粛清
ウォシャウスキーの最期。
絶体絶命のチームαに、ケイが取った行動とは…。
「我が軍のミサイルは、ガグル社によって、全て撃破されました」
感情を抑えて戦闘状況を説明する通信兵の声に悲痛さが滲んでいる。
悲痛ではなく絶望か。
リボフだけではなく、他の基地から放ったミサイルも尽く迎撃されたのだ。
残っている戦力は基地周辺に配備してある戦車部隊だが、音速の対戦車誘導ミサイルで上から狙われたらひとたまりもない。
自分が率いる軍隊には打つ手はない。
ウォシャウスキーは無念の形相で指令室のモニターパネルを睨んだ。
「レーダーが新たなミサイルを捉えました。我が基地に向かって来ます」
通信兵が恐怖を押し殺した声を出す。その直後、モニター画面に巨大な陰影が映った。
「閣下、モルドベアヌ基地から援軍が到着しました!」
アメリカ軍の飛翔生体兵器ドラゴンだ。制空権を失ったロシア軍を援護してガグル社のミサイルを次々と撃墜していく。
「アメリカ軍の巨大生体兵器か。何とも陳腐な姿よ。あんな化け物に我が軍の命運を掛けねばならぬとはな…」
苦々しげに呟いたウォシャウスキーの前で、黙々とモニター機器の操作をしていた通信兵が突然立ち上がり、くるりと後ろを向いた。
その手には、拳銃が握られている。
銃口が自分の胸に向いているのを見て、ウォシャウスキーは唖然とした。
「…貴様、どういうつもりだ?」
鬼のような形相で睨み付けると、ウォシャウスキーを薄緑の瞳でしっかりと見据えた通信兵は落ち着いた声で言った。
「将軍閣下、すぐに撤退命令を出して下さい。ドラゴンがミサイルを迎撃している今しか兵士を退避させるチャンスはありません」
若い通信兵の言葉に、ウォシャウスキーが激怒する。
「お前如き若造が、この俺に逃げろと命令するのか?」
「ミサイルを撃ち尽くした基地で、我々にどう戦えというのですか。閣下も、ガグル社との軍事技術の差を思い知ったでしょう?次にガグル社に一発でもミサイルを撃ち込まれたら、基地の兵士全員が無駄死にするんです。これ以上の犠牲は出したくありません」
落ち着いた態度で話す通信兵の隙を見て、ウォシャウスキーは自分の腰から拳銃を引き抜いた。
「将軍、冷静になって下さい。貴方が私を撃てば、他の兵士があなたを撃つ」
自分の胸に突きつけられた銃口を見つめながら通信兵が言い放った。
「なんだと?」
ウォシャウスキーが指令室を見渡す。全ての兵士が立ち上がり、その手に拳銃が握られているのが目に映った。
「愚か者めが。反乱を起こした兵士は全員銃殺刑になるのだぞ。それを知っての狼藉か!」
悔し気に唸り声を上げるウォシャウスキーに、通信兵が皮肉そうに笑った。
「そんなことが脅しになるとお思いですか?銃殺刑もなにも、ガグル社にミサイルを撃ち込まれたら我々は全員死ぬとさっき言ったばかりでしょう」
「ふん。どのみち証拠隠滅に俺を撃つのだろう。ならば、お前だけでも道連れにするとしよう」
ウォシャウスキーの言葉を聞いた兵士が頷いた。その口元が恨めしそうに捻じ曲がる。
「ええ。我が国の民を人とも思わない軍事独裁政権を終わらせる人身御供となるのなら、殺されても本望です。新たな時代を迎える為にも独裁者の血筋は私で絶たねばならない」
通信兵の言葉にウォシャウスキーの顔に驚愕が走った。
「まさか!お前は…」
瞬きもせずに青年の薄緑色の瞳を見つめる。心なしか、その瞳が濡れたように光った。
「その目の色は…。そうか、お前は、アンナの…」
二十年前に殺した妻の名が、ウォシャウスキーの口から洩れた。
「そうですよ。私の名はミハイル・ウォシャウスキー。独裁政権を奪取する為に貴方が殺した祖父と同じ名を持つ、血塗られた一族の末裔。そして、貴方がシベリアに捨てた息子だ」
「ミハイル…。俺の、息子」
ウォシャウスキーの銃を構えた手が、だらりと下に落ちた。
眦の上がった目から冷酷な光が消え、微かな情愛が灯る。
「さようなら、お父さん」
両手を差し伸べて、今にも自分に縋りつきそうな老人をまっすぐに見つめながら、ミハイル・ウォシャウスキーは、躊躇なく拳銃の引き金を引いた。
ニドホグは自分の背中からリンクスを叩き落した。
敵に攻撃体勢を立て直す隙を与えずに、地面にうつ伏せで倒れているリンクスを尻尾の先で器用にすくい上げてから再び弾き飛ばした。
リンクスの身体が弧を描いて宙を舞う。肩から地面に激突したものの、今度はブレードを構えて素早く立ち上がった。
脳震盪を起こしているのか動きが鈍い。足元もふらついている。
次の一撃でリンクスを倒すべく、ニドホグが鉤爪を鳴らしながら前足を振り上げた。
「軍曹!」
ケイは触手から逃れようと、フェンリルの手足を必死でばたつかせた。
「右が、少し動く」
リンクスのブレードで何本かの触手に切れ目が入ったらしい。
渾身の力を右腕に籠めると、ぶちぶちと嫌な音を立てて千切れた。
自由になった右手のブレードで、他の部分に巻き付いている触手をすぐさま切り払う。
「触手に巻き付かれる前に見てたんだ。ニドホグ!ここがお前の弱点だろう」
立ち上がったフェンリルに襲い掛かる触手をブレードで薙ぎ払いながら、ケイは機関銃で目を潰したニドホグの左に回り込んだ。
岩のように硬く分厚い皮膚に覆われているニドホグだが、手足の関節や首の付け根などの一部分は薄くなっている。頭と首の付け根を狙いを定めて、刃の先を思い切り突き入れた。
「ギャアオオオウゥッ!」
フェンリルに弱点を攻撃されたニドホグが、悲鳴を上げながら後ろ足で立ち上がる。
ニドホグの攻撃が止まった事に気が付いたダガーは、リンクスを後に素早くジャンプさせて、充分な間合いを確保した。
「軍曹、戦闘車がナイフの攻撃を受けています!」
危局を知らせるハナの声に、ダガーとケイはすぐに戦闘車に目を向けた。
襲い来るナイフを弾き飛ばそうと必死でブレードを振り回すビッグ・ベアとガルム1の奮闘も虚しく、戦闘車の両脇に装着されているリアクティブアーマーに無数の穴が開き、鋼板に鋭い切っ先が付き立てられる。
ジャックが切羽詰まった声を出した。
「伍長!このままでは戦闘車の装甲が破られるのも時間の問題です!」
「くそっ!銃弾さえあれば、こんなナイフなんざ木っ端微塵に出来るんだが」
「弾ならあるぜ!後部のガンポートから離れろ」
ビルとジャックの通信に割って入ったのはマディだった。
戦闘車から機関銃の掃射が始まった。不意を食らったナイフ達が右往左往して空へと逃げ出す。
戦闘室のハッチから外に飛び出たマディが、戦闘車の頭部に備え付けてある二十五ミリの機関砲を空に向かって掃射する。
「馬鹿!マディ、死ぬつもりか?!」
大声でがなり立てるビルに、マディが、がなり返した。
「こうでもしなきゃ、戦闘車が棺桶になっちまう。そんなのは死んでもごめんだぜ!」
二十五ミリ砲を受けたナイフが薄い皿を割ったように空中で飛び散った。
仲間が破壊されたのを知って、戦闘車に刃を突き立てていたナイフが空へと垂直上昇して、マディに向かって急降下を開始した。
「うおおおおおっ」
マディが雄叫びを上げながら機関砲を撃つ。砲弾に当たって粉々になる仲間をすり抜けたナイフが、その二の腕を貫いた。
「マディ!早く戦闘車の中に入れ!」
マディから血飛沫が上がったのを目の当たりにしたビルが悲鳴を上げる。
「へっ。こんなのかすり傷だ。まだまだやれるぜ」
腕から血を流しながらも機関砲のトリガーから指を離さずに連射を続けるマディに、空に散らばったナイフが前後左右から次々と襲撃を掛けた。
撃ち損じたナイフの刃が、マディの肩と脇腹を深く抉っていく。
「くそ。ここまでか」
砂色の戦闘服を血で赤く染めたマディは、機関砲のハンドルグリップに上半身を預けると動かなくなった。
「マディさん!!」
ニドホグの首にフェンリルのブレードを突き立てていたケイは、戦闘車の上でぐったりとなったマディを見て、眼球を剥き出すほど大きく目を見開いた。
マディを守ろうと、ビッグ・ベアとガルム1が、再びナイフと格闘し始める。
「ニドホグ、早く戦闘車を破壊して」
フィオナの命令に、ニドホグが大きく咆哮した。
「うわっ。鼓膜が破れる」
その大音声にケイが思わず身を竦ませる。
フェンリルを背に乗せたまま、ニドホグの両翼が漆黒の羽を逆立てて大きく震わせた。
硬い羽が擦れ合う音と一緒に新たなナイフが黒い塊となって、雲が垂れ込める空へと垂直に飛翔していく。
「ナイフがまた飛び出した!」
高い空で、ひし形の陣形を組んで静止したナイフが、戦闘車目掛けて降下を始めた。
ビッグ・ベアとガルム1が戦闘車を背中で庇うようにしてブレードを構える。キキとガルム2も戦闘車の両脇に取り付いて、ブレードを空に向けた。
リンクスはナイフの集合体に向かって最後の銃弾を撃ち放っていた。ナイフの攻撃を少しでも二分させようとの、ダガーの捨て身の策だろう。
リンクスの挑発も虚しく、ナイフは鋭い羽先を戦闘車に向けて高速で落下していく。
「やめろおおおお―――っっ!!!」
絶望的な状況に、ケイは喉が破れるくらいの絶叫を迸らせた。
あと一話で第五章が終わります。
なげーよ!と、読者さんの声が聞こえてきそうで、汗汗(^^;)




