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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第六章 エンド・ウォー
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ケイvsフィオナ・1

ケイとフィオナの生身の戦いが開始される。


 操縦席からプシュッと空気の抜ける音がして、フェンリルの胸を覆う鎧のプロテクターが肩の上まで持ち上がった。

 目の前の大型モニターが四つ折りになって、コクピットの天井に収納されていく。

 モニターの後ろから操縦席をガードする長方形の複合金属板が三枚現れると、内側から一枚ずつスライドした。

 ケイはレッグホルダーから拳銃(リボルバー)を引き抜くと、開口したフェンリルのコクピットから銃口を突き出して、周辺を素早く窺った。

 空から落下する際にモニターに映っていた赤茶けた地面と、所々に隆起した岩が目に飛び込んでくる。


「岩のある土漠地帯か。何だか、アウェイオンに似ているな」


 拳銃を構えながら操縦席から外へと這い出たケイは、節々の痛みを堪えながらフェンリルの腕で身体を防御するようにして滑り降りた。

 地面に着地すると、フェンリルを背にしてリボルバーを構え直す。

 目の前には荒れた大地が広がるばかりだ。敵影どころか、人っ子一人見当たらない。


「誰も、いない」


 そう呟いたケイは、構えているリボルバーの銃口を地面に向けると、地面に手足を投げ出して横たわるフェンリルを心配そうに見上げた。

 フェンリルの五体は、目に見える範囲では異常はない。だが。


「あれだけの高度から着地したんだ。成功したとはいえ、フェンリルの人工脳が脳震盪を起こしたとしても不思議じゃない」


 それは凄まじい衝撃だった。

 記憶が甦ると同時にケイの身体に震えが走った。視界に迫り来る地面に死を覚悟したのを思い出したからだ。


「ホント、よく助かったよ…」


 ふうと息を吐いて動かぬフェンリルに寄り掛かったケイの頭上から、自分の名を叫ぶ甲高い声が降ってきた。


「生きていたか、ケイ・コストナー!」


 フェンリルの背中に乗ったフィオナの姿に、ケイの目が大きく見開かれた。


「フィオナ!お前こそ、よく生きていたな」


 目を丸くして見上げるケイに、フィオナは苦々(にがにが)し()に口を歪めると、ふんと鼻を鳴らした。


「ええ、自分でも心底驚いているわ。何故だか知らないけど、お前の狼型生体スーツが胸の甲冑を開いて、あたしを中に入れて落下の衝撃から守ってくれたからね。そうじゃなかったら、あたしの身体は直接地面に叩き付けられて粉々になっていたでしょうよ」


「粉々にならなくて良かったじゃないか、フィオナ。ニドホグの背中から俺と一緒に落ちた時にはどうなるかと思ったよ」


 ケイの言葉に、フィオナは目尻をきゅっと吊り上げた。


「あんた、あたしがニドホグの背中から落ちたのを嘲笑(あざわら)っているのね?こいつ、大したヘマしたって。そうでしょう!」


(何でそうなる?っていうか、俺、この子が気に障るような事、言ったかな?)


 鋭い犬歯を剥き出して怒るフィオナに、ケイは首を竦めてから息を吐き出した。


「……。別に、嘲笑ってなんかいないから。それよりフィオナ、休戦しないか?フェンリルが心配なんだ。お前だって、お前を落としてどこかに飛んで行っちまったニドホグが心配だろう?きっとお前を探しているよ」


 顔を真っ赤にしたフィオナが、フェンリルの上で地団駄を踏んだ。


「ケイ・コストナー!これ以上あたしをバカにするのは許さない。助けて貰ったからって、あんたに感謝することなんか、絶対、ぜえったい、ないんだからねっ!」

 

 薄茶色の大きな瞳を憤怒(ふんぬ)で染めながら、フィオナが右手を己の顔の前に持ち上げた。

 色白で華奢な五指におよそ似合わない猛々しい鉤爪が指先から飛び出す。今にも自分に爪を突き刺しそうなフィオナの勢いに、ケイは慌てて両手を振った。


「はあ?だから、バカになんかしてないって。それに、恩に着せる為にお前を助けた訳じゃないよ。ただ、地面に女の子が叩き付けられる姿が見たくなかっただけで…。本当にそれだけだ。何をそんなに怒っているんだ?!」


「あたしは命乞いなんかしていない。ケイ・コストナー!あたしを生かした事を、今から後悔させてやる!」


 言うが早く、フィオナは両腕を広げるとフェンリルから飛び降りた。


(あの構え、着地と同時に俺の喉を切り裂くつもりか?)


 ケイは転がるようにしてフェンリルから飛び退った。

 次の瞬間、ケイのいた場所に土煙が立ち込めた。戦闘態勢に入ったケイの目に、フィオナの右の鉤爪が地面に突き刺さっているのが映る。

 地面から爪を引き抜いたフィオナがゆっくりと立ち上がる。


「上手く避けたわね。次は必ずお前の喉笛を切り裂いてやる」


 右手の鉤爪で指差すフィオナに、ケイは拳銃を向けた。


「フィオナ、休戦を受け入れてくれ。君を撃ちたくないんだ。あんな高い空から落ちて、俺達助かったんだぞ。ニドホグだってお前を探している筈だ。命を粗末にするな」


 拳銃を構えるケイに、フィオナは侮蔑(ぶべつ)の表情を浮かべながら笑った。


「遠慮せずに撃ってみな。あたしはお前が放った弾なんか、すぐに避けられるんだ」


 声高に言い放つと、フィオナはケイに向かってジャンプした。


「くそ」


 一瞬で間合いを詰められたケイが、喉元へと伸びてくるフィオナの右の爪を銃身で振り払う。

 瞬きより早く左の頬に迫ってくる鉤爪を紙一重で(かわ)すと、腰に装着してあるダガーナイフを鞘から引き抜いた。

 目の前できらりと光るナイフの切っ先を見たフィオナが、後方へと軽やかに身を翻す。

 いつでも攻撃を仕掛けられるように腰を落として身構えると、ケイの攻撃範囲を測りながら間合いを取った。


「ほら、早く撃て!怖気付いたか、ケイ・コストナー」


 挑発するフィオナから目を逸らさずに、ケイは安全装置を掛けたリボルバーをレッグホルダーに戻すと、左手に持っていたナイフを右手に持ち替えた。

 ケイの動きに、フィオナが怪訝(けげん)そうに顔を(しか)める。


「…お前、何やってる?」


「丸腰の敵…女の子に銃を撃つのは、フェアじゃない…いや、卑怯かなと思ったから…」


「バカか!空で、あたしの攻撃を見ていなかったとは言わせないぞ!」


 フィオナが人間離れした速さでジグザグ走行を開始した。

 呆気に取られているケイの真上に三メートルを超える高さまで跳躍すると、両手の爪でケイの側頭部を鷲掴みにしようと腕を伸ばした。

 鉤爪がこめかみを突き刺さそうとする前に、ケイは深く脚を折り曲げていた。

 中心を折り曲げたバネが弾けるように後方に跳ぶと、フィオナの攻撃を回避した。

 獲物を見失ったフィオナの鉤爪が虚しく空を切る。


「あたしの攻撃を躱した、だと?!」


 地面に降り立ったフィオナが驚いた表情でケイを見る。

 ケイ自身、フィオナ以上に驚いた。


(この動き…。フェンリル、か?)


 そうだ。これは野生の狼の瞬発力だ。

 フェンリルの人工脳と同期(シンクロ)しているうちに、フェンリルとケイの意識が無自覚の内に深層学習(ディープラーニング)を行ない、ケイに狼の動作を刷り込んだのかも知れない。

 それでも、コンマ一秒、動きが遅れたらしい。

 フィオナの攻撃を躱そうとした瞬間、頭部に痛みが走った。攻撃距離を置いてから顔を上げると、フィオナがケイから毟った頭髪を地面に落とすのが見えた。


(確かに、フィオナの戦闘値はかなり高い。髪を十本ほど引っこ抜かれただけで済んで良かった)


「死ね!コストナー!」


 フィオナが一気に間合いを詰めた。

 ひゅうっと、鋭い鉤爪の風切り音が耳を打つ。

 ケイは自分の左肩目掛けて下ろされた鉤爪をナイフの刃で受け止めた。十字に組み合った鉤爪を力を込めて上へと薙ぎ払う。


「ぐっ」


 フィオナの、人差し指から小指までの四本の鉤爪が真ん中から折れて空中に飛んだ。




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