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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第七章 創造者たち
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地下の子供

ガグル社の地下で暮らす少年少女達の元にハンヌが姿を現す。

ブラウンはエンド・ウォー以前のミサイルが飛び交う空を見て、無力感を覚える。


後半書き直しましので更新し直しました。宜しお願いします<(_ _)>


 頭上の遥か上から、ゴオッという低音が、振動と共に降り注ぐ。

 地上から、時折風穴に注がれるか細い風声(ふうせい)しか耳にしたことのない子共達にとって、その音は世界の終わりを告げるように聞こえた。


「なかなか止まないな」


「それにしても、振動がこんな地下深くまで響いて来るなんて、地上で一体何が起きているんだ?」


 不気味に鳴動する天井の岩盤を仰ぎ見ながら、マルとセルが眉を顰めた。

 古生代の堆積岩をくり抜いた後、特殊溶液で強化されたコンクリートを幾重にも塗り固めた人工洞窟は至極堅牢だ。だが、初めて身体に感じた大きな揺れと、岩に取り付けられている照明の多くが点滅する事態に、誰も不安を隠せないでいる。


「天井が落ちて来ちゃったらどうしよう」


 いつもは明朗に笑っい合っている双子の表情が別人のように険しくなったのを見て、リュカはレマの胸に顔をぎゅっと押し付けた。


「大丈夫だよ、リュカ、心配しないで」


 緊張で胸の鼓動が早くなっていくのをリュカに悟られないように、レマは幼い少女を自分の身体からそっと離すと、その小さな肩に長い袖に隠れた両手を置いた。


「私たちの家は、この上に建っているガグル社のビルより頑丈だって、ユラが言ってたでしょ?」


「そうだぞ、リュカ。それも、ここは地下五十メートルの場所なんだぜ。どんなにおっきなミサイルが降って来たって、俺達の住処は絶対に壊れないからな」


 リュカを安心させようと、マルとセルはおどけたように笑った。


「それでも、万が一にも天井が落ちて来ようものなら、ミュリンが身を挺して俺達を守ってくれるさ」


「ウオオオン!」


 マルとセルの言葉に、岩陰に潜んでいるミュリンが自信ありげに咆哮した。


「ほらね」


 ミュリンの声に安堵したらしい。リュカがレマの胸から顔を上げて、二度三度、涙目を瞬かせると小さく頷いて、笑顔を浮かべた。


「ふう。シーシーが起きなくて、助かったぜ」


 リュカの腕に抱えられている薄汚れたパンダのぬいぐるみにさっと視線を送ってから、マルはセルに向かってひそひそと呟いた。セルもほっとした表情でマルに頷く。


「振動が止んだわ」


 レマの声に、マルとセルが天井を仰いだ。


「あ、ほんとだ」


 異常事態が収まったのに安堵して、三人は互いの顔を見回しながら笑みを浮かべた。

だが、すぐに真剣な表情に戻ると、額を突き合わせるように腰を屈めて小声で話し始めた。


「ねえ、マル。あなたさっき、ミサイルが降って来たって言ったわよね。もしそれが本当だとしたら」


「うん。レマ、お前が最初に叫んだ通りだ。この揺れはユラの啓示で間違いないと、俺は思うよ」


「だとしたら、俺達、アシュケナジ様に地上に出るのを許されたって事?」


「その通りだ!」


 突然、聞き慣れたボーイソプラノが洞窟に響き渡った。岩とコンクリートの壁に跳ね返った声が、あちこちに反響する。はっとした表情も一瞬で、三人はすぐに姿勢を正した。


「ユラ、どこにおられるのですか?」


 レマが叫ぶ。マルとセル、リュカは声の主を探して辺りを忙し気に見渡した。


「俺ならここにいるぞ」


 人工洞窟の奥の剥き出しになった岩の後ろから、ミュリンがのっそりと顔を覗かせた。その肩に、白く輝くマントに身を包んだユラ・ハンヌが立っていた。


「ユラ!」


「ユラ様!」


「ユラ・ハンヌ!」


 三人は、崇拝してやまない少年の名を口々に叫んだ。

 指を揃えた両手を岩の床に揃えて両膝を付きうやうやしく(こうべ)を垂れる。その様子を、指を咥えたリュカが、後ろからきょとんとした顔で眺めた。


「顔を上げろ。お前達に重要な知らせがある」


 厳かな声に、マル、セル、レマが同時に顔を上げる。


「つい先程、アメリカ軍の放ったハイパーミサイルによって、この洞窟の真上にある地上のガグル社の社屋は跡形もなく吹き飛んだ。地下三階までの研究室もミサイル攻撃の影響で使い物にならなくなっている」


 衝撃の事実を聞かされた三人が息を飲んだ。


「…それは、ガグル社が消滅したということですか?」


 レマの問いに、ハンヌが片頬を持ち上げた。


「消滅?ああ、そうだ。本社ビルの最上階でふんぞり返っている目障りな役員全員がな。

奴らの肉体はミサイルの直撃を受けて、高層ビルと一緒に消し飛んだ。現役役員で残ったのは俺だけだ」


 そう吐き捨てると、喉を仰け反らせながらハンヌは爆笑した。


「ガグル社は会社としての形態は失ったが、アシュケナジ様が必要とする人材は他の場所に移してある。これからは、アシュケナジ様が直轄する組織で、アシュケナジ様ただ一人の為に働くのだ。無論、お前達もな」


 ハンヌはミュリンの肩からジャンプすると、手前に突き出ている三角岩の先端に飛び乗った。空中で大きくはためいたマントから、細い身体が露わになる。

 膝下まである裾の長い服とロングブーツといういつもの服装ではなく、身体と一体化した強化外骨格を素肌の上に装着していた。


「「そのお姿は?」」


 初めて目にするハンヌの甲冑に、マルとセルが驚きの声を上げる。


「マル、セル、レマ、リュカ、そして、ミュリン。すぐに戦いの準備に入れ!待ち望んだ時が来たのだ」


 ハンヌは高々と声を放って、少年二人と少女一人に命令を下した。


「ははっ」


 三人が再度、深々と(あたま)を下げる。


「お前達、ガグル社の地下墓場からようやく出られるぞ」


 岩を削った床に未だ平伏(へいふく)している三人を見下ろしながら、ハンヌは歯列を剥き出すように横に大きく口を開けると、薄い唇の両端を吊り上げた。





 凄まじい轟音と衝撃波が襲って来る。

 手を後ろに拘束されているブラウンは、思わず身体(からだ)を地面に伏せた。


「ウェルク、東の空を見てみろ」


 背後に立ったヘーゲルシュタインがブラウンの髪を掴んで、その上半身を引き立てた。

 髪を毟られる痛みを堪えながら空を仰ぐと、西から東の空へと弧を描く極細の白いフィラメントが目に映った。目標地点に到達したのだろう、山の向こうが微かに光った。


(あれは、何だ?)


 予想を遥かに超えた事態に頭が真っ白になる。目を見開いたまま動かなくなったブラウンの前にヘーゲルシュタインが仁王立ちになった。


「アメリカ軍が極超音速(ハイパーソニック)ミサイルを発射したのを受けて、ガグル社も同じ兵器で報復に出たのだよ。結果、めでたく相撃ちになったというわけだ」


 自分の膝頭をブーツの先で小突くヘーゲルシュタインに、ブラウンが聞き返した。


「ハイパーソニックミサイル?」


「そうだ。エンド・ウォー以前の世界の大国が、開発にしのぎを削っていた兵器らしい。マッハ五以上の速度を出し、地球上のどの場所にも一時間で到達するのだそうだ」


 口を半開きにして説明を聞くブラウンを、ヘーゲルシュタインは興味深そうに睥睨した。


「驚いたか、中佐。さすがのお前でもこの局面は読めなかったろう。それにしても酷い顔をしている。疲労困憊の極みといったところかな?」


 冷たく目笑(もくしょう)するヘーゲルシュタインにブラウンは目をしょぼつかせた。


「仰る通りです。終末兵器を目の当たりにしたんだ。どんなに気の利いた戦闘作戦を立てよとも、エンド・ウォー以前に開発された終末兵器が空から落ちて来れば何もかもが一瞬で終わる。自分が如何に無力な存在なのか、思い知りましたよ」


 力なく話すと、ブラウンは呻き声を上げながら地面に尻を付いた。ゆるく胡坐を掻いて東の空に目を凝らす。その目に、地表に向かって落下するのが一筋の光線が映った。


「モルドベアヌに高出力レーザーが撃ち込まれたな。難攻不落と言われたアメリカ軍の要塞も、これで終わりだ」


 ブラウンと視線を同じくしたヘーゲルシュタインが大口を開けて呵々(かか)と笑った。


「…そうですね」


 アメリカ軍のモルドベアヌ基地は滅び、ダガー率いる生体スーツ隊によって戦車隊が壊滅したロシア軍は戦闘能力を失った。

 連邦軍の要であるプロシア軍は限定戦域で軍事連合に辛勝したものの、拡大した戦火で自国が主戦場となり、挙句に空からのレーザー兵器で攻撃を受けた。

 そして。

 プロシアに加担する為参戦したガグル社は、アメリカの攻撃で、本社ビルを消滅させた。

 だから、どこにも勝者はいない。それでも…。


「これで、やっと、長い戦争が終わる」


「ウェルク、私の言葉を忘れたのか?世界が惨劇に見舞われるのはこれからだ。見ろ」


 ヘーゲルシュタインが東の方面に顎をしゃくる。幹線道路の先に、巨大な長方形のキャニスターを引いたミサイル牽引車が姿を現した。



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