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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第六章 エンド・ウォー
273/303

モルドベアヌ基地壊滅

崩落するレーザーガン発射施設に取り残されたユーリー。

アシュケナジはオーリクの操縦する生体スーツG―1と共に次の地点へと向かう。

壊滅状態となったモルドベアヌ基地上空を飛び回るニドホグとフィオナが目にしたものとは…。


 G-1は、天井から落ちてきた大小の岩を左手で払い除けながら、指を揃えた大きな右手をアシュケナジの足元に置いた。


「オーリク曹長、すぐに脱出するぞ」


 G-1の掌に飛び乗たアシュケナジをオーリクは肩に乗せる。


「アシュケナジ!逃げる気か!!」


 床に落ちている拳銃を拾ったユーリーが、銃口をアシュケナジに向けてトリガーを引き続ける。だが、発射された弾丸は全てG―1の腕で遮られ、アシュケナジに届くことはなかった。


「くそっ」


 撃ち尽くした拳銃を床に叩き付け、パワードスーツの腕からブレードを出現させる。床を突き上げる揺れに身体をぐらつかせながら攻撃体勢を取っているユーリーを、オーリクは生体スーツのコクピットから冷酷な表情で見下ろした。


「こいつを始末しますか?すぐに対処します。ご指示を」


 ブレードを構えてG―1に対峙するパワードスーツに拳を叩き込きこんでやろうと腕を持ち上げたオーリクが、アシュケナジに伺いを立てる。


「放っておけ。奴は、数分と経たずに崩落した岩で生き埋めになる。時間の無駄だ」


「御意」


 オーリクはG-1を腰低く屈ませると後ろ足で器用に後方に跳ねて、あっという間に穴の中へ姿を消した。


「待て!!」


 追い掛けようと穴の入り口に駆け寄る。大穴の前に立ったユーリーの目に、レーザー・ガン発射室同様に岩盤を天井高く掘削した通路が飛び込んできた。


「これは?」


 通路は緩やかに蛇行しながら奥へと続いている。ユーリーはヘルメットに内蔵された赤外線光子センサーで距離を探知した。


「西南に五七二・四三メートル延びるトンネルだ。そうか、これは、副大統領(ウォーカー)専用の脱出口用に作られた通路なのか」


 巨大なパネルディスプレイは秘密通路を隠す役目もあったというわけだ。

 穴の内部に足を踏み入れようとした刹那、ヘルメットから警告音が鳴り響いた。同時に、ヘルメットディスプレイが三発の小型ロケットの姿を捉える。


「しまった。スーツめ!ロケットランチャーを携帯していたのか!」


 ユーリーは脱兎の如く横に飛び跳ねて床に伏せた。

 直後に脱出通路の入り口が爆破され、轟音が辺り一面に響く。

 ミサイルで砕けた岩が入り口を埋めていく。崩れていく脱出口をすり抜けたミサイルの一発が、正面の岩壁を直撃した。

 脱出口から吹き上がる火炎と衝撃は回避出来たものの、前方からミサイルの激しい爆風と砕かれた岩がパワードスーツへと弾丸のように飛んでくる。

 直撃すれば致命傷になりかねない。

 ユーリーは目にも止まらぬ速さで壁を駆け上がった。天井と壁の際を放射状に走って爆破地点から距離を取り、飛んでくる岩から逃れた。

 床に着地したユーリーの頭上に天井から剥がれた岩壁がヘルメットを掠るように落ちてきた。

 あと三秒、屈んだ腰を元に戻すのが遅れたら、頭を直撃されていただろう。

 この切迫した状況で、ユーリーの脳波パターンと連動したコンピュータが内蔵されている戦闘用ヘルメットを失えば、即ち死を意味する。


「早く脱出しなければ、生き埋めになってしまう」

 

 副大統領専用の秘密通路を赤外線センサーで調べたユーリーは、バイザーディスプレイに映し出された映像に顔を曇らせた。


「こっちは駄目だ。完全に塞がれている」


 経年劣化でコンクリの強度がかなり脆弱になっていたのだろう。壁と天井を補強する為に覆ったコンクリートが岩と一緒に剥れ落ちていた。

 崩落は副大統領執務室まで続いている。パワードスーツで岩を除去しても通路を確保するのに気の遠くなるような時間が掛かりそうだ。の


「…これでは岩とコンクリで埋まった通路を掘り起こしながら執務室に戻るのは不可能だ」


 それに、基地の主力発電施設である地下の地熱発電所が爆発した今、基地どころかモルドベアヌ山自体が崩壊するかもしれない。


「基地の内部に向かうのは自殺行為だ。アシュケナジを追って脱出するしか、手は残っていないということか」


 ユーリーは自分が破った分厚い鋼鉄の扉を拾い上げると、パワードスーツの腕の出力を上げて両端を折り曲げた。


「この扉を盾に使えば、多少なりとも防御になる」


 同じ通路を使って基地を抜け出そうとするユーリーを見つけたG―1が、攻撃を掛けて来るかも知れない時の為の用心だ。何もないよりはましだろう。

 それから入り口を塞いでいる大小の岩を急いで掻き出し始めた。

 ずっしりと重い岩石に、この秘密の脱出口が太古の溶岩を掘削して作られた通路だと知った。


「レールガン発射室の岩壁よりもずっと頑丈そうだ。これならすぐには崩落しないだろう」


 岩に押し潰されずに済みそうだと知ってほっとしたユーリーの脳裏に、ニコラスの顔が浮かんだ。暫く前から通信は途絶えている。


「ニコラス、無事でいてくれ」


 ユーリーは曲げた大扉を盾にしてパワードスーツを防御しながら、トンネルの中を歩き出した。





「五百メートル四方に敵影はありません」


 アシュケナジに報告してから、オーリクはG―1の顔を穴から覗かせた。

 入り口に設置したナノ迷彩電子装置のスイッチをオフにする。岩盤そっくりにカモフラージュしていた映像が瞬時に消滅し、地上から六百メートルの高さにある岩山の中腹に、高さ六メートル幅四メートルの楕円の大穴が出現した。

 穴の周辺はケーキに乗せたクリームをナイフで一気に削ぎ取ったかのような見事な絶壁となっている。


「了解だ。オーリク曹長、速やかに移動を開始せよ」


「はっ」


 G―1の重量が耐えられる堅牢な岩の部分を、生体スーツの人工脳で探し出す。足場がすぐに緑色の点となって、オーリクのバイザーディスプレイに浮かび上がった。


「ポイントを確保しました。すぐに下降します」


 G―1が岩の縁に五指を掛けて穴から飛び降りた。釘のように鋭く尖らせた手足の指先を的確にポイントに打ち込みながら、麓に向かって軽やかに降りていく。


(さすがだな。サル型生体スーツの機能を十二分に生かしている)


 アシュケナジはG―1の首にしっかりとつかまりながら、切り立った崖を見た。

 数万年前から雨や風雪に晒され続け、傾斜が九十度近くにもなっている。

 これほどの急峻な峰はどんな人間も寄せ付けない。だからこの難所中の難所に、初代アメリカ副大統領とアシュケナジしか知らぬ極秘裏の通路を作ったのだ。

 

 それが、まさか。


(プロシアの生体スーツがこの峰をルートにして、アメリカ軍基地を急襲するとはな。夢にも思わなかったぞ)


 アシュケナジは口元に苦々しい笑みを浮かべた。誰の目にも見つからぬよう対策は万全にしてあったが、少しばかりひやりとさせられたのは事実だ。


(あの奇策は、ウェルク・ブラウンが考案したと聞いている)


 初めてブラウンに会ったのは、彼がまだ十にもならない歳だった。

 好奇心に輝く鉄色の瞳がアシュケナジの脳裏に浮かべる。幼さに似つかわしくない怜悧な表情の少年が、エンド・ウォー以後の人間が知る必要もない重力の話を自分に向かって一生懸命説明する。その様子は、昨日のように覚えていた。

 ブラウンが極めて優秀な頭脳の持ち主であるのは、すぐに分かった。それは、アシュケナジのクローン体であるユーリーの裏をかいた奇襲作戦で見事に実証された。


(さすがは、アガタの息子だ)


 細くてひ弱だった少年は、三十年経って、どんな男に成長したのだろうか。

 G―1が最後のポイントから手を離した。幾分なだらかになった麓の岩肌を四つ足モードで駆け下りると、地面まで二十メートルとなった高さからダイビングした。

 着地の地響きに驚いたのだろう。鳥の群れが森林から飛び立つのが目に映る。


「時間が惜しい。オーリク、森林を突っ切って次の目的地に向かうのだ」


「はい、閣下」


 G―1は邪魔な木々を両手で器用に薙ぎ払いながら、広大な森林を走り出した。

 向かうは西南、アシュケナジをこの世の破壊者と面罵した男が隠れ住む場所へ。


(待ち望んでいた時がようやく動き出したのだ)


 自分を止めようとする者は先に排除する。それが旧知の友人であってもだ。


(奴を始末次第、ウェルク・ブラウン、再びお前に(まみ)えようぞ。何故なら私の計画は、お前抜きでは始まらないのだからな)

 

 森を疾走するG―1の背の上でアシュケナジが空を仰ぐ。


(待っていろ、ムゲン。あと少しだ)


 口に刻んだ名に力を込めて。





 モルドベアヌ山の頂から巨大な炎が立っている。

 ニドホグやその他の飛行兵器が使用する昇降機の巨大な円蓋が跡形もなく吹き飛び、円形をした入り口の硬い岩盤が原形を留めない程粉々に砕け、その周辺の岩は真っ黒に焼け爛れていた。

 大きく抉られた岩肌に黒く溶けたガラス物質がこびりついている。

 どれだけの高温で焼かれたのか、想像もつかなかった。

 変わり果てた姿になった基地を見て、ニドホグの胸から顔を出したフィオナは言葉を失った。


「モルドベアヌ基地が…壊滅、した?」


 ようやく絞り出せた自分の言葉に、フィオナはぞっとした。だが希望を抱こうにも、山の至る所から噴煙を上げている基地が機能しているとは、とても思えない。

 火を吹く山と化したモルドベアヌの周辺をニドホグに回遊させて、フィオナはありったけの声を張り上げた。


「ファーザ!ニコ!どこにいるの―――!」


 喉を嗄らして叫び続けるが、人らしき声は一つも耳に入ってこない。

 フィオナはニドホグに命令して探索場所を広げた。すると、基地から少し離れた絶壁に大きな穴が開いているのを見つけた。


「ねえ、ニドホグ、あんなところに洞窟なんてあったかな?」


 ニドホグがグルルと唸って首を振る。


「そうだよね。もしかしたら、あの穴は基地の脱出通路の出口かも知れない」


 上空に飛び上がったニドホグが岩肌すれすれに滑空して洞窟へと降下する。両翼に付いてる鉤爪と両手両足の爪を同時に岩壁に食い込ませると、穴の上の岩壁に逆さになって巨躯を張り付かせた。

 ニドホグの胸嚢から這い出したフィオナが、太い首を伝って穴の中に飛び降りる。


「ニコォォ――!ファーザ――!返事してぇぇ――!」


 穴の奥に向かって叫ぶ。フィオナの放った声が岩に反響した直後、洞窟の暗がりから男の声が返って来た。


「…そこにいるのは、フィオナか?!」


 疲労困憊の極みにあるのか、酷く掠れた声だった。

 それでも、フィオナの名を呼ぶその声を、どれだけ待ち望んでいたことか。


「ファーザ…。良かった…生きて、た…」


 涙の膜で厚く覆われたフィオナの眼球に銀色のパワードスーツが映る。

 その姿は、水中に漂う水草のようにゆらゆらと揺れ動いていた。


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