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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第二章  絶望のインターバル
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アシュル

「目を覚ました!ケイの意識が戻ったぞ!!」


 うっすらと目を開けると、最初に見えたのはミニシャの顔だった。

 今にも泣き出しそうな笑い顔だ。酸素吸入器を付けて腕に点滴を受けている自分の身体が、病室のベッドに寝かされている。


「ケイ、私が見える?私が誰だか分かるかい?」  


 薄く広がった肌色と黒い瞳が凝縮して、ケイを覗いているミニシャの顔になった。


「はい、ボリス少尉。俺は…?」


「無理に話さなくていい。安静にしていないと」


 ミニシャはケイが喋ろうとするのを優しく遮った。

 寝かされているベッドの周りにダガー隊の全員がいるのが分かった。

 心配そうなエマの隣で、対照的に柔らかな笑みを顔に広げているリンダ、ほっとしたように頬を緩めるジャック、力強く頷くビル、いつもと変わらない無表情なハナがケイを見つめている。

 むず痒そうな表情で自分から目を離さないダンに、ケイは薄く微笑んだ。


「意識が戻って、良かったな」


 ダンがそっぽを向きながら言った。


「ケイ、君は、危険な状態を脱した。もう大丈夫だよ」


 ミニシャの言葉を合図にしたように、ダガー隊は皆、病室の外に出ていった。

 ミニシャが、項垂れる様な格好で深く息を吐いてから、病室の脇に置いてある椅子にどさりと腰を下ろした。


「軍曹、コストナーが目を覚ましたとブラウン大尉に伝えてくれ」


「了解しました」


 ベッドで寝ているケイから最後まで目を放さなかったダガーがミニシャに頷いて、ゆっくりと後ろを向

いて立ち去ろうとした。


「軍曹、あの…」


 ケイはおずおずとダガーに声を掛けた。身体に力が入らずに、蚊の鳴くような小さな声しか出ない。


「何だ?」


 声は届いたようだ。ダガーが半分だけ振り返ってケイを見た。


「呼び戻してくれて、ありがとうございました」


 ダガーの目が大きく見開かれた。驚いているようだ。


「覚えているのか?」


「はい」


「そうか」


 ダガーは目を伏せた。それから再び顔を上げて、病室の白い扉に目を向けた。


「戻ってこられて、本当に良かった」


 そう言い残すと、ダガーは足早に病室を後にした。その姿を、病室のベッドから目だけで見送りながらケイは声なく呟いた。


(アシュルさんって、誰ですか?)


 聞いてはいけないのだ。そして、その人物がどうなったのかも。


 想像はつく。だからこそ、口にしてはいけないのは重々分かっていた。


(フェンリルはどうして俺を生かしておいたのだろう?)


 考えようとすると、途端に頭が重くなる。目を開けているのも億劫だ。


「ケイ、君はかなりの脳性疲労を起こしている。薬で暫く眠って貰うよ。その方が、回復が早いから」


 そう言ってミニシャが点滴の袋を変えるのを、ケイはぼんやりと眺めていた。

 ぽたぽたと管を落ちる滴と共に、ゆっくりと瞼が落ちていく。点滴の量を調節しながら、ミニシャが顔を覗き込むようにしてケイの状態を伺っている。


「お休み、ケイ」


 ミニシャの黒い瞳に吸い込まれるように、ケイの意識はぷつりと途絶えた。


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