アシュル
「目を覚ました!ケイの意識が戻ったぞ!!」
うっすらと目を開けると、最初に見えたのはミニシャの顔だった。
今にも泣き出しそうな笑い顔だ。酸素吸入器を付けて腕に点滴を受けている自分の身体が、病室のベッドに寝かされている。
「ケイ、私が見える?私が誰だか分かるかい?」
薄く広がった肌色と黒い瞳が凝縮して、ケイを覗いているミニシャの顔になった。
「はい、ボリス少尉。俺は…?」
「無理に話さなくていい。安静にしていないと」
ミニシャはケイが喋ろうとするのを優しく遮った。
寝かされているベッドの周りにダガー隊の全員がいるのが分かった。
心配そうなエマの隣で、対照的に柔らかな笑みを顔に広げているリンダ、ほっとしたように頬を緩めるジャック、力強く頷くビル、いつもと変わらない無表情なハナがケイを見つめている。
むず痒そうな表情で自分から目を離さないダンに、ケイは薄く微笑んだ。
「意識が戻って、良かったな」
ダンがそっぽを向きながら言った。
「ケイ、君は、危険な状態を脱した。もう大丈夫だよ」
ミニシャの言葉を合図にしたように、ダガー隊は皆、病室の外に出ていった。
ミニシャが、項垂れる様な格好で深く息を吐いてから、病室の脇に置いてある椅子にどさりと腰を下ろした。
「軍曹、コストナーが目を覚ましたとブラウン大尉に伝えてくれ」
「了解しました」
ベッドで寝ているケイから最後まで目を放さなかったダガーがミニシャに頷いて、ゆっくりと後ろを向
いて立ち去ろうとした。
「軍曹、あの…」
ケイはおずおずとダガーに声を掛けた。身体に力が入らずに、蚊の鳴くような小さな声しか出ない。
「何だ?」
声は届いたようだ。ダガーが半分だけ振り返ってケイを見た。
「呼び戻してくれて、ありがとうございました」
ダガーの目が大きく見開かれた。驚いているようだ。
「覚えているのか?」
「はい」
「そうか」
ダガーは目を伏せた。それから再び顔を上げて、病室の白い扉に目を向けた。
「戻ってこられて、本当に良かった」
そう言い残すと、ダガーは足早に病室を後にした。その姿を、病室のベッドから目だけで見送りながらケイは声なく呟いた。
(アシュルさんって、誰ですか?)
聞いてはいけないのだ。そして、その人物がどうなったのかも。
想像はつく。だからこそ、口にしてはいけないのは重々分かっていた。
(フェンリルはどうして俺を生かしておいたのだろう?)
考えようとすると、途端に頭が重くなる。目を開けているのも億劫だ。
「ケイ、君はかなりの脳性疲労を起こしている。薬で暫く眠って貰うよ。その方が、回復が早いから」
そう言ってミニシャが点滴の袋を変えるのを、ケイはぼんやりと眺めていた。
ぽたぽたと管を落ちる滴と共に、ゆっくりと瞼が落ちていく。点滴の量を調節しながら、ミニシャが顔を覗き込むようにしてケイの状態を伺っている。
「お休み、ケイ」
ミニシャの黒い瞳に吸い込まれるように、ケイの意識はぷつりと途絶えた。




