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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第五章 武器を抱いて炎と踊れ
221/303

宿敵・2

アメリカ軍のミサイルを撃墜しようとするチームα。

それを阻止しようと、ニドホグが襲い掛かる。



 地面から四メートル上空の間隔をほぼ一定に保ちながら、ミサイルが音速に近いスピードでスーツ隊に迫って来る。


「すぐに射程距離に入るぞ!早く攻撃体勢を立て直せ!」


 ダガーが叫んだ。

 ニドホグはスーツ達を散らすと空へと急上昇して様子見を決め込んだ。

 今はスーツ隊の上で大きな円を描きながら滑空している。 


「ジャック、早くミサイルを撃ちなさい!ドラゴンには手出しさせないわ」

ジャックが機関銃の引き金に掛けていたガルム1の指を引き絞る。ハナは機関銃を上に向けてドラゴンに連射した。


「ダン、俺達もジャックを援護するぞ」


 自分の周りを飛んでいた弾丸を始末したダガーが、ニドホグの頭部に銃口を向ける。


「了解です!」


 ダンもドラゴンの頭部目掛けて銃弾を放った。

 三体のスーツがニドホグに銃撃を撃ち始めたのを見たフィオナは憎々し気に顔を顰めた。


「お前たち、ニドホグを狙っているスーツ達の攻撃を止めて!」


 フィオナの声に、ビッグ・ベアに群がっていた弾丸の三分の二が弾かれたように散開して、リンクス、キキ、ガルム2に襲い掛かった。

 弾丸がスーツの顔の周辺をぐるりと取り囲んで、猛スピードで回転する。

 あまりに至近距離過ぎて、弾丸に銃を撃つこともブレードで叩き斬ることも出来ない。


「まるで蜂の群れに襲われたみたいだ」


 三体のスーツは、機関銃のハンドガードから左手を放して顔前に纏わりつく弾丸を払い除けようとした。

 途端に、ニドホグへの攻撃力が落ちる。再びフィオナが声を張り上げた。


「ミサイルを狙っているスーツにも攻撃を掛けるのよ」


 フィオナの命令に、ビッグ・ベアから離れた数発の弾丸がガルム1の人工眼の前へ飛んで行くと、素早いスピードで渦を巻き出した。


「わあっ!なんだこいつら?」


 ジャックは弾丸をガルム1から振り払おうと首を反射的に振った。ミサイルから照準がずれて、機関銃をあらぬ方向へと連射してしまう。

 今一度ミサイルに狙いを定めようとしたガルム1の機関銃の銃身(バレル)を、弾丸が撃ち砕いた。


「しまった!」


「任せろ。俺が何とかする!」


 ニドホグの弾丸が飛び交う中でビルはミサイルの正面に狙いを定めた。数発の銃弾を放ってから向かって来るミサイルを回避すべく、即座に横にジャンプする。

 爆発から身を守ろうと、全員が後方へと大きく退避した。

 期待した爆発は起なかった。

 ミサイルは銀色の胴体を稲妻の如く光らせながら、あっという間にノイシュタットを通り過ぎて行く。


「くそ!鼻先を狙って撃ったんだが。外したか」


 ビルが悔し気に唸った。


「爆発しなかったところを見ると、ミサイルの弾頭に信管は付いていないようだ」


 頭の中で閃くものがあったのか、ダガーはリンクスの周りを飛び交う弾丸をブレードで器用に切り払いながら人工脳でミサイルの軌道計算を始めた。


「ミサイルの軌道がずれ始めているぞ。どうやらビルが撃ったのはターミナル誘導センサーらしいな」


「じゃあ、あのミサイルを無効化できたということですか?」


 ビルは持っていた機関銃を背中に装着すると、ビッグ・ベアの手の甲の付け根からブレードを出現させて、目の前をうるさく飛び回る弾丸をぶった切った。


「ああ。座標を完全に外れた」


「伍長、やりましたね!」


 ダンは万歳させたガルム2からブレードを突き出した。切っ先で頭上にいる弾丸を串刺しにする。ハナは黙々と腕を動かして殆んどの弾丸を切り刻んでしまっている。


「それでは軍曹、ベルリン基地はミサイルの直撃は免れるのだな?」


 戦闘車にいるヘーゲルシュタインが、スーツ隊の通信に割って入ってくる。


「はい。基地には直撃しないでしょうが、その周辺にある一般兵舎の一部は確実に爆破されてしまいます。少将閣下、ミサイルを破壊出来なかったのは私の責任です」


「いや、軍曹よくやったぞ。基地が無事なら僥倖だ」


 満足げに頷くヘーゲルシュタインに、厳しい表情をしたブラウンが抑揚のない声で状況を伝えた。


「アメリカ軍のミサイルが目標地に着弾しました」


 モニター画面の地図のフラグを立てた場所が赤い輪で彩られるのを、皆、息を飲んで見つめる。


「おお、ベルリンのテーゲル基地は無事のようだな。中央の将校達に被害がなくて何よりだ」


 嬉しそうなヘーゲルシュタインの背に、マディが複雑そうな表情を向ける。


「ガグル社にもミサイルが着弾したか?」


 緊張した様子でブラウンが通信兵に聞いた。


「そのようです。ルクセンブルク付近で大型爆発による熱反応を探知しました」


「そうか」


 ブラウンはモニターをじっと見つめた。

 アメリカの超低空飛行ミサイルは、攻撃目標物に百五十メートルまで接近すると、構造がぜい弱な上部建築物を狙って地面から飛び出(ポップアップ)したように弾頭を持ち上げる。そしてすぐに弾頭を降下させ目標物を爆破する。

 レーダーがミサイルの姿を捉えた時には、もはや防御の余地はない。

 だが、いくらアメリカ軍のミサイルが高性能でも、相手はガグル社だ。

 恐らく万全な迎撃システムによって、跡形もなく爆破されているだろう。


(いや、ガグル社なら誘導弾だって難なく撃ち落とせたはずだ。何故、アメリカ軍のミサイル攻撃に甘んじたのか。一体、どんな報復合戦が始まるというのだ…)


 分かっているのは、今以上にプロシアの空をミサイルが飛び交う空前絶後の事態になるという事だ。


「ドラゴンが急降下を始めました!」


 ケイの警告に、スーツ隊は素早く反応した。


「奴は弾丸を撃ち尽くしたようだ。本気でスーツを押し潰す気だな」


 ケイの攻撃を援護しようと、ビルが背中から機関銃を引き抜いた。


「中佐、すぐに戦闘車両を退避させて下さい」


 ダガーはリンクスの手の甲にブレードを仕舞うと、機関銃で巨大な胴体に向かって引き金(トリガー)を引いた。ハナとダンも同時に機関銃を撃ち始める。


「効かないか。なら、ここはどうだ?!」


 ビルが銃口を移動させ、ニドホグの喉元を狙ってトリガーを引き続けた。

 ニドホグはスーツ隊の連続射撃にも怯むことなく、喉を震わせて鼓膜が破裂しそうな程の大音量を発してから、巨大な翼でスーツを扇ぎ始めた。

 幹線道路の両脇から巻き上がる土埃に、あっという間に視界が遮られる。


「同士討ちになるぞ!攻撃を止めろ!」


 スーツ隊が銃撃を中止するのを見たニドホグは、翼で強風を送り続けながら戦闘車の後ろを走る戦車を長くて太い尻尾で薙ぎ払った。

 重量のある戦車が五メートルほど空を飛んで、アスファルトの所々を陥没させながら道路を転がった。

 横倒しになった戦車の上にニドホグが着地する。

 巨体の下敷きになった金属の圧縮する音が辺りに響かせた後、ニドホグが宙に飛んだ。その直後、戦車は内部爆発を起こした。

 退避していく戦闘車を、ニドホグが地響きを立てながら四足走行で戦闘車を追い始めた。


「中佐達を守れ!」


 リンクスが大きく跳躍してニドホグの背に飛び乗った。リンクスに続けとばかりにキキとガルム1、2も、ニドホグに取り付いた。


「岩の塊のように見えるが、こいつは生き物だ。皮膚が薄くなっている場所を探せ」


「分かりました!」


 ダガーの命令に、ハナが真っ先に岩のように隆起する分厚い皮膚の繋目を探し当て、力一杯ブレードの刃を突き立てた。


「グアアアッ」


 恐ろしい唸り声と共に、ニドホグが後ろ足で立ち上がって背を仰け反らせた。


「わっ」


 ガルム2がドラゴンの背中から転がり落ちる。それに気付いたニドホグが、ガルム2を踏み潰そうと後ろ足を持ち上げた。


「ダン、危ない!」


 ケイが機関銃をニドホグに連射した。銃弾の一発がニドホグの左目に命中する。


「ギャアアアアアッ」


 曇天(どんてん)にドラゴンの悲鳴が響き渡った。


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