表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青の戦域    作者: 綿乃木なお
第一章 長い戦争(ロング・ウォー) 
24/303

暫定停戦



 ダガーに耳元で叫ばれて、ケイがうっすらと目を開けた。


「起きた!!」


 ダンが思わず大声で叫んだ。


「やった!ケイ!生きてるか?」


 突然、キィンと甲高い金属音が空から降ってくる。


「飛行機がヤガタに接近して来ます!」


 ハナが叫んだ。


「大尉!あれは戦闘機ですか?爆撃を受けたら今のチームαの状態では基地を守り切れません。すぐに退避してください!」


「ハナ、俺と一緒に戦闘機撃墜の準備を取れ。リンダ、ジャック、エマはそのまま二足兵器に狙いを定めてろ」


 ビルが機関銃の銃口を空に向けた。


「いや、待て。ロウチ伍長」


 ブラウンがビルを制した。


「あれは戦闘機ではない。多分、輸送機だ。見ろ、着陸するぞ」


「輸送機?何故ここに?」


 ヤガタ上空で静止した飛行機が、ゆっくりと垂直下降する。ブラウンは感慨に目を大きく開き、微かに息を震わせた。


「驚いたな。あの垂直離着陸機は、二十一世紀半ばにアメリカ軍によって開発された軍専用輸送機だ。アメリカ人というのは、随分と物持ちが良いのだな」


 生体スーツを囲んでいた二足兵器が後退し、着地した輸送機の周りに集合した。輸送機の腹からタラップが現れ、重装備を施した男が一人、階段を下りてくる。

 男の首から下の全てが分厚い甲冑(ボディーアーマー)に覆われていた。

 幅の広い両肩に重火器を乗せ、脇腹にいくつもの銃身を生やしている。それでも足りないのか、甲冑の両脚に機関銃が一丁ずつ装備されている。頭に迷彩柄のブーニーハットを被っているのは、ご愛敬というところか。


「何だ、あれ?すごいな、全部武器なのか?」


 ジャックが呆れたような声を上げた。


「っていうか、どうやったら、身体にあれだけの銃を装備することが出来るんだ?」


 男の異様な姿に、ビルも男から目を離せないでいる。

 男は基地に向かって帽子を脱いだ。

 帽子の下から異様な顔が現れた。テニスボールの大きさの黒い球を半分に切って押し当てたような両眼。顎の両脇からは二本の太い管が生えて背中の機械と繋がれている。

 男の顔を見たチームαの全員が、固唾を飲んだ。


「初めまして。独立共和国連邦軍の皆さん」


 男が慇懃に言葉を放った。


「私は軍事同盟軍司令部第一部隊所属、マイク・マクドナルド。階級は大佐です。以後、お見知り置きを。さて、ここの基地の司令官はどなたかな?」


「今は私、フランツ・フォン・ヘーゲルシュタイン大佐が担っている。マクドナルド大佐とやら、貴殿は一体何をしに来たのかね?」


 基地の司令部からヘーゲルシュタインがマクドナルドに聞き返した。


「暫定停戦を申し込みに来た」


「何!!」


 相手の申し出にヤガタの誰もが一瞬、耳を疑った。


「我々が進軍を止める条件として、そこに倒れているニドホグ、いや、飛行兵器を回収したい。取引です。あなた方にとっては悪い話ではないでしょう。いいや、かなり分の良い話だ」 


「ふぅむ」

 

 ヘーゲルシュタインは腕を組んで唸った。


「大佐!彼は?」


 研究室をボリスに任せたブラウンが、息せき切って本司令部室に駆け込んで来た。


「ああ、ブラウン大尉。彼を見てみたまえ。あれは人間か?何とも恐ろしい姿をしている」


「恐らく彼も機械兵器でしょう。我々はドラゴンの出現から悪夢を見ているようだ」


「軍事同盟軍に強制的に見せられている悪夢だよ。ところで大尉、彼の取引という話に乗った方が良いと思うかね?」


 ブラウンは指令室の分厚い防弾ガラスの窓から、外を眺めた。

 地面に倒れたまま動かないドラゴンのすぐ前に、五体の生体スーツがいつでも戦闘状態に入れる構えを見せている。距離を置いて着陸した輸送機と、マクドナルド大佐、その周りに守備を固めた二足走行兵器が百体。


「早くドラゴンを回収したいのでしょう。確かに満身創痍の我々にとって悪い話ではない」


「そうだな。あの男が嘘をついていなければの話だが」 


 もはや二足走行兵器は生体スーツの敵ではない。スーツ五体が動けば瞬く間に一掃してくれるだろう。輸送機もすぐには離陸できない筈だ。

 ブラウンは双眼鏡でマクドナルドを見た。

 生のある人間のものとは到底思えない、血の気のない青白い皮膚。カメレオンのような両眼。高い鼻梁と薄い唇は人間のものだ。

 もっとも、薄笑いを浮かべる唇は、死体のような土色だが。


「話に乗るしかないでしょう。二足兵器はともかく、あのマクドナルド大佐という男が曲者だ。単体で堂々と敵基地の目前に乗り込んでくるのだから、生体スーツを脅威に感じていないのかもしれない。それだけの攻撃力があるという事です」


 ブラウンはマクドナルドの様子を伺った。マクドナルドは、指令室の窓を見上げたまま動かない。一時停戦の申し出を断れば、即座にヘーゲルシュタインと自分の首を取りに攻撃を仕掛けるつもりだろう。


「彼自身が我らにとって、未知の兵器だと考えていい。これ以上基地を攻撃されれば、我々はヤガタから撤退を余儀なくされる。ゼロ・ドックの情報を軍事同盟軍に奪われるのだけは、どうしても避けなければなりません」


「そうか。では、この話を進めてくれ、ブラウン大尉。実戦指揮を執っている君の方が、私より適任だ」


 ヘーゲルシュタインは静かに言った。


「ヤガタを制圧できるにも拘らず、軍事同盟軍は暫定停戦に持ち込もうとしているのだからな。壊れて動かなくなったドラゴンが、余程大事らしい」


 ブラウンは司令室からマクドナルドに向かって談義を始めた。


「マクドナルド大佐。ブラウン大尉です。今から、私があなたの交渉役となる」


「我々の飛行兵器が戻ってくるのなら、こっちは誰と交渉したって構わないのだがね。それで、話し合いは付いたのかな?」


「暫定停戦に応じてもいい。但し条件がある」


「何だね、言ってみたまえ」


「あなた方の飛行兵器、我々はドラゴンと呼んでいるが、それを回収したと同時に暫定停戦を破棄して攻撃を開始するというのなら、あなたの話には応じられない。ドラゴンと二足走行兵器共々、速やかにヤガタから兵を引いてもらいたい。この条件を飲んで貰えるのであれば、あなたとの取引に応じます」


「随分と虫の良い話だな」


 ふんと、鼻で嗤ってマクドナルドが言った。


「しかし、まあ、今の私に課せられた任務は飛行兵器の回収で、今から君たちと戦争することではない。飛行兵器を輸送機に乗せたら、大人しく帰るとしよう。勿論、二足兵器も全体撤収させる。君たちの最新兵器で、すぐにお釈迦にされるのが目に見えているからな」


「では合意した。ドラゴンを回収して結構です」 


 マクドナルドがブラウンに向かって頷いた。


 輸送機のコクピットに片手を上げて合図を送ると、機体の胴体の上半分が大きく開いて、中から巨大なアームが出現した。ビルとジャックの傍で倒れているドラゴンにアームが伸びる。

 近づいて来るアームを避けるように機関銃の銃口を上に向けて、二人がゆっくりと摺り足で後退した。その様子をマクドナルドがじっと見ている。


「伍長、あいつの目」


 ジャックがビルに囁くように言った。


「片方は俺たちの方を見ているけど、もう片方は基地の指令室に向いていますよ」


「気味の悪い野郎だぜ」

 

 忌々し気にビルが舌打ちした。

 アームがドラゴンの胴体を掴んで持ち上げる。首と四肢と尻尾をだらりと垂らして動かないドラゴンが、輸送機の中に収納された。


「さて。これで、私はお暇することにする。次に会う時には、お互い生死を分ける戦いになるだろう。まあ、私たちが負けることは万に一つもないがね」


 マクドナルドは歯を剥き出して大きく笑うと、ヤガタ基地の指令室に小さく敬礼してから輸送機のプラットを上って行った。

 輸送機の腹が閉じて、機体がふわりと空中に浮く。あっという間に上昇すると、白い筋を青天に描きながらヤガタから離れて行った。



「大佐、オークランド司令官からです。総司令本部からの通達が入ったとのことです」


「通達だと?」


 指揮を放り投げて、執務室に籠り切りの臆病者の貴族将校を、ヘーゲルシュタインは思い出した。片方の眉を持ち上げて、伝令に来た部下に苛立った口調で聞き返す。


「たった今、我が軍と軍事同盟軍が正式に停戦に合意したとのことです」


「何だって!?」


 驚きを隠せないまま、ヘーゲルシュタインはブラウンを見た。ブラウンも唖然とした表情でヘーゲルシュタインを見ている。


「何てことだ。停戦になると分かっていれば、ドラゴンを渡すこともなかったな。軍事同盟軍との交渉の良い材料になっただろうに。惜しい事をした」


「マクドナルドとかいう男に、してやられましたね。彼は全て承知の上で我々に取引を持ち掛けた。とんだ狸だ」


 二人は喋るのを止めて大空を見上げた。


「飛行機か。百年以上、その飛ぶ姿を人類は誰も見たことがなかった。今日、私たちが目にするまではな」


 感慨深げにヘーゲルシュタインが呟いた。


「そうですね。飛行機も、あの飛行機雲も」


 空から視線を放さないままで、ブラウンも呟いた。



「そして、我々の戦いは、これから新しい局面を迎える事になる」



 マクドナルドが言った通り、二足走行兵器が撤退を始めた。

 全機が前方を向いたまま、見事なまでに足並みを揃えて後退を開始する。兵器の向かう先に二両の巨大なタンクが現れた。大型の無反動砲を四基も頭に搭載させているのを見て、チームαに緊張が走った。

 いつでも攻撃出来るよう、ビル、ジャック、ハナ、リンダ、エマのスーツが、タンクに銃口を向ける。

 生体スーツの動きなど意に介する様子もなく、タンクは後方のハッチを大きく開けると、整列した二足兵器を飲み込んでいく。

 全ての兵器を収容すると、二両はキャタピラ音を大地に響かせながら進軍して来た道を引き返していった。

 軍事同盟軍のタンクが砲撃区域内から撤退したのを確認してから、チームαは攻撃体勢を解いた。

 基地から幌に十字を描いたジープが走り出て来る。ダガーによってフェンリルから降ろされたケイを、二人の衛生兵が担架に乗せた。

 人工呼吸器を被せられても、点滴の針が腕に刺されても、ケイは目を閉じたままぐったりとして動かない。衛生兵の掛け声と共に、ジープはダガーの目の前から走り去った。


「軍曹、コストナーは無事ですか?」


 ダンが地面に降りたダガーに堰を切るように尋ねた。


「呼吸はある。心臓も動いているが、意識がない」


 ダガーがイヤホン越しにダンに答える。


「でも、さっき、目を開けました!」


 ダンは思わず声を張り上げた。ダガーは言葉を返さない。

 はっとして、ダンは口を噤んだ。ダガーは基地に向かうジープを見ていた。しかしその瞳はジープを写すことなく、はるか遠くを彷徨っているように見える。

 空虚な色はダガーの瞳からすぐに消え去った。


「我々も基地に戻るぞ」


 いつもの表情と冷静な態度で、ダガーは己の隊に命を下した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ