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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第六章 エンド・ウォー
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救護テント

ニコラス達を探すフォオナとユーリー。

捜索の途中でアメリカ軍の斥候に遭遇した二人は、生き残りの大隊が避難している場所を教えられる。

避難先で無事だったララに出迎えられて、ニコラスのいるテントに案内されるが…。




 フィオナの(めい)に、ニドホグは崖から身体を離した。

 垂直に切り立った岩肌を滑るように落下しながら山の麓から吹き上がってくる強風を双翼に受ける。風に膨らんだ翼がパラシュートとなって、ニドホグの巨体を一気に上空へと持ち上げた。

 ニドホグがものすごいスピードで飛翔していく。垂直飛行で生じる風圧で、フィオナの身体がニドホグの腕からずり落ちそうになった。

 体勢を立て直そうと、フィオナは鉤爪をニドホグの硬い皮膚に引っ掛けようとした。その途端、折れて平らになった鉤爪の先が、硬質の鱗でつるりと滑った。


「きゃっ」


 腕の中の小さな悲鳴に、ニドホグは自分の腕の下に突き出したフィオナの尻を、片方の手で素早く押し上げた。


「ありがとう、ニドホグ。もう少しで森に落ちるところだった」


 フィオナは恨めしげな表情で、ケイに切り落とされた爪を広げて自分の前に翳した。無残な姿となった鉤爪に、唇がわなわなと震えてくる。


「おのれぇぇ、ケイ・コストナー!あたしの大切な鉤爪を、よくもこんなにしてくれたな!次に会った時には、目にもの見せてやる!」


 張り上げた怒声は、瞬く間に、風に掻き消された。

 それでも、ヘルメットに内蔵されている高性能マイクがフィオナの声を聞き取ったようで、ユーリーがニドホグの胸から頭を出した。

 フィオナに向かって、ヘルメットの横を手で叩いて手を振る。通信を開けと言っているのが分かって、フィオナは耳の中に指を差し込んだ。


「聞こえるか、フィオナ」


 フィオナはユーリーに向かって大きく頷いた。


「聞こえてます。そっちは?」


「通信に異常はないようだ。何か発見したか」


 フィオナは両手でバツ印を作って見せてから、声を放った。


「ファーザー、ごめんなさい。まだ何も見つからないの」


「心配するな。ニコラス達は無事でいるさ」


 通信機を通してユーリーの力強い声が返ってくる。フィオナは幾らか安堵した。


(コストナーなんかに腹を立てている場合じゃない。早くニコを探さなくちゃ)


 ニドホグの腕の中から伸び上がらせた上半身を下に向けて、フィオナはモルドベアヌ山脈の麓に広がる森林の海のあちこちを見渡した。

 アメリカ兵達の拠り所はモルドベアヌ基地だ。基地が破壊されてしまっても、行く当ては限られている。だから、それ程遠くには避難していない筈だ。

 なのに、フィオナの人並外れた視力を以てしても針葉樹の暗い緑色しか目に映らない。


「目視で見つけられないのなら、耳で見つける」


 フィオナには、視力同様、人間の五倍以上の聴覚がある。しかし、いくら耳を澄ましても、人の声を拾うことは出来なかった。


「山に吹き付ける風の音が大き過ぎるんだ」


 焦燥感で息が荒くなってくる。不安になったフィオナはユーリーを見下ろした。

 やはりニコラス達の手掛かりがつかめていないようで、ニドホグの胸から項垂れたように頭を出したまま、視線を森に落としていた。

 基地の上空を何度も回遊しながら飛ぶニドホグが、突然、鳴き声を轟かせた。空に大音響を響かせるニドホグに、フィオナははっとした。


「いい案だわ、ニドホグ!鳴き声であたし達が無事なのをニコに知らせるのね」


「いたぞ!麓の岩場だ」


 ユーリーの叫びに、フィオナはニドホグの腕から半身を乗り出して下を覗いた。数百メートル下で、豆粒のように小さく見える三人の人間が手を振っていた。


「ニコなの?」


「ニコラスではないが、基地から脱出したアメリカ兵だ」


 兵士達はユーリーに片手を振りながら左方向を指差している。


「彼らは斥候のようだ。俺達に伝えたい事があるようだが、山と岩が邪魔で無線が入らない」


「ニドホグ、降下して」


 切り立った山稜(さんりょう)に、両足が落ち着ける大きさの岩を見つけたニドホグが、ホバリングしながら着地する。

 着地と同時にニドホグの胸から飛び出したユーリーは、受信可能な場所を探そうと、切り立つ岩壁を一気に駆け下りた。百メートルほど降りた所で岩壁に張り付いて、フィオナを見上げる。


「フィオナ、彼らの無線を傍受したぞ」


 バイザーをはね上げてヘルメットから顔を出したユーリーが大声を放った。


「西の方向に行けと言っている。火事を逃れたアメリカ兵は避難基地に集合しているそうだ。ト

ランシルバニア・アルプス山脈の稜線を西に向かって三キロ飛行した後に、西南西に進路を変更する」


「了解。ニドホグ、大隊の避難所に向かうわよ。すぐにファーザを回収して」


「グァルル」


 鳴き声を上げると、ニドホグは巨大な翼を激しく打ち鳴らして岩壁から離れた。

 崖に張り付いているユーリーの下をゆっくりと飛行する。


「ニドホグ、あっちだ」


 自分の背中に飛び移ったユーリーが指差す方向に鼻先を向けて、ニドホグが高速飛行を開始する。ものの数分で、指示された場所がある山頂付近に到着した。


「いたぞ!」


 山の麓に集合している大勢の兵士を見つけたユーリーが声を上げた。ニドホグは両翼を平行にして山肌をグライダーのように降下する。山の中腹でユーリーがニドホグから飛び降りた。


「フィオナ、乗れ!」


 ニドホグの腕から飛び降りようとしているフィオナを空中で受け止めて肩に乗せると、ユーリーはパワードスーツをフルパワーにして山裾を滑り降りた。

 最初に気が付いたのはララだった。

 ララは抱いている赤子を隣の女性兵士に預け、石で埋まる山裾まで降りて来たユーリーに向かって猛スピードで走り出した。


「メイ博士!」


「フィオナ!」


 ユーリーの肩から飛び降りたフィオナが、転げるように走ってくる。

 ララは、自分の胸に飛び込んでくる細い少女の身体を、しっかりと抱きしめた。


「博士、無事で良かった」


 ユーリーは、ヘルメットを外したパワードスーツを装着しているララを、驚くように眺め回した。

「君がパワードスーツに身を包むとはな。事態は俺の想像しているよりも悪いようだ」


「そうよ、ユーリー、最悪なんてもんじゃないわ。難攻不落を(うた)ったモルドベアヌ基地が、超高出力のレーザーで宇宙から攻撃されたのだから。そんな事態、あなただって想定していなかったでしょう?」


「何だと?」


 ララの言葉にユーリーの顔色が変わる。


「あのレーザーは宇宙から発射されたというのか?」


「ニコラスはそう言っていたわ。地球の低軌道上に異常な高エネルギーが生じているのに、いち早く気付いたのは彼よ。でも、まさか、モルドベアヌ基地にレーザーが撃ち込まれるとは想像もしなかった」


 そこまで話すと、ララは力なく俯いた。


「ユーリー、モルドベアヌ基地は壊滅したわ。逃げ遅れた兵士や住民も数多くいる。被害は甚大よ」

 

 項垂(うなだ)れたまま目を伏せるララを、ユーリーは険しい表情で見つめた。


「ねえ、博士。ニコはどこ?博士達と一緒なんでしょ?早くニコに会いたい」


 パワードスーツの両腕を掴んで引っ張るフィオナを、ララはじっと見つめた。


「ええ、フィオナ。ニコラスは今、テントの中で休んでいるの。すぐに合わせてあげるわ」


 そう言って、ララは森の入り口に設営されている複数のカーキ色のテントを指差した。ララの指を追うように、ユーリーは視線を動かした。


(あそこにいるのか…)


 確かに、一際大きなテントに赤十字のマークが記されている。


「博士、あいつは怪我をしているのか?」


「とにかく、テントに行きましょう」


 ララは不安そうに尋ねるユーリーから視線を反らすと、フィオナの手を握りしめて踵を返した。


 自分への返答を、ララがわざと拒否したように思えたユーリーの胸に、悪い予感が渦巻いた。洞窟で気を失った時に見た悪夢が頭に過ぎり、思わず息が荒くなる。


「ニコラス!」


 ユーリーはパワードスーツをダッシュさせ、テントに向かうララとフィオナを一気に抜き去った。

 救護テントの幕を荒々しく開け放つ。

 突然、テントにパワードスーツが入って来たのに驚いた軍医や看護兵が負傷兵の手当てを止めた。

 見慣れぬパワードスーツに、看護兵の顔が恐怖で固まっている。

 静まり返ったテントの入り口で、ユーリーはパワードスーツのヘルメットを取った。


「ユーリー殿だ。最高司令官殿が、ご帰還されたぞ!」


 ヘルメットから現れたユーリーの顔に、兵士達はユーリーの名を口にして、安堵の吐息を漏らした。


「ニコラス・ステングレイはどこにいる?このテントで治療を受けていると聞いた」


 照明のないテントの中は、針葉樹の森の中より薄暗かった。

 地面に敷かれたシートの上にマットが敷き詰められている。その上に寝かされている怪我人を見渡しながら、ユーリーはニコラスの名を連呼した。

 いくら呼んでもニコラスからの返事はない。

 苛立ったユーリーの目に、テントの奥の簡易ベッドが映った。

 重傷を負った怪我人が寝かされているようで、何人かが生命維持装置に繋がれている。彼らの姿に、ユーリーの心臓がどくんと跳ね上がった。


(返事が出来ないくらい、重傷を負っているのか?)


 全身から冷たい汗が噴き出てくる。マットとマットの縫うように進んで簡易ベッドに駆け寄ったユーリーは、包帯で覆われている怪我人の顔を一人一人ずつ覗き込んだ。

 全身を包帯に包まれていたとしても、ニコラスだと分かる自信はある。

 だが、ベッドに寝ている怪我人は、どれもニコラスではなかった。


「ニコラス。どこだ、どこにいる?」


 思わず悲鳴を上げそうになるのを、口に掌を強く押し付けて、何とか堪える。


「ユーリー、ニコラスはこっちよ」


 テントに入って来たララがユーリーを手招きした。その脇にフィオナの姿はない。


「フィオナはどうした?」


「ニコラスと一緒にいるわ」


 ニコラスの名を聞いて盛大に相好を崩したユーリーに、口角をそっと持ち上げたララが、救護テントの幕を端に寄せて通り道を作った。


「ユーリー、ニコラスは救護テントの後ろに設置されたテントの中で休んでいるわ」


 ララが言い終えないうちに、ユーリーはテントを飛び出した。

 救護テントの後ろに回ると、ララの言った通り、白いテントが設置されている。


「ニコラス、無事か!」


 小さなテントに飛び込んだユーリーは、簡易ベッドに横たわっているニコラスを見つけた。頭と胸に包帯が巻かれているのが痛々しい。

 ニコラスの胸に頭を乗せて泣き崩れているフィオナの姿が、ユーリーの目に飛び込んできた。


「ファーザ!」


 泣き濡れた瞳をユーリーに向けたフィオナが絶叫した。


「ニコが、ニコが、死んじゃった!!!」

 


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