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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第六章 エンド・ウォー
237/303

殺し屋

呼び出しを受けた京太は中央会議室へと向かう。

そこには四人のアメリカ人の同僚が待っていた。

彼らの真意を知った京太は…。


「カートライトの声だ」 


 呼び出しを受けた京太が驚いたように天井のスピーカを見上げた。


「何だろう?時間が押しているのに、今から会議でもするっていうのか?まさかな」


 忙しいのにと、京太が不満顔で呟くのを聞いたムゲンが補足を始めた。


「メインAIからの通達です。ミヤビ、あなたは帰還番号三十二です。第四ポッドに搭乗するのが決定しました」


「第四ポッド?それで地球に帰るのか」


「はい。ステーションから脱出する最終グループが乗るポッドです。そのことについて、今から中央会議室でステーション脱出の手順の重要な説明があります。必ず出席して下さい」


「そうか。分かった」


 中央会議室は名前の通り実験棟の真ん中にある。そして、京太の研究室からは一番遠い場所にあった。

 残された時間は後、一時間。

 京太は重力装置が稼働している通路を小走りしながら、実験棟へと向かった。

 日頃から筋肉を鍛える運動をしていないのが祟ってすぐに息が切れてしまう。荒い息を整えてから、京太は自動ドアの前に真っ直ぐな姿勢で立った。

 シュッと空気を吐き出すような微かな音を立ててドアが開いた。

 会議室の大きな楕円形テーブルを挟んで椅子に腰かけている四人の姿が京太の目に入る。

 全員が男で、カートライトとカルロの姿もあった。


「遅くなりました。キョウタ・ミヤビです」


 挨拶はしたものの、一番最後に現れた自分に無言で視線を注ぐ四人に、京太は気詰まりさを感じた。

 そこにいる誰よりも冷ややかな目で京太を見つめる男がいる。


(カルロ・バリオーニ。何でこいつがいるんだよ)


 自分に意地悪をするしか能がない奴とポッドが一緒と知って、京太は正直うんざりした。

 神の意地悪な采配(さいはい)に肩を落としたのも束の間、彼らの強張った表情を見て京太の身体にもすぐに緊張が走った。

 もうすぐステーションから脱出するのだ。嫌な奴だとムカついている場合ではない。

 入り口に立ったままの京太に、大柄で金髪の男が握手を求めてきた。


「フレデリック・フォルトです。君がキョウタ・ミヤビ博士か。人工知能開発分野で天才と謳われている。お噂はいつも耳に入っていますよ」


(えっと、彼、誰だっけ…?ああ、そうだ思い出した。ステーションのメインAI開発の第一人者の権威ある学者さんだ)


「こちらこそ、フォルト博士。お会い出来て光栄です。褒められるのは嬉しいけれど、過ぎたるは何とやらです。恥ずかしいな」


 京太は目の前に差し出された大きな手に向かって、自分の手をそっと差し出した。京太の手をしっかりと握りしめながらフォルトが言った。


「イチロウは本当に残念だった」


 山田の名前がフォルトの口から突然出てきたのに驚いて、京太はぽかんと口を開けた。


「私はイチロウの開発した立体型並列計算素子を高く評価している。あの回路素子が開発されたお陰で深層(ディープ)学習(ラーニング)の計算量が劇的に増やせたのだから。AI開発においてもだが、半導体における“ムーアの法則”の限界を突破する技術がなければ宇宙ステーションのメインAIも開発にかなりの時間を要した筈だ。だからイチロウは、我々にとって救世主なのだよ」


「フォルト博士に認めて頂いて、山田も天国で喜んでいると思います」


 京太は嬉しさの余り、フォルトに握りしめられたままの手に力を込めた。


「ミヤビ、イチロウからは君のことを随分聞かされていたんだよ。だから私が言った言葉はイチロウの言葉なのだ。彼は君のアイデアに随分と助けられたと言っていた。君は天才だとね。私と顔を合わせる度にイチロウの口から出てくるのは君への賛辞だった」


「いや、そんな…」


 山田がそれほどまでに自分を評価していたなんて。

 嬉しいのと、山田への郷愁(きょうしゅう)()い交ぜになって、赤い顔を俯かせてもごもごと喋るだけになる。

 そんな京太に、フォルトは複雑そうな表情になって眉尻を落とした。


「君の研究室は我々の研究棟と離れているし、お互いに忙しい身だったから仕方がないが、ミヤビ、君と話す機会に恵まれなかったことを私は非常に悔やんでいるよ。きちんと顔を合わせたのが今回が初めてになるとはな。本当に残念だ」


「?」


 フォルトの話す言葉の意味を理解出来ずに首を傾げる京太の前にカルロが進み出て来た。

 二人の握手を眺めながら、カルロが別人のような優しい口調で京太に話し掛けた。


「ミヤビ、君は帰還準備は整ったのかい?」


「え?ええ、まあ」


 研究室での横暴な態度から猫撫で声に早変わりしたカルロに京太は薄ら寒さを覚えながら、あやふやな返事をした。


「そうか。じゃあ、ムゲンのデータはメモリに入力済みってことか」


「実はその…。それは、まだ終わっていなくて。あと少し作業が残ってまして…」


「まだ終わっていない?そりゃまずいじゃねえか。ステーションでの滞在時間は一時間を切っているんだぜ」


 カルロは制服の大きなポケットに両手を突っ込んだまま、これ以上進むと足を踏み付けてしまう距離まで京太に近付いた。

 柔和に(ほころ)んでいた口元が捻じ曲がり、いつもの険悪は表情に戻っている。


「俺が手伝ってやろうか?」


 顎を落として上目使いにこちらを見るカルロの口元に残酷そうな笑みが浮かぶのを見て、京太は恐怖を感じた。


「いや、遠慮しておくよ。本当にすぐに終わるから。僕一人で大丈夫だ」


 カルロから距離を取ろうとして、京太は自分の手がフォルトに握りしめられているのに気が付いた。


「すいませんフォルト博士、手を離して下さい」


「ああ。離すよ。だが、その前に、君に一つ聞きたいことがあってね」


 フォルトは握りしめている京太の右手を離すことなく更に力を込めた。


「痛っ」


 手の痛みに顔を歪めた京太の右手を捩じり上げるようにして、フォルトが京太の後ろに素早く回り込む。拘束されたと知って、京太は呆然とした。


「博士、これはどういう事なんですか!」


 京太は首を捩じって後ろに立つフォルトを恐る恐る見上げた。


「ムゲンのデータだよ。ミヤビ、それを我々に渡して貰いたい」


 フォルトからはさっきの親密さは消えていた。あっという間に自分を拘束した大男が発する恫喝の声を聞いて、京太は思わず身震いした。


「我々?」


 京太はテーブルをばらばらに囲んで座っている四人の男の顔を一人ずつ凝視した。

 カルロ、カートライト、フォルト。

 それともう一人、テーブルの一番端に座って、会議室のドアが開いた時から一度も視線を外さずに、京太を見つめている男。


(なんてこった)


 四人全員がアメリカ人で、恐らく軍人だ。

 彼らが何を考えているのかが、京太は一瞬で理解した。


「そうか。あんた達はムゲンのデータが欲しいのか。それでここに僕を呼び出したんだな」


「さすがミヤビ博士。我々の考えがすぐに分かったようだ。説明する手間が省けて嬉しいよ。そうだよ、あんたの言う通りさ」


 カルロがヒュウッと短い口笛を鳴らす。ポケットのごつごつとした膨らみを見て、カルロが右手に何を握りしめているのか理解した。拳銃だ。


「ムゲンとアクセスするには、お前の何重にもブロックが掛けられた生体認証がいるからな。厳重過ぎて俺達には手も足も出ない」


 いかにも困ったというような表情を作って、カルロは京太に顔を近付けた。


「それにもしお前を殺しちまったら、お前の生体反応を失ったムゲンは自己データ漏洩防止の為にアクセスを永久にシャットダウンしてから、蓄積された全てのデータを破壊するように“自死”プログラミングされているって言うじゃねえか」


「中尉、その話は誰から聞いたんだ?」


 驚いた京太はカルロを見つめた。京太の質問に残忍な表情でカルロが話し始める。


「山田博士からだよ。ミヤビ、あんたが殆んど一人でムゲンを開発したんだってな。あんたがいなければ、超知能を持つ汎用性(はんようせい)AIはこの世に生まれなかった。だから自分は、あんたの頭脳のサポート役の存在なんだと。山田はそう言ってたぜ」


「…そうか」


 山田が死んだ理由を京太は今、初めて知った。

 そして、今日まで自分は、山田に生かされてきたのだということも。


(山田先生。何でそんな嘘を付いたんですか。そのせいで、あなたは…)


 山田は、ムゲンの開発情報を横取りしようとする組織に、京太と自分のどちらかが殺されるかもしれないと感じていたのだろう。

 人の良い山田は、京太をアメリカに連れてきてしまった自責の念に駆られたに違いない。京太を守ろうとして、ありもしないプログラミングの情報を誰かに吹き込んだのだ。

 そのせいで山田は殺された。ニューロシステムを搭載した汎用型超知能AIの情報を狙う組織に、京太一人がいればムゲンの開発に支障ないと判断されたからだ。


「バリオーニ中尉、あんたが先生を殺したのか?」


「そうだと言ったら、お前はどうする?」


 カルロがにやけた顔を京太に近付ける。血に飢えた殺し屋の冷酷な目が京太を見据えた。


「この、人殺しめ」


 悔し涙が溢れそうになるのを堪えようと、京太は目をぎゅっと瞑って、カルロから顔を逸らした。


「USBメモリに入力されたデータがあるなら、お前は必要ないかもな」


 京太が怯えていると勘違いしたカルロが声を弾ませる。ポケットから取り出した拳銃の銃口を京太の胸に軽く押し付けると、鼻歌交じりに擦り付ける。

 引き金に人差し指が掛かっているのを見て、京太はカルロを睨み付けた。


「…僕を殺すのか?」


「残念だが、それは我が軍の司令官によって禁じられている。お前の頭脳はまだ使い道があるからな。ミヤビ、あんたを無事に地上に連れて帰るのが、俺に課された任務なのさ」


 そう言うと、カルロはさもつまらなそうに息を吐いた。



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