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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第六章 エンド・ウォー
257/303

高高度での戦い

ニドホグはフェンリルを空高くへと連れ去った。

ケイは雲の上の空でニドホグに戦いを挑む。




「ニドホグ!速度を上げろ!」


 ニドホグの胸の中にいるフィオナが大声で叫んだ。


「お前の背中にしがみ付いているケイ・コストナーを地面へと叩き落としてスーツごとバラバラにしてしまえ!」


 フィオナの命を受けたニドホグは一際大きく羽ばたくと、空を上昇するスピードを加速させた。


「くそっ!落ちるもんか」


 ものすごい風圧がフェンリルを襲う。

 ケイは、フェンリルの身体に巻き付いている細長い触手と首筋の羽根の根元をスーツの手でしっかりと握りしめた。


「こいつ、どこまで上昇するつもりなんだ」


 モニターを見ると、地上から六千メートル上空にいるのが分かった。

 未だニドホグの速度は衰えず、二百五十キロの速さで天空に向かって垂直に飛んでいる。フェンリルの人工脳の計測結果にケイは顔を青くした。


「まずい。そんな高さからフェンリルが落ちたら、いくらミニシャさんが誇る高性能の素材だって、無事じゃすまないぞ」


 無事どころではない。原形を留めないほど粉々に砕け散ってしまうだろう。

 ケイは、強力な風圧でフェンリルがニドホグから引き剥がされないように、頭と両腕をニドホグの巨体に押し付けた。

 それから、岩石が突起したようなごつごつした皮膚の表面に両足を器用に挟み込ませて密着させてフェンリルを安定させた。

 飛行速度を上げてもニドホグにぴたりと張り付いて離れないフェンリルに、フィオナが怒り狂う。


「いつまでしがみ付いているつもりだ。ニドホグ、雲の中でコストナーを振り落とせ!」


 フィオナの掛け声と供に、ニドホグが薄い上層雲まで飛翔して一気に飛び込んだ。フェンリルの視界が氷の粒によって、一瞬で遮られる。

 フェンリルに当って砕ける無数の氷の粒のぱらぱらと軽い音に全身を囲まれて、他の音が全く探知できなくなる。


「ニドホグ、身体を回転させろ!奴を地面に叩き落とせ!」


 巨体を(きり)もみ状に回転させたニドホグが氷の雲を突き破った。氷が薄く張り付いた翼を力強く羽ばたかせながら、竜神の如く上空へと駆け上がる。


「くそうっ。絶対に振り落とされるもんか!」


 ドラゴンの太い首にフェンリルをしがみ付かせたケイが、ありったけの声を出して叫んだ。

 三半規管に異常を(きた)すのを少しでも遅らせようと硬く目を瞑った刹那。瞼の裏側が透けるように光った。ニドホグも異常を感じたらしく、身体の回転を急停止する。


「何だ?」


 強い光線を浴びて毛細血管がはっきりと浮かび上がった己の瞼を、ケイは咄嗟に持ち上げた。

 巨大な白光がケイの視野の限りを埋め尽くす。


「これは…」


 瞬きの前に光は消えた。


「閃光?一体どこから?」


 強烈な光だった。

 人の肉眼で直視すれば、一瞬で網膜を焼かれただろう。

 だが、幸いにも、ケイはフェンリルの強固な複合金属に守られており、フィオナもニドホグの分厚い身体に防護されている。


「今の、何?」


 フィオナは、突如空から落ちてきた白光に茫然とした。

 ニドホグの胸から顔を覗かせて上目遣いで上空を見上げる。ニドホグも経験したことのない状況に背中のフェンリルどころではなくなったようで、空中で巨体を回遊させるばかりだった。

 ケイは戦意喪失しているニドホグの首から、そっと空を仰いだ。


「フェンリル、エネルギーを計測してくれ。閃光の発生場所を知りたいんだ」


 空を睨みながらケイがフェンリルに問うた。


『了解シタ。少シ待テ』


 フェンリルの、かなり低音だが明瞭な声がケイの頭の中に響く。

 耳を澄ますとコクピットにブーンと蜂の羽音に似た音が微かに聞こえた。フェンリルが己の人工脳の中枢に内蔵されている三次元(3D)コンピュータで演算を開始したのだ。

 数秒後、フェンリルの大脳皮質を基に造られた人工ニューロンと結合したコンピュータが、計算結果を弾き出した。


『ケイ、アノ閃光ハ、超高出力レーザーダ。電圧ハ落雷ノ二倍以上、二億ボルトノエネルギーガ放出サレタ。上空ニ残ッテイル放電量ヲ観測シタ結果、地球ノ遥カ上空デ発生シタモノダト分カッタ』


「凄いな、フェンリル、俺と会話するのが随分と上達したね」


 閃光の測定結果よりも、フェンリルのなめらかな口上に、ケイは驚き感動した。

 フェンリルのコンピュータはもちろん、他のスーツにもプロシア人の母国語となる旧ドイツ語と、ヨーロッパの共通言語である英語が入力(インプット)されている。

 パイロットの質問はスーツの人工脳に付属してあるコンピュータに直接送信される。コンピュータが解析した結果をパイロットに伝達するのはスーツの人工脳の役目だ。


(ミニシャさんは、スーツの人工脳は動物のものだから解析結果を人工音声で一方的に伝えるだけで、会話は成り立たないって言っていた。スーツが人間の言語を理解する事はないって。だけどフェンリルは、俺の言葉を全て理解した上で返答している)


「ああ、いや。こんな話、余計だった」


 フェンリルとの会話に感動している場合じゃない。

 ドラゴンから落ちたら命はないという最悪な状況を失念していたことに気が付いて、決まりが悪くなったケイはコホンと小さく咳をした。


「それで、地球の遥か上って、具体的にどのくらいの距離なんだ?」


『我々ヲ乗セテ飛ンデイルドラゴンノ高度ヨリ、三百キロメートル以上上空ト推測スル』


 フェンリルの導き出した高度があまりにも高いのに、ケイは耳を疑った。


「ここから三百キロメートル以上も上空って、俺には想像も出来ないや。一体、どんな場所なんだ?」


 ケイの質問に、フェンリルは抑揚のない声で答えた。


『ソノ場所ヲ、人間ハ、宇宙ト呼ンデイル』


「宇宙だって?!じゃあ、あのレーザーは宇宙から発射されたって言うのか?」


 あまりにも意外な答えに、ケイは思わず語気をを強めてフェンリルに聞き返した。

 突然、ケイの身体から、重力が消えた感覚が襲った。

 フェンリルの胴体にきつく巻き付いていた触手が一気に解けて、ドラゴンの身体とフェンリルの身体に僅かな隙間が出来たのだ。

 直後、強い風圧に襲われて、フェンリルの身体がニドホグから完全に浮き上がる。


「うわ!」


 ケイはフェンリルの体勢を元に戻そうとして両手両足に力を込めた。


「ニドホグ!頭を上に高度を上げるのよ!」


 フェンリルがバランスを崩したのを知ったフィオナが、ニドホグに命令する。

 ニドホグは体を垂直にして再び急上昇を開始した。途端に、フェンリルの上体が重力()で反り返る。フェンリルはニドホグから振り落とされまいと、左手で掴んでいた首の硬い羽根に力を籠めた。その途端、硬い羽根が根元からぶつりと切れた。


「うわあああっ」


 頭を天に向けて空中で立ち上がるような格好となったニドホグの巨大な背中から、フェンリルが転がるように落下した。


「くそっ、絶対に落ちるもんか!」


 右手に握りしめている触手を命綱に、ケイは宙を蹴るフェンリルの両足をニドホグの尻尾の付け根に何とか着地させた。

 いつ千切れてもおかしくないほど、触手が伸び切っている。


「触手が切れたら六キロ下の地面へ真っ逆さまだ」


 ケイはニドホグの長い尾に目をやった。鮫の歯のような刺が縦にずらりと並んでいる。

 その刺の中に斜めに生えている一本を見つけた。フェンリルの足を添わせるようにして固定させてから、左手首から突出させたブレードの切っ先をニドホグの尾の付け根に深々と突き刺した。


「ギャアアアアッ」


 鋭い刃を腰に穿たれたニドホグが、喉から苦痛の咆哮を(ほとばし)らせた。


「ニドホグ、降下しろ!」


 フィオナの声に、ニドホグは天に向けた鼻先を百八十度回転させた。

 巨翼を小さく折り畳み、激しく身を捩りながら、雲に向かって急降下する。


「振り落とそうとしたって、そう簡単にはいかないぞ!」


 フェンリルは右手のブレードを出現させると、途中から切り落とした触手をロープにして左手首と棘に巻き付かせた。

 ニドホグの長い尾が空を切り、フェンリルに向かって飛んでくる。


「その攻撃もお見通しだ」


 最初の攻撃を躱すと、ケイは右手のブレードで尾の先の鋭い刺を打ち払った。


「グアアッ」


 怒り狂ったニドホグが巨翼を激しく打ち鳴らして空中を乱舞する。両足が浮き上がったフェンリルは、左のブレードもニドホグに突き刺した。


「ギャアオオウゥ」


 ニドホグは空中に巨体を横たえるような格好で、高空に向かって絶叫を(とどろ)かせた。


「ニドホグ―――!」


 フェンリルの攻撃に(たま)()ねたフィオナが、激痛に身悶えるニドホグの胸から背中へと踊り上がるように飛び出した。


「コストナー!ニドホグにこれ以上傷を付けたなら、スーツごと貴様を切り刻んでやる!」


「えええっ?こいつ、生身でフェンリルと戦うつもりか?それもこんな高高度(こうこうど)の空で?」


 怒りで顔を真っ赤にしているフィオナを、ケイは唖然として見つめた。


「ここって、かなり空気が薄いよね。それに雲が氷の粒になるほど気温が低い。フィオナって言ったっけ。この子、大丈夫なのか?」


 ケイの困惑をよそに、フィオナは空を飛ぶドラゴンの背中の上で跳躍を繰り返しながらフェンリルに接近した。

 人間とは思えないフィオナの身のこなしに、ケイが目を見張る。


「うわ、何だこいつ。空の上だぞ?」


 あっという間にフェンリルの肩へと駆け上がったフィオナは、指先から肉食恐竜のような鋭い鉤爪を出現させた。


「覚悟しろ、コストナー!」


 鋭い鉤爪でフェンリルの喉を切り裂こうとした刹那、天空から二度目の閃光が落ちて来た。





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