覚醒
第五章が終わります。
少し長いです。宜しくお願いします。
「おい!あれを見ろ」
戦闘車の盾になるようにビッグ・ベアを配置したビルが、ブレードの先で空を指した。
「あれ?ナイフが落ちてこない」
ジャックが放心したような声を上げる。
「空中で止まっているわ」
キキの戦闘態勢を維持したまま、驚いた顔でハナが空を仰ぐ。
「故障でもしたんですかね?」
ブレードの刃先を下に向けたダンが、ガルム2の首を斜めに傾げる。
「これは…」
ダガーはリンクスの上半身を後ろに捩じってドラゴンを見た。
巨大な竜はフェンリルを振り落とそうと尻尾で自分の背中を叩いている最中だった。
全身に巻き付いていた触手を切ったフェンリルが、ドラゴンの棘の生えた尾の攻撃を避けながら、その厳つい首に何度もブレードを突き刺している。
「そうか!あの時と同じだ!」
アウェイオンで見たケイの姿を、ダガーは鮮明に思い出した。
「コストナー、聞こえるか?!俺だ、ダガーだ」
「軍曹!聞こえてます!」
ケイからしっかりとした返事が返ってくる。怪我はないようだとダガーは安堵した。
「ケイ、さっきのような大声を連続して出してくれ。何故だかは分からないが、お前の声にはドラゴンの武器を抑止する力があるようなんだ」
「はあ?」
一瞬、ぽかんとしてから、ケイは襲い掛かって来るニドホグの尾から慌てて飛び退いた。
「俺の声が、ドラゴンを、抑止するって???」
ケイの戸惑った声がダガーのイヤホンに返ってくる。
驚くのも無理はない。ダガー自身、あれは信じられない光景だった。
アウェイオン戦で、ドラゴンが放った弾丸で歩兵達の殆んどが身体を撃ち砕かれていった。
弾丸に肩を深く抉られて重傷を負った古参兵を救うべく、自動小銃を投げ捨てて男を背負ったケイにも、弾丸は容赦なく襲い掛かった。
絶体絶命のなか、無我夢中で絶叫を上げたケイの横を、弾丸は慌てたようにすり抜けていった。
その一部始終を、ダガーは瞬きするのも忘れて己の目に焼き付けていたのだ。
「説明している暇はない。いいから、早く大声を出せ!!」
ダガーが恐ろしい怒声を張り上げた。
リンクスの人工眼を空に目を向けると、ナイフの切っ先が震え出すのがリンクスの人工眼に映る。数秒しないうちにスーツに向かって襲い掛かって来るだろう。
「り、了解しました。…じゃあ、うおぉぉっ―――!」
ダガーに怒鳴られて慌てて大声を出した。期待も虚しく、ナイフが落下し始める。
「あれ?止まらない」
慌てるケイにダガーが助言した。
「奇声を上げるだけではダメだ!言葉で命令してみろ!」
「分かりました」
ケイは大きく息を吸った。
「お前ら、落ちて来るんじゃな―――い!」
ケイの喚き声に、落下し始めたナイフが再び空中で静止した。
その光景に、戦闘車の乗組員一同とチームαの全員が目を見張る。
「ケイの声でナイフが攻撃を止めたわ。一体何が起きているの?」
「何が何だか分からないけど、取り敢えずはナイフに刺し殺されなくて済みそうです」
唖然としているハナに、ジャックが嬉しそうに声を弾ませた。
「中佐、コストナーがナイフの動きをコントロールしています。今のうちにベルリンに向かって下さい」
「了解した。あと少しでヤガタから武器が届く。それまで持ち堪えてくれ!」
「中佐、心配しないでください。ビルとダンは戦闘車の護衛を頼む」
二体のスーツを両脇に伴って戦闘車が動き出す。血だらけのマディが車内に収容される様子を、コクピットを半分開けたビルが鎮痛の表情で覗き込んだ。
「本当だ。軍曹の言う通り、俺の声でナイフが止まったぞ!」
ケイが、やったぁと叫んでガッツポーズを取る。
「お前達、何をしている?!早く戦闘車を破壊しろ!」
自分の命令を聞かなくなったナイフに驚いたフィオナが、金切り声を上げた。
「戦闘車は破壊するな!そのまま空に待機していろ!」
ケイとフィオナの正反対の命令に混乱したナイフが、コンパスの針先のように刃先をふらつかせる。
「羽根よ、あたしの命令を聞くのよ!」
「ナイフよ!戦いは終わりだ。ニドホグの元へ帰れ!」
フィオナを遮るようにケイが大きな声を張り上げた。
ナイフが動いた。スーツに向けた刃先が百八十度回転し、ニドホグへと上昇していく。
「やった!あいつら、俺の声を優先したぞ!」
ニドホグの背中で嬉しそうに飛び跳ねたフェンリルの足に、新しい触手が巻き付いた。
「ケイ・コストナー!貴様を八つ裂きにしてやる!」
フィオナはフェンリルを乗せたまま、ニドホグを大地から飛び立たせた。
数秒間の暗闇の後、照明に光が戻った。
それと同時にイヤホンのハウリングも収まる。頭からヘルメットを毟り取ろうとした手を止めたユーリーに、ニコラスから連絡が入った。
「ユーリー、無事か?」
「ああ、大事ない。アシュケナジには逃げられたが」
どうやっても開かない扉を、ユーリーは悔し気に見つめた。
「ニコ、何があった?基地が停電するなんて初めてだ」
「地下高圧変電所からの送電が全て急停止したんだ。今は自家発電に切り替えて各部署に電力を送っている。だけど、一般人の住む居住地区にまで電気を送り続けるのは一時間が限度だ。それ以上だと電圧が落ちて基地が機能しなくなる」
「住民に使わせる余剰電力はないという事か。くそっ。家に電気が来ないと知ったら、彼らはパニックに陥るぞ」
ひっ迫した状況に、ユーリーが舌打ちする。
「すぐに一般人を基地から避難させろ。トランシルバニア・アルプスの裾野にある兵舎がある。そこを避難所に使えばいい。ところで送電が停止した原因は何だ?」
「送電システムのコードが変更されたからだ。何者かがシステムに侵入して、基地の緊急事態に備えて作られた予備の変電所に全ての電力を流している。ユーリー、君には誰の仕業か、もう分かっているよね」
ニコラスの問いに、ユーリーの顔が険しくなった。
「アシュケナジだな」
「そうだ。彼が何を企んでいるのか知らないけれど、すごく嫌な予感がする。ユーリー、早くアシュケナジを見つけ出してくれ」
(人類永劫計画か。奴はそれをモルドベアヌ基地で実行すると言っていた。その為に基地の全ての電力が必要、という事は…)
「嫌な予感どころでは済まされないぞ。基地の存亡が掛かっている。ニコラス、電力が集中している場所を教えてくれ。アシュケナジの企てを阻止してやる」
「アシュケナジは基地の最北端にいる。随分と大きな実験室のようだが、かなり前に封鎖されていて誰も入ったことがない。というか、そこに実験室があったなんて、初めて知ったよ」
パワードスーツの3D映像の図面に赤い点滅が現れた。
最短距離の進路計算をすると、既存の通路で行けることが分かった。
「ニコラス。後を頼む」
ユーリーはイヤホンの通信を切って、パワードスーツの高速走行のスイッチを入れた。
「これを動かす日がついに来たか」
首が痛くなるほどの巨大な装置を見上げて、アシュケナジは感慨深げに呟いた。
目の高さにあるスイッチを押すと、掌に張り付けた小さなチップをそっと外した。
チップは二センチメートルの正方形のごく薄い金属板だ。
照明にかざすと、銀色の表面に恐ろしく細い切れ込みが文様を描きながら縦横に走っている。
基地を守る為という名目で、遠い昔、初代ウォーカーを説得してこの兵器を作り上げた。
彼を信用させる為にチップを与えたのは、思った以上に上手くいった。
特権階級の印として代々の副大統領の身体の中に埋め込ませたのも、アシュケナジの策だ。
リーダーの刻印を与えられたと勘違いした彼らは、親から子へと後生大事にチップを体内で守ってくれた。
「だが、この装置はアメリカ軍の誰一人として動かすことは出来ない。それが例えアメリカ副大統領であってもな」
アシュケナジは、コンピュータのキーに自分の五十桁のDNAコードを打ち込んだ。
目の前の装置から出てきた薄い金属板の上に、ウォーカーの血で赤く染まったチップのカバーを外して指で張り付ける。
チップをのせた金属板の上に透明な蓋が下りてきた。
蓋は二センチメートルの極薄の正方形をしっかりと包むと、装置の中に消えていった。
隣のレバーの上に手を置いた時、後ろの扉が大きな音を立てた。
「やっと来たな」
後ろを向いたアシュケナジの目に金属板の大扉を破壊して侵入したユーリーの姿が映った。
肉体の限界までパワードスーツの速度を上げて走って来たらしい。
「アシュケナジ!ここは一体、」何の施設だ?!」
肩で息を吐きながら、足の銃にユーリーが手を這わせた。
「見ての通りだ。これが何だか、お前が知らない筈がない」
アシュケナジがヘルメットの上にフェイスシールドを持ち上げた。
自分によく似たユーリーの顔を射抜くように見つめながら、手前にずらりと並んでいる計器に手を添える。
「ミサイルの発射装置だな」
自分と同じ色の瞳を強く見返すユーリーに、アシュケナジが満足したように頷いた。
「そうだ。ハイパーソニック・グライド・ビーグルミサイルを超電磁波砲を使用して放つための装置だ。そのスピードはマッハ七を超える。そして私は、たった今、このシステムを作動させた。ユーリー、もう一つ重要な事を教えてやろう。銃の引き金に触れた途端に、お前の身体は穴だらけになるぞ」
アシュケナジが高い天井を指差した。
半円球の真下に細長い銃筒が生えた兵器が見える。筒の先から放たれた緑色の光が、いつの間にかユーリーを取り囲んでいた。
「レーザー銃で俺を狙っているのか」
「それもかなりの高出力だ。全方位からレーザーを発射して、お前のスーツを難なく焼き切る。抵抗しないのが身の為だ」
そう言い捨てるとアシュケナジは発射装置に向き直った。
「急速充電が終了した。出力は百パーセント。さて、エンド・ウォーの第二幕を開けようか」
アシュケナジは口元を綻ばせながら呟いた。
「これで、ムゲン、お前は長き眠りから覚醒する筈だ」
「ケイ――!」
「おおーい、ケイ!大丈夫か」
「ケイ!返事をしろ!」
あっという間に雲の中に消えたニドホグに向かって、ダガー、ハナ、ジャックとダンが口々に叫ぶ。
「ダメだ!応答がない…」
虚しく空を見上げるチームαに、生体スーツの人工脳が警告を発した。
「何だ?」
皆が急いでモニターパネルに目を落とす。
生体スーツのセンサーが地震の前兆のような微かな地響きを捉えていた。
「この振動は、一体何処から来ているんだ?」
止むことのない微動に首を傾げたダガーに、ジャックが即答した。
「測定ではトランシルバニア・アルプス方面、モルドベアヌ山からです。でも、振動がこんなに連続するなんて。アメリカ基地で何かあったのかな?」
「大地が揺れているんじゃないわ」
ハナが上擦った声を上げた。
「振動は大気中で起こっているのよ。それが地面に伝わっているんだわ」
「一体、どういうことだ?!」
「二千メートル上空に飛翔体発見!信じられないスピードです!」
ジャックの叫びにチームα、チームαの全員がモニター画面を見た。体長が二十メートルを超える先の鋭く尖った細長い三角錐が映し出された。
「これは?ミサイルか?」
ダンが驚愕の表情を浮かべる。
「アメリカ軍の新型ミサイルよ!」
ハナの一声にチームαがスーツの顔を空へと跳ね上げたその瞬間、大地を割るような巨大な衝撃音が降って来た。
「うわあ、すげえ音だ!鼓膜がイカレちまう」
ダンが悲鳴を上げてヘルメットの側面に両の掌を押し当てる。
「ミサイルの衝撃波だと?こんなのは初めてだ」
ダガーが驚愕の表情を浮かべながら空を仰ぐ横で、ジャックが計算結果を伝えた。
「軍曹!ミサイルはマッハ七で飛んでいます!」
「どこを狙っているのかしら?」
ジャックが叫び、ダンが声を震わせ、ハナが憂いた瞳でモニターの中のミサイルを追った。
「…ガグル社だ」
ダガーが唸るように呟く。ジャックがレーダー見て興奮したように叫んだ。
「軍曹!西の方面、ガグル社からも超音速のミサイルが発射されました」
「三角ミサイルを撃ち落とす気だな」
「違います!あのミサイルはモルドベアヌに向かっています!」
「相撃ちする気か?」
再び皆が、空に目を向ける。
「何だ…?雲の上が光ったぞ」
ダンの言葉に、チームαの皆が同時に息を飲んだのと同時に。
雲が割れ、巨大な白い閃光が大地に落ちてきた。
終
第六章に続く
次からは第六章が始まります。場面が一気に変わります。
宜しくお願いします。




