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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第一章 長い戦争(ロング・ウォー) 
23/303

ドラゴンvsダガー隊 ※

 

 「ケイ!ケイ!」


 必死に叫ぶミニシャの声はケイには届いていないようだった。

 ミニシャが両手で自分の髪の毛をぐしゃぐしゃにかき回しながら、大声で叫ぶ。


「ダメだ!もうそれ以上、フェンリルにシンクロするんじゃない!」


 戦いのさなか、急に倒れて動かなくなってしまった生体スーツを、ドラゴンが興味深げに覗き込んだ。グルルと唸って前足でスーツを突つく。それでも動かないスーツに後ろ脚を乗せて大きな口を開けた。


「ダガー軍曹!コストナーがかなりヤバイ状態だ!ドラゴンに齧られる前に、早くフェンリルを回収してくれー!」


 ミニシャが悲鳴を上げた。


「分かりました」


 基地から出撃したダガーは地面を一蹴りして跳躍すると、ドラゴンの真下に白灰色のスーツを滑りこませて銃を連射した。

 突然、目の前に飛び出してきた新しい生体スーツに攻撃を受けて驚いたドラゴンが、フェンリルから足を放した。

 ドラゴンは唸りながらケイのスーツから身を離してダガーに攻撃を仕掛けようと身構えたが、次々と基地から飛び出してくる生体スーツに取り囲まれて、後退りを始めた。


「今だ!ビル」


 ダガーが叫ぶ。


「承知しました―――!!」

 

 ビルが、うおおぉと唸り声を上げながら、横からドラゴンに体当たりした。

 

 茶色の巨大な生体スーツは、ドラゴンの大きさと比べても遜色がない。ビルのスーツに弾き飛ばされたドラゴンが派手に土煙を立てて地面に転がった。起き上がる隙を与えずに、ダンは倒れたドラゴンの上にガルム2で圧し掛かった。


「飛べないドラゴンは、ただのでっかいトカゲ野郎だ!俺たちに(かな)うと思うなよ」


 ドラゴンの太い首に腕を回して、ビルが力の限り締め上げる。ドラゴンは悲鳴のような叫び声を上げて四肢をばたつかせた。長い尻尾を振り上げてビルのスーツに打ち付ける。戦車がぶつかり合うような恐ろしい衝撃音が辺りに響く。


 ドラゴンの尾がビルの生体スーツを打ち付けようと振り上げたのを見計らって、ジャックがブレードを引き抜いた。素早い動きで両腕に全体重を掛けてドラゴンの尾を地面に串刺しにする。


 口を大きく開けてドラゴンが咆哮した。大地を引き裂くような大音声が、辺りにびりびりと響き渡る。


「うわっ!」


「なんてぇ声だ。鼓膜が破れる!」


 鳴き声に耐えかねて、ビルがドラゴンの首を放した。

 ジャックもブレードを尻尾から引き抜いて、ドラゴンから距離を取った。ありったけの声を発すると、ドラゴンは持ち上げていた首を地面に落とし、そのまま動かなくなった。


「ドラゴンめ、やっと壊れたか…」


 ジャックがブレードの先をドラゴンの頭に押し付ける。


「少しでも動いてみろ、ガルム1(ワン)の超硬質ブレードを、その脳天に突き刺してやる」


「頭はやめとけ、ジャック」


 ビルがジャックのスーツの手を押し退けた。


「少尉に恨まれるぞ。このドラゴンには軍事同盟軍の最先端のテクノロジーの粋が詰まっていそうじゃないか?敵の技術を知る為の貴重な材料になる」


「軍曹!新たな敵です」


 見張り役のエマがカトボラ方面を指差した。


「二足走行兵器です。百体、来ます!」


「敵の第二陣だな。俺のガルム2(ツー)で一掃してやるぜ」


 ダンが機関銃を高く持ち上げた。エマとリンダも重火器の装填を確認して敵を迎え撃つ準備をする。


「二足兵器の後方に新たな敵確認!飛行兵器です!」


 緊張した声でエマが叫んだ。


「何だと!」フェンリルを肩に担ぎ上げたダガーが、驚いてカトボラの空に顔を向けた。「新たなドラゴンか?」


「ドラゴンではない。あれこそが、本物の飛行機だ」


 ダガーのイヤーピースにブラウンの感嘆した声が響く。


「とうとう二十一世紀の兵器の雄が姿を現したって訳だ。困ったことになったな。ヤガタの砲撃隊はドラゴン戦でかなり疲弊している。戦力はもう殆んど残っていない」


「我々で撃退して見せます」


 ダガーは上空を見ながらブラウンに言った。


「軍曹、その前にフェンリルを基地に戻してくれ!早くケイを取り出さなくちゃ!」


 ミニシャの金切り声が、ダガーのイヤーピースに響き渡った。


「了解です。これからフェンリルをゼロ・ドックに運びます」


 ダガーはぐったりとして動かないフェンリルを揺すり上げて肩にしっかりと抱えると、基地に向かおうとした。


「ああ、ダメだ!ケイの心音が弱くなっている!」


 ミニシャが泣きそうな声で叫んだ。


「ドックに収容している暇はない!軍曹、その場所でフェンリルからケイを出すんだ!」


「少尉、それは無理です。今からここで戦闘が始まる。ケイを取り出している暇はない」


「お願いだよぉ、ヴァリル!ケイが死んでしまう!!」


「…了解しました」


 ぎりっと奥歯を噛締めてから、ダガーはダンを呼んだ


「ダン、こっちに来い」


「え?あ?俺ですか?」


 すでに攻撃態勢を取っているダンの生体スーツが、ガダーに顔を向けた。


「そうだ。こっちに来てフェンリルを支えてくれ。今からケイをフェンリルから取り出す」


「えええーっ!」


 ダンの素っ頓狂な悲鳴を聞いた生体スーツ達が、一斉にダガーを見た。皆すでに攻撃態勢に入っている。


「軍曹!どういうことですか?」


 ビルが呆れた様子でダガーに聞いた。


「どうもこうも、上官命令だ。俺がスーツに戻れない状態で戦闘が始まったら、伍長、お前に指揮を任せる」


「了解っす!」


 ビルは機関銃を二足兵器に向けたままダガーに鋭く返した。


「ダン、早くしろ」


 唐突な命令に躊躇して動かないダンに、ガダーが厳しい声で催促する。


「は、はい」


 ダンはフェンリルの両膝を地面に着かせた格好で上体を起こし、フェンリルの胸部をダガーの前に向けた。フェンリルの頬を叩いてみるが、ピクリとも動かない。


「くそっ!反応がない」

 

 ダガーは小さく舌打ちした。


「軍曹!いつまでこんな事してるんですか?敵がすぐそこまで来ていますよっ!」


 二足走行兵器が基地の周辺を取り囲むのように前進して来るのを見て、ダンが叫んだ。緊張で声がひっくり返っている


「ヴァリル!生体スーツの外の緊急キーを作動させてくれ!それでフェンリルのコクピットが開く」


 ミニシャの言葉に、ダンが堪らず怒声を張り上げた。


「正気ですか、ボリス少尉!フェンリルの緊急キーを押すには、ダガー軍曹が自分のスーツから出なくちゃいけないんですよ!」


「ダン、フェンリルを片手で支えて機関銃を敵機に構えろ。コストナーと俺を守れ」


「待ってください、軍曹!自殺行為だ!!」


 ダンが叫ぶより早く、ダガーは自分の生体スーツの操縦席の扉を開けてフェンリルに飛び移った。右肩付近の小さな四角の緊急キーを押す。フェンリルの頭部が上にスライドして、スーツの胸の扉が左右に開口した。

 気を失ったケイがぐったりと操縦席に座っている。ダガーは、スーツの人工神経線維を掻き分けてケイの身体を取り出した。

 ヘルメットを脱がせようとして、ダガーは思わずケイの頭から手を引っ込めた。スーツの神経細胞がヘルメットを突き破って、ケイの額に食い込んで皮下出血を起こしている。

挿絵(By みてみん)

※主要登場人物(チームα)の紹介のため本文とは異なる仕様でイラストを描きました。



「これは」


 アシュルの時と同じだ。やはりこのスーツは…。


「フェンリル!!この気狂い狼め!お前はそうやって、またパイロットを喰い殺す気か?!」


 怒りに身を任せたダガーが、ケイの頭からヘルメットを毟り取ろうとした。ケイの頭部に幾重にも巻き付いている尖った神経細胞は、まるで茨の冠のようだ。ダガーから己の獲物を奪われまいとするかのように、ケイの額を締め付けて離さない。額の皮膚が破れて、何本もの糸を垂らしたように血が頬を伝う。


 痛みにケイが僅かに顔を顰めて、小さく呻いた。

 

 アシュル…。


 鮮烈な記憶がダガーの胸を引き裂いた。


「死ぬな、コストナー!今、助けてやる。死ぬな!」


「二足兵器に完全に取り囲まれました。こちらから攻撃を仕掛けますか?」


 ビルがダガーの指示を乞う。


「いや、まだだ。撃ってこないのなら、そのままで様子を見ていろ。コストナーを救出するのが最優先だ」


「了解しました」


 ビルは短く舌打ちした。


「ったく、少尉は無理を言いやがる」


「不思議ですね。何で攻撃してこないんでしょう?」リンダが首を傾げた。


「フェンリルに倒された仲間の残骸を見て、俺たちに攻撃するのを躊躇っているのかな?」


「まさか。単に様子を伺っているだけでしょ?」


 ハナがジャックの言葉を軽く否定する。


「それならそれで、こっちは好都合だ。コストナー、撃たれないうちに早く目を覚ませ!」


 ダガーがケイの顔を両手で囲み、意識を戻そうと揺すりながら大声で呼び掛けた。


「聞こえるか!ケイ!!意識を外に向けろ。フェンリルとの意識を遮断しろ。同期(シンクロ)を止めるん

だ!」


(くそっ!ケイ、早く目を覚ませ!)


 ダンは自分のスーツの下で叫んでいるダガーをちらりと見た。ガダーの身体を守るようにして攻撃態勢を取ってはいるものの、気が気ではない。


(このまま戦闘状態に入れば、軍曹もお前も二足兵器に蜂の巣にされちまう)


 パンッと乾いた音がダンの耳に届いた。


 ぎょっとしてダガーを見ると、ケイの頬を思い切り平手打ちしている。


 二回、三回、左右交互に、ダガーはケイの頬を叩く。


「ケイ!目を覚ませ!」


 それでもケイの意識は戻らない。ガダーに叩かれ続けても、目を閉じたまま動かない。ダガーはケイの胸元を掴んで激しく揺さぶった。


「ケイ、しっかりしろ!!フェンリルに連れて行かれるな!アシュルみたいにフェンリルに喰われるな…」


 ケイは何の反応も返さない。


(駄目か。この少年も死んでしまうのか)


「アシュル…」


 口にするのを封印していた懐かしい名前が、ダガーの唇から零れ落ちる。

 声が掠れ、震える。不意に、ダガーはケイを放さないヘルメットに顔を近づけて思い切り叫んだ。


「フェンリル!ケイを放せ!こいつを殺したら、もう二度とお前には誰も近づかない。誰もお前を顧みることはない。お前はこの先、生体スーツの体が朽ち果てるまで、ずっと独りだ!それが最後の狼王と言われたお前の末路か?群れを、仲間を守り通そうとした、お前の望みなのか?!」


 ヴゥゥン。

 フェンリルから低音が微かに響いた。

 ケイの額に絡みついていた神経線維が剝がれて、ヘルメットの中に戻っていく。

 ヘルメットから解放されたケイの頭が手前へぐらりと傾いた。意識のない身体がコクピットの外に崩れ落ちる。フェンリルから落下しそうになるケイの身体をダガーは左腕で抱きとめた。


「目を覚ませ、コストナー!!」


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