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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第六章 エンド・ウォー
232/303

敵対的実験

宇宙ステーションの強化金属ネットが破壊された真相を知り、京太に緊張が走る。


 モニターに、デブリ除けの銀色の巨大なネットが、漆黒の宇宙を背景にして現れた。


「ムゲン、事故の写真を拡大してくれ」


 京太の命令を受けたムゲンが、第四アーム付近の(ネット)の映像をズームアップする。


「これは…」


 ステーションの周辺を三十メートルの間隔を開けて囲む弾力性のある金属のネットに、小さな穴が数か所開いている。


「破壊された廃棄衛星の残骸が、強化金属の網を突き破ったのか…」

 

 信じられない映像を前にして京太は唸った。

 

 二〇一〇年を過ぎた頃からセンサー技術が格段に進歩した。

 廃棄衛星にぶつからないように打ち上げられた新しい人工衛星は高性能センサーで管理され、互いの衝突を回避している。

 多くの衛星は宇宙ステーションより下の高度で地球を回っているので衝突の可能性はないが、廃棄衛星の増加は次世代の宇宙開発にとって弊害にしかならない。

 衛星回収事業も徐々に始まってはいる。だが、殆んどは放置されて手に負えない状態だ。

 衝突の可能性は低いが、万が一、宇宙ステーションでデブリ事故が起きれば致命的な大惨事になる。

 宇宙進出の足掛かりを失った人類は、希望を断たれてしまうのだ。

 いつもは防御(ファイヤーウォール)されている筈の自律型人工知能ムゲンにメインAIのデータが供給されたのは、今回の事件がステーションに滞在する軍人はもちろん、乗組員全員に相当な危機感を与えたからだ。


「ムゲン、ミサイルが爆破した衛星の映像はあるのかい?」


「はい。メインAIが所持している爆破画像は、私に全てインストールされました」


「見せてくれ」


 ミサイルが廃棄衛星に衝突する映像が現れた。爆発と同時に砕け散った衛星の破片が、ものすごいスピードで宇宙空間に飛び散っていく。


「ミサイルによって爆破された衛星の残骸のほとんどは、宇宙ステーションの軌道の外に散ったみたいだな」


 映像に目を凝らしながら京太は呟いた。中国だってミサイルで破壊した衛星からどれだけのゴミ(デブリ)が排出されるか計算はしていた筈だ。

 それでも、破片の数個が軌道から外れた。そしてそれは非常に運の悪い事に、宇宙ステーションの外で作業する宇宙飛行士に直撃してしまった。


「スーパーコンピュータでシュミレーションしても、四方八方に飛び散った破片進行方向の全てを網羅するのは無理だったんだな」


 恐らく、今回のミサイル実験で多少のトラブルが発生するのも、中国には想定内だろう。

 こんな危険な実験を強行した背景には、中国が唯一無二の超大国になったという自負があるからだ。

 経済や軍事力で劣る国の通信衛星を何基か破壊しても、世界の基軸通貨となったデジタル元で経済支配された国は、形ばかりの抗議で自国民を納得させて引き下がるしかない。

 何故なら、既存の超大国アメリカを凌ぐ国力を持った中国の機嫌を損ねれば、途端に経済制裁を発動されて輸出入がストップし、国家経済が立ち行かなくなるからだ。

 だが、それだけ強硬な中国も、さすがにアメリカが管理を担っている宇宙ステーションから死者が出るとは想像もしていなかったに違いない。


「今頃地上では、上を下への大騒ぎになっているんだろうな」


 京太はモニター画面に映るネットの破れた箇所を眺めながら溜息を付いた。


「ミヤビ、モニター画像を解析しました。デブリ避けネットの破損は、レーザー光線によるものです」


「何だって?!」


 ムゲンのとんでもない言葉に衝撃を受けた京太は、椅子から飛び上がった。


「それは本当か?」


「はい。ミヤビ、たった今、ナローAIからメインAIの情報を受け取りました。メインAIはステーションは中国からの不可視化レーザー攻撃を受けたと断定しました」


「一体どうやってレーザーなんか撃ったんだ?」


 茫然とする京太に、ムゲンはいくらか口調を早めて説明を始めた。


「超絶音速ミサイルの最後尾に兵器衛星が搭載されていたようです」


 ムゲンの少しばかり硬くなった声を聞いて、京太に緊張が走った。


 緊急事態が起きた場合、ムゲンは会話する人間にある程度の緊張を(うなが)すようにプログラミングされている。

 長い年月を掛けたデータの蓄積で生みだされた人工意識のアルゴリズムがなせる(わざ)だが、京太には今回の事態にムゲン自体が緊張しているように思えてしまう。


「廃棄衛星爆破直前に切り離された様子をアメリカの監視衛星が捉えています。衛星爆破の衝撃で三秒の宇宙電波障害が起きた直後の三秒の間に、兵器衛星が宇宙ステーションの攻撃射程範囲に侵入して、強化金属にレーザー照射したようです」


「もしかして、それも中国の実験の一環だった可能性があるっていうのか?」


「ミヤビ、これは実験ではありません。メインAIはアメリカに対する中国の敵対行為と断定しました。彼らは、ステーションのデブリ避けネットの強度を調べる為に廃棄衛星爆破と同時に兵器衛星を使用して、不可視化レーザーで穴を開けたのです。その穴から、運悪くミサイルで破壊された衛星の破片が飛び込んでしまい、三人のアメリカ人宇宙飛行士に命中した」


「嘘みたいな偶然だな」


 ムゲンの説明に京太は頭を抱えた。


「それで、レーザーで開けた穴に衛星の破片が飛び込んで、宇宙飛行士の頭を吹き飛ばす確率はどのくらいあったんだ?」


「計算によると、0,000001パーセント未満です」


「兵器衛星は殆んどが反自律起動になっている。その数字だと、地上でスイッチを押す人間がミサイルを発射させてしまう可能性は100パーセントだな」


 ぐったりとした表情で京太は椅子に腰を下ろした。


「それで、ムゲン。メインAIさんは君に何をさせようとしているんだい?」


「地球帰還ロケットの出力計算です」


「何だって?」


 眼球が零れんばかりに目を見開く。


「今回の件で、NASAは宇宙飛行士に帰還命令を出しました。宇宙ステーションの軍人、非軍人搭乗者を速やかに地球に帰還させる為に、脱出ポッドの着水地点の座標を合わせるのが私達の使命です。たった今、NASAから指定されている複数の着地点から最適な場所を選択しました」


「それはどこだ?」


「アメリカ合衆国ロングアイランド島から沖合二キロメートル周辺です。今から十五時間十三分四十六秒後に三十分の間隔を開けながら、宇宙ステーションから四つの脱出ポッドを順次排出します」


「それって、僕も、脱出ポッドに乗るってこと、だよね」


 恐る恐る尋ねると、ムゲンは抑揚のない声で答えた。


「はい。もちろんです。アメリカ合衆国の同盟国、日本の民間企業からNASAに客員科学者として招かれた宮尾京太の名は民間人帰還リストに載っています」


「……」


 突然のことで、頭がパニックを起こしていた。


「でも、そうなったら、ムゲン、君を宇宙に置いていくことになる…」


「そうなりますね。ナローAIからの情報だと、私は、地上のアメリカ軍戦争指揮所から送信されたデータによってメインAIから任務を与えられ、宇宙ステーションの維持と防衛を担う予定です」

 

 ムゲンの話に京太の表情が凍り付いた。


「君を軍事利用する、だと!それは…アシロマAI23原則の複数の項目に違反する…」


「今までの規定ではそうでした。しかし、中国の敵対実験の二十五時間後に、民間が成立させた規定のアシロマ原則は、合衆国の国家介入によって十八の部分は変更されました」


「人工知能軍拡競争の項目か。一番危険なヤツじゃないか」


 怒り出す京太にムゲンは淡々と説明を続けた。


「合衆国は、宇宙ステーションを敵対国から守るのは、十四番目の項目の“人類の利益の共有”との解釈に合致するとの表明を出しました。宇宙空間に限定すれば、拡大解釈の余地は十分にあるとの判断です」


「そんなにうまい具合に行くもんか」


 京太は荒々しく息を吐きながら頭を抱えた。大学時代の恩師の言葉が耳元に甦ってくる。


(いいか、宮尾。人工知能はブラックボックスだ。我々の脳の情報伝達を可能な限り模倣させて感情を植え付けても、人間ではない。人工生物だという研究者もいるが、もしそう仮定しても、人間ではないのだ。何故なら、我々人間が、汎用型人工知能(AGI)に悩みや葛藤などの感情を全く必要としていないからだよ。そのことをよく肝に銘じながら研究しなさい)


 そうだ。人工知能は人間ではない。

 いくら複雑な人工感情を植え付けたとしても、それはコンピュータの無機質なコードでしかないのだ。



アシロマAI23原則とは…


アメリカの大人気宇宙物理学者、マックス・テグバーグが大富豪のお友達、イーロン・マスクらと共に「フューチャー・オブ・ライフ・インスティテュート(FLI)」という研究機関を立ち上げ、世界規模でAIの安全性や倫理的問題の対策を23の原則としてまとめたものを「アシロマAI23原則」として発表しました。


※アシロマはカリフォルニア州にある街。1975年にバイオハザード(遺伝子組み換え研究の安全性)に関する初の国際会議が開かれた。


現在、研究課題、倫理と価値、長期的な課題の三項目に分けられています。

AIの発達により新たな問題が発生すれば、原則が増える可能性があるそうです。

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