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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第五章 武器を抱いて炎と踊れ
222/303

宿敵・3

ユーリーとアシュケナジの戦い。

フェンリルに左目を撃たれたニドホグは…。


「行け!アシュケナジを倒せ!」


 ユーリーの呼号(こごう)と同時に、二足走行兵器が脚を跳ね上げて突進した。前方から激走して来る金色のパワードスーツに照準を当て、機関銃(マシンガン)を掃射する。

 アシュケナジは着けていたマントを外してパワードスーツの前に広げると、大きな盾に変形させて、パワードスーツの全身を覆った。

 二足兵器の放った大量の銃弾が盾を貫通することなく、くしゃりと潰れて床に落ちていく。


「迫撃砲を使え!」


 機関銃の攻撃を無力化されたユーリーは走行兵器に叫んだ。

 二足走行兵器の両肩に装備されたロケットランチャーが火を吹いて、四発の小型ミサイルが金色のパワードスーツに発射される。

 アシュケナジがミサイルに向かって盾を投げつけた。

 盾は半月刀へと姿を変え、アシュケナジに向かって来る四発のミサイルを瞬時に切り刻んだ。

 激しい爆発が起こり高熱の炎が噴き上がる。瞬く間に黒煙が通路に充満し、ユーリーのパワードスーツの視界を塞いだ。

 金属の軋む音が爆煙の中で響いた直後。

 さっきの半月刀が煙を突き破り、ユーリーの目前に稲妻となって飛び出した。

 咄嗟にパワードスーツの顔の前に手の甲を(かざ)すと、出現させたブレードで防御する。

 パワードスーツの特殊硬金属マスクで覆われたユーリーの顔を、正面から突き刺し損ねた刃が、僅かに掠って離れていった。

 突然、通路に警報が鳴り響いた。

 火災探知機のセンサーが二足走行兵器の爆発熱を感知して、液体の消炎剤が高い天井から雨のように降ってくる。

 炎と煙が消え、二足走行兵器の胴体と足をバラバラにされた無残な姿が露わになった。


「火災探知機が作動するのに五秒掛かったか。どうやら何も手を加えられていないようだ」


 アシュケナジはパワードスーツの中でにやりと笑った。


「ならば事はすぐに運ぶ。ユーリー、そこをどけ」


「貴様にどけと言われて、俺が言う事を大人しく聞くと思うか?」


 ユーリーはアシュケナジのパワードスーツにブレードの切っ先を突き付けた。


「未だに反抗心の塊か。十年も経つのに、お前は全く成長していないようだ」


「ほざけ!!」


 パワードスーツの右足を大きく踏み出して、ユーリーはブレードを真一文字に斬り付けた。その行動を見越していたアシュケナジが後方へと跳躍する。


「どうしても歯向かう気か。ならば、仕方ない」


 通路に立ち塞がっているパワードスーツを倒せば目的を果たすのは造作さない。

 アシュケナジは手に戻っていた半月刀を一旦マントに戻してから、右端を握りしめると両腕を上下に軽く振った。

 空をふわりと泳いだマントが一瞬で硬化して、一本の長剣となった。


「これは…」


 反りの入った片刃の長剣が鏡のように反射して、ユーリーのパワードスーツが映った。

 鋭い切っ先を向けられたユーリーが瞠目する。


「ユーリー、お前は極東の島、日本を贔屓(ひいき)にしていたからな。この日本刀でお前を切り刻むのがせめてもの私の温情と受け取れ」


 アシュケナジは縦に刀を構えると、摺り足でユーリーに近付いた。


「お前の温情とやらを、そのまま返してやる」


 ユーリーは右のブレードを前に突き出してパワードスーツの体勢を低くして攻撃の構えを取った。アシュケナジの様子を窺いながら、足をスライドさせる。

 先に動いたのはアシュケナジだった。

 正面からユーリーに突進して間合いを詰めると、刀をパワードスーツの頭の上に振り下ろす。一刀両断になるのを紙一重で躱したユーリーが、右ブレードで刀をがっちりと受け止めた。

 ユーリーとアシュケナジ、互いが渾身の力で(やいば)を合わせる。

 先に外されれば相手の返し()で深手を負う。アシュケナジのパワードスーツの力は凄まじく、ユーリーの足が一歩、後ろに下がった。


「くそっ」


 ユーリーはフェイスシールドで覆われたアシュケナジの顔を睨みながら左ブレードを出現させて、アシュケナジの脇腹に刃を立てようとした。

 それに気付いたアシュケナジが、ユーリーを足で蹴り上げてから後ろへ跳び退る。

 手首をくるりと回すと、美しく光る刀が瞬間的にマントに戻る。

 マントの両端を握った手を左右に広げると、今度は鋸のようなギザ刃をした短剣(ダガーナイフ)に変わった。


「アシュケナジ!そんな安っぽい手品を見せる為に、貴様はわざわざモルドベアヌに来たのか?」


 忌々し気に叫ぶと、ユーリーはアシュケナジとの間合いを一瞬で詰め、左右のブレードを振るって猛攻撃を開始した。


「長年の計画を今度こそ完遂する為に、私はモルドベアヌに来た。お前に構っている暇はない」


「長年の計画だと?」


 アシュケナジの口から飛び出した言葉に、一瞬ブレードの動きが鈍る。

 アシュケナジは見逃すことなく、ユーリーのパワードスーツの肩と上腕(じょうわん)の接合部分に狙いを定めて短観の刃を突き入れた。


「ぐわっ」


 短剣がパワードスーツの脆弱な場所を貫き、深々と腕に刺さった。

 ユーリーは温かい鮮血がスーツの中に溢れるのを感じながら、自分に密着しているアシュケナジのパワードスーツにブレードを突き刺そうとした。


「お前の動きなど、とうに見切っている」


 アシュケナジはユーリーの肩から短剣を引き抜くと、自分に向かって来るブレードを短観のギザ刃で受け止めてから、パワードスーツの腹を力を込めて蹴り飛ばした。

 ユーリーが、アシュケナジが侵入して来た方向に転がっていく。立ち上がる前に、アシュケナジはパワードスーツを最高速度に設定すると両手を床に付いて四足走行を開始した。


「待て!アシュケナジ!」


 立ち上がった時には金色のパワードスーツは、通路から消えていた。


「…くそ。一体どこに行った…」


 ユーリーは自分の耳に装着してあるイヤホンでニコラスを呼び出した。


「ユーリー!良かった、無事なんだね?!」


「アシュケナジを取り逃した」


「何だって!」


 ユーリーの言葉に、ニコラスが息を飲む。


「最悪の事態を念頭に入れて、交戦の最中にアシュケナジのパワードスーツに発信機を付けておいた。奴がどこに行ったのか調べて欲しい」


「分かった」


 きびきびした声でニコラスが通信を切った。


(中央指令室を制圧されれば、モルドベアヌ基地はアシュケナジの手に落ちる。軍事同盟が敗北するのは確実だ。恐らくそれが奴の目的だろう)


 ユーリーは時計を見た。既に三十秒が経過している。


「まだ奴の進路を確定できないのか」


 一秒を刻む秒針が歯痒いほど(のろ)く感じる。苛立つユーリーに、ニコラスから返信が入った。

 ユーリーと、前置きしたように自分の名を呼ぶニコラスの声が動揺している。


「よく聞いてくれ。アシュケナジは、副大統領専用室に向かっている」


「ウォーカーの部屋にだと?」


(一体、何故?)


 ユーリーは困惑し、盛大に眉を顰めた。





「ニドホグ!!早く上昇して!」


 左目を撃ち抜かれたニドホグが、翼を激しく羽ばたかせた。巨大な翼に扇がれた空気が烈風となってスーツに襲い掛かる。


「こりゃたまらん。吹き飛ばされそうだ」


 ビルが叫んで、ビッグ・ベアの膝を地面に落とした。フェンリルもガルム2と一緒にアスファルトの舗装道路にしゃがみ込む。

 両翼で大きなつむじ風を作り出したニドホグの巨体がふわりと浮き上がる。足が地面から離れた思うと、あっという間に空へと舞い上がった。


「飛び落りろ!」


 ダガーの号令に、キキとガルム1がニドホグの背中からジャンプした。

 二人の後に続いたリンクスも一気に跳躍すると、空中を二回転してから地面に着地した。


「うへえ。あと少しでドラゴンと空中散歩するところだったぜ」


 ジャックがスーツの顔を上げてニドホグを仰いだ。巨竜は優に五キロメートルは上昇している。


「その前に降り落とされて、スーツが粉々よ」


 攻撃範囲から外れた高度で弧を描き始めたニドホグに、ハナはキキの人工眼を向けてその様子を窺った。


 ハナとジャックが交信している隣で、ダガーが命令を口にした。 


「すぐにドラゴンが襲って来るぞ。ハナとダン、ケイは攻撃態勢を取れ」


「了解です!」


 キキ、ガルム2、フェンリルは、怒り狂った巨獣の咆哮が絶え間なく降ってくる空に向かって、機関銃を向けた。


「伍長とジャックは中佐達を護衛しろ」


「イエス・サージェント!」


 ビッグ・ベアとガルム2が戦闘車の両脇で防御を固める。

 ニドホグが、ぶ厚い雲の下で滑空し大きな円を作り出す。二回弧を描いてから、広げていた翼を折り畳んだ。


「来るぞ」


 誰となく呟いた言葉が、チームα全員の耳に響いた。


「フェンリル、もう一度ニドホグに銃弾をお見舞いしてやるんだ」


 ケイは、銃弾の残り少なくなった機関銃のトリガーに指を掛けた。

 




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