覇者の争い
米中が一触即発の状態になっていくのを知って焦る京太。
ムゲンとのやり取りの最中にカルロが現れる。
「ミヤビ、顔色が悪いですよ。大丈夫ですか?」
ムゲンの音声に、京太は硬い表情のまま顔を上げた。
中央モニターに映っている顔は確かに青褪めている。
「呼吸の回数と心拍数が通常より早くなっています」
ムゲンはモニター画面に京太の呼吸と心拍数が上昇している折れ線グラフを表示した。
「あなたは軽いショック症状を起こしています。頭部及び身体のどこかに異常を感じていませんか?」
「ムゲン、これは身体的なショックではない。僕は精神的に強い衝撃を受けているんだ。NASAが君を軍事目的に使うと知ったからだよ」
重い口調で答えると、ムゲンはモニターのグラフを消して、代わりに沈鬱な京太の顔を画面いっぱいに映し出した。
「私はミヤビが非常に強い精神的ショックを受けている表情と身体的状態を把握しました」
「…僕だけじゃないよ」
京太はモニターの中の自分の顔を眺めながら、ムゲンに説明した。
「人間っていうのは強い精神的ショックを受けると、大抵こんな顔をするもんだ」
「そうですか。理解しました」
“理解”する。
それは、京太が行った簡単な言語解説と、さっき浮かべたショックの表情が瞬時にデータ化されてムゲンのアルゴリズムに組み込まれたことを意味する。
京太はムゲンの“宮尾京太”のカテゴリー域で無数のデータとなっている自分の表情を想像してみた。正直言って、あまり気持ちの良いものではない。
(僕の表情を読み取ったって、ムゲンの性能が格段に良くなるわけじゃないけど)
それでも、多少なりともムゲンのニューラルネットワークを構築するのに一役買っていると思いたい。
「ムゲン、さっきの話に戻るが、NASAは本当に研究者をステーションから全員脱出させる気なのか?」
「はい。今回のアメリカ人宇宙飛行士が死亡したのを機に、米中衝突の可能性が一気に高まりました」
(そうだよな。死傷者が三人出たんだ。アメリカで宇宙飛行士といったら、英雄中の英雄だ。国民の怒りは凄まじいだろう。当然アメリカ政府が黙っているわけがない)
ムゲンに聞こえないように、京太は口には出さずに胸の内で呟いた。
「ミヤビ、たった今、ステーションのメインAIが、アメリカの軍事用メガコンステレーション衛星の動きを捉えました。マイクロ衛星数基が中国の無人宇宙ステーションに向かっています」
その映像もメインAIと共有されているようで、すぐにモニターに映し出された。
「小さくてよく分からないな。この画像は拡大できるのかい?」
「はい。メインAIの許可は出ています」
そう言って、ムゲンは防護ネットの上に取り付けてある衛星カメラから捉えられた画像を画面いっぱいにアップした。
「これか。この突起は、僕には小型のレーザー銃のように見えるんだけど」
顔を顰める京太にムゲンは穏やかな声で説明した。
「ミヤビの指摘された通り、円筒状の短い突起はレーザー銃です。これは、地球の低軌道に輪を描いて配備されているメガコンステレーション偵察衛星の各所に装備されている兵器衛星です」
「そうか。だけど何故、中国の宇宙ステーションに兵器衛星を飛ばしたんだ?あのステーションはまだ故障したままだろう?」
京太の疑問にムゲンがすらすらと答える。
「はい。二〇二四年に完成した中国宇宙ステーション天宮3は、五年前に酸素製造タンク付近にデブリの衝突事故を起こして乗組員を全員避難させました。その後、太陽光発電装置もデブリ衝突被害に遭って修理箇所が拡大してしまい、全ての計画が大幅に遅延しています」
「そうだったな。あと一息で稼働する筈だった太陽光パネルと発電装置にまたしてもデブリが衝突して、幾つもの穴が開いたんだ。中国はアメリカ軍の破壊工作だと騒ぎ立てたっけ」
本当にアメリカの破壊工作があったかどうかは、未だ藪の中だ。
だが、二○○七年に中国が各国の反対を押し切ってミサイル実験で人工衛星を破壊した影響で、十センチ以下の衛星の破片が二億個以上に増えてしまったのは紛れもない事実だ。
そのせいで各国の衛星同様、国際宇宙ステーションも、少なからずデブリ衝突の影響を受けるようになっていた。
デブリに加えて西側諸国は、どの国も財政難だ。
費用の押し付け合いで新たな国際宇宙ステーションを作るめどが立っていない。
二〇三〇年に役目を終える筈だったステーションの周囲にデブリ用防護ネットを設置して、民間企業の資金力で新たな研究棟と住居を増築し、ナローAIを使って故障個所を見つけ次第修理しながら老朽化したステーションを使用している。
そんな状況下で、故障して遠隔操作出来なくなった作業用アームの修理にステーションの外へと駆り出された乗組員達がデブリの直撃を受けるという事件が起きてしまった。
「それで、アメリカの兵器衛星は、中国の宇宙ステーションをどうするつもりなんだろう」
「地上からの遠隔操作でステーションの外に設置してある監視カメラを稼働させて、毎秒百二十枚のデジタル衛星写真を中国人民解放宇宙軍基地に送信しています。アメリカ軍は中国が戦略的敵対地域把握の為の地学的解析を阻止する為に、ステーションを破壊する模様です」
ムゲンの説明に、京太は思わず怒声を放った。
「何だって?!中国のステーションを爆破なんかしたら、直ちに報復措置が取られる。宇宙戦争になっちゃうじゃないか!!」
「その心配をする必要はないぜ」
突然、京太の研究室のドアが開いてカルロが顔を覗かせた。
驚いた京太が椅子から立ち上がる。
「ハロー、ジャパニーズ・キティボーイ」
尖らせた唇をチュッと鳴らして下卑た表情をする男を、京太は冷ややかに見つめた。
「米中とも一触即発の状態にあるが、戦争は起きない。中国から先に手を引くからさ」
「何故、断言できるんですか?」
少し荒々しい声になる京太を、カルロは面白そうな顔で眺めた。
「もし北京が報復措置を取るようならば、我々アメリカ軍は直ちに極超音速誘導弾を搭載した宇宙戦闘機(X-37B)を投入するからだ。それを知っているから、中国は絶対に手を出さんのさ」
「そう簡単に決めつけるのは早計だと思いますが」
「ミヤビ、バリオーニ中尉の言っていることは間違いありません」
カルロに異議を唱えようとした京太に、ムゲンが説明を始めた。
「彼は正確な軍事情報をメインAIから供給されいます。北京の最高指導部は、アメリカ軍の最新兵器に太刀打ち出来ないとの認識を持っているのは事実です」
「ああ、そうかい」
京太はむっとした表情で、ムゲンに投げやりな口を聞いてしまってからすぐに後悔した。
ムゲンはメインAIから受け取った情報を一刻も早く京太に伝えようと、的確に話しただけだった。
なのに、カルロの肩を持ったように聞こえてしまったムゲンの言葉に、京太の心はざわついたのだ。
「それで、中尉。僕に何の用ですか?」
「そうつんけんしながら話すもんじゃないぜ、宮尾博士。あんたを乗せる脱出ポッドの操縦は俺がするんだ。もう少しフレンドリーに接したらどうだ?」
狭いドアを足で押さえるようにして入り口に立っていたカルロは、京太の狭い研究室にずかずかと入って来た。
複数のモニターパネルの一つ一つを興味深そうに覗き込み、椅子と机の他には何もない部屋をぐるりと見渡した。
「ミヤビ博士、あんたに帰還準備に入ってくれって言いに来ただけだ。十時間後には、あんたはムゲンを置いて宇宙ステーションを後にする。多少の時間はあるから、それまではあんたの開発した愛しいAIとキスでもして別れを惜しんでいるんだな」
カルロは天井に設置してあるカメラに向かって笑顔を作り、ひらひらと手を振った。
最近、鼻水が酷くて頭がぼうっととしています。。(´;ω;`)。。
長雨のせいか、近所の雑草の成長が凄まじい。
それでアレルギー反応を起こしているのでしょうか(^^;)




