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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第五章 武器を抱いて炎と踊れ
225/303

羽根のナイフ

ニドホグとスーツαの戦い。

ケイは単独でニドホグに戦いを挑むが…。

「ドラゴンの兵器が装甲板を貫いたか。中佐、このままでは戦闘車が穴だらけにされるぞ」


 ヘーゲルシュタインは座席から立ち上がると、天井から突き出た黒い刃先を手で撫でた。


「穴だらけどころでは済まんでしょう。その尖った凶器がどんな物質で出来ているのか分かりませんが、戦闘車の中に入り込んだら、我々は、あっという間に皆殺しだ」


 ブラウンの言葉に、ヘーゲルシュタインが神妙な顔をする。


「中佐、空中を乱舞している化け物ナイフを止める策はないのか?」


 あればとうに試している。ブラウンが黙り込むのを見て、ヘーゲルシュタインは腕を組んで座席に腰を下ろした。


「埒が明かんな。操縦士、戦闘車を出せ。ベルリンに向かう」


 ブラウンを始め、マディや他の兵士達が驚いた表情でヘーゲルシュタインを見た。


「ヘーゲルの閣下、この状態で戦闘車を動かすのは危険ですぜ。我々も攻撃の的になってしまいます。ダガー達も空飛ぶナイフと打ち合うのに手一杯で、戦闘車を護衛し切れません。今動いたらドラゴンの目に留まっちまう。そりゃ…」


 無謀だと言いそうになって、さすがのマディも自分の口を慌てて押さえた。


「このままじっとしていたって、そのうちドラゴンにやられるだけだ。ブラウン、命令を出せ!」


了解しました(イエス・ゼネラル)


 マディが非難めいた視線をヘーゲルシュタインからブラウンに移動させる。

 確かに無謀だ。だが、上官命令は絶対だ。ブラウンは耳に装着してある通信機を指で操作してダガーに繋いだ。


「軍曹!時間がない。我々は戦闘車をベルリンに向かわせる」


「了解しました。ビッグ・ベアとガルム1はベルリンまで戦闘車を護衛しろ。ビル、ジャック、中佐達を守り切れ」


「ラジャー!」


「イエッサー!」


 操縦士が戦闘車を発車させる。動き出した戦闘車に反応したらしく、早くもニドホグのナイフが数本飛んで来る。

 戦闘車に到達する前に、ビッグ・ベアとガルム1がブレードで打ち払う。

 ブレードの刃を叩き付けられたナイフの一つが失速して地面に落ちるのを見たジャックは、ガルム1の腰から拳銃を引き抜くと地面のナイフに向かって引き金を引いた。


「こいつも弾丸と同じく銃弾を撃ち込めば破壊できるのか。機関銃に給弾できればなあ」


「ないものは仕方ない。ジャック、ドラゴンのナイフを戦闘車に近付けるな」


 恨めし気なガルム1の隣で、ビッグ・ベアが左右のブレードでナイフを何度も弾く。


「よし、いいぞ。そのまま戦闘車の進路を確保しろ」 


 遠ざかっていく戦闘車とスーツ二体を素早く確認したダガーは、残ったチームに命令を下した。


「キキ、ガルム2、フェンリルはドラゴンのナイフと派手に打ち合え。戦闘車からドラゴンの気を逸らすんだ」


 ダガーの命令と同時に、ハナがキキを大きく跳躍させた。

 空を切り裂いて飛んで来るニドホグのナイフを両手のブレードで弾き飛ばす。ぐるりと弧を描いて再度襲って来るナイフを空中で受け止め、そのまま叩き落とし手から拳銃で撃った。

 ダンもガルム2に飛んで来るナイフをブレードで受け止めると、バットを振るようにして地面に打ち付けてから拳銃で破壊した。


「全く。ドラゴンの羽が飛び道具になるとは思いもしませんでしたよ」


「ホントにね」


 ハナは、キキ目掛けて飛んで来たナイフを左のブレードの側面で防御した。

 進行を遮られて動きの止まったナイフを右ブレードで下からすくい上げると、目にも止まらぬ速さで十文字に斬り付けた。

 キキに十字を刻まれて飛行能力を落としたのか、ナイフの飛ぶスピードが落ちた。


「基本的な動きは弾丸と変わらないけれど、羽の方がより硬質だわ」


 ブレードで破壊出来ないと知ったハナは、ナイフを拳銃で撃った。


「弾丸よりもずっと数が少ないけれど、ブレードで破壊できないのは痛いわね」


「そうだな。こっちの弾倉(マガジン)も残り一つだ」


 リンクスの周りを飛ぶ二本のナイフに拳銃を発射して粉々に砕いたダガーが舌打ちする。

 ケイは、フェンリルを貫こうと飛んで来たナイフをブレードで弾き飛ばすと、上体を低くしてニドホグに向かっていった。


「軍曹、俺、フェンリルでドラゴンに接近戦を仕掛けてみます。ドラゴンが戦闘状態に入れば、ナイフを操るのが疎かになる筈です」


 ケイの行動に驚いたダンが大きな声でがなり立てた。


「おい、ケイ!勝手に動くんじゃない。ドラゴンに踏み潰されるぞ!」


「大丈夫だよ、ダン。俺はドラゴンと二度戦っている。奴の動きはフェンリルの人工脳に記録されているから、そう簡単にはやられないさ。それに、中佐達の乗った戦闘車をベルリンに無事到着さるのが俺達に与えられた任務だろう?」


「その通りだ」


 ダガーは三本のナイフとブレードで切り結びながら、ケイに叫んだ。


「任せたぞ、ケイ」





 フィオナは、ニドホグの両翼の付け根にあるナイフのように鋭利な羽を飛ばしてプロシアのスーツ隊を攻撃させると、ドラゴンの分厚い胸から顔を覗かせた。


「…戦闘車を逃そうとしている?プロシア軍の高官が乗っていると思って間違いないわね」


 その呟きと前後するように、雲の間から降り注ぐ閃光がフィオナの瞳に映った。

 また一つ、ミサイルが迎撃されのだ。

 ロシア軍、ガグル社、そしてユーリーが率いるアメリカ軍。高い空の上で繰り広げられている三つ巴のミサイル戦は雲に阻まれ地上からは見えない。


「また、光った」

 

 二千メートル上空の爆発音に、フィオナは耳を澄ました。

 フィオナには人間の百倍はある優れた聴力が備わっている。破壊されたミサイルが落下して建築物に次々と激突していく衝撃音もはっきりと聞こえてきた。

 ミサイルの残骸でプロシアのあちこちが燃え出したようだ。数本の煙が大地から空へと棚引いていく。

 飛び回るナイフとブレードで交戦している生体スーツに視線を戻す。

 隊から離れた一体がニドホグに接近して来るのが見えた。

 全身が銀灰色のスーツ。ケイ・コストナーが操縦するフェンリルだとすぐに分かった。


「コストナー。向こうから殺されに来たか」


 フィオナはふんと鼻で(わら)った。


「ニドホグ、狼スーツを破壊しよう。左目の仇を取るのよ!」


「グァルルルルッ」


 ニドホグが唸り声を上げた。四本の足でアスファルトで舗装された道路を踏み抜きながら走り始めた。


「来い、ニドホグ!もう片方の目も見えなくしてやる!」


 ケイはフェンリルを狼型に変身させてニドホグの正面から真横に跳んだ。

 ドラゴンの巨体の脇に滑り込むようにして回り込むと、後ろ足に力を込めて地面から大きくジャンプして背中に飛び乗った。

 後ろ足の爪をニドホグの皮膚に食い込ませて固定すると、フェンリルの上半身を人型に戻して岩石のようにごつごつとした硬い皮膚の繋目にブレードを突き立てる。


「同じ手は通用しないっ!」


 ニドホグの両脇腹から大量の触手が弾けるように飛び出した。

 フェンリルは二枚のブレードを高速で旋回させ、四方八方からフェンリルに巻き付こうとする触手を瞬時に切断していく。


「あれは…」


 ブレードの二枚の刃を縦横に振るう隙間から垣間見た光景に、ケイは目を見開いた。

 リンクス、キキ、ガルム2への攻撃を中止したナイフが空へと上昇し、戦闘車の方向に隊列を組んだ。


「まずい、戦闘車に攻撃を掛ける気だ」


 慌てたケイがフェンリルの攻撃態勢を僅かに崩す。

 フェンリルに一瞬の隙が生まれたのを、フィオナは逃さなかった。


「今よ、ニドホグ!」


 電光の如き速さで伸びた触手がフェンリルの両手を捕え、二重三重に巻き付いた。


「ははは。木偶(でく)スーツの作戦なんか、完全にお見通しだわ。羽よ、お前達は戦闘車を破壊して、中の人間をズタズタに切り裂いておやり!」


 フィオナが高らかに笑いながら、新たな触手でフェンリルをニドホグの背中にしっかりと固定した。

 刃を交えていたナイフが急上昇を始めた意図をすぐに悟ったダガーが、リンクスのレッグホルスターから引き抜いた拳銃を上空のナイフに連射した。


「早く拳銃でナイフを撃て!奴らを逃すな!」


「ダメです、軍曹、ナイフは銃弾が届かない高度まで上昇しています!」


 悔しそうにハナが叫ぶ。


「ハナ、ダン!お前達は戦闘車の援護に向かえ!」


 ダガーの命令を受けて、キキとガルム2が獣型に変身した。


「行かせないわよ。ニドホグ、あのスーツ達を破壊して!」


 フィオナの声に、ニドホグが驚愕の跳躍を見せた。

 キキとガルム2の頭上を飛び越え、彼らの進路を己の巨体で塞ぐ。 

 立ち往生した二体のスーツに、ニドホグは爪を立てた前足を一気に振り下ろした。


ロシア軍特殊部隊さん達の話が書きたくてストーリーに追加した結果、第五章のActⅣが他の章より長くなってしまいました(;^_^A

あと少しで新しい章に入ります。見捨てないでね~ん。

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