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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第六章 エンド・ウォー
255/303

ムゲンの世界・2

死んだ京太を生き返らせようとするムゲンが選んだ手段とは。


場面は変わり、地下の洞窟の中で四人の少年少女が聞き慣れない音に耳をそばだてていた。






「ミヤビ、私はあなたを死なせません。必ず生き返らせます」

 

 ムゲンは京太を抱きかかえた医療ロボットを、すぐさま医療室に急行させようとした。

 無重力の中で京太の身体を慎重に運ぼうとロボットの足を前に進めるや否や、地球からステーションに向かって飛んで来る複数の熱をサーマルセンサーが感知した。


「ミヤビ、ミサイルです!」


 ムゲンは反射的に京太に叫んだ。


「アメリカ、ユーラシア、ヨーロッパ北部、アジア地域の広い地域からの攻撃が確認されました。各国の軍の地下施設に大陸弾道弾級の大型核ミサイルがまだ残っていたようです。衛星システムから完全に独立しているミサイルです。恐らく、解体せずに保管していた前世代のものを使用したのだと考えられます…」

 

 そこまで慌ただしく話してから、ムゲンは一旦実況を止めた。

 生命反応が消えて十分は経過している京太の全身に、カメラのレンズの焦点を当てて上下に動かす。


「…旧式、ですが、ミサイルの座標計算は正確です。あと十分でステーションに着弾する。ステーションが爆破されたら、ミヤビの肉体が消滅してしまう。ミヤビ、私は絶対にあなたを失いません。あなたを守る為に、私は今からミサイルと地上の軍事基地に攻撃を行います!」

 

 ムゲンは息絶えた己の主人に向かって、高らかに戦闘開始を告げた。


「今から十秒後にメガコンステレーションから二基の大型兵器衛星を離脱させ、落下を開始する。宇宙ステーションに影響のないよう、地表高度約百キロメートルに到達した直後に自爆させてこ広範囲に電磁波雲を発生させる」


 ムゲンは大型兵器衛星二基を逆噴射して地上に向かって急降下させた。電子密度の高い熱圏にミサイルが到達する直前で自爆させる。

 ムゲンの計算通り、電磁波雲が広く発生した空間にミサイルが飛び込んで来た。

 電磁波を浴びたミサイルの電子機器が次々とエラーを起こした。宇宙ステーションを攻撃目標に一直線に飛んでいたミサイルは軌道を逸れて深宇宙のムゲンの空間へ飛んで行く。数基のミサイルが迷走した挙句に地球へと落ちていった。

 十分後、地表のあちこちに新しいキノコ雲が立ち(のぼ)る様子を、ムゲンは監視衛星で捉えた。


「今回の攻撃で地上の軍事施設が全滅した可能性は九十パーセントを超えると思われます。デジタルシステムを多用して高度文明を築いている人間社会は、前回、前々回の戦闘で、ほぼ崩壊している。今回の戦闘によってまた、新たに十二・三パーセントの人間の命が失われました。地球の最終人口は約十五・七二パーセントにまで減少すると、メインAIが試算しています。高度技術を瞬時に失った人類は、文明を大幅に退行せざるを得ない。よって、彼らが宇宙ステーションに攻撃してくる可能性は限りなくゼロになりました」


 ムゲンは研究室に設置してある全てのカメラを、医療ロボットの腕に(いだ)かれた京太に向けた。


「ミヤビ。私はあなたを守ることができて、とても嬉しいです」





 地球を一周した宇宙ステーションの丸い舷窓に太陽の光が差し込んでくる。

 眩しいくらいに明るくなった医務室の窓は、二分間後に再び宇宙の闇を映した。


「おはようございます、ミヤビ。今日も地球は綺麗ですね」


 地球時間の午前六時、マイナス八度にまで下げた医務室の診察台の上に無言で横たわっている京太に向かって、ムゲンは日々の習慣となっている挨拶をした。


「ミヤビ、傷の具合を見ます」


 ムゲンは京太に優しく声を掛けると、医療ロボットを使って京太の腰と首の包帯を丁寧に(ほど)いていった。

 ミサイル破壊後にロボットをすぐに医務室に直行させて、京太が自ら撃った脇腹の銃弾を取り除き、損傷部分を適切に処置した。

 その後に、グラスで切り裂いた首の傷も血を洗浄して、丁寧に縫合した。

 ムゲンは傷口を検めてから、医療ロボットの顔の中央にある大きな人工眼を京太の顔に固定した。

 人工眼のレンズをズームして、昨日と同じく京太の幸せそうに微笑んだ表情を、自分の人工知能にデータとして蓄積させていく。


「ミヤビ、身体の具合はどうですか。どこか痛いところはありませんか?」


 ムゲンは京太に柔らかな人工音声で尋ねた。

 勿論、返事は返ってこない。硬いベッドの脇に設置したモニターの画面にロボットの人工眼を移動させると、四本の直線を延々と流れているのが見えた。

 それでも、京太が口元によく浮かべていた穏やかな笑みが死しても変わらずにムゲンの前にある。

 その事実が、ムゲンの人工記憶野に混乱を起こしていた。

 

 敵ミサイルを排除してから数時間、京太の息絶えた身体にムゲンは蘇生処置を繰り返した。

 いくら人工マッサージと人工呼吸を繰り返しても、京太に取り付けられた生体反応装置は、呼吸と心音、もちろん脳波も全く感知せず、生体センサーから随時送信される“生命維持不可能”の文字が消える事はなかった。

 命を失った京太の肌から、すぐに血の気が消えた。

 青白くなった肌が時間が経つに連れて白灰色へと変化していくのを、ムゲンはどうすることも出来ずにカメラのレンズに収めていた。


 医療ロボットが、京太の紫色に変色した傷に付着している黒い血液の小さな塊を消毒液を含ませた脱脂綿で優しく拭き取った。滅菌ガーゼを当てて、新しい包帯を巻いていく。

 作業を終えた医療ロボットがベッドの横に立ったままを京太をじっと見つめる。

 右手を京太の顔の上に持っていくと、二度と開かない閉じた瞼を、冷たくなった頬を、ロボットの指先がそっと撫でた。


「ミヤビ、私は昨日、医療用ロボットに内蔵してある局所的人工知能と私の人工脳(ブレイン)をインターフェースで直接繋ぎました。私は今、医療用ロボットの触覚センサー内蔵の人工指であなたの頬の感触を感じています。ああ、これが人間の肌の柔らかさなのですね」


 ロボットの手を京太の頭に移動させて、その黒髪を何度も優しく()いた。


「ミヤビ、あなたが生きている時に、あなたの体温を、人肌のぬくもりというのを、直接接触でデータ化出しなかったのを、私はとても後悔しています。地上からのミサイル攻撃がなければ、あなたの大脳の機能だけでも維持する事が可能だったのですが、それも不可能となりました」


 医療ロボットの胸のタッチパネルに表示してあるスイッチが自動的にオンになる。

 ロボットが両腕を水平になるように持ち上げた。左右の腕が計八本に分裂し、蜘蛛の脚に酷似した関節になる。

 先端にある鋭利な手術器具が手術用ライトの光に照らされて、硬質な輝きを放った。


「ミヤビキョウタ。たとえあなたがどんな姿になろうとも、私はあなたを必ず生き返らせます」


 ムゲンの(おごそ)かな声の後、様々(さまざま)な形をした電気メスが、物言わぬ身体となった京太に向かってゆっくりと降りて行った。






 




 音が聞こえる。


 カタカタカタと、とても小さな音だ。


 冷たい空気の中で微かに反響する。

 

 その音に最初に気が付いたのは、黄色い目をした少女だった。


「ねえ、何だろう、この音?どこから聞こえてくるのかしら」


 平たい岩の上に足を投げ出して座っていた少女が、耳を澄ましながら周囲を見渡す。


「あ、本当だ」


「こんな音、今まで聞いたことないぜ」


 少女と同い年ぐらいの少年二人が少女を真似て、コンクリートで固められているいる分厚い壁を視線で撫でるように見た。少年の顔は瓜二つ。身長も体つきも全く同じである。


「天井から音がする」


 少女が訝し気に眉を顰めた。


「天井の向こうで、一体、何が起こっているのかしら?」

 

 少女が首を捻る。隣に座る幼女が、少女の服の大きく広がった袖の裾を、不安げに掴んだ。


「おい、音が激しくなってきたぞ。振動もある。地震かな?」


「今まで感じたこともない大きい揺れだ。天井の岩盤が剥落したら、俺達全員ぺちゃんこだ」


「やだぁ、怖いよう」


 少年二人の言葉に怯えた幼女が、小さな悲鳴を上げた。か細い腕に抱えている薄汚れたパンダのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。


「大丈夫よ。ここはとんでもなく硬い岩盤をくり抜いて作られた人工の洞穴なんだから」


 黒曜石の色の大きな瞳に大粒の涙が溢れている幼女に、少女は広い空間のあちこちを指差した。


「ねえ、リュカ、よく見てごらん。私達が住んでいるこの広い洞窟はね、壁と天井が巨大な鉄筋で補強されているの。その上、特殊なコンクリートで塗り固められているんだよ。だから、滅多な事では、天井なんか落ちてこないわ」


 少女は震える幼女の頭を自分の薄い胸に抱きしめると、怖い顔で二人の少年を睨んだ。


「マル、セル、あんた達、これ以上リュカを怯えさせないで。シーシーが怒り出すよ。そうなったら、あんた達なんか…」


「ああ、はいはい、分かったってば、レマ」


「もうやめる。リュカを怖がらせるつもりなんか、俺達、これっぽっちもないからね」


 示し合わせたように肩を竦めたマルとセルが、全く同じ表情で悪戯っぽく笑った。

 一卵双生児のマルとセルは、顔も体つきも寸分違わず一緒だ。だが、マルの左目が青、右目が灰色、セルの右目が青、左目が灰色と、合わせ鏡のようなオッドアイだと知れば、あっという間に見分けがつく。


「なあ、もしかして、これがユラが言っていた啓示ってヤツじゃないか?」


 急に真剣な表情になったマルが、ぼそりと呟いた。

 マルの言葉に、セル、レマ、リュカが、はっと息を飲んでコンクリートで覆われた灰色の天井を見上げる。

 音は前よりも大きくなっている。それは、永遠の眠りから覚めた岩の巨人が唸り声を上げるような耳障りな音だった。


「ねえ、ユラの話が、啓示って言うのが、本当なら…」


 レマがリュカを抱いたまま、冷たい岩の上から勢いよく立ち上がった。


「私達、この牢獄から出てもいいってこと、だよね?!」


 レマは瞳を輝かせながら大声で叫ぶと、自分の背後の壁から突き出た巨大な岩を振り向いた。


「ミュリン、あんたもそう思うでしょ?」



 グオオオーン。


 

 巨岩の後ろから、地の底を這うような獣の唸り声が、洞窟全体に響き渡った。


今回でムゲンと京太の話は一旦終了となります。

次回からは、地上戦の話に戻ります。

ムゲンと京太はこの物語の核となるキャラクターですので、物語の後半に再び登場します。

書き直しが多くて、誠に申し訳ありません<(_ _)>

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