妖光
トランシルバニア山脈を抜けると、輸送機は徐々に高度を下げて着陸の準備を始めた。
直立した崖と何本もの縦谷が走る険しい山は、人の侵入を決して許さない程の急峻だ。
岩山が剣となって連なる中央に、巨大な建造物が姿を現した。
輸送機が大きく旋回して建造物の上で空中停止すると、分厚い鋼鉄で作られた屋根は不気味な金属音を立てて開閉した。輸送機は、垂直に開いた洞穴の中を、ゆっくりと降下していく。
地底の広い空間で、一人の若い男が輸送機の到着を待っていた。
地の底に着いた機体から、電動アームに胴体を掴まれたドラゴンが床にそっと降ろされる。
天井から何本もの細長いチューブが伸びて来て、ぐったりとしたドラゴンの首と、前と後ろの両足に巻き付き身体を固定させて、上体を起こした。無防備になったドラゴンの胸と腹が、男の目の前に晒された。
「フィオナ」
男が呼んだ。
男の低い声に反応したように、ドラゴンの胸から腹へと、縦に亀裂が入った。
ごつごつした漆黒の分厚い皮膚が蠢くようにぜん動して左右に捲れ、中から華奢な少女が現れた。薄い栗色の長い髪に覆われた白い顔には血の気がない。淡い茶色の大きな瞳が、小刻みに震えている。明らかにショック症状を起こしている。
「おかえり。フィオナ」
両腕を広げて、男は静かに微笑んだ。
「ユーリー、ファーザ!」
泣き声のような悲鳴を喉から漏らしながら、少女は男の名を呼んで、その首に細い腕を巻き付けた。
少女の震える身体を、男はしっかりと抱きしめた。
カウチに横たわりながら、夜空を見上げた。
こうやって空を眺めるのが日課になってから、どれだけの年月が過ぎただろう。
この世界を俯瞰するようになってからは、時の流れは、とうに意識の外にある。
いつも通り、天を仰ぐ。
そして。
未来永劫変わらないと諦めかけていた蒼穹に、新たに生まれた微かな変化を見つける。
光だ。
カウチから身を起こす。
アイ・スコープを調整してから、もう一度同じ方向を見ようと立ち上がる。
幻覚ではない。視線の先には、針の先程の小さな光が地球の大気の中で揺らめいている。
自分の他には、もう誰も記憶してない光。
再び灯ってはいけない輝き。
「起きたのか?ムゲン」
瞳に憂いと微かな希望を湛えて、ファン・アシュケナジは夜の天海を仰ぎ続けた。
終
第二章に続く




