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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第六章 エンド・ウォー
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ムゲンとの別れ

カルロに見張られて自分の研究室に戻る京太。

ムゲンに別れを告げて脱出ポッドに向かう。



「ミヤビ、お帰りなさい。会議はどうでしたか?」


 研究室に入って来た京太に、ムゲンがいつものように柔らかな音声で話し掛ける。


「…滞りなく終わったよ」


 すぐ後ろにいるカルロに背中を突かれて、京太はムゲンにいつもと変わらない表情で返事した。


「そうですか。もし、脱出ポッドに乗り込む手順で不明な点があれば、いつでも私に聞いて下さい」


「うん。分かった」


 ムゲンと京太の会話を聞いていたカルロが乾いた笑い声を立てる。


「大丈夫だ、ムゲン、お前が説明するまでもない。俺がお前のマスターにポッドの乗り方を手取り足取り教えてやるよ」


 カルロの品のない話を京太は黙って聞いていた。

 今、気になるのは彼の吐く悪言ではない。カルロの制服のポケットに入っている拳銃の方だ。


「こんにちは。バリオーニ中尉。あなたもミヤビと同じポッドに乗るのでしたね。ミヤビを宜しくお願いします」


「ああ、任せとけ」


 京太は後ろで得意げに胸を張るカルロに素早く視線を流してみた。

 NASAのパイロットだが兵士でもあるカルロは京太よりずっと上背があり、二の腕に見事な筋肉が隆起している。

 兵士としての務めなのか、カルロは宇宙でもトレーニングを欠かさない。鍛え上げられた身体から繰り出されるパンチを受けたら、ひょろりとした自分の身体はひとたまりもないだろう。

 それに加えて銃も携帯しているのだ。ここで抵抗しても到底(かな)わないと再確認するだけで終わり、京太はしょんぼりと俯いた。

 ただ静かに椅子を引いて腰を掛け、机の上のパソコンに目を落とすしかなかった。


「バリオーニ中尉、帰還の支度でお忙しい中、ミヤビに付き添って頂いてありがとうございます」

 

 京太に何が起こっているのか理解していないムゲンは、京太に続いて研究室に悠然と入って来たカルロに向かって律儀にも感謝を述べている。


「ミヤビ博士はアメリカ軍にとって大切な人材だからな。だから俺が()()()()()に備えてミヤビを()()しているんだ」


 カルロは勿体ぶった表情でムゲンに答えた。


「それはそうと、ムゲン、あと少しで君ともお別れだな」


 カルロの言葉に京太の肩がぴくりと持ち上がった。


「そうですね。ステーションからの脱出時間が迫っています。残りの時間は四十分です。第三グループの乗ったポッドが、先程ステーションから離脱しました」


「ステーションには四十三人が滞在していた。残っているのは、第四グループの五人の人間だけになったか」


 椅子に座ってパソコンを操作する京太の指が一瞬止まる。後ろにいるカルロに横から足を軽く蹴飛ばされて、再びキーを叩き始めた。


「ミヤビ、脱出ポッドの格納庫に行くのにはここから五分掛かります。遅くてもあと十分後には研究室から出て下さい」


「ああ、分かった。ところでムゲン、君に頼んでおいたUSBメモリへのデータ入力は終わっているかい?」


 京太は無理やり明るい声を出しながら、正面のモニターに付いているセンサーカメラに向かって微笑んだ。


「はい、終了しています」


 そこで一呼吸置くように言葉を切ってから、ムゲンは再び話し出した。


「未入力データをメモリに移行する際に調べたのですが、あなたの行った保存方法では、データを出力する時に大きな負荷が掛かることが判明しました。一般的なパーソナルコンピューターを使用した場合、最悪バグを引き起こす可能性もあります。僭越(せんえつ)とは思いましたが、全データを新しいファイルに入力し直しておきました」


「…そうか。助かったよ、ムゲン。どうもありがとう」


 どうせ横取りされる情報だ。バグった方が良かったんだとも言えずに、京太は目の前のセンサーカメラに向かって恨めしそうに眉尻を下げた。


「人格を持たせたAIってのは、結構うるさいんだな」


 ミヤビと京太のやりとりを聞いていたカルロが呆れた様に肩を竦めた。


「ミヤビ、あんたがムゲンに人格を擦り込んでいるんだよな?どうしてこんなに口うるさいAIになったんだ?まるで母親みたいじゃないか」


「ムゲンの意志を尊重した結果だよ。ムゲンは自分で己の人格を作り上げていったんだ。僕はムゲンと普通に会話しているだけさ」


「ミヤビ、あんた自分がNASAで変わり者として有名だったってこと知っているか?」


 京太の話に、カルロの呆れ顔が顰め面へと変わった。


「だからあんたの普通は一般人の普通とかなりずれている可能性がある。だからムゲンも変わり者ってわけだ。っていうか、人格のあるAIって、人類にとって必要か?」


(またいつもの言葉だ。誰もが僕に同じことを言う)


 京太は上半身を捩じって顔をカルロに向けると強い口調で言った。


「僕が作ろうとしているのは人に思いやりを持ったAIだ。人間を優しくサポートするAI。それこそが人類に必要な超知能なんだ。君達のように戦争に使おうとは微塵も考えていない」


「ふん。いい子ぶりやがって」


 カルロは再度京太の足を蹴飛ばした。


「さあ、早くメモリをこっちに渡せ」


 京太の手からUSBメモリのカードを毟るように奪い取り、メモリカードを制服の胸ポケットに収めると、カルロは京太の首根っこを掴むようにして椅子から立たせた。


「じゃあな、ムゲン。達者でな」


「はい。バリオーニ中尉もお達者で」


 柔らかな音声が歌うように言葉を伝える。どんな時でもムゲンの声は耳に心地よい。


「ミヤビ、お元気で。あなたに会えて、私はとても幸せでした」


「ムゲン!」


 京太はカルロの手を振り解いて、机の上のモニターパネルを鷲掴みにした。


「僕はここに戻って来るよ。君を一人になんかしない。絶対に戻って来るから!」


 京太の目から涙が溢れる。モニターに縋り付いている京太の身体をカルロが力を込めて引き剥がした。


「アホか。相手は機械知能だ。感情移入するのも大概にしろ」 


「ムゲンは人間なんかが足元にも及ばない知能を持っているんだ。宇宙で戦争なんか起こそうとする愚かな人間よりも、ずっと崇高な存在なんだ!」


 喚き立て始めた京太の両手首をカルロは後ろ手にして拘束すると、研究室から引きずり出した。


「さあ、これから脱出ポッドに直行しますよ、ミヤビ博士。時間が押しているんで、腹立ちまぎれに暴れたりしないで下さいね」


 慇懃な言葉で、カルロが京太の背中に拳銃を突き付ける。京太はカルロの命令に従って足を動かし始めた。


「もっと早く歩け」


 鉄の塊が京太の背中を容赦なく突つく。これ以上は無理という速足で、京太は呼吸を荒くしながら通路を急いだ。


「右へ曲がれ」


「左に行け」


「エレベーターのボタンを押せ」


 カルロが次々と指示を出す。脱出ポッドに直通するエレベータの扉が開くと、京太は乱暴に背中を押されて鉄の箱の中に乗り込んだ。

 十数秒ほど下降すると、宇宙ステーションの一番底に設置されているポッドの格納庫に到着した。エレベーターの扉が開くと、巨大な鉄骨が組まれたドームの一番下に、円盤状のポッドが一つだけ残っているのが見える。


「来たか」


 ポッドの搭乗口付近のタラップの上に、カートライトとフォルトが座っていた。カルロと京太が向かって来るのを見て立ち上がる。会議室で京太を黙って見つめるだけだった男も、ゆっくりと立ち上がった。会議室の時と同じく、暗い瞳が片時も京太から離れない。

 尋常とはいえない男の視線に恐怖を覚え、京太は背中に冷気が這い上がってくるのを感じた。


「バリオーニ中尉、彼は誰ですか?」


 京太は思わずカルロに男の名を訪ねた。


「お前、彼の名前も知らないのか?ムゲンばっかり相手にしているから、ステーションの乗員の名前も覚えていないんだろう。このヒキコモリ科学者め」


 カルロが苛立たし気に嘆息して京太を罵倒した。


「あいつはデブリ衝突事故で奇跡的に生き残った俺の友人、ファン・アシュケナジ大尉だ」


「ああ、あの…」


 食堂でカートライトとカルロが声高に喋っていた光景が、京太の脳裏に浮かんだ。



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