全面核戦争
米中両軍の宇宙戦が地球上に発展する可能性をムゲンから知らされて、気をもむ京太。
ムゲンがジャミングを回避し、他国の衛星からの映像をステーションに送信する。
京太の目に映ったその光景とは…。
「おや?」
大画面のパネルの映像が黒一色になっているのを見て、京太は訝し気に目を眇めた。
「ステーションを取り巻いて静止していた敵の兵器衛星が画面から消えている!」
アメリカ軍兵器の捨て身の戦法に恐れをなして退避したのだろうか。
「いや、監視カメラの死角に回った可能性もあるな」
見えない場所から攻撃されたらと思うと、生きた心地がしない。
「ムゲン、敵兵器衛星が今どこにいるのか、すぐに調べてくれ」
宇宙空間しか映っていない画面にせわしなく目を動かして冷や汗をかいている京太に、ムゲンが落ち着き払った声で答えた。
「ステーション付近に残っていた中国兵器衛星の移動を確認しました」
「移動?ステーションへの攻撃を取りやめたって事か?」
「はい。現在の時間帯で宇宙ステーションを爆破した場合、大気圏で燃え尽きなかった大小の破片が中国に落下して、最悪、都市を直撃する可能性が出てきたからです」
「それじゃあ、ステーションが爆破される最悪の事態は避けられるんだな?」
そうあって欲しい。
期待を込めた京太の表情を、ムゲンのセンサーアイが捉える。京太の不安を和らげようと、ムゲンは人工音声を半オクターブ落とした。
「中国の兵器衛星の進路をメインAIを使用して計算した結果、中国軍は攻撃目標を変更し、アメリカの低軌道配備型赤外線システム衛星に切り替えたと判断しました。中国の兵器衛星が戻って来る可能性はゼロではありませんが、ステーションが再度攻撃される確率は五パーセント以下になりました」
「そのアメリカの衛星って、敵国の弾道ミサイルを防衛する為にアメリカが半年前に打ち上げた大型衛星のことか?」
「そうです。中国軍は、自国軍の通信衛星をアメリカ軍によって無力化される前に宇宙空間に配備した兵器で先制攻撃を開始してアメリカ軍の高速通信衛星網を破壊、分断する可能性は九十八パーセントに上昇しました。低軌道型赤外線システムが無力化される前に、アメリカ軍が攻撃して中国の通信衛星を破壊する確率は、約三十五パーセントです」
「それ、中国の衛星を攻撃しない確率が六十五パーセントってことだよね?」
数字に納得のいかない京太がムゲンに聞き返す。
「一体どんな計算をしたら、そんな数値が出てくるんだ。今の状況を考えたらあり得ないだろう?それに“約”って前置きするのも君らしくない」
「申し訳ありません。説明に不備がありました。今から修正と捕捉を行ないます」
京太が不安を増大させた理由を知ったムゲンは、メインAIから引き出したデータを後ろの巨大スクリーンに映し出した。
「数値は、メインAIに保管されているアメリカ宇宙軍のデータを基に算出したものです。機密保持により消去されていたのを、私が六十二パーセントまで復元させました。なお、残りの三十八パーセントのデータは完全に破壊されていて、復元が不可能です。正確な数字を出すのは無理なので、おおよその値として数値の前に“約”を付けました。ご了承下さい」
「うん、分かったよ。で、それは、どんなデータなんだ?ムゲン、僕に理解出来るようにに教えてくれ」
京太がもどかしそうな顔で質問する。今まで見たことのない表情に、ムゲンは京太の顔のをセンサーアイでクローズアップして筋肉の動きを細かく捉えた。
蓄積してきた京太のデータと照らし合わせると、怒りと不安から極度の緊張状態にあるとの結果が出た。
「それでは、メインAIの情報を現在の状況に照らし合わせて重要事項を抜粋、簡略して要点を分かり易くお伝えします」
京太の緊張を緩和しようと、ムゲンは中性的な声を深みのある女性のものに切り替えた。
「メインAIのデータによりますと、アメリカ政府は敵国の間で戦争が勃発した場合、一番最初に自国の軍事衛星が地上にある敵基地からの極超音速ミサイルで攻撃を受けると想定しています。
軍事衛星の破壊によって陸・海・空・宇宙の四軍が連捷した戦闘チェーンサイクルを一気に無力化されるのを避ける為に低軌道から中軌道上に配備した妨害電波システム搭載の完全自律型攻撃用ナノ衛星で、敵ミサイルの進路を妨害、変更させます。
万が一、超音速ミサイルに通信衛星が爆破された場合、静止軌道に展開させてある予備の超小型偵察衛星に切り替えて、キルチェーンサイクルを維持します。
地表では、グアム、沖縄、ニュージーランドの沖合で待機しているアメリカ海軍の空母部隊が偵察衛星及び早期警戒衛星から得た情報を各空母に搭載しているAIで解析し、中国内陸部の数か所にある軍事通信衛星関連施設に極超音速核小型ミサイルを発射して、ピンポイントで爆破します。
長距離核ミサイルを搭載した原子力潜水艦との連携攻撃で、より強力な軍事力を展開するとあります。それから…」
「ムゲン、一旦、説明を止めてくれ」
京太が怖い顔でムゲンの説明を遮った。京太の命令を受けたムゲンが巨大な球体の点滅のスピードを抑える。
「まるで強大な軍事力を保持するアメリカには絶対に手を出すなって警告されているみたいだ。君がメインAIから取り出したというアメリカ軍の極秘機密は、敵からサイバー攻撃を受けた時に発動するように仕組まれたフェイクデータじゃないのか?」
京太の疑問を受けて、ムゲンは球体の点滅を早めた。
「ミヤビが言う通り、メインAIには敵に攻撃を抑止させるフェイクデータも入っていました。ですがこの情報は、メインAIの破壊されたデータの中でも極秘機密に分類されていたものです。フェイクである可能性は非常に低いです」
「うん…。確かに計画には破綻は見られない。けれど僕には、まるで信ぴょう性が感じられないんだ。それに、ムゲン、君は…地球上で核戦争が起こる確率が六十五パーセントもあるって言ったけれど、どこからそんな数値が出て来たのか、今の話では全然説明になっていないじゃないか」
京太の怒を含んだ声に、ムゲンは点滅の量と速度を抑えた。
「質問は第二非線形演算を使用して解答します」
赤く発火していたのが青に変わる。それを見た京太は、ムゲンの思考回路のパターンが組み替えられたと知った。人間の脳細胞のように、三次元ニューラルネットワークが別のネットワークに繋がったのだ。
「メインAIの全データを使用して導き出した確率を多元的な視点から解説します。宜しいでしょうか?」
「いいよ。早く六十五パーセントの根拠を、もう一度理解出来るように説明してくれ」
「了解しました。六十五パーセントというのは、アメリカ軍が中国の軍事施設に極超音速滑空体による低高度攻撃を行う確率です。宇宙空間に展開する超高度軍事システムを死守する為に、アメリカ軍が地表戦を優先させる可能性を五分前に数値化したものです」
五分前という前置きに、京太は眉を顰めた。
「それじゃ、今、確率はもっと上がっているってことか?」
「可能性は高いです。残念ながら、地表におけるアメリカ軍の軍事システムの詳細なデータは、宇宙ステーションのメインAIには構築されていません。アメリカ軍が使用する軍事AIと接続出来れば、正確な数値を出せるのですが」
京太はムゲンの話を感動と恐怖を交えながら聞いていた。
地球で核戦争が起きそうな事態にも拘らず、口惜しさが滲むのを上手く表現したムゲンの言葉使いを喜んでいる自分は一体何なのだろう。
「確率はこれで充分だよ。僕が知りたいのは地球上のリアルタイムの情報だ。妨害電波さえなければなぁ」
突然、ムゲンの黒い球体に散りばめられいる青い点が大きく波打った。
「ミヤビに嬉しいお知らせがあります。たった今、アメリカ軍の妨害電波の圏外にある超小型通信衛星を三つ見つけました。その衛星を使ってアメリカの同盟国であるイギリス軍の偵察衛星にアクセスしました」
「本当か?!凄いぞ!ムゲン、よくやった」
「ミヤビが喜んでくれると私も嬉しいです」
そう言ってムゲンは、球体の隅々に青い光を花火のように散らせてから、ぴかぴかと点滅させた。
「イギリス軍に気付かれないように偵察衛星の周波数をメインAIに合わせました。ナノ衛星を経由させて地表の様子をメインAIに送信させています。ミヤビ、正確な返答を行ないたいので、質問の変更を求めます」
「質問の変更しろって?ムゲン、何でそんな事、言い出すんだ?」
怪訝な顔で自分を見上げる京太に、ムゲンは映像を宇宙から地球に切り替えると、一部をズームアップした。
「イギリス軍衛星が自国の軍事基地に送信中の映像を解析した結果、グアム周辺の太平洋に展開するアメリカの原子力潜水艦が、中国の巡航ミサイル展開拠点に核爆弾を発射したのを確認したからです」
「核爆弾、だって…?」
「はい。ミヤビの目視出来るように映像を拡大します」
パネルの中に浮かんでいた地球が消え、六枚の画像となった。
中国大陸から千五百キロメートル離れた大海から発射された核弾頭付きミサイルが、空に白い線を引いて飛んでいくのを、京太は息を詰めて見つめた。
「…待て。待ってくれ!何で核爆弾なんか自分の星に落とすんだよ!自殺行為じゃないか」
ミサイルが着弾した湾岸部に、滑稽なくらいに、ぽこぽこと白いキノコ雲が立ち上る。
「何故?どうして、こんなことになったんだ?!」
京太は自分の頭に爪を立て、髪を掻き毟った。巨大モニターからリアルタイムで流れる映像が、かっと見開いた目に焼き付いていく。
「あれは…」
京太の身体が電流を流されたように、椅子から跳ね上がった。
「日本も標的になっているのか?」
中国の渤海と黄海の沿岸にあるミサイル基地から発射された核ミサイルが、日本へと一直線に向かっている。その二秒後に、日本の軍事基地から白線が数本現れて、大陸へと放射線を描きながら伸びて行った。
日本列島の主要都市に白くて丸いキノコ雲がいくつも発生した後に、北京、上海にもキノコ雲が立ち上る。
それは合図であった。
スクリーンに映る六枚の衛星写真は瞬く間に六十枚になり、世界の都市に丸いキノコ雲が浮かんだ映像で埋め尽くされた。
「うわああぁぁ―――」
割れんばかりの絶叫を放っていた京太の声は喉元で掠れ、次第にすすり泣きへと代わっていった。
MR検査の結果、悪いモノではないことが判明しました(;^_^A
半年に一回、経過観察しましょうとのことで、おなか切られなくて、よかった。
早く体調戻したいです。
絶対にエタらせんぞ~(笑)




