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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第六章 エンド・ウォー
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暴言

宮尾京太とムゲンの会話。

事故で同僚を失ったカルロが京太を苛む。


「ミヤビ、あなたは十時間三十一分の間、何も食べていません。あと一時間作業を続行すると、血糖値の低下で脳の機能が現在より十八・三パーセント低下します。至急食事を取って、血糖の数値を正常範囲に戻して下さい」 


 ムゲンの柔らかな電子音声に、宮尾(みやび)京太(きょうた)はパソコンのキーから指を離した。

 確かに腹の鳴る音が連続するようになっている。

 時計に目をやると午後十時を過ぎていた。五時間ぶっ通しでモニター画面を睨んでいたことになる。パソコンの電源を落として椅子から立ち上がった。


「君に言われて、空腹だってことに気が付いたよ」


 京太はモニター画面の上にあるセンサーのレンズに顔を近付けて微笑んだ。

 京太が使用している実験室に、十台のセンサーが取り付けてある。

 天井、四方の壁、床、ドア、それと、京太の前にあるモニター画面の上。

 全てがムゲンの眼だ。蜘蛛のような複眼で、ムゲンは京太を“見て”いる。


「あなたはお菓子やパウチ入りジェルゼリーで食事を済ます傾向があります。そのような安易な栄養摂取の仕方だと、血糖値が急激に上昇して血管にダメージを与えます」


「うん…そうなんだけれど、時間が惜しくて、つい、パウチ食品に頼ってしまうんだ」


 言い訳すると、ムゲンの容赦ない反撃にあった。


「ミヤビ、たった今、あなたの生活習慣、食生活、運動量、遺伝的形質、それから血液検査の結果を方程式化して計算しました。結果をお伝えします。あなたがこのまま現在の生活を続けますと、三十年後に脳溢血を起こす確率は三十八パーセントです。心筋梗塞が四十二パーセント。二つの疾病(しっぺい)に罹患した場合、癌を発症する確率は五十五パーセントになります。そうなると、三年間生存率が二十七パーセントで、五年後には十六パーセントに下がります」


「…それは、まずいな」


 苦笑いする京太にムゲンのマシンガントークが続く。


「そういう訳ですので、きちんとした食生活と生活リズムを規則正しいものに変えるようにお勧めします。体内での糖の吸収を緩やかにするために食べ物は固形物を選択して、良く咀嚼してから嚥下して下さい。それから、長時間モニターを見ていたせいで眼精疲労を起こしています。目の周りを温めて血流を良くして下さい。ビタミンB群、ビタミンCの摂取をお勧めします。気分転換は脳の活性化を促します。軽い運動を行って下さい。あとは…」


「的確なアドバイスをありがとう。食事に行って来る」


 延々と喋り続けるムゲンを遮って、京太は椅子から立ち上がった。


「はあ、一気に年を取った気分になった」


 研究室から出ると、京太は決り悪そうに頭を掻いた。

 宇宙飛行士の健康は重大事項と入力したせいで、ムゲンはやたらと口やかましい人工知能になってしまった。


「仕方がないか。宇宙という極限の世界では、人命が一番の優先順位になるからな」


 給食コーナーに着くと、京太は大型の食品庫からグレープフルーツ味のゼリーのパウチを取り出そうとした。


「おっと、これで食事を済ませたら、またムゲンにうるさく注意されるぞ」


 無意識に手に取ったジェルゼリーを戻して、棚の一番手前にある固形食品が入った長方形の容器を手に取った。調理器(レンジ)の中にカップを置いて扉を閉めてから、温めようとボタンを押す。

 調理を待つ間、ダイニングテーブルの中央に座っている二人のアメリカ人宇宙飛行士の会話が途切れ途切れに聞こえてきた。

 京太が入って来たのを知ってか知らずか、深彼らは互いの額を突き合わせるようにして、憂鬱そうに喋っている。


「酸欠で脳に異常を来したって話だ。ファンは宇宙物理学者だが、エンジニアとしても腕が立つ。アメリカにとっては貴重な人材だったのに」


 赤茶色の髪の男が大仰に溜息を吐いた。


「仕方がないさ。マイケルとジョージは即死だ。アシュケナジの宇宙服が無傷のままで、第四作業アームに引っ掛かっていたのは奇跡に近いんだ。それも首無し死体になったジョージの宇宙服に絡まって一緒に回転していてたっていうからな。命綱が捩じ切れて宇宙に放り出される寸前だったっらしい。生きて戻って来られたのが信じられないくらい、アシュケナジは幸運だったんだ」


 京太は暖められた容器をレンジから取り出しながら、横目でちらりと二人を見た。

 赤茶色の髪の男はカルロ・バリオーニ。イタリア移民二世でNASA所属のパイロットだ。

 その隣の金髪の大柄な男はアメリカ軍宇宙情報部に属する兵士で、ジョセフ・カートライト中尉。情報工学の博士号を持っていると記憶していた。

 二人から少し離れた席に京太は腰を下ろした。

 タッパーの蓋を開けると、中身はこってりとしたミートパスタだった。


(あれ?)


 苦手な料理を目にして、京太は思わず顔を(しか)めた。

 タッパーに記されている食品名を確かめなかったのを後悔したが後の祭りだ。だが、地球から宇宙船で運ばれてくる貴重な食べ物を残したら、宇宙飛行士として失格だ。

 京太はパスタをフォークでくるくると巻くと、渋々と口に運んだ。


「あのデブリは中国が自国の廃棄した人工衛星を大型誘導ミサイルの的に使用して発生したっていうじゃないか。全く、とんでもないことをしてくれたもんだ」


 話しているうちに怒りが湧いてきたのだろう。次第にカルロの声が大きくなってくる。


「地上ではそれが大問題に発展しているらしい。国際宇宙条約が締結されたのは一年前だが、中国は未だこの協約に合意していない。その間に極超音速ミサイルの実験を何度も強行している。こう頻繁にゴミ衛星を破壊し続けられては、NASAの持つ宇宙状況認識(SSA)能力を超えてしまっている。AIで軌道計算しようにもお手上げだ」


 一頻(ひとしき)り話してから、カルロは、テーブルの端で一人黙々と食事をする京太に呼び掛けた。


「そういう事だから、ミヤビ、君の研究している超人工知能で、中国のミサイルを止めてくれないか?」


 ニヤニヤとした嫌な笑顔を浮かべながらこちらに身を乗り出してくるカルロを、京太は無表情に見つめながら無言でパスタを口に運んだ。


「おい、ジャップ、随分と反抗的な目で俺を見るじゃないか」


 東洋人特有の切れ長で一重の黒い瞳が気に入らないのだろう。カルロが口元を歪めて差別的な言葉を吐いた。京太は無言のまま視線をテーブルに落とした。

 隣に座っているカートライトがカルロの腕を掴んで引っ張っている。それでもカルロはなおも京太に絡んできた。


「ふん。アメリカに隷属する国の人間が、一体誰に取り入ったら、この宇宙ステーションに乗り込めるんだ?ハワード宇宙軍副司令官か?奴は民主党支持者の新興財閥がバックだ。大方、そいつらの推薦があったのだろう」


 カルロが軽蔑を露わにした表情で、京太を口汚く罵った。


「そう言えば、ハワードは同性愛者だと聞いたことがある。もしかして奴はアジア系の青年が好みなのかな」


「いい加減にしろ、カルロ・バリオーニ!お前の言動は宇宙ステーションの規律に違反している!これ以上差別的用語を口にするなら、ステーションから脱出カプセルで強制退去させるぞ」


 堪り兼ねたカートライトが大声を上げる。

 カルロは肩を竦めて口を閉じ、足早に食堂から出て行った。


「すまんな、ミヤビ。デブリ追突事故で死んだのは、全員がアメリカ人の宇宙飛行士だ。それであいつも、あんなにカリカリしているんだ。悪意はない。許してやってくれ」


 カートライトは、フォークを握りしめたまま固まっている京太の肩を軽く叩くと、食堂を後にした。



ここでやっとプロローグと話が繋がります。

長かったですね( ̄▽ ̄;)

宮尾京太とアシュケナジ&ムゲンの関係に、乞うご期待!です~。

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