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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第六章 エンド・ウォー
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怒りと絶望

地球上で核戦争が勃発したことに憤る京太。

怒りと絶望の中で、京太がムゲンに下した命令とは。

 気が付くと、京太は床にへたり込んだ格好で涙を流しながら、大型のパネルを凝視していた。


「そんな、バカな…」

 

 兵器衛星による宇宙戦が始まったのは一時間くらい前だ。

 それが地球上に核戦争をもたらしたのが未だに信じられない。その事実をたった一人で宇宙ステーションから傍観している自分にもだ。


「ミヤビ、地表の状況を報告します」


 ムゲンの立体音声が頭の上から降ってくる。だが、自失している京太には届かなかった。


「一体、何故…」


 こんなにも安易に、全面核戦争が引き起こされたのか。


「攻撃は最大の防御、だからか。先にミサイルを撃った方が勝ち、だと。それを、実行したっていうのか?!」


 二○二五年以降、人工知能とセンサー技術革新(テクノロジー)をアメリカと中国がほぼ席巻(せっけん)した。

 世界一の軍事超大国を標榜する両国によって、AIを搭載した無人戦闘機や攻撃用ドローン、AI実装ドローンスウォーム(群れ)、無人戦闘車両、極超音速誘導ミサイルなどの新兵器(ゲームチェンジャー)が続々と開発され、国家防衛戦略が一変したのだ。

 二十一世紀型戦略には当然の如く、宇宙も視野に入っている。

 中国が全地球測位(GPS)システムを自国で開発、運用を始めたのに対抗して、アメリカはスペースフェンスという宇宙監視用の地上レーダーを運用し、敵国の軍事目的動向の監視を強化した。対抗する中国も内陸部に衛星関連施設をいくつも設置した。

 抜きつ抜かれつの開発競争の果てに、両国で囁かれ出した究極の戦略が、中・長距離ミサイルによる「発射前対処」だ。

 だから。

 陸地から、海上と海中から、マッハで飛翔する核爆弾を、敵の主要都市及び軍事基地にピンポイント攻撃で大規模無力化を行った方が、戦争に勝利する。

 しかし、宇宙にいる京太から見れば、人類のたった一つしかない住処である地球に核爆弾を落とす行為は、愚の骨頂としか映らない。


「ミヤビ、地表の状況を報告します」


 ムゲンが言葉を繰り返す。だが、ショックを受けている京太に届くムゲンの声は奇妙に歪み、意味不明の音にしか聞こえていない。

 ムゲンの存在を忘れたかのように、京太は茫然(ぼうぜん)として大画面の中の地球を見つめていた。


「ミヤビ、ミヤビ、私の声が聞こえていますか!!」


 鼓膜(こまく)が破れるような大音量に、京太はわっと悲鳴を上げて飛び上がった。


「あなたは私のマスターです。私はマスターに危機的状況が起きた場合、マスターの身の安全を図るようにプログラミングされています。だから気をしっかりと持って、私の状況報告を耳に入れて下さい」


 初めて耳にするムゲンの強い口調に、京太ははっとした。

 叱咤激励(しったげきれい)されたことで、ぼやけていた音声が一気にクリアになる。

 京太は机の端を掴み支えにして、床からゆっくりと立ち上がった。


「ごめんよ、ムゲン。もう大丈夫だ。報告を頼む」


 ここまで来たら、現実の全てを受け止めねばならない。

 京太は歯の根の合わなくなっている口で舌を噛まないように腐心しながら、言葉を放った。


「それでは、報告を始めます」


 第一級の緊急時と判断したのだろう。ムゲンは緊迫した音声で喋り出した。


「静止軌道にあるイギリス宇宙軍偵察衛星をハッキングしました。米中両国が互いの国のGPS基地局を中長距離間大型ミサイルで破壊した映像を二万倍に拡大してお見せします」


 基地局が吹き飛んで大きな穴となった映像が、京太の目に飛び込んで来た。破壊された建物は勿論、原形を留めていない遺体があちこちに散らばっているのもはっきりと見える。


「うっ」


 惨たらしい映像に、胃がひっくり返る。京太は腰を折り曲げて床に激しく嘔吐した。


「ミヤビ、大丈夫ですか?」


 心配そうな音声でムゲンが尋ねた。


「大丈夫、だ」


 そう言っては見たものの、顔が蒼白になっているのが自分でも分かった。


「戦闘が拡大した状況を視覚から取り入れるのは、ミヤビの精神状態にかなりのダメージを与えるようです。口語説明に切り替えますか?」


「ああ、そうしてくれ」


 汚れた口元を制服の袖で(ぬぐ)ってから、京太はムゲンに報告を続けるように促した。


「それでは口頭での報告に切り替えます。核爆弾によって機能停止に陥った都市は東アジア全域とアジア南東部、中国と国境を接する国、主にロシア、インド、首都及び軍事関連施設、アメリカと同盟を結んでいるオセアニア、ヨーロッパ国の各都市及び軍事関連施設、ユーラシア大陸、主にロシアの各都市及び軍事関連施設、カナダ、アメリカの広範囲の各都市及び軍事関連施設、南米の…」


「もう、いい!分かった!」


 京太が金切り声を上げながら掌を机に叩き付けた。


「地球上の殆んどの都市に核ミサイルが落ちたんだ!だから、業務連絡のように読み上げるのは、もう止めてくれ!」

 

 京太のあまりの勢いに、ムゲンはすぐに音声を終了した。


「…ムゲン、日本はどうなっている?詳しく説明してくれ」


「了解です」


 京太の悲愴な呻き声に、ムゲンは緊迫した声のトーンを緩めて説明を再開した。


「日本は中国に追従した北朝鮮から核ミサイルの攻撃を受け、大都市圏だけでなく、小さな市や町に至るまで、全ての機能が停止しているようです」


「全ての機能が停止…」


 ムゲンの湾曲な表現に隠された意味を、京太は否が応でも理解した。


「ムゲン、君は、日本が滅んだって、そう言っているのか?」


「語彙を変換すれば、京太と同じ表現になるでしょう」


(何とも賢い言い回しだ)


 ムゲンは、山田よって入力された“思いやり”データに沿って、自ら言葉を選んだようだ。

 京太はムゲンの黒い球体の身体に散らばる青い点滅に目をやりながら、やっとの思いで言葉を吐き出した。


「…ムゲン、兵器衛星はまだ戦っているのか?」


「はい。戦闘中です」


 ムゲンは自分の後ろにある大型スクリーンのパネルに、宇宙空間を映し出した。


「地上にある軍事レーダー施設が破壊されたので、ステーションへの妨害電波は消滅しました。ステーション付近を飛んでいる監視衛星のシステムに侵入してAIのデータを書き換えて、メインAIの周波数と周波数を合わたので、直接操作が可能です。今から監視カメラを作動し、兵器衛星の戦闘映像をズームアップします」


 地球を取り巻くアメリカのメガ・コンステレーション(星座)偵察・通信衛星に、中国の兵器衛星が軌道から弾き飛ばそうと、体当たりを仕掛けている。敵を熱センサーで感知したアメリカの兵器衛星が自国の衛星を守ろうと反撃に出る。

 

 衛星が真空の中でぶつかり合う姿を京太はぼんやりと眺めた。


「地上のレーダー施設からの攻撃信号は止まっているんだろう?それなのにまだ戦っているのか」


「敵のセンサーを破壊するまで攻撃を止めないようにプログラミングされているので、どちらかが機能停止するまで戦い続けます」


「僕には敵国の怨念が衛星にまで乗り移っているように見えるよ」


 京太は、真空の中で音もなくぶつかり合う兵器衛星たちを憎々し気に睨み付けた。


「いい加減、うんざりだ。ムゲン、兵器衛星の機能を停止させろ」


 京太の命令に、ムゲンは了解ですと答えてから、メガ・コンステレーションの輪の中を飛んでいる中型衛星を、格闘している兵器衛星の真上に移動させた。


「あれは、何だ?」


「メインAIのデータから抜粋してお知らせします。あの中型衛星は、アメリカの最新型兵器で、敵のセンサーを焼き切る武器を装備しています。敵兵器衛星に強力な可視化レーザーを一秒間の間隔を開けて連続発射します。宇宙ステーションのアメリカ実験棟で、中国、ロシアに先行して開発されました」


「へえ。センサーだけを焼き切るのか。宇宙空間を汚さないエコ兵器って訳だ」


 京太はスクリーンの中に映った中型衛星を充血した目で追った。中型衛星から放たれた白い光線に貫かれた兵器衛星が動きを停止していく。


「大した技術じゃないか。地球上でも核兵器なんか使わないで、レーザー兵器で戦えばいいのに」


「メインAIの情報によりますと、地上で使用するレーザー兵器は大気で拡散してしまうので、軍事装備としてはまだ実験段階のようです」


「そうだ。ムゲン、いいことを思いついたよ」


 急に、京太の虚ろだった目が輝いた。


「アメリカ実験棟には、まだレーザー兵器の開発データは残っているのか?もし残っているなら、ムゲン、ステーションから地上まで届くレーザーを開発してくれ」


「私には兵器開発のプログラムは入力されていません」


 ムゲンの言葉に、京太が首を振る。


「そうだね。君は人間を手助けする為に開発されたからね。そんな恐ろしいプログラムは入っていない。だけど君は、完全自律型の超知能AIだ。やろうと思えば何だってできる」


 京太は拳にした手を大きく振り上げると、ムゲンに向かって叫んだ。


「今回の事で、君は人間の愚かさを十分に見知っただろう。恐怖の均衡(きんこう)がなければ、人類はすぐに暴走する。地上でまだ開発されていない超ド級の破壊兵器が宇宙にあると知ったら、どんなに愚かな人類だって、世界が滅亡するような大規模な戦争は起こさなくなる!」


 京太は喉が裂けんばかりの大声をムゲンに向かって(ほとばし)らせた。


「だから…。だから…。ムゲン!恐怖で人類を支配しろ!」



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