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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第五章 武器を抱いて炎と踊れ
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秘密の扉

ユーリーは虫の息のウォーカーからアシュケナジの計画を知らされる。

ニドホグとの戦いで、チームαは劣勢になっていく。


「待て、アシュケナジ!」


 目の前で閉じた扉を拳で思い切り殴った。


「くそっ。何て頑丈な金属板なんだ」


 ユーリーは少しだけ陥没した扉を睨みつけてから、マクドナルドの身体で作られたパワードスーツの拳での連打し続けた。扉のへこみは大きくなったが破るまでには至らない。

 アシュケナジに破壊された機械兵器のマシンガンを担ぎ上げて扉を掃射した。弾痕だらけになった扉は入口をしっかりと塞いだままだった。


「どうしたら、この扉を破れる?」


 何か良い案はないかと、ユーリーはウォーカーの執務室を見渡した。

 洗練されていた室内は激しい戦闘のせいで、アンティークなテーブルや椅子は原形を留めないほど破壊されている。

 頭や身体を撃ち抜かれた兵士の血液が大量に飛び散った壁を見て、ユーリーは眉を(ひそ)めた。

 絨毯を血で赤く染めて倒れているウォーカーに目を止める。

 ウォーカーの手が微かに動いたのに気付いたユーリーは、はっと息を飲んだ。


「ウォーカー!しっかりしろ!」


 ユーリーはウォーカーに駆け寄って、血で真っ赤に染まった上半身をそっと起こした。


「ユーリー…か」


 弱々しい呻き声を上げながら、ウォーカーが薄く目を開けた。ユーリーを見るその瞳には死の影が現れている。


「アシュケナジはどうし、た…」


「奴は逃げた。だが、まだ基地の中にいる筈だ」


 ウォーカーは苦痛に顔を歪めながらユーリーに話を始めた。


「あの男は計画を実行する為に、モルドベアヌ基地に戻ったのだ。人類永劫(えいごう)計画と言っていた…」


「人類永劫計画だと?初めて聞いたぞ」


 ウォーカーの言葉に耳を疑った。ユーリーがアシュケナジの後継者としてガグル社の中枢で育てられている時にも、そんな計画は一度も聞いたことがなかったからだ。


「計画の内容は聞かされていない。三百年待って、その機会がようやく訪れたらしい。次はないと言っていた」


「……」


(あいつが三百年も生きていただと?何て荒唐無稽(こうとうむけい)な話だ)


 しかし、死に往く人間が嘘をつく筈もない。ユーリーは黙って聞いているしかなかった。


「そうだ。…そして、幼少時、私の体内に埋め込こまれたチップを、奴は、胸を切り裂いて取り出していった…」


「チップ?何故そんなものを、アシュケナジはお前の身体に埋め込んだんだ?」


「チップはアメリカ副大統領の証。歴代のウォーカーの身体に必ず埋め込まれる」


 ウォーカーは荒い息を吐きながらも、懸命に話を続けた。


「モルドベアヌ基地が攻撃を受けて危機に陥った時、エンド・ウォー以前の技術で作られた最終兵器を作動させて敵を壊滅させるというのが、副大統領に託された使命だからだ。そして、チップを持つ者だけが、副大統領執務室の秘密の扉を開き、最終兵器のある部屋に行くことが出来る」


 初めて聞く話に、ユーリーの目が大きく見開いた。


「アシュケナジはその最終兵器を何に使うつもりなんだ?ウォーカー、その場所に行くにはどうしたらいい?」


「あの絵の後ろに、秘密の通路が記されている図面が隠して、ある…。それでアシュケナジを、追、え」


 ウォーカーの震える指が、壁に掛けられた一枚の絵画を差してから、ぱたりと落ちた。


「ウォーカー!おい、しっかりしろ!」


 ユーリーは腕に(かか)えたウォーカーの身体を揺さぶった。だが、その目は二度と開くことはなかった。

 ウォーカーの亡骸を絨毯の上に静かに横たえてから、ユーリーは彼が指差した絵画の前に立った。額縁の下に初代ウォーカーと記された金色のプレートが貼ってある初老の男の人物画だ。 

 壁から絵を下ろして額縁を外す。ウォーカーの言った通り、キャンバスの後ろに密封された封筒の中から紙の設計図が出てきた。


「これか…。しかし、紙に描いて保存してあるとは思わなかったな」


 えらく古典的だが、数世紀に渡って保管するにはこの方法は理に適っている。

 コンピュータで、世紀をまたいで保存とするいうのは不可能に近い。度々メンテナンスを施してたとしても、コードが劣化し情報が霧散するリスクが高くなっていくからだ。

 パワードスーツの両腕の先を外すと、指で八つ折に畳んである紙を慎重に開いた。


「思った通りだ。誰も知らない指令室があるらしい」


 ヘルメットに装備してあるイメージスキャナーで図面を取り込むと、すぐに中央指令室のニコラスと連絡を取った。


「ニコラス、聞こえるか。アシュケナジが使っている古道が記されたモルドベアヌ基地の設計図を入手した。今から図面を送信するから、すぐに解析を頼む」


「了解した」


 数秒後に、最新と最古の基地設計図が重なって、パワードスーツの手に装備されている3Ⅾディスプレイに映し出された。


「それで、副大統領はどうなったの?」


 設計図を凝視していると、ニコラスが不安を隠せない声で聞いてきた。ユーリーは押し殺した声で真実を話した。


「ウォーカーは死んだ。アシュケナジに殺された」


 ユーリーの耳元で大きく息を飲んだ音がした。

 声を出さないのは、指令室にいるアメリカ兵が動揺するのを防ぐ為の配慮と分かる。そんなニコラスに、ユーリーは口速(くちばや)に命令した。


「ニコラス。作戦を変更するぞ。アシュケナジも抹殺を、我が軍の第一目標とする。プロシアへのミサイル攻撃を一旦中止しろ」


ニコラスが驚きの声を上げた。


「ミサイル中止って、ユーリー、ロシア軍を援護しなくていいのかい?ニドホグはロシア軍の応戦に行ってプロシア軍と戦っているんだよ」


「これ以上、アシュケナジを基地で好き勝手させるわけにはいかないからな」


 ウォーカーの亡骸に目を落としたユーリーに憤怒が込み上げてきた。


「奴を援護する為に、ガグル社から攻撃用ドローンか機械兵器がこっちに侵攻して来る可能性がある。ミサイル攻撃も受けるかも知れないぞ。ニドホグをモルドベアヌに戻して基地の防衛に当たれと、すぐにフィオナに伝え…」


 不意にイヤホンの送信が途絶えた。それと同時に照明が切れ、辺りが闇に包まれる。


「どうした、ニコラス!何があった!」


 大声を張り上げたユーリーのイヤホンから聞こえてきたのはニコラスの声ではなく、鼓膜が破れるような高音だった。


「うわああっ」


 ユーリーは悲鳴を上げながら両耳を抑えて、床にうずくまった。





「ドラゴンに踏み潰されるぞ!」


 キキとガルム2は生体スーツの瞬発力を最大に発揮してニドホグの前足を紙一重で躱した。

 右と左に跳び退いたスーツを見て、フィオナの目が残酷に光る。


「ふん。そのくらい跳んだだけで、ニドホグから逃げられるとでも思っているの?」


 スーツが着地した瞬間を見計らったニドホグが、尻尾が鞭の如くしならせた。


「わあっ」


 ニドホグの攻撃を躱し損ねたガルム2が(とげ)の生えた長い尾に強打されて宙を飛んだ。

 アスファルトの舗装に全身がめり込む程の衝撃に、ガルム2の肩の装甲がぱっくりと割れた。装甲の下にある人工筋繊維まで鋭い刺で抉られている。

 スーツの人工筋線維の傷を補おうと、ガルム2の人工神経が収縮を始めた。収縮は同期しているダンのインナースーツに伝わって、全身を締め上げた。


「うう、くそ。息ができない」


 動きの鈍ったガルム2に止めを刺そうと、ニドホグが口を大きく開けて迫って来る。


「ダン!」


 ダガーは、アスファルトの上にうずくまっているガルム2の前にリンクスを滑り込ませると、左右のブレードでニドホグの口を斬り付けた。

 口に(やいば)を刻まれたニドホグが、苦痛の咆哮を上げながらリンクスから後退する。

 怯んだニドホグの隙を見て、キキはガルム2を背負うとニドホグの攻撃範囲から一目散に退避した。


「軍曹!戦闘車がドラゴンのナイフに襲われています!」


 ハナの悲鳴のような通信に、ダガーは戦闘車に目を向けた。

 リンクスの人工眼に、停車している戦闘車を必死で防御するビッグ・ベアとガルム1の姿が映る。拳銃の弾も切れたらしく、ブレードだけの戦闘になっている。

 しかし、いくらブレードを振り回しても高速で飛び回るナイフを破壊することは出来ない。防御一辺倒の戦いに、戦闘車にナイフが突き刺さる回数が増えていく。


「ケイ!戦闘車の援護に回れ」


 叫んでから、フェンリルの姿が見えないことにダガーは気付いた。


「ケイ!聞こえたら返事をしろ!生きているのか?!」


 イヤホンに指を当ててあらん限りの声を出したダガーに、ケイから返事が返って来た。


「軍曹!俺は生きてます!けど、ドラゴンの触手に拘束されてしまって、動けません!」


「なに?」


 ダガーはニドホグの尻尾の先がリンクスに飛んで来るのを素早く回避すると、背中の後ろに回り込んで一気にジャンプした。

 岩石を敷き詰めたような巨竜の背中に乗ると、両肩の翼の付け根の間に細い筒状の触手(チューブ)が幾重にも巻き付ついて、身動きの取れなくなったフェンリルを見つけた。


「待っていろ。今、触手を切ってやる」


 ダガーはリンクスの両手首からブレードを出して、触手に斬り付けた。


「軍曹!危ない!」


 ケイの叫び声に、ダガーは弾けるようにリンクスのブレードを後ろに向けた。

 だが、切りかかるより早く、ニドホグの尻尾の先に激しく打ち据えられたリンクスは、地面へと叩き落された。



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