墜落するニドホグ
天空から放たれたレーザー光線で、ニドホグがダメージを受ける。
地面へと墜落していくニドホグの意識を取り戻すべく、ケイが奮闘する。
二度目の閃光も、太陽に発生する巨大な光冠が落ちたかと見紛うほど、恐ろしいものだった。
天空、フェンリルが宇宙と断定した場所から垂直落下して来た一瞬の輝きが、この世の終わりを告げる轟音となって大地を揺るがす。
レーザーの直撃を受けた大地の悲鳴と連動するようにニドホグが吼える。
ニドホグの咆哮に呼応したかのように、天は三度、閃光を放った。
「近い!」
ケイが叫ぶより早く、三度目の閃光がニドホグの翼の先端を掠めた。
光に包まれた翼の先は瞬く間に消失し、ニドホグの巨体が空中で大きく傾いだ。
強烈な横風に煽られる格好になったフェンリルの右のブレードが、ニドホグの背中から抜けた。
「うわっ」
あわや空中に投げ出されそうになったところで、何とかドラゴンの背中の突起物を掴む。
「粉微塵になるのは勘弁だ」
フェンリルの体勢を元に戻した途端、下から強烈な風圧を受けた。
フェンリルが宙に浮き上がる感覚を、ケイは全身に覚えた。
「あれ?」
首を傾げる間もなく、モニターパネルが映し出す映像が薄い藍色から白に変わる。
「ニドホグの奴、雲の中に突っ込んだな。何も見えない」
『ケイ、ドラゴンノ様子ガオカシイ』
フェンリルから指摘されて、操縦席の計器を検めたケイは息を飲んだ。
「ニドホグの高度がすごい勢いで落ちている」
ドラゴンは水蒸気の塊の中をグライダーのように滑空しながら、地表に向かっていた。
「フェンリル!こいつの両翼、動いていないぞ!!」
『至近距離カラ、レーザー光線ノ光ヲ目ニ浴ビタ影響デ、ドラゴンハ意識ヲ失ッタヨウダ』
「何だって!」
フェンリルの言葉に、ケイは色を失った。
『今ハ、バランスヲ保ッテイルガ、ドラゴンノ右ノ翼ガ、アト五度傾クト失速スル』
フェンリルの説明が終わらないうちに、ニドホグの身体が揺れ始める。
「うわ、ヤバい」
右に傾いだ翼が雲を裂くように滑り始めたと思ったら、次は左へと巨体を傾けた。
意識を失ったまま、雲の中を迷うように滑空するニドホグの巨翼は、今や半分にまで折り畳まれている。
空中のニドホグはぐったりと首を落として目を瞑ったまま、次第に落下速度を増していく。
千メートルほど落下したところで、ついにニドホグの頭が下を向いた。
巨大な翼は空中で風にあおられるだけの存在となり、浮力を失ったドラゴンは、ただひたすらに地面へ向かって真っ逆さまに落ちていく。
「完全に墜落状態だ」
フェンリルの頭と足の位置が逆になったせいなのか、コクピットの中が警戒音で溢れた。
ケイは、強力な風圧でフェンリルがニドホグの背中から剥がされないように、四肢に一層の力を込めながら甲高い電子音を聞いていた。
突然、フェンリルの人工眼の視界が開けて、ケイの目に赤茶色の大地が飛び込んで来る。
「雲を通り抜けたか」
『ドラゴンハ、アト二分デ地面ニ衝突スル。ケイ、ドラゴンノ身体ガ落下ノ衝撃ニ耐エラレル可能性ハ、三パーセント未満ダ』
フェンリルの淡々とした声がケイの頭の中で響いた。
「くそ。ドラゴンの背中にいるだけでは衝撃から身を守れないって事か。どうすればいいんだ」
近付いてくる地面を成す術もなく凝視するケイのヘルメットバイザーが、小さな頭が映し出した。
「今のは?」
目を凝らそうとしたケイのバイザーディスプレイに、フィオナの顔がアップされた。
「わ!」
仰天して仰け反ったケイに、犬歯を剥き出しにしたフィオナが、あらん限りの声で怒鳴った。
「ケイ・コストナー!お前のブレードをもう一度ニドホグに突き刺せ!」
「え?何だって?聞こえないよ」
風で掻き消えるフィオナの声を、フェンリルがケイに伝えた。
『ケイ、少女ガ、私ノブレードヲ、ドラゴンニ突キ刺セト言ッテイル」
「あ、そうか!激痛を与えてドラゴンの意識を取り戻させるんだな」
ケイは右手のブレードを振り上げ、ありったけの力を込めてニドホグの背中に刺した。
「起きろ、ニドホグ!気を失っている場合じゃない!地面に激突したら、お前はフィオナ共々、木っ端みじんになっちまうんだぞ!」
「お願いニドホグ!翼を広げて!」
コクピットの中でケイが叫ぶ。フェンリルの喉元に鉤爪を立ててしがみ付くフィオナも、必死に声を張り上げた。
二人の懸命の呼び声虚しく、ニドホグは目を閉じたまま、ぴくりとも動かない。
「こいつ、皮膚がクソ厚いから、痛みを感じないのか?これなら、どうだ!」
ケイは渾身の力を込めて、フェンリルのブレードの切っ先をニドホグに突き入れた。
ニドホグが隻眼をかっと見開いた。
「グギャアアアッ」
悲痛な雄叫びで周辺の空気を振動させると、ニドホグは広げた両翼を凄い勢いで羽ばたかせた。
翼に負った傷をものともせずに、逆さまになって落下している己の巨体を地上すれすれで立て直すと、Ⅴ字を描くように空中に舞い上がった。
「はあ、間に合った。ニドホグの意識が戻るのがあと十秒遅かったら、悲惨な事になっていた」
ケイが緊張で張りつめていた身体から力を抜いて操縦席に預けたのと同時に、ニドホグの巨体がぐらりと揺れてフェンリルの頭上に大きな影が落ちた。
「あれ?まだ大丈夫じゃなかったか?!」
ニドホグの尾の先に生えている長剣の如き鋭い刺がフェンリル目掛けて降り下ろされる。ケイはニドホグの尻尾の攻撃に備えようと、その背中に突き刺したままのブレードを一気に引き抜いた。
「グガアアッ」
ドラゴンの厚い皮膚の下に穿たれたブレードが、その肉を二度裂いた。
ニドホグは怒り心頭の咆哮を炎の如く喉から吐き出すと、巨躯を激しく震わせて幾度も空中に弧を描きながら翼を荒々しく羽ばたかせる。
ニドホグは自分の皮膚が抉れるのも構わずに、翼の間にいるフェンリルの足元に尾の先端を叩き付けた。
ケイが、鋭い剣で爪先を切り裂かれそうになったフェンリルの足を一歩引く。
引いた足の後ろに生えている突起に思い切り踵をぶつけたフェンリルは、バランスを崩して尻もちを付いてしまった。
「しまった」
致命的な失態に、すぐに戦闘態勢を立て直そうと、フェンリルを海老の背のように反らせる。
だが。ニドホグは千載一遇の攻撃のチャンスを見逃さなかった。
立ち上がろうとするフェンリルに、尾の先を叩き付けて自分の背中から弾き飛ばした。
空中に一瞬だけに静止した後、フェンリルは地上へと落ちていった。
「うわあっ!」
「きゃあ」
自分の声にフィオナの悲鳴が重なったのを、ケイははっきりと耳にした。




