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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第六章 エンド・ウォー
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閃光落下

雲天から未知の兵器の攻撃を受けて驚愕するスーツ隊。

戦闘車の中でブラウンは難局を迎える。

ダンが重大な事を思い出す。


 空一面に敷き詰められた灰色の雲が突如煌々(こうこう)と輝いた。

 次の瞬間。巨大な閃光が大地に落下した。

 轟音と共に周辺の空が明るいオレンジ色に染まる。一瞬の事に誰もが言葉を失って、(ほむら)色の空を見つめるばかりだ。


「今のは何だ?!」


 沈黙を破ったのはダガーだった。


「軍曹、あの閃光は超高出力レーザーです!恐らく、雲の中に隠してある飛行兵器から撃ったのでしょう。レーザー光線は北東三十キロ、ハンガリーの国境沿いにある森林に落下した模様です!」  


 ダンが口早(くちばや)に解析結果をダガーに報告する。


「ダガー!空から落ちて来たあの光線は何だ?!」


 ブラウンから通信が入った。さすがに驚きを隠せないようで、かなり緊張した声がダガーのイヤホンに響く。


「中佐、未確認飛行兵器から超高出力レーザーが放たれました。我々を狙って発射しているのかどうかは、分かりません」


「プロシア領域で使用したとなると、アメリカ軍の新型兵器の可能性が濃厚だ。しかし、あれだけ大掛かりなレーザー兵器を使用するとなると信じられない程の大電力が必要だ。だから、連続攻撃はない筈…」


 ダガーとブラウンの交信に、ハナの切羽詰まった声が割り込んできた。


「高高度に微小の発光を感知!恐らく第二波です!!」


「何?!」


 ダガー、ハナ、ダンの三人が一斉に空を仰ぐ。

 濃淡のある雲の切れ目から覗く空に、針の先ほどの白光が微かに輝いた。

 光は一瞬で地上に到達し、天空から放たれた(ゼウス)(いかずち)で身を(つらぬ)かれた巨人(クロノス)の断末魔の如く、大地が恐ろしい地鳴りを発した。


「光線の第二波、二時の方向、距離一キロ未満の河川付近に落下!」


 ダンが悲鳴のような声で報告する。


「皆、衝撃波に備えろ!」


 互いの通信よりも早く、スーツに凄まじい衝撃波が押し寄せて来る。


「地震が発生したわ。気を付けて!」

 

 そう叫ぶと、ハナはと立っていられないほど揺れ出した地面にキキの片膝を落とした。

 リンクスとガルム1は少し背を丸めながら片膝と両手で地面を踏んばるようにして、荒れ狂う気流と激しい大地の震動をやり過ごそうとする。


「うわっ!なんだこりゃ。まるで竜巻に巻き込まれたみたいだ」


 ダガー達よりコンマ一秒遅れで、ビルとジャックも衝撃波を食らった。


「おい、ジャック!見たか?!空からレーザーが降ってきたぞ!」


 ビルが驚きの声を上げながら、ビッグ・ベアの膝を折って地面に伏せた。

 ガルム1も吹き飛ばされないように慌てて腰を地に落とす。スーツ二体の脇に停車している戦闘車が、渦巻く気流をまともに受けて地面から浮き上がった。


「まずい!横倒しになるぞ」


 片方のキャタピラを地面から完全に浮き上がらせた戦闘車を目にしたビルが、ビッグ・ベアの上体を起こして鋼鉄の装甲車に覆い被さった。そのままの状態で大地の震動と衝撃波が収まるのを待つ。


「アメリカ軍め。とんでもない兵器を開発しおって。危うく戦闘車がひっくり返るところだったぞ」


 戦闘車の中で、額の汗を手の甲で(ぬぐ)いながらヘーゲルシュタインが不機嫌そうに唸った。


「ジャック、ガルム1の人工脳で、アメリカ軍とガグル社の状況をすぐに解析しろ!」


 衝撃が去ったのを確認したブラウンが指示を出した。すぐにジャックの緊迫した声で報告が返ってくる。


「解析結果を報告します。中佐、空のレーザーが地面に到達する三秒前にアメリカ軍とガグル社が撃ち合った高速度兵器が、互いの攻撃目標点に到達しています」


 ジャックの言葉に反応したハナが即座にキキを立ち上がらせて、ガグル社の方向に顔を向けた。


「中佐、五百五十キロ西の映像をキキの人工眼で百倍に拡大しました。ガグル社方面の空に、黒い爆炎が映っています。建物の距離と熱源を計算した結果、ガグル社の本社で大きな爆発が起きた可能性が高いです」


 ダンも新たな報告をブラウンに入れた。


「こちらもモルドベアヌ方面の映像を拡大しました。ガグル社同様、黒煙が空高く上がっています。ガグル社のレーザー砲が、アメリカ軍基地の硬い岩肌をぶち抜いたってことですかね?」


「その可能性はあるな。ハナ、ダン、ガグル社とモルドベアヌ基地の破壊状況を、ここからガルム1で解析できそうか?」


 ブラウンの問いにダンが首を横に振った。


「それはちょっと無理ですね。ここからトランシルバニア・アルプスまでは七八三・五二九キロメートルあります。さすがに遠過ぎてガルム1の人工眼には何も映りません」

 

 ダンの報告の後にハナが口を開く。


「中佐、こちらも森や建築物などの障害物で、やはりキキの人工眼には何も映りません。ですが、ガグル社はモルドベアヌ基地よりも近距離です。ルクセンブルグの国境近くまで行けば、緻密な情報が入手できます。キキを斥候に出しますか?」


「いや。今の我々にはその余裕はない」

 

 ブラウンはハナの案を却下した。


「アメリカ軍とガグル社、互いの攻撃で双方がダメージを負った可能性は低くはないはずだ。我々が現在最も憂慮しなければならないのは、空からの攻撃だ。スーツ隊はレーザー攻撃の第二波に備えて戦闘態勢を維持しろ」


 通信を終了すると、自分から視線を外さないでいるヘーゲルシュタインに顔を向けた。


「閣下。質問がございましたら、何なりと(うけたまわ)ります」


「では一つ聞くとしよう。空からの攻撃はまだ続くと思うかね、中佐?」


 ヘーゲルシュタインのやけに神妙な声音に、ブラウンは表情を引き締めた。


「閣下、申し訳ありませんが、それは何とも言えません。あのような高出力レーザー兵器を搭載している飛行兵器の威力は我々には未知数です」


「ふむ。未確認と言ったが、あれがアメリカ軍の兵器である可能性は非常に高いと君は考えている。だろう?そうなると、我々に勝算があるのか、甚だ疑問に思えてくが?」


 ヘーゲルシュタインは意味ありげな含み笑いを浮かべて、無表情になったブラウンの両肩に左右の手を軽く乗せた。


「しかし、だ。アメリカ軍とガグル社は今、互いの次世代兵器で相撃ちになっている。不謹慎かもしれんが、プロシア側のガグル社が深手を負ったとしても、悪い方向に我が軍が転ぶことはなさそうだ。いや、我らが利する場面があちこちに生まれるかも知れん」


 そう言うと、ヘーゲルシュタインはブラウンの肩の上に自分の腕を乗せた。場違いなスキンシップに面食らっているブラウンに上機嫌な声を発する。


「ウィーンに侵攻して来たロシア戦車隊の生き残りは僅か。主力兵器の全てを失った奴らは完全に戦闘意欲を喪失して、自分の領土へと逃げ帰っている最中だ。ガグル社のレーザー攻撃で、モルドベアヌ要塞の軍事力を大いに削がれたアメリカの要塞に至っては、もはや再起不能だろう。となると、中佐、我らは戦果を引っ下げて一刻も早くベルリンに帰還しなければならん。ベルリン周辺に張り付いているだけの軍隊に、我らの名誉を簒奪されるのはご免だからな」


(名誉か)


 その言葉に、ブラウンは胸の内で苦笑した。

 今回の戦いで、身を挺して戦った高級将校はヘーゲルシュタインただ一人だ。

 プロシアの首都ならば絶対に戦闘が及ばないと安穏としていた高位貴族の将校達の目前にミサイルが落とされた。

 青天の霹靂の事態に、彼らは今頃、防空壕のなかで恐怖に身を震わせているのだろう。

 そんな人間達に手柄を横取りされるのは真っ平ご免との、ヘーゲルシュタインの心情はかなりの部分、理解できる。


「閣下の仰る通りです。それには、空から攻撃してくる未確認兵器を何としても排除しないとなりません。レーザーがプロシアの都市を直撃したら大惨事になります」


「中佐、私もバカではない。そんなのは百も承知だ。君が一般市民から犠牲を出さずにロング・ウォーを終わらせようと策を練るのは知っている。だがね、中佐、私だって君に劣らず日々戦略をここで練っているのだよ」


 ヘーゲルシュタインは勿体ぶった表情でブラウンの肩から両手を下ろし、自分の頭を指先でちょんちょんと突いてから左手をポケットに突っ込んだ。


「空のレーザー兵器が途轍もない脅威だというのは、君の言う通りだ。あれを破壊せねば、我々がロング・ウォーを終了させたと宣言できんだろう」


 そこで言葉を切って、ヘーゲルシュタインはすっくと立ち上がった。

 ロシア軍のミサイル攻撃を受けたせいで身体中を打撲してる筈だが、動きは滑らかだ。ごく自然に右のホルダーから拳銃を取り出すとブラウンに突きつけた。

 戦闘車の車内が一気に緊張に包まれたる。ブラウンは目の前の銃口を無言で見つめた。


「実はな、私には、アメリカ軍の空飛ぶレーザー兵器以上に排除したいモノがある。それは、国の中枢に寄生して、プロシア全土から甘い汁を吸い続けている似非(えせ)支配者どもだ」


 ブラウンは、自分に拳銃を向けるヘーゲルシュタインの突然の告白に目を剥いた。


「閣下、それは…」


 それ以上言葉を続けられずに、鉄色の目を大きく見開いて上官の顔を見つめる。

 呆気に取られた部下の表情を冷徹な瞳で不躾に見回した後、ヘーゲルシュタインは再び口を開いて心情を吐き出した。


「いいか、中佐。貴族のぼんくら将校どもを国の中枢から排除する絶好のチャンスが訪れたのだ。この機会をみすみす逃すなど私には絶対にできん」


 ヘーゲルシュタインはズボンのポケットから手を出した。

 大柄な壮年の軍人の肉厚な掌の上に、マッチ箱くらいの大きさの箱が現れた。

 ジェラルミンの小箱の真ん中には真っ赤なボタンが付いている。


「これは長距離ミサイルの可動ボタンだ。一番破壊力のあるミサイルを温存しておいた。地下十メートルまで届き、厚さ五メートルのコンクリートの壁も難なく破壊できる。そのミサイルを十基、ベルリンの国会議事堂とその周辺の軍の官舎に攻撃目標として極秘に設定してある」


 驚愕の表情を顔に張り付かせたままのブラウンに、ヘーゲルシュタインは話を続けた。


「私は高級貴族軍人の思考など腐るほど熟知している。軍人と口にするのが汚らわしいほど、奴らは臆病だ。今頃、全てを部下に任せて議事堂の地下施設に避難しているだろう。防空壕にミサイルを数発打ち込めば、あの愚か者どもは、議事堂ごとこの世から綺麗さっぱり消え失せる!」


「中将、貴方は一人でクーデターを起こそうとしているのですか?」


「クーデター?君はなかなか面白い事を言う。違うぞ、ブラウン。私はプロシア国家の滅亡を望んでいるのだ」


 ヘーゲルシュタインは右の拳銃でブラウンに狙いを定めたまま、左のポケットから拳銃を取り出して操縦席の兵士に銃口を向けると、厳かな声で宣言した。


「殺されたくなかったら、戦闘車の通信を全て遮断するのだ」





「軍曹、中佐の命令だから戦闘態勢は維持しますけど、私達、雲上から閃光を放つ未確認飛行兵器にどうやって攻撃を仕掛けたらいいんですか?」


 こんなの埒が明かないと唇を尖らせたハナは、空を見上げたまま動かないリンクスに質問した。


「情報が少な過ぎて何も答えられないが、空にあの閃光が現れたらお終いなのは確かだ。サーマルセンサーでレーザーをいち早く熱を感知して、直撃を避けるかしかないな」


「はあ…」


(絶対、無理でしょ)


 ハナはコクピットで肩を竦めさせてから、動作を連動させたキキと一緒に空を見上げながらガルム1に話し掛けた。


「ねえ、ダン。あのレーザー光線、何から発射されたと思う?まさか、巨大化したドラゴンの目からじゃないでしょうね?」


「あり得ません。いくらでかくてもドラゴンは生体兵器ですからね。羽をばさばさ動かして飛ぶ怪物に、レーザー砲が装備されているとは思えません…って、軍曹!ハナさん!俺達、重要な事忘れていますよ―――!」


 ダンが大慌てでダガーとハナに声を張り上げた。


「ケイ、ケイですよ!あいつ、ドラゴンの背中にしがみ付いたまま、一緒に空へと急上昇していっちゃったんですよ。一体、どこに飛んで行っちまったんだろう???」



これから怒涛の展開となる予定。

え?ホント?

…よろしくお願いします。

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