た岩の部分に直線の亀裂が入る。崖から切り離された巨岩が大きな音を響かせて谷底へと崩落していく頃、フェンリルは再び道なき道を猛然と駆けていた。


『アト五十キロデ、オーストリアニ入ル』


「この速度だと、もうすぐだね」


 太陽の放射熱で揺らめく大地に、延々とバラックが連なった居住地が現れた。


「あれがフォーローン・ベルトか」

 

 エンド・ウォーで崩壊した国の生き残った人々が棄民となって放浪の末に造った住処だ。様子を探ろうとフェンリルの人工眼で町を拡大すると、身を寄せ合うように立ち並ぶバラックの至る所に人がいるのが映った。

 小さな子供をおんぶした女が粗末なテントで野菜を売っている姿に、ケイはすかさずフェンリルに命令した。


「フェンリル、このまままっすぐ進むと市場に突っ込むぞ。別のルートに変更してくれ」


『了解シタ。経路ヲ三十六度北ニ変更シ走行スル』


 フェンリルがすぐさま角度を変える。ケイはパネル画面の上にあるデジタル時計に目をやった。


「十七時。ちょっと距離が伸びたけど、この速度で走れば、陽が落ちる迄にはチームαと合流できる」


 ほっと安堵の息を吐いてしまった自分の頬を、ケイは軽く叩いた。


「まだ安心は出来ない。いつまた高出力レーザーが空から降って来るか、分からないんだからな」


 巨大な閃光を思い出すと、身体が緊張で引き締まる。草の緑に染まり出した大地を勢いよく疾駆するフェンリルから通信が入った。


『ケイ、プロシア軍ノ大型コンテナ車ガ、我々ノ前ヲ走行シテイル』


「それって、スーツ隊の武器輸送車じゃないのか?」


 宙を飛ぶが如く猛スピードで疾走するフェンリルが、瞬く間にコンテナ車に追い付いた。


「やっぱりそうだ」


 土煙を上げて走るコンテナの左脇にフェンリルを並ばせた。フェンリルの首を低く落として運転席を覗き込むと、二人の兵士が座っているのが見えた。

 ハンドルを握っている兵士がフェンリルをちらりと視線を送ってから、通信用マイクを手に取った。


「こちらプロシア軍輸送部隊。ボリス大尉から特命を受けて、ダガー隊に武器を移送中です。途中で護衛を付けるとの連絡を受けていました。お出迎え、ありがとうございます」


「あ、いや、ええと…」


 運転席で慇懃にお辞儀をする兵士達に、ケイは気まずい笑顔を浮かべながら口籠った。

 ヤガタに寄航した時、輸送コンテナはウィーンに向かって既に出発していた。だから彼らは、限定戦域の土漠へと墜落するドラゴンの背にフェンリルが掴まっていた事を知らないのだ。


「そ、それで、武器の受け渡し場所はどこでしたっけ?」


 出迎えである筈のスーツのパイロットがえらく頓珍漢な質問をするのを、どういうわけか、兵士は全く疑問を持たないではきはきと答えた。


「オーストリア州ユーデンブルグです。先程、ウィーンの近くまで輸送する予定でしたが、ダガー軍曹から急遽連絡が入り変更になりました」


「そうですか」


(ユーデンブルグ?聞いたことないな。どこにあるんだ?)


 フェンリルをコンテナ車と並走させながら、ケイは操縦席のパネルの右上にウィーン周辺の地図を表示した。


(ウィーンから南西百キロメートルも離れている。そっちの方面で、新たな戦闘が始まったっていうのか?)


 信じられない思いで、ケイは眉を顰めた。

 ロシアのロボット部隊と戦車隊は生体スーツが壊滅させた。もし、ロシア軍の別部隊が温存されていたとしても、ユーデンブルグはロシアの支配地域からは、あまりにも遠い距離にある。侵入するには物理的に無理な場所だ。上空からならば侵入は可能だろうが、ミサイルに戦車や兵士を括りつけて輸送するなど、到底不可能だ。


(一体何が起きているんだ?)


 首を傾げるケイの瞳が、こちらに向かって猛然と走ってくる二体のスーツを捉えた。


「ガルム1とガルム2だ!ダン!ジャックさ――ん!」


 思いがけない再会に、ケイは嬉しさの余りフェンリルを飛び跳ねさせた。スーツの起こす振動で、すぐ近くに停車しているコンテナ車が大きく揺さぶられた。運転席に座っている兵士二人が短い悲鳴を上げる。


「フェンリルだ!ケイが戻って来たぞ!!」


 聞き慣れたダンの声がフェンリルの操縦席に響き渡った。

 ダンはガルム2を空中でくるりと一回転させてから人型に戻すと、フェンリルの前足を掴んで高々と持ち上げて、上下左右に振り回した。


「ケイ、よく無事だったな?!お前がドラゴンの背中に乗ってどっかに飛んで行っちまったって気付いた時には、そりゃあもう滅茶苦茶慌てたんだからな」


「ごめん。心配かけたね」


 小さな声で謝るケイの言葉が耳に入らなかったのか、ダンは口早に捲し立てた。


「ドラゴンの奴、雲の上まで飛んで行ったんだろ?あんな高高度から落っこどされたら、さすがの生体スーツも五体満足じゃいられない。バラバラになったフェンリルとお前を念仏唱えながら拾い集める事にならなくって、ホントに良かったぜ」


「ドラゴンの背中から飛び降りるタイミングを逃したら、こんなことになっちゃって…。実際、あいつの背中から振り落とされそうになる度に、ここで死ぬんだって、何度も思ったよ」


 自分の失態は重々承知している。毒舌を放つダンに腹を立てることも出来ず、ケイは決り悪そうに頭を掻いた。


「はしゃぐのはそこまでにしろよ、ダン。戦いはまだ終わっちゃいないんだ。コンテナの武器を早くガルム1の背中に装着してくれ」


「了解しました!」


 ジャックに一喝されたダンが、急いで上蓋が開いたコンテナの中を覗き込む。


「ピストル八丁に重機関銃六丁、スーツ用ミサイルランチャー一式と、ガトリング銃が一丁、あ、このでっかいスナイパーライフルは、伍長のだな。それと弾薬箱(アンモボックス)。結構な重量になるな」


 コンテナに両手を突っ込んで銃器類を持ち上げて矯めつ眇めつしているガグル2の隣に、ケイはフェンリルを並ばせた。


「手伝うよ」


「ああ、頼む、って…」


 フェンリルの背中に装着された重機関銃や弾丸一式に気付いたダンが驚きの声を上げた。


「フェンリルはもう重装備を終えているのか。これだけの武器をどこで補充したんだ?」


「ヤガタ基地だよ。それより遠くに落とされたからね」


「えええっ?!」


 ダンがガルム2の背を仰け反らせた。


「信じられん…。どんだけ遠くに飛んで行ったんだよ!よく戻って来られたな。奇跡だ、奇跡」



 確かに、フェンリルの咄嗟の機転で砂漠に激突するのを免れたのは、奇跡と言っていい。

 だけど。


(フェンリルとのやり取りを説明しても、信じて貰えないだろうな)


「そりゃあもう、高速走行でひたすら走って来たからね」


 そう言い留めて、ケイはランチャーとガトリング銃、それから重機関銃三丁をコンテナから取り出した。長距離を高速走行する衝撃で荷崩れを起こさないように、強化ゴムベルトで一丁ずつ、ガルム1の背中にしっかりと括り付ける。


「次は、ダン、お前だ」


 武器の搭載を終えたジャックが、四足走行になったガルム2の背中に大型ライフルと残りの機関銃を装着させ、最後に腹の両脇に弾薬箱を強化ボムベルトでしっかりと巻き付けた。


「用意は出来たな。すぐにダガー軍曹達の元に向かうぞ」


 今にもガルム1を走らせようとするジャックに、ケイは疑問を投げつけた。


「教えて下さい、ジャックさん。戦域戦(せんいきせん)でもウィーンでも敗れたのに、軍事同盟軍はまだ俺達と戦いを続ける気でいるんですか?」


「違う」


 ジャックが鋭い声で否定した。


「軍事同盟軍ではない。俺達の敵は、ガグル社と結託してプロシアに牙を剥いたヘーゲルシュタイン少将だ」



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