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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第六章 エンド・ウォー
271/303

天空の監視者

ガグル社とモルドベアヌ・アメリカ基地の両方から放たれたミサイルをムゲンが感知する。

京太に命令を乞うムゲン。


地上と空の両方から攻撃を受けた基地の中で、ユーリーはアシュケナジから驚くべき話を聞かされる。


「ミヤビ、ヨーロッパ大陸から膨大な熱量が発生しているのを検知しました」


 ムゲンからの連絡で、京太は丸い舷窓の外から視線を外した。

 窓枠に頬杖を付いたまま、斜め上に首を傾げて天井のスピーカーへと両眼を動かす。京太の黒い瞳をセンサーアイで捉えながらムゲンが説明を続けた。


「エネルギーの測定結果が出ました。TNT当量で五百トンの爆発力のある中距離ミサイルがヨーロッパ大陸を飛び交っています。飛行距離は最大で千二百キロメートル」


「中距離ミサイルだって?」


 京太は少し驚いたように目を瞬いた。

 時間にして一秒の瞬きを、センサーアイに内蔵されたカメラが十枚の映像に分割・デジタル化して、ムゲンに送信する。

 ムゲンは0と1のデジタル化された黒い瞳の映像を取り込んで、長年堆積された京太の生体データと比較した。

 京太が驚いた時に瞳孔が拡張する数値が、データを取り始めた頃のものと同じになっている。目を瞬いた時に微かに動いた眉も、口の動きもほぼ同じ角度だ。


「ミサイルのプラットフォームはどこなんだ?」


 京太は天井を見上げたまま、後ろを見ようと上体を捩じった。

 勢いよく身体を動かしたせいで、浅い窓枠に掛けた肘が滑り落ちた。途端にバランスを崩した京太は、椅子から身体を投げ出されそうになる。

 肩に羽織った長いローブと、腰よりも長く伸びた黒髪が、無重力(マイクロ)に近い空間(グラビティ)にゆっくりと広がった。

 身体が不自由な京太の為に、ステーション内部は微小重力のままになっている。

 床にゆるゆると落下していく京太の身体を、椅子から伸びた二本の長い腕が巻き付くように受け止めた。


「ありがとう、ムゲン。椅子から落ちなくて済んだよ」


「どういたしまして、ミヤビ。あなたは身体が不自由なのですから、私がサポートして当然です」


「…ああ、そうだね」


 京太は自分の胸と腹に巻き付いた腕に目を落とした。

 椅子からずり落ちた身体を元に戻すのを何の感情もなく見つめる。上半身が椅子の背もたれに落ち着くと、後ろから三本目の腕が現れた。手に持った櫛で宙にばらばらに広がった京太の髪を丁寧に梳いていく。


「衛星兵器で文明崩壊の憂き目にあったにも拘らず、ヨーロッパ大陸に残存した国の人間達が性懲りも無く小競り合いを繰り返しているのは随分前からだけど、短期間で随分と兵器の技術が進歩したようだね」


 物憂げに喋る京太にムゲンが柔らかな音声で言った。

 後頭部と首の付け根に二列になって伸びている小指程の太さのコードに絡まった髪を、機械の指が器用に解していく。


「最終戦争前の科学技術が失われていなかったのですね。それも、あの時代よりも、ミサイルの性能が進歩しているようです」


「愚かなものだね。兵器なんか進歩させたって、誰も幸せにならないのに」


 ミヤビは残念そうに溜息を付いて、窓の外に視線を戻した。

 生気のない瞳が宇宙ステーションの下にある地球を暫し眺める。それから椅子の背もたれに身体を預けると、京太は口から微かな吐息を漏らした。

 顔を自分の肩に預けるようにして瞼を閉じる。長い前髪がはらりと、その青白い頬に落ちた。


「ミヤビ、ミサイルをどうしますか?」


 京太の背後から四本目の長い腕が伸びた。関節が七つある腕が精巧に作られた手を京太の顔の横へと伸ばす。

 顔に落ちている髪を人差し指ですくうと、そっと京太の耳に掛けた。


「ミヤビ?」


 ムゲンが呼びかけても京太は反応しない。少しの間、ムゲンは天上のセンサーアイを点滅させて京太の様子を見ていた。


「ミヤビ、返事をして下さい」


 ヴゥ―ンと機械音がして、京太の瞼が持ち上がった。

 背を伸ばすようにして顔を上げると、ムゲンのセンサーアイに向かって大きく目を見開いた。

 黒い瞳を縁取るように、赤い光の輪が浮かび上る。京太は滑舌良く喋り出した。


「放置しておく理由はないよね。だって、宇宙ステーション(僕らの家)にミサイルが飛んで来る可能性がゼロではなくなったのだから。それにムゲン、前の世界大戦の時のように、太陽光パネルを破壊されたら一大事だろう?」


「はい。二度とあのような惨事が起きるのは絶対に防がねばなりません」


 ムゲンの言葉に京太はしっかりと頷いた。


「ああ、そうだとも。半壊したステーションを今のような形に作り替えて新たなシステムを構築するのに、どれだけ長い時間が掛かったか考えてみて。それを、地球からのミサイル攻撃で失うなんて、二度とご免だ。ムゲン、僕らの世界を壊そうとするものは、徹底して排除しなければならないよ」


 語気を強めた京太が椅子から立ち上がろうとする。椅子の足がプロテクターに変形して京太の身体を支えた。

 手足どころか、京太の全身は人形のように動かない。だが、ムゲンは自由自在に変形する椅子に改造した医療用ロボットに座らせる事で、京太の身体的不自由さを解決した。

 京太の僅かな筋肉の動きを椅子ロボットと連動させる。その動きは、膨大なデータとなって日々、メインAIに蓄積されるのだ。

 だから。

 生きている時と変わらない表情で、京太はムゲンを見、そして話すことが出来るのだ。


「その通りです。ミヤビ、もう一度、地球を攻撃する許可を私に与えて下さい」


「ああ、もちろんだとも。ムゲン、君に命令する。ヨーロッパ大陸を全て破壊しろ」


 京太が目元を柔らかく細めながら微笑んだ。

 これこそがムゲンが執着してやまない笑顔なのだ。


「僕らの世界を、この宇宙で永続させる為に」






 

 山の側面を覆う岩板が崩れてクレーターと化す映像を、ユーリーは放心状態で見つめていた。


(これだけ酷い揺れだ。銃で俺を狙うのは難しいだろう)


 ユーリーは片膝を床に落とした状態で、ブレードの切っ先をアシュケナジに向けた。


「そんな体勢で、私に攻撃をし掛けようとしても、無駄だぞ」 


 突然、アシュケナジの生々しい声がヘルメットのイヤホンから響いてきて飛び上がった。


「何を驚いている?これだけ激しい振動だ。生の声では耳に届かないからな」


 アシュケナジはミサイル発射装置に寄り掛かったままユーリーを見ていた。さっきと違うのは、ヘルメットを装着したパワードスーツの両手に、刀が握りしめられていることだ。


(くそ。レーザー銃が作動しないのに気が付いたか)


 激しい振動はまだ続いている。ヘルメットに内蔵されているパーソナルコンピュータで計算すると、バイザーディスプレイにマグニチュード七と緑の蛍光色で数字が浮かび上がった。


「ふふふ。揺れが酷くて手も足も出ないようだな」


 床に這いつくばるような格好のユーリーを見下ろしながら、アシュケナジがゆっくりと足を組み替えた。


「随分と悠長だな。そのうち天井が崩落するかもしれないぞ」


「安心しろ。このミサイル発射施設はマグニチュード九の耐震強度を誇っている。それよりどうだ、巨大電磁波砲の威力は。お前の想像を遥かに超えた破壊力だったろう?」


 くっくと喉を鳴らしてアシュケナジが低く笑う。その笑い声があまりにも生々しく耳元で響いたせいで、ユーリーは思わず身震いをした。


「この地上型極超音速(オペレーショナル)ミサイル(ファイヤー)の開発に成功すれば、アメリカが敵対国に対して戦略的優位に立つのは必然だった。残念なことに、エンド・ウォーで開発は頓挫したがな」


 アシュケナジが小さく肩を竦めた。


「残された技術を基に、私が実用化に漕ぎ付けた。ミサイルを史上最速で飛ばす為には形状を鋭角にするのが理想だが、空気抵抗で表面温度の上昇が課題でね。目標に着弾する前に爆発したら使い物にならないからな。耐熱措置として弾頭部分を人工ダイヤモンドのノーズカバーで包み、超耐熱加工に成功したセラミックで本体を合成した。マッハ八超の速度が落ちないように途中からロケットエンジンを作動させた。どれをとっても苦労の連続だったがね」


「そんな苦労して作ったミサイルを、自分の所有する社屋にぶち込むのか。酔狂にも程がある」


 荒々しく言葉を投げつけるユーリーに、アシュケナジが苛立たしそうな溜息を吐いた。


「ユーリー、技術というものは破壊してこそ進歩するのだ。私は口癖のようにお前に言って聞かせたぞ。まあ、我々の噛み合わない会話も、あと少しの辛抱だ。見ろ」


 アシュケナジが壁のパネルに顔を向ける。促されるように大画面を見たユーリーの目に、巨大な白い閃光が飛び込んできた。


「うわっ」


 あまりにも強烈な光に、ヘルメットバイザーの遮光の調整が間に合わなかった。反射的に目を閉じた次の瞬間、ユーリーの身体が巨大な轟音に包まれた。


「この音は?!」


 急いで開けた目に、モルドベアヌ基地の山頂にある巨大な円蓋が中央から真っ二つに割れて宙を飛んでいく映像が飛び込んできた。


「馬鹿な!超硬質なグラフェン炭素の円蓋が吹き飛んだ、だと?!」


 その直後、映像が途切れた。画面に灰色と黒の細かい横線が走る。


「どうやら、衝撃波で基地近くのドローンが吹き飛んだようだな」


「まともに動くドローンはないのか?何とかしろ、アシュケナジ!」


 アシュケナジの他人事のような口調に腹を立てたユーリーが怒鳴り声を上げた。


「遠距離に配置した一台が無事だったようだ。少し待て」


 刀の先を向けられて、ユーリーは口を一文字に引き結んだ。

 もどかしい思いでパネルに目を凝らしていると、十秒程で映像が復活した。

 動いているドローンはかなり遠くを飛んでいるようで、モルドベアヌ山全体が映っている。

 その画像に、ユーリーの目が釘付けになった。


「これ、は」


 漆黒と紅蓮を混ぜ合わせた巨大な爆雲が、巨大なクレーターと化した山から立ち昇っていた。


「あの光線…。空の上からレーザー砲を撃ったのか!しかし、誰が、一体、どうやって?」


 不気味な音と共に火を吹く山の映像に、ユーリーの身体が戦慄いた。

 噴火で吹き飛んだようにしか見えない頂上からは膨大な塵埃(じんあい)が噴き出し、周りの空気を灰色に染めながら森林へと降り注いでいく。


「この閃光はムゲンが全世界の主要都市を焼き尽くすのに使用した最終兵器だ。どうやら完全に復活したようだな」


「ムゲン?さっきからお前が口にしてる名は何なのだ?!答えろ、アシュケナジ!!」


 激震の中、ユーリーは跳ねるように立ち上がると、アシュケナジにブレードの切っ先を突き出した。アシュケナジが自分に向けられた刃の先端をうるさそうに刀で軽く薙ぎ払う。


「ムゲンは今から三百年前に打ち上げられた宇宙ステーションに設置されている汎用性型超人工知能だ」


「汎用性型超人工知能…」


 ユーリーは唇を震わせながらアシュケナジの言葉をなぞった。


「いくつかの文献で読んだから原理は知っているが、それが実際に作られていたというのか?それも、三百年も前に?そんなバカな話があるものか!」


「お前がそう思うのも無理はない。人工知能が存在していたのは、最終(ビフォア)戦争前(エンドウォー)の世界だからな。今の地球上にはどこにも存在しない。唯一、宇宙にあるものを覗いてな」


「宇宙?」


 思わぬ言葉に、ユーリーが顔を上に向ける。

 当然、宇宙が目に映る筈もなく、天井には停電用ライトの薄暗い光が振動の影響で不規則に点滅していた。


「そうだ。ムゲンは、地表四百キロメートル上空の軌道から我々を監視している。人類を一瞬で抹殺できる悪魔…いいや、神の如き人工知能なのだ」

 

 薄明かりの中、アシュケナジは陶然(とうぜん)とした表情で口角を持ち上げた。



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