宿敵・4
チームαに弾丸を破壊されたフィオナが、地上戦を決意して、ニドホグを大空から降下させる。
モルドベアヌ基地では、ユーリーを振り切ったアシュケナジが意外な場所に向かっていた。
「グワアアアオオオウッ!」
喉の奥から、あらん限りの声を放ってニドホグが咆哮する。
(目を!よくも俺の目を潰したな!)
左目を失ったニドホグの怒りの雄叫びが、電流となってフィオナの全身を駆け巡る。
「ケイ・コストナー!よくもニドホグの目を撃ったわね!」
高度を上げてニドホグの体勢を立て直したフィオナは、フェンリル目掛けてニドホグを急降下させた。
両翼を小さく畳み、頭を下にして、高度を下げる。
地面が近づくに連れ、砂粒に見えていた生体スーツが機関銃を構えた姿になった。
銃口の全てがニドホグに向けられている。
「行け、お前達!スーツの脳天を叩き割ってやれ!」
フィオナは半分に減ってしまった弾丸に号令を掛けた。
ニドホグの背中や脇腹に張り付いていた弾丸が一斉に弾け、ニドホグを追い抜いて垂直落下を開始した。
「やはり先に弾丸を落としてきたな」
ケイは弾丸をフェンリルの人工眼で睨みながら狙いを定めた。
同期率が高いからだろう、瞬時に攻撃の照準が合う。
射程距離に入った弾丸に向かって一つずつ引き金を引いていく。ケイが放った銃弾に弾頭を直撃された弾丸が粉々に砕けた。
「お?ケイ、お前なかなかやるじゃないか。俺も負けていられんぞ」
ビルも一発必中でニドホグの弾丸を粉砕し始めた。
リンクス、キキ、ガルム2も、狙った弾丸を全て破壊していく。
弾丸の動きを学習したスーツの人工脳が、射撃の腕を格段に上げたようだ。スーツに到達することなく木っ端みじんになっていく弾丸を見て、フィオナは唇を噛み締めた。
「お前達!攻撃を止めて。ニドホグを防御するのよ」
フィオナが叫ぶ。その声に、宙に大きくVの字を描きながら弾丸が上昇した。
「ん、どうした?」
射程距離から離れて行く弾丸に、チームαが引き金から指を離す。
「見て下さい!弾丸がドラゴンの周りに集まり出しましたよ」
ダンが叫びながら空を指差した。
「ドラゴンめ。スーツに弾丸は無力と思い知って、今度こそ地上戦を腹に決めたようだ」
そう言って、ダガーはリンクスの左ブレードを出現させた。
(どっちしにしても、機関銃は弾切れだ)
残った武器はブレードと拳銃だけだ。接近戦をしかけるしかない。
ケイはフェンリルの背中に機関銃を装着して、ブレードを二枚、両手の甲から突出させると、フェンリルの赤い人工眼がニドホグを射抜くように見上げた。
「来いニドホグ!お前を必ず倒す!」
フィオナは微かな痺れを頭に感じた。まるで微弱な電流が流れたようだった。
(コストナーが大声で叫んだようね)
アウェイオンでの出来事が頭を過ぎった。
あの少年が放った悲鳴が鋭い波動となって、フィオナに突き刺さった感覚を思い出す。
初めて見た時、ニドホグに恐怖して慄くだけだった弱虫の新兵は、今では恐れなど微塵も感じていない。
ニドホグとの二度の戦いを経験した少年は、今や強い決意で、ニドホグに立ち向かおうとしている。
(こっちも容赦はしない。スーツごとコストナーをずたずたに引き裂いてやる)
そう言い放ったフィオナの頭の中で、唐突に声がした。
――あの子を殺してはいけない。あれは、愛おしい子、私の大切な、大切な――
(うるさい、黙れ!あたしが大切なのはニコとファーザだ!)
フィオナは脳内で次々と増殖していく声を振り払い、犬歯を剥き出して唸り声を上げた。
「ニドホグの餌食となれ、ケイ・コストナァァァ――!」
猛り狂った啼声を轟かせて、巨竜が空から舞い降りた。
ユーリーは基地の長い通路の中を死に物狂いで走っていた。
アシュケナジがモルドベアヌ基地の中央指令室を破壊しに来たとの予想は外れた。
「アシュケナジめ!まさかウォーカーを狙うとは」
副大統領兼アメリカ軍総司令官の要職にあるウォーカーを始末すれば、モルドベアヌは無傷のままアシュケナジの手に落ちる。
「奴は裏切り者は容赦しない。だから、出奔した俺達への見せしめに、アメリカ基地を破壊するものだと、俺は思った。思い込んでしまった」
アシュケナジがウォーカーに手を伸ばすと考えもしなかった自分を、ユーリーは大いに責めた。
「ニコラス、アシュケナジが後どのくらいで副大統領執務室に着くか、計算してくれ」
「ユーリー、アシュケナジの足取りがおかしいんだ」
ニコラスの戸惑った口調に、ユーリーの不安が増大した。
「どういうことだ?」
「君が付けた発信機を解析したんだが、アシュケナジは指令室の地図に記された通路をどこも通っていない。どうやら彼は基地の見取り図に載っていない古い通路を使用しているらしい」
「基地の見取り図に載っていない古い通路だと?」
(何故、そんなものがある?)
エンド・ウォーの災厄から国を捨てヨーロッパ大陸に移住してきたアメリカ人の生き残りは、最後の砦となったトランシルバニア・アルプス山脈の内部の岩盤を半世紀もの間、削りに削ってモルドベアヌ基地を築き上げてきた。
当初は、放射能の恐怖に支配されていただろう。
だから。
岩を砕き掘り進めることが、彼らの生きる糧となったのかも知れない。
そのせいだろう、通路は呆れるほど長く深く入り組んで迷路となっている場所もある。
(だが、どうしてそれを、奴が知っているのだ?)
嫌な予感が煤煙のようにユーリーを包んだ。
ユーリーはフェイスシールドの左端上に時刻を表示してカウントを開始した。
パワードスーツを最高速度で走行させても、副大統領執務室に到着するまでに七分は掛かる。
「アシュケナジの経路はどうでもいい。ウォーカーを執務室から退避させろ」
「それなんだけど」
ニコラスがいかにも困った口ぶりで喋り始めた。
「さっき、副大統領からアシュケナジを生け捕りにすると連絡が入った」
「何だと?」
ユーリーはスーツの中でぽかんと口を開けながら、ニコラスの話の続きを聞いた。
「アシュケナジはアメリカ軍を裏切った男だ。そうやすやすとは殺したくないって言うんだよ。執務室に向かっているのなら、返り討ちにしてやると息巻いている」
「な…」
ウォーカーが裏切り者であるアシュケナジに積年の恨みを抱いているのは、常々聞かされて知っていた。
アシュケナジのせいで、アメリカ軍が衰退の一途を辿ったのは紛れもない事実だ。
あの男は優れた技術者を一人残らずルクセンブルクに連れて行ってしまった。彼の所為で、技術流失にあったアメリカ軍は、百年以上もの間、穴蔵暮らしに甘んじる結果となった。
(ウォーカーの憎しみがどれだけ深いものかはしっている。だが…)
「ユーリー、心配しないで。副大統領の身の安全を図って、さっき護衛の機械化兵を増強したところだ。中央指令室からも機械兵器を三体回した。攻撃、防御とも、万全の態勢を取ってある」
ニコラスの策を聞いて、ユーリーは絶望に襲われた。
「違う!ニコラス、それではダメだ」
二体の機械兵器を瞬時に倒した黄金のパワードスーツの姿が、ユーリーの脳裏に浮かんだ。
バートン特製のパワードスーツを装着したモルドベアヌ基地でアシュケナジに敵う者はいない。
マクドナルドのパワードスーツを装着した自分を除いて。
先に感じた悪い予感が再びユーリーの前に現れて、死神の姿になった。
「一刻も早く、ウォーカーをアシュケナジから逃がすんだ!!」
執務室の扉の外で、大きな音が連続した。銃撃戦に入ったようだ。
「アシュケナジめ。ついに来たか」
ウォーカーは読んでいた本を机の上に置いて、椅子から腰を浮き上がらせた。
「副大統領閣下、申し訳ございませんが、机の下にお隠れになって下さい」
重装備した護衛兵が緊張した表情でウォーカーに囁いた。レーザーポインターを装着してあるレールシステムサブマシンガンを扉に向けて構える。
「君はアメリカ軍総司令官に、机の下に震えながら潜っていろと言うのかね?」
「いえ…その…」
ウォーカーに睨らまれた護衛兵が悄然と首を竦めた。
「それよりも、君の腰にある拳銃を渡したまえ。丸腰の方がよっぽど危険だ」
護衛兵がレッグホルダーからブローニングを引き抜いて、ウォーカーに手渡した。
横長の大きな机の前に三人、扉の両脇に二人、応接セットの三つのソファの後ろに一人ずつ。それから、ビフォア・エンド・ウォーのアメリカの政治家や偉人賢人が描かれた絵が所狭しとかかった壁を背にして立つウォーカーの両脇に二人。
合計九人の機械化兵士が、執務室の中で守りを固めている。
執務室の外の廊下には五体の機械兵器が待機する。最新型の機械兵器は多重装備だ。
アシュケナジが抵抗すれば、両腕に備えたグレネードランチャーとガトリング銃で原形を留めないくらい、粉々になるだろう。
(無論、両手両足首に留めておくがな。奴はガグル社の総帥。すぐに殺すつもりはない)
ウォーカーは冷徹な笑みを浮かべながら扉を眺めた。
扉の向こうでは激しい銃撃戦が展開されているようだ。絶え間ない射撃音が分厚い扉から漏れてくる。
鼓膜を連打されるような轟音に、ウォーカーは思わず耳を塞いだ。
連続していた射撃音が、ぴたりと止んだ。
「どうした?アシュケナジを仕留めたか?!」
期待に顔を輝かせたウォーカーが、机から身を乗り出す。
次の瞬間。幾層にも鋼鉄を張り合わせた執務室の大扉が、一撃で打ち破られた。




