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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第六章 エンド・ウォー
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電波妨害

制御回路が解除されたムゲンが姿を現す。

京太は宇宙ステーションで起きた事件を知らせようと、NASAに送信しようとするが。

「ハロー、ミヤビ」


 漆黒の表面に赤い点滅を星屑の如く光らせながらムゲンが喋った。


「ハロー、ムゲン。君を見たのは一年前かな。本当に久しぶりだ」


「あなたの姿を直接見られて、私はとても感激しています」


 巨大な黒い球体から発せられる人工音声の大きさに、京太が思わず耳を塞ぐ。


「そうだね。君が完成してすぐに、リミッター回路を繋いだ金属ボードで宇宙ステーションの全てのコンピュータから遮断したからね。それはそうと、ムゲン、もう少し声の音量を下げてくれないか」


「すいません。金属板で遮蔽されていた時と同じ音量で話してしまいました。すぐにサウンドシステムのボリュームを調整します」


 球体の中央から三分の二ほど上の部分で弧を描く赤い線が緑色に変化する。


「この音量で大丈夫でしょうか」


「ああ。丁度よくなった」


「よかったです」


 頷いた京太に、ムゲンは漆黒の球体を小さな赤い光で覆った。光は点滅を繰り返すとさざ波のように揺らいでから消えていった。


「私は人間のように表情を作れませんので、光の点滅で嬉しさを表現してみました。いかがでしたか?」


 光で感情を表すムゲンに、京太はにっこりと微笑んだ。


「とてもきれいだったよ」


「気に入りましたか?」


「ああ、気に入った」


 ムゲンの表面に無数に散らばっている赤い光がさっきと同じ点滅を始めた。光のさざ波は、コンピュータ内部の素子が計算する際に放出する熱のを上手に利用しているようだ。


(すごいぞ。ムゲンの感情が順調に育まれている)


 京太は改めてムゲンの全容を目に収めた。

 赤い光は、最初のさざ波よりも、もう少し複雑に点滅を始めている。光を集合させて強弱を繰り返し、一本の線になって球体を勢いよく巡回していた。

 

 多層パーセプトロン、三層に繋いだ人工ニューロンを効率よく機能させる為に、今は亡き山田教授の助言を受けながら、京太がムゲンを球体に設計した。

 重力を発生させている研究棟の中で球体は不安定だ。

 だからムゲンには巨大な台座を取り付けた。ムゲンの中心に輪にはめ込んで形で支える金属製のドーナツ型の台座の下には、金属の細い円柱がずらりと並んで取り付けられている。

 円柱は空洞になっていて、ムゲンに接続された大量の細いプラグコードが台座から円柱の中を通って壁の内側にある排気ダクトの循環システムと結合していた。

 

 超高速で演算を行うスーパーコンピュータは機体が高温となり、空気中にかなりの熱を放出する。

 地上では大型コンピュータの機体を冷やすのに多額の費用が掛かるが、極寒の宇宙では、ムゲンの放出する熱はステーションの住人の命を支える貴重な熱源となる。

 プラグコードの他に太いケーブルが一本、ステーションの壁を突き抜けて宇宙空間まで伸びていて、デブリ防止ネットの上にある巨大な太陽光システムに繋がっていた。


(人間のように思考する世界でたった一つの完全自律型コンピュータを、僕と山田先生が二人で作り上げたんだ)


 自分の完成させたニューロコンピュータを眺めながら、京太は満足げに目を細めた。

 山田が死んでからは京太一人でムゲンの開発に奔走したのだ。その、血の滲むような苦労を絶対に忘れてはならない。


(それなのに、僕は地上に帰るつもりでいた。あと少しでムゲンを放り出すところだった)


 京太は自分の弱さに腹を立てた。


「そうだ。ムゲンのデータをバリオーニに奪われていたんだった」


 銃を突き付けて自分の手からメモリを毟り取っていったカルロを思い出し、京太は今更のように怒りに震え出した。

 だが、カルロ・バリオーニは、アシュケナジに撃たれて死んだ。

 フォルト博士とカートライトもだ。だからUSBメモリはステーションの外には持ち出されていない。


「ムゲンのデータは地上の誰の手にも渡っていない筈…だよな?いや、もしかすると、アシュケナジがUSBメモリをバリオーニの胸ポケットから持ち去ったかも知れない。もしそんなことになったら、山田先生に申し訳が立たないよ」


 京太は両手で髪の毛をくしゃくしゃにしながら呻き声を上げた。

 アシュケナジがカルロたちを銃殺するのを間近で見たせいでパニックになった。彼の行動を詳しく思い出そうとしても曖昧な記憶しか残っていない。


「そうだ!脱出口の壁と天井には、監視カメラがあっちこっちに設置してあるじゃないか」


 カルロの制服の胸ポケットに監視カメラをズームアップして、ポケットの膨らみをムゲンに解析させればすぐに分かる。京太はムゲンに命令した。


「ムゲン、ステーションの脱出口の様子を隅から隅までカメラで写してくれ」


「了解しました。監視カメラを作動させます」


 京太は一つだけ残っている机の上のモニターに必死で目を凝らした。映し出された映像を探したが、人の姿はどこにも見当たらない。脱出口のハッチが開く際に、三人の死体は空気と一緒に宇宙空間に放出されてしまったようだ。


「アシュケナジが殺害した三人の写真をNASAに送り付けてやろうと思ったのに。ムゲン、デブリ避けネットに死体が引っ掛かっていないか確かめてくれ」


「了解です。ステーションの外の監視カメラを全て作動して死体を探します」


 映像が切り替わり、モニターの画面にステーションの外の画像ががすごい勢いで流れていく。


「どうだい?」


「監視カメラの映像では、遺体はどこにも確認出来ませんでした」

 

 ステーションの真下には地球に帰還する為のポッドが設置されている。死体がデブリ避けネットをすり抜けて宇宙に投げ出されてしまったのは確実だ。


「くそっ」


 京太は拳で机を強く叩いた。


「絶対的な証拠を失った。アシュケナジめ、あの人殺しをこのまま野放しにして置くものか!」

 

 ステーションからは死体は消えたが、床とタラップに血の流れた跡が残っている。


「そうだ!ムゲン、あの血を採取してくれ。血液の成分をデータ化してメインAIが映していた映像と共にNASAに送信するんだ。宇宙で事故に遭った時の為に、NASAには宇宙ステーションに滞在する人間の生体データが全て保管されている。だから脱出口の血が、バリオーニとフォルト、カートライトのものだってすぐに証明される。遺体がなくても殺人があったことは立証できるぞ」


「了解しました。今からNASAに三人のデータを送ります」


 ムゲンからの送信をNASAが受け取れば、宇宙ステーションに取り残された人間がいると分かるだろう。そうなれば、アメリカ軍が開発した宇宙往還機のX―37Bで、誰かがステーションに派遣される筈だ。


「時間は掛かるだろうが、地上から人は来る」


 そう考えると不安が幾分和らいだ。

 京太は椅子に深く腰を掛けて机の上に手を置いた。ほっとしたのも束の間、ムゲンの球体を彩る赤い点滅が見る見るうちに消えていく。


「どうしたムゲン?コンピュータの出力が落ちているみたいだけれど」


「ミヤビ、バリオーニ中尉とカートライト中尉、フォルト博士の血液のデータをNASAに送信しようとしましたが、通信衛星と地上の両方からブロックされました」


「そんなバカな!一体どういうことだ?」


 ムゲンから返って来た言葉に愕然とした京太が、思わず椅子から立ち上がる。


「私がメインAIに侵入してステーションの主導権を奪ったことが原因です。ステーションにおけるメインAIの循環型ランドシステムを強制停止させたのがアメリカ軍に察知されました。兵器衛星及び地上のアメリカ軍基地から強力な電波妨害(ジャミング)を受けています」


「どに国とも通信出来ないって事か…」


 それは、ステーションが地上から完全に切り離された状態で宇宙に浮いていることを意味した。

 京太は放心した表情でムゲンを見つめた。


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