命に代えても・1
ユーリーにアメリカ軍副司令官を任されたニコラスは、冷静且つ果敢に指揮を執るが…。
突然、指令室の照明が消えた。
兵士達のざわつきが、暗闇のあちこちから聞こえてくる。照明はすぐに回復し、皆、ほっとした表情で天井を見上げた。
(基地の電力が、発電所から予備の燃料電池に切り替わったな)
ニコラスは険しい表情で目の前のモニターを見つめた。ユーリーとの戦闘中に、アシュケナジが電力ケーブルを破壊したのかもしれない。
(だとしたら、基地の電力は一時間も持たないぞ)
モニターにアップした大型電池の容量を確認する。見る見るうちに目盛りが下がっていくのをみて、ニコラスは小さく舌打ちした。
(ユーリー、君は無事なのか?)
そしてフィオナ。空中戦を開始するとの通信を最後に連絡が取れなくなっている。
心配で胸が張り裂けそうなニコラスの耳に、地鳴りのような音が聞こえてきた。
「何だ?この音は?」
「地震か?」
音は指令室の床下から沸き上ってくる。
その音は、悪戯が過ぎて神の怒りを買い、地底の大岩に縛り付けられた巨人の放つ叫喚の如く断続的に響いてくる。
中央指令室の兵士達が不安と恐怖の表情で、せわしく辺りを見回す。
音と前後するように振動が始まった。揺れは収まらず、次第に大きくなっていく。
「地震だ!」
「大きいぞ!」
モニターを監視する兵士達が動揺して椅子から腰を浮き上がらせた。
「大丈夫だ。このくらいの揺れでは、モルドベアヌはびくともしない」
浮足立つ兵士達に、ニコラスが大声を放った。兵士達が一斉にニコラスに顔を向ける。
「落ち着け!これは地震ではない。振動が基地のどこから発生しているのか、すぐに座標を確認しろ」
ユーリーの代理として司令官専用の椅子に座るニコラスは、その目を中央モニターの大パネルに向けて指令を出した。
兵士達は上官の凛とした声に平常心を取り戻した。椅子に腰を落ち着けて、コンピュータのタッチパネルやキーボードに指を走らせる。
「振動の位置を発見しました。基地の西の端、今は封鎖されている非常口付近です」
(あそこには、閉鎖された研究室がある)
ユーリーに頼まれて探し出した基地の図面をニコラスは頭に浮かべた。
エンド・ウォーの災厄で本国から避難してきたアメリ軍の生き残りが最初に建設した、もっとも古い施設だ。
(ユーリー、君は今、その場所でアシュケナジと戦っているのか?)
ニコラスは耳元のイヤホンを中指でそっと撫でた。ユーリーの行動を知ろうにも、通信は途絶えたままだ。
苦しい表情を兵士達に悟られたくなくて、ニコラスは司令官専用のモニターに視線を落とした。
「これは?」
複数のモニターの一つに僅かな異常値を見つけて、顔を近付ける。
基地のどこかでエネルギーが増幅しているらしい。ニコラスが見つめている間に、グラフの数値が瞬く間に上昇していく。
「おい、このグラフを見ろ。膨大な熱量が発生しているぞ。どこから出ているか調べるんだ」
ニコラスはメインモニターにグラフを表示した。
(それにしても、この異常な数値は一体、何なんだ?)
鉄をも溶かす高温に首を傾げるしかない。
「副司令官代理!熱量が振動している場所と一致しました!」
計算を終えた兵士がニコラスに伝える。
「振動場所と一致、だって?」
耳を疑った。思わず、兵士に聞き返す。
「は、はい」
頷く兵士の声は掠れ、動揺に震えている。理由は分かっていた。想像を絶する熱量は、ミサイル噴射口から発していると察知したからだ。
(閉鎖された研究室から操作して、ミサイルを発射するつもりなのか?!)
そんな事をする人間は、一人しかいない。
「アシュケナジ、か…」
ニコラスの口から呟きが零れ落ちた。
アシュケナジが何故、アメリカ軍基地に現れたのか、やっと理解出来た。
「あいつは、アメリカ軍が極秘に保管していたミサイルを発射する為に、モルドベアヌに来たんだ」
やはりあの男はユーリーなど眼中にない。ニコラスは下唇を強く噛んだ。
「ミサイルだ!基地、西の端の閉鎖された非常口付近から、ミサイルが発射されるぞ!」
そう叫んで、熱量をミサイルの噴射口に設定して中央モニターに映す。
「監視ドローンを飛ばせ」
モルドベアヌの天蓋を三分の一開き、数機のドローンを高速で西に向かわせた。
「こ、これは…!」
目的地に到達したドローンが指令室に送信してきた映像に、見たこともないミサイルが映っていた。中央モニターに目を釘付けにした兵士達が勢いよく立ち上がる。
「こんな形のミサイル、始めて見たぞ」
「あの尾翼を見ろ。まるで宇宙船みたいだ」
(あの兵器!ガグル社の資料室でバートン博士から設計図を見せて貰ったことがある…)
ニコラスは大きく息を吸うと、ありったけの声を放った。
「あれは極超音速誘導弾だ!急いで目標地点を確認しろ!!」
我に返った兵士達が各自のコンピュータで死に物狂いで計算を始める。
「弾道計算終了!!」
兵士の一人が甲高い声をニコラスに放った。
「ミサイルの着弾地点はガグル社です!」
「なんだって?!それは本当か!!」
ニコラスが怒鳴り声と共に驚愕の視線を兵士に投げた。
いつもの穏やかな表情が消え、悪鬼の如く歪んでいる。その表情に事態がひっ迫しているのを読み取った兵士が、声を詰まらせながら言葉を発した。
「け、計算によると、あ、あと、五秒で、最高出力に到達します!」
ニコラスは備え付けのモニターに目を走らせてから顔を跳ね上げた。
「デスクの下に隠れろ!すぐにガグル社から報復の攻撃が…」
言い終えぬ間に、凄まじい衝撃に襲われた。
椅子と一緒に、ニコラスの足が床で飛び跳ねた。
デスクの端を両手で握り締め身体を支えた。激震の中、タブレットを胸に抱えてデスクの下へ潜り込む。
両手足を縮めた所に、座っていた司令官用の椅子が突進して来た。
金属製の大きな椅子は六個のキャスター付きだ。座席部分を捕まえると、ニコラスは自分の身体に引き寄せた。
天井から落ちて来る照明器具を椅子で防いでいるうちに振動が止んだ。
被害を確認しようと、ニコラスはデスクの下から這い出した。
立ち上がって指令室を見回す。
デスクは鋼鉄の床と一体化しているので、大した損害はないようだ。岩壁に埋め込まれているコンピュータ本体も無事に見えた。
「おい、皆、大丈夫か?」
デスクの下から出てきた兵士達に声を掛ける。
「被害を確認するんだ」
号令を掛けると、兵士の半数が青褪めた顔でコンピュータを指差した。
「落ちてきた照明で、コンピュータが破損しています。タブレットは床に叩き付けられたものが殆んどで、使い物になりません」
「そうか」
ニコラスは恨めし気に天井を見上げた。
中央指令室のコンピュータと接続可能なタブレットを全て失ったとすると、基地内を移動して命令を出せる人間は自分一人だ。
強固な岩盤をくり抜かれて作られた基地は、堅牢無比と謳われていた。その天井から照明が外れて落下し、基地の装備品を破壊してしまった。
これほどの衝撃を受けたモルドベアヌ山が無事で済む筈がない。
(まずいぞ。次に攻撃を受けたら、モルドベアヌが崩壊してしまう)
ニコラスは急いで兵士全員の顔を見渡した。
「コンピュータが無事な者はどれだけ残っている?」
十人が手を上げた。手前の兵士から指を差し、胸に縫い付けられているネームプレートの五人の名を口にする。
「お前達は、生き残っているドローンを操作して攻撃を受けた場所を確認するんだ。あとの半数は次の攻撃に備えて、ガグル社を見張れ」
五人ずつに分けて指令を出してから、ニコラスはただ一つ残った己のタブレットに目をやった。
(新たなエネルギーが発生している?)
途端に、心臓が跳ね上がった。動揺で眦が持ち上がる。
おそらく攻撃の第二波だ。だが、ガグル社とは全く違う方向からエネルギーが検知されている。思いもかけない座標にニコラスは目を見張った。
(空だって?それも、高度が百キロメートル以上ある。そんなバカな事があるもんか!)
さっきの衝撃で誤作動しているのかも知れない。ニコラスはタブレットに指を踊らせた。
「基地破損個所、確認出来ました。中央のモニターパネルに映します」
兵士が叫んだ。山の横っ腹に巨大な穴が開いているのが画面狭しと映し出される。指令室が低いどよめきで埋め尽くされた。
(やっぱりだ。同型のハイパーソニックミサイルを撃ち込まれたんだ)
すぐにタブレットに視線を戻す。エネルギーの数値が次第大きくなっている。
(バグじゃない)
ならば、これも、ガグル社のミサイルか。
(空から一直線にミサイルが落ちてきたら、基地はどうなる?)
壊滅の二文字が頭に浮かんだ。
思案している時間はなかった。何を一番に優先するか、ニコラスは決めていた。
人命だ。
「上空高高度からのミサイルを確認。攻撃地点はモルドベアヌ!指令室の全員に告ぐ!これより基地から緊急退避を開始する。直ちに全室に向けて基地外退去の警報を発せよ!!」
ニコラスは司令官の席に設置されてある透明なプラスチックカバーを拳で叩き割ると、赤いボタンを強く押した。
荒々しいブザーの音が基地中に轟き渡る。
指令室の兵士達はニコラスに向かって敬礼してから、速やかに避難を開始した。
「副司令官殿も、早く非難して下さい!」
「先に行ってくれ。僕はメイ博士と一緒に非難するから」
手を差し伸べる兵士に、にっこりと微笑んでから、ニコラスは指令室を飛び出した。
ニコラスの経緯が説明不足の為、追加投稿しました。
命に代えても・2は後日投稿します。
宜しくお願いします。




