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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第六章 エンド・ウォー
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この世の習い

「閃光落下」の続きに話が戻ります。


一人で反逆を起こしたヘーゲルシュタインがブラウンに銃を突きつける。

ブラウンは事態を打開しようとするも、上手くいかずにヘーゲルシュタインの命に従う事になる。



「命令だ。送信スイッチを全部切れ」


 ブラウンの後頭部に銃口を突き付けたヘーゲルシュタインが、左手の拳銃(リボルバー)を戦闘車の操縦席に向けた。

 最高司令官の常軌を逸した行動に二人の兵士の口が半開きになる。

 司令官が部下の頭に銃を突き付けるという信じられない光景に混乱したのか、操縦席から上半身を捩じって後ろを向いた格好で、ブラウンとヘーゲルシュタインに戸惑った視線を当てるばかりだった。

 ブラウンは自分の拳銃(ブローニング)に、そっと目を落とした。

 その気配を感じ取ったヘーゲルシュタインが、ブラウンのホルスターから素早く拳銃を引き抜いて戦闘車の後部に放り投げた。


(さすがだな。全く隙がない。ちょっとでも手を動かせば、俺の眉間に穴が開くか)


 五十半ばを過ぎているヘーゲルシュタインだが、鍛えられた身体は実年齢よりも随分と若く見える。

 時間があればボクシングや柔道の稽古を付けていると言っていたのを、ブラウンは思い出した。

 格闘に慣れた筋肉は、二十も年の離れたブラウンのそれよりも俊敏に動くかも知れない。


(取っ組み合ったとして、万に一つも勝てる気がしないな)


 ヤガタ戦であばらをやられ、ハンヌに脇腹を撃たれている。そんな身体で肉弾戦を挑むというのは、愚の骨頂だろう。


「閣下、私も貴方と同意見です。プロシアを牛耳っている上級貴族軍人など、反吐が出るほど嫌いだ。戦争で国民がいくら疲弊しようと保身と利権にしか興味を示さない貴族軍人を、心から撲滅したいと思っています」


(ヘーゲルシュタインを撃て)


 喋りながら兵士に目で合図を送る。

 だが、彼らは動かなかった。

 腰に銃を装着しているのを忘れてしまったかのように、怯えた眼差しをブラウンに向けている。


(怖気付いたか。どれほど高い地位にあろうとも、軍部への造反行為は大逆だ。だからといって、兵卒である彼らに総指揮を司る最高司令官を撃たせるのは、やはり無理があるか)

 

 何とか時間を稼いで、隙を見つけるしかなさそうだ。

 ブラウンは操縦席で震えている兵士の顔を睨みながらヘーゲルシュタインに話し始めた。


「しかし、奴らを一網打尽で抹殺するにしても、国を道連れにするのは如何なものでしょうか。あまりにも人の道に外れると、閣下、そうお思いになりませんか?」


 ブラウンの諫言(かんげん)に、ヘーゲルシュタインが忌々し気に眉を吊り上げた。


「人の道、か。ウェルクよ、さっきも話したではないか。私はプロシアの消滅を望んでいるのだと。貴族主義に慣れ切った人間は、平民であろうが貧民でろうが生かしておくつもりはない。貴族から職権を取り上げてこの国の平民に治世を任せたとしても、権力を握った人間は必ず特権を享受する階級を生み出してその座に収まるからだ。どんなに頭をすげ替えても、この国は何も変わらんのだよ。頭も身体も尽く粉砕するしかない。最初から人道(じんどう)などありはしないのだ」


 寂しげに笑うヘーゲルシュタインに、ブラウンは必死で言い募った。


「しかし閣下。それはプロシアだけの話ではありません。イギリスやオランダ、その他の国も貴族と言う名の特権階級が国を支配している。フランスだけが共和制を維持していますが、富裕層が歴代の政治家一族と婚姻を結び、貴族化していると聞いている。プロシアから貴族を抹殺しても、世界は何も変わらない」


「それがこの世の習いというのなら…」


 ヘーゲルシュタインは上唇をめくり上げて歯列を剥き出した。


「エンド・ウォーに匹敵する最終戦争を起こして、ヨーロッパの地を再び焦土にせねばならんというわけだ」


「エンド・ウォー、ですと?」


 恐ろしい言葉を吐き出すヘーゲルシュタインに、さすがのブラウンも声を上擦(うわず)らせた。


「ヘーゲルシュタイン閣下、お気は確かなのですか?!」


「もちろんだ。その算段はとっくの昔に出来ている」


 ブラウンの首がゆっくりと横に動き、ヘーゲルシュタインを見た。薄く開いた唇は(おのの)くように震え、大きく見開いた目が充血している。

 始めて目にするブラウンの表情に、ヘーゲルシュタインは腹の底から笑い出した。


「はっはっはっ!エンド・ウォーと聞いて、さすがのウェルク・ブラウンも怖じ気付いたか」


 ひとしきり笑うと、ヘーゲルシュタインは未だに操縦席で固まっている二人の兵士に怒声を張り上げた。


「何をもたもたしてる。早く通信を切れ!それとも、中佐の頭に穴が開くのが見たいのか!」 


 茫然とこちらを見る兵士に緊迫した状況を再認識させようと、ヘーゲルシュタインはブラウンの後頭部に押し当てている拳銃をこめかみに向けた。

 ヘーゲルシュタインが本気だと知った兵士達の顔が一気に青褪めた。二人は慌てふためきながら、各部署に繋がる通信スイッチを切っていった。


「よし。それでいい」


 操縦士の背に向けて、ヘーゲルシュタインが拳銃(リボルバー)のトリガーを躊躇なく引いた。

 銃口から二度、火が吹いた。兵士はううっと呻き声を上げると、計器の上に崩れ落ちた。そのまま動かなくなった兵士の姿にブラウンが声を震わせる。


「少将!なんてことを!味方の兵士を殺す理由がどこにある?!」


「理由なら、あるさ」


 ヘーゲルシュタインはふんと鼻を鳴らしてから、左の拳銃を軍服のインナーベルトのホルスターに差し込んだ。


「彼らは君の直属の部下だ。少将である私の行動に動揺して、手も足も動かせないようだが、そのうち身体に叩き込まれた軍の規律を思い出す。直属の上官である君を危機から救おうとするのが、部下の真髄、道理だ。乱心した最高司令官を銃殺しようとするだろう。だから私も(いくさ)の道理として脅威を排除したまでだ。そして、これも」


 ヘーゲルシュタインはブラウンの耳に装着してあるイヤホンを指で突いた。


「ガルム2とビッグ・ベアに戦闘車の護衛を解除しろと伝えろ。α隊に合流させるんだ」


 (あらが)うように眉を顰めると、問答無用とばかりにこめかみを銃口で強く押された。


(今ここで、死ぬわけにはいかない)


 ヘーゲルシュタインの言う通りにするしかなさそうだ。ブラウンはイヤホンを操作してビルに通信を入れた。


「伍長、戦闘車の護衛はここまででいい。ダガー達と合流して次の戦闘に備えろ」


「ええ?!中佐、戦闘車一両だけでプロシアに向かうのは無茶ですよ。空からのレーザー兵器に狙われたら、一たまりもありませんよ」


 ビルの焦りまくる声が耳の奥まで響いた。当然の反応に、ブラウンは一呼吸置いてから、落ち着いた声で喋り始めた。


「ロウチ伍長、これは私の推測だが、戦場における敵側の脅威はプロシア軍の主力兵器である生体スーツだ。戦闘車よりもスーツに狙いを定めてレーザーを撃ってくるだろう。我々が君達の護衛を受けると戦闘の巻き添えになる可能性が高い。スーツの能力ならレーザーを躱せるが、我々の戦闘車は一瞬で餌食になってしまう」


「言われてみれば、そうですが…」


 ブラウンの説得力のある言葉に、ビルは何も反論出来なかった。


「了解しました。我々はチームαに合流します。中佐、くれぐれも気を付けて。それからマディを宜しくお願いします」


「了解だ、伍長。彼はベルリンに着き次第、すぐに適切な治療を受けさせる」


「という事だ。ダン、すぐに戻るぞ」


「でも、ロウチ伍長。軍司令の地位にある高官を二人も乗せた戦闘車に、全く護衛が付かないってのは、軍規に反するんじゃないですか?」

 

 渋るダンに、ブラウンが通信を切り替える。


「いいか、コックス。敵のレーザー砲やミサイルの照準になるのは、戦闘車の四倍は高さがある生体スーツだ。戦闘車一両で走行するより、両サイドにスーツの護衛を付けている方が敵の攻撃に遭う可能性の方が高いと思わんか?」


「確かにそうとも言えますけど…」


「コックス。上官の命令だぞ。俺達はダガー隊と合流する」


 ビッグ・ベアがガルム2の肩を掴んで引っ張った。


「了解です。中佐、ベルリンまでの道中、ご武運をお祈りします」


「ああ。君達もな」


 ブラウンはイヤホンの通信を切る為に、人差し指で耳たぶの中央にある小さなボタンを押した。ブラウンの耳朶を覆う薄い金属から虹色の光が消える。その一部始終をヘーゲルシュタインは目を細めて眺めていた。


「ブラウン、君の流れるような弁舌にはいつも感服する。褒めて(つか)わすぞ。それと、君と生体スーツの通信も遮断しないとな。これも脅威の排除とやらの一環だ」


 ヘーゲルシュタインがブラウンの耳からイヤホンを毟り取る。甲鉄板を張った床に落とすとブーツの踵で踏み潰した。


「ブラウン、操縦席から死体を退()かせ。お前が装甲車を運転するんだ」


 ブラウンの背中を右の拳銃で突いて操縦席まで歩かせる。


「私にベルリンまで運転しろと?ベルリンはミサイルで破壊するんじゃなかったんですか?そうか、貴方も貴族の端くれだ。毛嫌いする貴族軍人を抹殺する為に、彼らと運命を共にするのですか。ならば、大変な英断を決意なされたものですな」


「ウェルクよ、減らず口しか叩けなくなったお前を見ているのも悪くはない。だが、俺への皮肉を雄弁に語るのはそこまでにして貰おうか」


 ヘーゲルシュタインは銃の右手のM9サービスピストル(ベレッタ)のグリップでブラウンの顔を思い切り殴り付けた。

 ブラウンの目から火花が飛び散った。鉄の臭いが口の中に広がり鼻に抜ける。深く切れた唇から、血が滴り落ちた。


「死体を後部ガンポート脇に並べろ。おっと、後部バスケットの機関銃には触るなよ。少しでも銃に手を伸ばしたら、即座にお前を撃つ」


 ブラウンはヘーゲルシュタインの指示に従って、操縦席から降ろした死体をガンポートまで引き摺っていった。

 ガンポートの脇には既にマディが横たわっていた。

 ドラゴンの弾丸に抉られた身体は血だらけで、身体の至る所に止血帯と包帯が厚く巻かれている。浅黒い顔は死人のように青白く、輸血と生理食塩水を点滴している太い腕はぴくりとも動かない。


(気絶しているだけならいいが…)


 マディが生きているのが確かめたくて、胸が上下しているのか目を凝らした。

 微かに息をしているように見える。動かないマディの手首に指の腹を押し当てると、途切れ途切れの脈がブラウンの指に伝わって来た。


(良かった。まだ生きている)


 安堵したのも束の間、ヘーゲルシュタインがブラウンに拳銃を向けた。ブラウンの眉間の少し上を標的としてトリガーに指を掛けている。


(余計な行動はとるな。すぐに操縦席に戻れ)

 

(ウレク、すまない)


 ブラウンは心の中で謝りながらマディの隣に死体を重ねた。


「早くエンジンを掛けろ」


 両手を上げながら後部から戻って来たブラウンを操縦席に押し込んでから、ヘーゲルシュタインは後ろからベレッタのグリップでブラウンの頭を小突いた。

 ブラウンは操縦席の一番手前にあるボタンを押して、戦闘車のエンジンを作動させた。


「それで、どこに行けばいいんです?」


「ここだ」


 ヘーゲルシュタインは胸ポケットから四つ折りの紙を取り出して、ブラウンに手渡した。


「この地図は…フランスとの国境に近い」


「ああ、そうだ。西に進め。それと、ウェルクよ。道中、私の話に少々付き合って貰おうか」


 (いぶか)し気に顔を歪めるブラウンを睥睨(へいげい)してから後部座席に寄り掛かる。


「私がプロシアを滅亡させたいと思ったこれまでの経緯をな。君のように好奇心旺盛な人間には、かなり興味深い話となるだろうよ」


 そう言うと、ヘーゲルシュタインは暗澹(あんたん)の色を双眸(そうぼう)に浮かべた。


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