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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第六章 エンド・ウォー
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命に代えても・2

ララと合流したニコラスは再び中央指令室へ向かう。



 アメリカ軍基地の構造は蟻の巣を模して建設された。

 モルドベアヌ山の山頂から地下百メートルをメガシールドマシンで岩盤を垂直に掘削した巨大な縦穴は途中、ニドホグや輸送機、偵察・戦闘ドローンの主要発着場にっている。

 発着場には十本の通路が設置され放射状に分岐していた。

 第一通路はミサイルやロケット等飛行兵器の格納庫。第二通路は研究施設及び医療関連施設。第三通路は兵舎と兵士の家族の住居。第四が、副大統領執務室と副大統領住居及び将校クラスの住居。そして、第五通路が中央(メイン)指令室(コントロールルーム)である。

 ニコラスはララの元へ急ごうと、第二通路を走っていた。


「ハイパーミサイルで山の中腹にどでかい穴を開けられたんだ。岩盤がいつまで持つか分からないぞ」


 案の定、頭の上に砂礫がぱらぱらと降ってくる。

 顔を上げると、壁や天井の至る所に亀裂が走っているのが嫌でも目に入る。


「天井が落ちる前に博士と合流しなきゃ」


 走りながらタブレットを操作する。幸運なことに、ガグル社から攻撃を受けた後でもWi-Fiは使用可能だった。

 イヤホンの回線はユーリーが連絡してきた時の為に開けておきたい。ニコラスはタブレットのスピーカーのスイッチをオンにすると、大声で怒鳴った。


「聞こえますか、メイ博士?僕です、ニコラスです!今、どこにいるのか教えて下さい!」


「ニコラス!」


 柔らかな声がニコラスの名を叫んだ。電波状態が良くないのでざらついているが、ララの声に間違いない。


「博士!ああ、良かった。ご無事ですか?!」


「無事よ。今、アレクサンドラと一緒にアメリアの研究室から中央指令室に向かっている所なの。あなも無事なのよね?」


「はい、大丈夫です」


 ララの元気な応答に安堵して、ニコラスは大きく息を吐き出した。

 バートンの研究室なら医療施設より距離は半分だ。それもララは、こっちに向かって走っているという。運がいいとニコラスは思った。


「さっきの緊急放送を聞いたわ。ミサイルの第二波が基地に着弾するまで、どのくらいあるかしら?」


 ニコラスは足を止めずに、タブレットの数値に目を走らせた。


「熱量計算によると、いつ発射されてもおかしくない状態です。さっきと同じようなハイパーソニックミサイルだと、数秒で基地に着弾する」


「モルドベアヌ山頂にミサイルを落とされたら、基地が崩壊してしまう」


 絶望に声を歪ませるララに、ニコラスはある可能性を示唆した。


「ですが、博士。もしかしたら、このエネルギー値はミサイルのものではないかも知れません」


 息が上がる。構わず喋り続けた。


「何故なら、百キロ上空からミサイルを発射する技術をガグル社が保有しているとして、低軌道上にミサイル基地を建設している話を、僕は、ユーリーから一度も聞いたことがない、からです」


「確かにそうだわ!」


 言葉が途切れ途切れになるニコラスに、ララが叫んだ。


「アシュケナジが宇宙兵器の開発を目論んでいたとしたら、アメリアに作らせるでしょう。でも、そんな話、彼女は一言も口にしていなかった」


「だとすれば、宇宙からハイパーミサイルで攻撃を受ける可能性は…」


「非常に低い。希望的観測かもしれないけど、今はそっちに掛けるしかないわ」


(兵器でないとしたら、これは一体、何のエネルギーだ?)


 ユーリーがいたなら、立ち所に解析してくれるだろうに。


(側にいない人間を頼ってもしょうがない)


 短く舌打ちして熱量の表示されたグラフを睨む。


「とにかく、基地から退去する時間が少しでも多く取れる事を祈りましょう」


「そうですね」


 返事と同時に、ニコラスは前方から突進して来た何者かにぶつかって、身体を弾き飛ばされた。

 手に持っていたタブレットが自分よりも高く宙を舞うのを呆然と目で追いながら、ニコラスは全身を床に叩き付けられた。


「ニコラス!!」


「…メイ、博士?」


 悲鳴に近い叫び声に、気を失う寸前だったニコラスは必死に目をこじ開けた。

 育児ポッドを右脇に抱えたマクドナルドが床に片膝を付けて控えている姿が、ぼんやりと目に入る。


(僕は、大佐にぶつかったのか…)


 タブレットを夢中で操作しながら走っていた。完全に前方不注意だが、まさか正面からサイボーグが走って来るとは想像もしなかった。


「ニコラス、大丈夫?」


 マクドナルドの左腕腰を据えていたララが飛び降りて、ニコラスの上半身を持ち上げる。


「ううう。博士、すいません」


 心配そうに顔を覗き込むララに謝りながら、背中の激痛に呻きながら上半身を起こした。

 意識があるのはマクドナルドが衝突する直前で立ち止まって、衝撃を緩和させたからだろう。


「ニコラス!どうしてこんな所にいるの?!あなた、ユーリーから副司令官代理を任されているんでしょ?」


 ふらつきながら立ち上がったニコラスの肩に、ララが手を回す。


「退避の指揮は指令室の者に任せて、博士を迎えに行くところでした。命に代えても赤ちゃんを守らなきゃって。…その、こんな状態で、勇ましい事を言っても、笑われちゃうだけですが…」


 恥ずかしそうに頬を赤く染めて口籠るニコラスに、ララは呆れた顔をした。


「私だって同じよ。メインコントロールルームで指揮を執るあなたより先に、基地から退避するつもりなんかないわ。それでアメリアの研究室に立ち寄って、これを持ってきたの」


 マクドナルドが背負っているパワードスーツを下ろして、ニコラスの前に直立させた。


「ユーリーが戻って来るまで、あなたがアメリカ軍を統括しなくちゃいけない。だから、安全の為に、パワードスーツを装着して頂戴」


 ララがパワードスーツの腕のパネルにコードを入する。最後にエンターキーを押された超硬金属の防具が中央から左右に割れるように開いた。


「さあ、ニコラス、中に入って」


 前に踏み出したニコラスの身体がぐらりと揺れた。

 慌てたララがニコラスを支えようと、パワードスーツに近寄る。ニコラスは己の身体を素早く反転させて、ララをパワードスーツの中に押し込んだ。


「何をするの!ニコラス!」


 ララの身体が内部センサーに押し当てられる。操縦者を感知したスーツの外殻がララを覆った。


「メイ博士、このパワードスーツはバートン博士があなたと我が子の身を守る為に遺したものだ。僕が装着するものではありません」


「アレクサンドラは育児ポッドに入れてあるから安全よ。私の事はマクドナルドが守ってくれるわ」


 スーツの装着を解除しようとするララを、ニコラスは遮った。


「スーツを着ていた方がより安全です。もし、大佐でも対処し切れない不測の事態が起きたとしたら、僕はバートン博士に申し訳が立たない」


 ニコラスはマクドナルドの手からヘルメットをもぎ取ると、爪先立ちになってララの頭に被せた。


「それよりも、タブレットが壊れてしまった。低軌道に出現したエネルギーが増幅しているかどうか、計算できない」


「すぐに中央指令室に行きましょう。舌を噛み切らないようにしっかり口を閉じていて」


 ララは物騒な事を口にしてから、ニコラスをパワードスーツの肩に抱え上げて大股で走り出した。

 十秒とも経たずに指令室に到着した。広い部屋には一人の兵士も残っていない。

 ニコラスを抱えたまま、ララのスーツが司令官席へと大きく跳躍した。肩から降ろしたニコラスを椅子に座らせる。

 激しくシャッフルされてくらくらする頭を横に振ってから、ニコラスはモニターのタッチパネルに指を滑らせた。モルドベアヌ山の東部に設置されている大型レーダー群を全て熱源の位置に向ける。


「フェーズドアイレーダーがプロシア方面に高出力エネルギーが落下したのを捉えた」


 送られてくる情報に、ニコラスとララが息を飲む。

 タブレットが破損して計算できなかった間に、低軌道から高エネルギーが地表に向かって放出されたようだ。


「ものすごい数値だ。まるで、いくつもの太陽のフレアが地上に落ちてきたみたい…に…」


 はっと顔を上げたニコラスがララを見る。ヘルメットバイザーの中で、ララの表情が凍り付いていた。


「ハイパーミサイルじゃない。宇宙太陽光超大型レーザー兵器システムだ!!」


 次の瞬間。

 大鐘を割るような轟音が、ニコラスの頭上に響いた。

 ララのパワードスーツが自分の身体に覆い被さろうとしているのが視野を掠った。

 天井と指令室の壁が、モニターが粉々になって吹き飛んでいくのが瞳に映ったのを最後に、目の前が真っ暗になり、何も聞こえなくなった。


 



 白い霧が立ち込めた場所にニコラスは立っていた。


(ここは?)


 辺りをぐるりと見回したが、霧で何も見えない。足元に目を落とすと、細い道だけが先に伸びていた。


(進むしかないみたいだ)


 ニコラスはゆっくりと歩き出した。

 どのくらい歩いただろう。突然、視界が開けて頭上に何かが降ってきた。

 ニコラスの手に、淡いピンク色の花弁が一枚、ひらりと掌に舞い降りた。


(桜だ。桜の花びらだ!)


 左右の掌を上に向ける。透けるように薄い花びらが掌に降り積もるのをじっと見つめた。


(綺麗だな。ユーリー、これが君の大好きな花なんだね)


 首を痛いくらいに仰け反らせて空を仰いだ。

 降り注ぐ大量の花びらで空は見えない。顔にぶつかる花びらが雪のように溶けるのを感じながら、ニコラスはゆっくりと歩き出した。


「ニコラス」


 誰かが遠くから、ニコラスの名を呼んだ。


(僕を呼ぶのは誰だろう?早く行かなくちゃいけないのに)


 ぼんやりと考えながら足を止めずに道の先へ進む。


「ニコ!止まれ!」


 今度は、はっきりと聞こえた。いつも耳にしていた、懐かしい声。


(ユーリー?)


 後ろを振り向くと、果して、ユーリーが走って来る姿が見えた。

 ニコラスの名を叫びながら必死の形相で走って来る。その目は心なしか潤んで見えた。

 初めて見る表情だった。嬉しさと悲しさがニコラスの胸中に同時に沸き上がってくる。


(ねえ、ユーリー。僕は君にアメリカ軍の副司令官代理なんて身に余る大役を任されて、本当はすごく不安だったんだ。でも、必死で頑張ったよ)


 教えてくれ。

 僕は君の役に立ったかい?

 今度こそ、君に、本当に、必要とされたかい?


 桜の花びらが吹き荒れてニコラスを覆う。もう僅かな時間しか残されていないようだ。


 だから。最後に伝えたい。この気持ちを。

 

 関節が外れんばかりにユーリーが手を差し伸べてくる。ニコラスも限界まで手を伸ばす。

 その指先に、何とか触れることが出来た。


「ユーリー。僕は君を…」


 桜の花びらが踊り狂いながらニコラスの身体を包んでいく。

 この世のものではない美しさに包まれて、うっとりと目を閉じたニコラスに、永遠の闇の(とばり)が落ちて来た。


ニコラスの補足部分はこれで終わります。


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