チームの六人
病室を出ると、隊の全員が一斉にダガーを見た。
「皆、よくやった。軍事連合軍の撤退で、ヤガタ基地は何とか生き残ることが出来た」
ダガーの労いの言葉を聞いて、部下達の顔が少しばかり綻んだ。だが、全員の顔が再び緊張に引き締まった。
ビルが心配そうに眉を顰め、ダンやエマなどは、あからさまに不安げな表情でダガーを見つめている。
カトボラ基地のようにミサイル攻撃を受けて破壊されなかったものの、基地の至る所がドラゴンの放った無数の弾丸に穿たれて、建物の損壊が酷い。確かに、これからが正念場なのだ。
「俺は今から、コストナーの意識が戻った事をブラウン大尉に報告に行って来る。お前たちは自室で各自待機しているように」
「軍曹、あの…」
「今は敵と暫定停戦が結ばれている。お互い、すぐには攻撃を再開することはない筈だ。これから軍隊の立て直しで、寝る間も惜しむほど忙しくなるだろう。休めるうちに身体を休ませておけ」
「それは、分かりましたが…」
ビルが何故か言葉を濁すように言い淀んだ。
隊の皆の複雑な表情の意味を、ダガーは今になって理解した。
「ドックでの件は、後で大尉から裁断があるだろう。迷惑をかけてすまなかった」
ダガーは部下達に謝ると、身を翻してブラウンの執務室に向かった。
「大尉は温情のある方だから、あのくらいの事では軍曹を懲罰に掛けるようなことはしないと思うんだが」
ダガーの後ろ姿を見送りながら、ビルが呟く。
「あのくらいの事?上官を殴ってしまったのよ」
ハナが困惑した顔をする。
「あんな軍曹は初めて見ました」
ダンが俯きながら小さな声で言った。
「一年前、あんな酷い事故が起きた時でさえも、感情を表に出したことがなかったから…」
「俺も、あんなに怖い顔の軍曹見たの初めてです。伍長、それだけ軍曹はフェンリルに搭乗するのにこだわっていたってことですか?」
ジャックがビルに質問した。
「どうなんだろうな。それは俺にも分らん」
背中を壁に預けて、腕を組みながらビルは小さく唸った。自分専用に開発された生体スーツがあるにも拘わらず、フェンリルに執着するガダーの姿にビルは正直戸惑った。
他のメンバーも同じ思いだろう。
これからの先の戦いを考えると、感情を剥き出しにしたダガーの態度がチームに一抹の不安を抱かせてしまったのは否めない。
「まあ、大尉と軍曹の間で、意思の疎通がちょっとばかりうまくいかなかったってことだ。だからって、ブラウン大尉はダガー軍曹を悪いようにはしないさ。俺達が案ずることはない」
ビルの、大尉ならダガーを悪いようにはしないとの言葉には、皆が納得した。全員が互いの目を見て頷き合い、場に漂う緊張が和らいだ。
「それよりも、だ」
ビルが深々と溜息をついた。
「満足に機関銃も撃ったことのない新米兵に生体スーツを着せるなんて、ボリス少尉も無謀な事やらかしてくれたもんだよな。お陰で、チームαの要である軍曹がどれだけ危険に晒されたか、あの人には分かっているのか?」
「そうは言っても、コストナーがフェンリルを装着して戦ってくれなかったら、私たちはこうしてヤガタ基地にいられないのも事実でしょ?」
ハナがビルを横目で見ながら口を開いた。
「スーツの調整時間を稼いでくれた新兵君に、素直に感謝するべきじゃないの?」
「ハナ、その言い方自体が、素直じゃないわよ」
リンダが苦笑した。
「しかし、コストナーはフェンリルによく搭乗しましたね。いくら上官に命令されたからって、見たこともない兵器に乗って敵と戦えって突然言われたら、誰だって逃げ出しますよ。それも、あのダガー軍曹が自分を乗せろって、声を荒げているんだから。普通だったらフェンリルからさっさと降りちゃいますよね。だけどあの新兵、軍曹に足掴まれて引っ張れても、フェンリルにしがみ付いたままだった。どうしてだろう?」
ジャックが首を傾げる。
「それ、俺が、あいつの背中、押しちゃったからです」
ダンが消え入りそうな声で言った。
「あんた、また、とんでもない事言ったんでしょう?」
呆れた表情でエマがダンを見た。
「…弱虫って、言った」
顎を胸に付けるくらい俯いて、ダンがぼそりと呟いた。
「あらら」
エマが小さく舌を出した。
「それでコストナーは引くに引けなくなったって訳か…」
上を向いてジャックが軽く溜息をついた。
「どっちもガキよね」
冷たい表情でハナが肩を竦めた。
「……」
ダンはますます身体を丸めて俯いた。
「でもそれで、ヤガタは救われたって訳だ。意地っ張りのコストナーには、素直に感謝しなくちゃな。俺たちダガー隊だって、チームαとして生体スーツで戦場に出ていけたのは、あいつが時間を稼いでくれたからだ。新米兵のくせに、初めて生体スーツに搭乗して、あのドラゴンと戦ったんだぜ。アウェイオンの戦いで我が軍を撃滅させた飛行兵器に、あいつは一人で戦いを挑んで、見事、地上に叩き落しやがった」
ビルの真摯な口調に皆が静かに耳を傾ける。
ジャックもビルの言葉に賛同するように頷きながら言った。
「そうですね。フェンリルの生体スーツの能力を差し引いても、確かにあれはラッキーパンチの類ではない」
「そうだろう?あいつは命を懸けてドラゴンと戦ったんだ。基地の兵士だって皆、見ていた。新米だからって、誰が奴を認めないっていうんだ?」
拳を握り締めて力強く話すビルに、ハナが冷水をぶちまけるような言葉を放った。
「あらまあ、随分と熱い会話になってきたわね。コストナーの評価も急上昇してきたし。さっきまで文句を言っていたのに」
「…そういう、嫌みな揚げ足の取り方はよくないぞ。サトー上等兵」
「揚げ足じゃなくて、あなたをクールダウンさせようと思っただけよ、ロウチ伍長」
二人のやり取りに、ジャックとリンダが肩を震わせて笑いを噛み殺している。床の上に尻を付いて両足を抱えて蹲ってしまったダンの背中を、エマが軽く叩いた。
「あんたの余計な物言いが、今回は私たちを救ったってことね。良かったじゃん」
「それ、誉め言葉になっていない」
「いや~、一応誉めてるから。いじけてないで、早く立ちなよ」
膝から半分顔を出して上目遣いでこっちを見るダンの腰を、エマは面倒臭そうにつま先で軽く蹴った。ビルが少し赤らめた顔で咳払いをする。
「とにかく、軍曹の言った通りに身体を休ませよう。そういえば、俺たちアウェイオンからこっち、一睡もしていないんだよな。次の命令が下るまで、待機がてら一寝入りするか」
ドラゴンは倒したが、この戦いの勝者は自分達ではない。重く圧し掛かる事実に、高揚した気分が一瞬にして地に引きずり下ろされた。
アウェイオン大敗退で休戦に応じるしか道はなかった共和国連邦軍は、軍事同盟軍からどんな条件を押し付けられるのだろうか。
自分たちは一体どうなるのだろう。
誰もがそれを言葉に出来ぬまま、互いの顔を見ることもせずに、チームαの六人は沈黙して廊下を歩き出した。




