表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青の戦域    作者: 綿乃木なお
第六章 エンド・ウォー
284/303

巨竜の上の戦士

ヤガタ基地が目前のケイ。

エマを想うケイに、ダガー隊から応答がない事をミニシャから知らされる。



「う、ぐわっ!」


 不意打ちを食らったケイは、言葉にならない叫び声を上げてから、右の耳からイヤホンを毟り取った。


「鼓膜が破れるかと思った。フェンリル、音の調整してくれよ」


『スマン。不意ヲ突カレタ』


 フェンリルは足を止めずにケイに謝った。


『測定シタ結果、今ノボリス大尉ノ声量ハ、3800ヘルツダッタ。コレハ、耳ノ側デ蝉ノ鳴キ声ヲ聞イテイル音量ニ近イ。人間、否、哺乳類デアレバ、聴覚ニカナリノダメージヲ受ケテシマウ。コレカラハ、大尉ノ声ハ、自動デ600ヘルツニナルヨウニ設定スル』


「そこまで凄いとは知らなかった。よろしくお願いしますよ」


 ふうと息を吐いてから、再びイヤホンを耳に差し込んだ。


「おい、ケイ。聞こえてるか?砂ぼこりが酷くて、ドローンのカメラにフェンリルの姿が映らないんだ。すぐに状況を報告してくれ」


 600ヘルツまで落とされたミニシャの怒鳴り声に、ケイはほっとした表情で応答した。


「大尉、こちらは無事です。ヤガタは…」


「安心したまえ。どこからも攻撃は受けていない」


 砂の上に目を凝らすと、基地の管制塔が目視出来た。アンテナが修理されているのが分かる。突貫工事の賜物だろう。あと十分もすれば、ヤガタに帰還出来るのだ。


(もうすぐエマに会える)


 エマの笑顔がケイの脳裏に浮かんだ。自分の部屋にエマが押しかけて来た時に見せた表情だ。はにかんだように、唇の両端を持ち上げる。


(すごく、可愛いかったんだ)


 胸の中に甘酸っぱい気持ちが広がったのは一瞬で、すぐに現状を思い出した。

 エマは意識が戻らないまま、生命維持装置に繋がれているのだ。

 その痛々しい姿を思い出したケイの目に涙が浮かんだ。


(しっかりしろ。泣いている場合じゃない!)


 瞼をぎゅっと強く閉じて、目の端から零れそうになる涙を何とか堪えた。それから冷静な声で、ミニシャに応答を続けた。


「ドラゴンからの攻撃はありませんでした。奴はフェンリルの頭上で円を描いただけで、西北に飛び去りました。ドラゴンの行動は、フェンリルの人工眼に全て記録してあります。今から映像をヤガタに送ります。フェンリル、映像を送信してくれ」


『了解。送信、開始』


 フェンリルは人工眼でモニターしていた映像を、ヤガタ基地に送信を始めた。

 操縦席の正面モニターに映し出された映像が一コマずつ区切られて、二秒おきに右から左にスライドされていく。

 バイザー越しに画像をチェックしていたケイは、ニドホグの巨大な頭頂に乗る人影に気が付いた。


「フェンリル、映像を停止してドラゴンの頭をクローズアップしてくれ」


 モニターに拡大されたのは屈強なパワードスーツだった。

 太陽の光を浴びて銀色に輝いている。ケイは静止した映像に何度も目を走らせた。

 男か女かは不明だが、上背がかなりある。フィオナでないのは一目瞭然だ。

 フィオナの他にニドホグに乗る人間を見たのは、これが初めてだった。


「誰だ、こいつ?」


 勿論、敵だ。

 だが、ドラゴンの上で背筋を伸ばして真っ直ぐに前を向くパワードスーツの姿は威厳に満ち、神々しくさえある。ケイは同じ呟きを繰り返した。


「一体、誰なんだ?」




 

「うぎゃあぁぁ!!」


 突然、ヤガタ基地地下管制室に、兵士の耳をつんざくような絶叫が響いた。


「うわひゃっ!な、なに?」


 フェンリルから送信されたニドホグの画像に目を凝らしていたミニシャは、突然の悲鳴に驚いて飛び上がった。

 ミニシャの隣に、顎に両手を添えたワンリンが全身を震わせながら立っていた。


「驚かさないで下さいよ、博士。どうしたっていうんですか?」


 ミニシャが、耳を擦りながらワンリンを見る。眼窩から飛び出さんばかりに目を見開いてモニターを見つめる顔は真っ白だ。ワンリンは、ぶるぶると震える指先をモニター画面に向けた。


「こっ、こっ、こっ、こっ」


「コッコッコッ?博士、何でニワトリの鳴きマネなんかしているんです?」


 恐怖で身を凍らせているワンリンに、ミニシャは頭を45度ほど斜めに傾げた。


「ばかもん!これを見ろ!」


 ミニシャを怒鳴りつけてから、ワンリンはモニターに映っているニドホグの頭部を指差した。

 太陽の光を浴びて全身を銀色に輝かせる甲冑が映っている。


「パワードスーツ?」


U11113RE―5(ユーリー)Yだあぁぁっ!!!」


 ワンリンの断末魔のような絶叫に、ミニシャが慌てて耳を塞いだ。


「奴の秘密をプロシア軍にバラしたのに激怒して、ユーリーが私を殺しに来た――!」


 パニックになったワンリンがミニシャの周りを右往左往する。


「し、しかし、私がプロシア軍の捕虜になっているのを、奴はどうやって知ったのだ?ヤガタのボロ基地にスパイが潜んでいたのか?それともハンヌが告げ口したとか?いやいや、犯人を捜している場合じゃない。大尉、助けてくれっ!私はあと百年は生きるつもりだ。早死になんかしたくない!」


 ワンリンは、モニター映像のパワードスーツから身を隠そうと、ミニシャの背中に縋りついた。


「殺すって…。あいつは、博士と一緒にガグル社から出奔した仲間なんでしょ?彼、博士を助けに来たのかもしれませんよ?ついでに言っておくと、博士から頂いたガグル社の情報は、機密ってほどでもないモノばかりですからね。それからね、私に身体を密着させないで下さい。セクハラになりますよ」


 ミニシャは縋り付くいてくるワンリンを乱暴に振り解いてから、パワードスーツの映るモニターに視線を戻した。


「随分と物々しいパワードスーツだな。ハンヌのセクシーパワードスーツとは対照的だ」


 基地で暴れていったハンヌを思い出して、ミニシャは顔を顰めた。少年の華奢な半裸を網状に覆うパワードスーツよりも、ずっと威力がありそうだ。


「困るよ。あんなスーツでヤガタをぶっ壊されたら、今度こそ基地が崩壊してしまう。ワンリン博士、ユーリーって男の目的は博士を殺す事なんですよね?だったら、あんたを解放しよう。ガグル社でもモルドベアヌ基地でも、どこでも好きな所に行って下さって結構ですよ」


 すっ呆けた表情でミニシャが(のたま)う。ワンリンの蒼白な顔が、一瞬で真っ赤になった。


「見殺しにするつもりか?!ふざけるな!!私はヤガタから一歩たりとも外に出ないからな!」


 ワンリンは頭上に拳を突き上げ、両足で床を踏み鳴らした。


「いいや、待てよ。ユーリーは、怒りは十倍にして返すって奴だ。基地を木っ端微塵にして私を生き埋めにする気かも知れん。基地から出た方が安全かも。しかし、戦域の土漠には隠れる場所なんかないぞ。ああ、どうすればいいんだ」


 髪を掻き毟りながらすすり泣きを始めたワンリンに、通信兵が声を掛けた。


「博士、これをご覧ください。ドラゴンの進路を計算しました。ヤガタには来ませんよ」


「え?!あ、本当だ」


 通信兵がタブレットを差し出す。そこに記された図表を見た途端、ワンリンはへなへなと床にへたり込んだ。ミニシャが鋭い目をしてタブレットを覗き込んだ。


「本当だ。ドラゴンは基地には来ない。助かったぞ!」


 ニドホグの進路を確認したミニシャの顔から緊張が解けた。


「でかした。通信兵、君の名前は?」


「ティム・カリスです」


「そうか。ティム、彼らの行き先が何処だか分るか?」


 初めてミニシャに名前を呼ばれたカリスが、嬉しさに、目をぱっと輝かす。


「大尉、ドラゴンが向かっているのは、恐らくガグル社です」


「何だって?ユーリーは、十年前に出奔したガグル社に戻るというのか?ガグル社が裏切り者を受け入れるとは思えない。どうなんです、博士。あなたなら分かる筈だ」


 ミニシャが険しい口調でワンリンに問い質す。ワンリンは項垂れた顔で深く頷いた。


「大尉の言う通りだ。アシュケナジが裏切り者を許す筈がない。アシュケナジにとって特別な存在であってもだ。…彼は、クローン体であるユーリーを自分の後継者として大切に育てていた時期もあったからな。そんなこと、ユーリーは、百も承知している筈だが」


「それでも、彼には行く理由があるんだな」


 モニターに映っているパワードスーツの閉じたバイザーを、ミニシャはじっと見つめた。

 脅威のキメラ体ニドホグを創造した男。

 彼には興味がある。ガグル社総裁のアシュケナジが己の後継者の為に創った唯一無二の天才。


(クローン人間か…)


 ならば、真の前の画像を解析すれば、ガグル社を創設した男を知ることも出来るのだ。

 伝説の中に生きる男の素顔を。


(だけど今は、そんな時間的余裕はない)


 戦域での長い戦闘が勝ち戦で終息した喜びも束の間、故郷に戦火が広がった。


(この先、何が起きるのか想像もつかない。戦争は未知の領域に突入したのだ)

そして、今、真っ先に憂慮せねばならないのは。


「ティム、ドラゴンがプロシアの領土に侵入する可能性は?」


「かなりの確率です。と言うか、斜めに突っ切るように飛行します」


「…だよな。座標を見れば分かる。迂回するわけがない。となると、ドラゴンはシュトゥットガルトに陣を敷くプロシア軍の真上を飛ぶって事になる」


 あの地は国防軍の管轄だ。ガグル社の最新型兵器で固めた精鋭部隊の軍隊がレーダーでドラゴンを捕捉すれば、ミサイルを撃ち込むのは必須。


(ドラゴンをミサイルで攻撃なんかしてみろ)


 当然、アウェイオンの二の舞だ。怒り狂ったドラゴンが放つ弾丸で、プロシア軍が壊滅していくのが容易に想像出来る。


「ダガー隊に武器は届いたのか?ブラウンからはまだ連絡は入らないのか?」


「中佐と軍曹からの通信は、まだありません」


 沈痛な面持ちでカリスが答えた。


「そうか」


 ミニシャは表情を変えずに頷いた。冷静を装ってはいるが、不安が絶え間なく襲ってくる。


(まさか、全滅したんじゃないよな)


 最悪の事態が頭を過ぎる。

 緊張で胃がキリキリし出した。吐き気を堪えて奥歯を噛みしめる。両腕を胸の上に硬く組んでモニターを睨みつけるミニシャにカリスの報告が入る。


「大尉、あと三分で、フェンリルが基地に到着します」


「分かった」


(もし、そうだとしたら…)


 頼みの綱はフェンリルしかいない。ミニシャは意を決してイヤホンに手を当てた。


「ケイ、君、怪我はしていないのだよね?フェンリルの状態はどうなんだ?」


「大丈夫です。俺もフェンリルも異常はありません」


「そうか。それを聞いて安心した。ケイ、よく聞いてくれ。中佐からの要請を受けて武器弾薬を送ったが、ダガー隊からまだ連絡が入らない」


「え?」 


 ミニシャの言葉にケイの表情が険しくなった。


「大尉、聞いて下さい。俺はウィーンに飛来したドラゴンを倒そうと、奴の背中に飛び乗りました。そのまま空に急上昇されて身動きが取れなくなった。そんな状況で、雲の上から高出力レーザー兵器で攻撃を受けたんです。危うくレーザーの餌食になるところでしたが、何とかドラゴンがレーザーを躱しました。けれど気を失って、飛行不能に陥りました。失速したまま戦域に墜落したんです。地面に激突する直前で、運よくドラゴンが目を覚ました。お陰でフェンリルはバラバラにならずに済みました」


 ケイから経緯を聞いたミニシャは、あんぐりと口を開けた。


「…奇跡的に助かったってわけ?大変な目に遭ったんだね」


「スーツ隊はドラゴンよりもっと俊敏です。彼らは無事です。だけど、通信用の生体ドローンに何らかの影響があったかのも知れません」


「レーザーの影響で通信が途絶えたと?なるほど。その考えは正しいかも知れないな」


(高出力レーザー兵器だって?そんな恐ろしいものが、この世界に存在するのか?それも百キロ上空から撃たれたって…)


 視界が揺れる。恐怖から眩暈を起こしたのだ。


(終末兵器だ)


 低重力空間、いわゆる宇宙空間から、地上に向けてレーザーを放ったのだろう。

 そんな兵器を開発できるのはガグル社しかいない。


(ガグル社は世界を破壊する気なのか?)


 ミニシャは背中を震わせた。


「中佐とダガー隊が心配だ。一刻の猶予も許されない。ケイ、そのまま基地を通過してオーストリア州の戦地に戻ってくれ。武器と弾薬は基地の外に待機させておく」


「了解しました。それで、大尉、あの…」


 ケイがもごもごと口籠る。少年の心情を察したミニシャが優しく言った。


「ああ、エマなら無事だ。まだ意識は戻っていないが、容体は前よりずっと安定しているよ。ケイ、君に休息を取らせてやれなくて、済まなく思っている」


「いえ、俺は大丈夫です。それより、エマが無事と聞いて安心しました」


 これで、心置きなく戦地に戻れる。

 ミニシャと会話しているうちにヤガタ基地の手前まで来た。基地の正面に、巨大な二丁の機関銃を肩に担いだナナの姿がある。


「ケイ、受け取って!」


 機関銃を高々と持ち上げて、リンダが叫んだ。

 獣型から人型になったフェンリルが、ナナの手から機関銃を受け取って背面に差し込んだ。

 次に、空になっている拳銃に弾倉(マガジン)を装填し、補充の四本を二本ずつ足の側面に装着した。

 最後にナナが、獣型に戻ったフェンリルの腰に連結してある機関銃の弾薬箱をぐるりと巻き付けた。


「装備完了。頼むわよ、ケイ」


「ありがとう。リンダさん、ヤガタをお願いします」

 

 ナナとフェンリルは互いを見つめ合い、深く頷いた。


「フェンリル、オーストリアに向かえ!」


 ケイの掛け声に、フェンリルが怒涛の如く走り出した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ