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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第五章 武器を抱いて炎と踊れ
220/303

宿敵・1

ニドホグとチームαの戦いが始まる。

ケイはフェンリルの人工脳と完全同期して戦いに挑む。



「あんな低空でミサイルを飛ばせるのか。アメリカ軍の軍事技術はガグル社とあまり遜色がないようだ」

 

 ブラウンは感嘆の息を吐いた。

 十年前にガグル社から出奔した天才科学者達が、アメリカ軍の技術を押し上げたのだろう。

 ここに来て秘匿していた新兵器を大量に放ったのは、ロシア軍を援護する為だけではないと思ったほうが良さそうだ。


「チームαに告ぐ。ミサイルがすぐそこまで迫っている。直ちにスーツの人工脳で空を飛行している誘導弾の着弾地点を探索せよ」


 戦闘車の周りに待機しているスーツ隊に命令を下した。

 ブラウンの声に、六体のスーツが一斉に顔を空に向ける。


「中佐。誘導弾の目的地点を割り出しました。一基はポーランド州、ワルシャワのオホタに向かっています!」


 ジャックが第一声を放った。


「二基がチェコ州はプラハ、スフドル。オーストリア州のランデックに向かっています」


 ハナが、キキの人工脳で割り出した誘導弾の軌道にはっとする。


「プロシア本土に向かっている誘導弾はベルリンのテーゲルに落下しますって、こりゃ全部、プロシア国防軍の基地じゃないか!」


 慌た様子でビルが喋り続ける。


「ミサイルに狙われている場所はガグル社が建設したレーダー基地だ。我が軍の国内通信網を遮断して各基地を孤立させてしまえば、戦況を把握できなくなった国防軍は無力化されたも同然だぞ」


 ブラウンは耳に装着してあるイヤホンを弄って、怒ったように(わめ)き続けるビルの音量を下げてからダンの報告する声のボリュームを上げた。


「中佐!最後の一基がオーストリアを西に横断し始めました。その先って、もしかして…」


「リヒテンシュタインだ。アメリカ軍はガグル社の本拠地も狙っているのか?」


 ブラウンとダンのやり取りを聞いていたケイは、両眼に装着した戦闘用ゴーグルを額にはね上げて、コクピットのモニターに顔を近付けた。

 ミサイルの進行方向を再確認しようと、モニターの黒い画面に目を凝らす。

 座標に重なったのはやはりガグル社だった。


「中佐。ベルリンのテーゲル基地に向かうミサイルがこの付近を通過するようです。あと少しで機関銃の射程距離に入ります」


「本当か?すぐ攻撃態勢に入れ」


 ダガーの通信に驚いたブラウンは双眼鏡を目に押し当てた。

 ダガーの言う通りだった。

 最短距離が最優先にプログラミングされた航法システムに生体スーツのデータを入力し忘れたのか、ミサイルはノイシュタットに待機している自分達の隊に向かって急速に接近している。


「ダガー隊!あのミサイルを必ず撃ち落とせ!何としてもベルリンだけは死守するんだ」


 ブラウンの命令にスーツ隊が即座に反応する。


「了解です。ハナとジャックは左側に回り込め。ビルは正面。ダン、俺と右から狙いを定めろ。ケイ、お前は…」


 ダガーは空を見上げて叫んだ。


「ドラゴンを撃て!」





 コクピットのレーダーが誘導弾とは別の飛翔体を捉えた。

 飛翔体は小さな誘導弾とは比べ物にならないくらいに遥かに巨大だ。


「ニドホグが戻って来た」


 ケイは急いで額の上の戦闘用ゴーグルを両眼に装着させた。

 自分の目とフェンリルの人工眼をすぐに同期させる。白い火花が目の奥に飛び散って、バイザーディスプレイが作動した。

 焦点の合った目に映ったのは、大きな灰色の雲を突き破ってスーツ隊に急行直下してくるニドホグの姿だった。


「あいつ、ずっと雲の上にいたのか?レーダーに引っ掛からないなんて、どんだけ高高度(こうこうど)を飛んでいたんだよ」


 大きな翼を身体の両脇にしっかりと畳んだニドホグが、フェンリルに狙いを定めて隕石の如く落下してくる。

 バイザーディスプレイに映るニドホグの目が、フェンリルを捉えているのが分かる。


「フィオナは俺を真っ先に殺すつもりだな。だがな、フェンリルに向かって来た事をすぐに後悔させてやる」


 ケイはニドホグを睨み付けると機関銃の銃口を真上に向けた。


「このまま地面に激突する、なんてことはないよな。いつかは馬鹿でかい翼を広げてスピードを落とすはずだ」


 ケイはニドホグが射程距離に入るのを待った。

 思惑通りニドホグが翼を大きく広げる。落下速度に急ブレーキが掛かり、パラシュートを開いたようにニドホグの身体がふわりと空中に浮いた。背後から弾丸が飛び出して、フェンリルの頭上に降り注ぐ。


(フェンリル!弾丸に照準を合わせろ!弾が残り少ない。一発必中で仕留めるんだ)


 ケイは頭の中でフェンリルに呼びかけた。


『了解シタ』


 ケイの全神経をフェンリルの“声”が光の速度で駆け巡り、ケイの身体に装着された人工神経線維が大きく波打った。目の奥に高熱の塊が生まれた次の瞬間、ケイはフェンリルと同化して機関銃の引き金を引いていた。





「フィオナ、聞こえるか?」


「ニコ?」


 予想もしなかった人物の声が耳に飛び込んできて、フィオナは驚きのあまりニドホグの体内で飛び上がった。


「ファーザはどうしたの?」


「ユーリーは別の場所で戦闘指揮を執ることになった。それで僕が彼から中央指令室を任された」


 ニコラスはフィオナを不安にさせないために、ユーリーに似せた口調で喋った。


「別の場所で?何故?」


「もう一つの敵対勢力がモルドベアヌ基地に攻めて来た。ガグル社だ」


「ガグル社ですって!」


 フィオナが叫んだ。怒りと不安が入り混じっているのをニコラスはすぐに感じ取った。


「心配するな。ユーリーは必ず敵を倒すと言って出陣したんだ。それよりも、ベルリンの敵基地に照準を合わせた超低空ミサイルが二分後に生体スーツの近くを通過する。スーツを撃退してミサイルを守ってくれ」


「了解。行くわよニドホグ!」


「グアアルルルッ」


 ニドホグは雲の上で大音声(だいおんじょう)を轟かせると、翼を折り畳んで地表へと落下を開始した。


「いた。奴らよ」


 ニドホグの分厚い皮膚の隙間からフィオナは目を覗かせた。

 機関銃をミサイルの軌道に向けて待機している生体スーツの姿が五体見える。一体が仁王立ちして機関銃をニドホグに向けている。

 それがフェンリルだと知ったフィオナは、すぐさま音域の高い声を発した。


「弾丸たち、スーツどもを粉々に砕いてしまえ!」


 フィオナの声音に共鳴して動き出した弾丸がニドホグの背中から飛び出して、フェンリル目掛けて急降下する。

 高い空からフェンリルの機関銃から火が噴くのが見えた。

 銃口の動きが目に止まらないほど早い。

 放った弾丸がフェンリルの銃で次々と撃ち砕かれていく。

 粉々になって地面に落ちていく弾丸に怒ったニドホグが、鐘の割れるような咆哮を空に響き渡らせた。


「やった!ぜんぶ仕留めたぞ」


 ふぅと安堵の息を吐くと、ケイは右の指が機関銃の引き金を引く形で固まっているのに気が付いた。

 フェンリルの動作とシンクロしていた身体と脳が極度に緊張していたのが分かる。

 しかし、休む暇など一秒だってない。

 ミサイルへの狙撃を阻止する為に、ニドホグがチームαに次の攻撃をすぐ仕掛けてくるはずだから。

 案の行、ニドホグは百メートル上空まで一気に下降してから弾丸を放ってきた。

 あちこちに散らばった弾丸が変則的な蛇行を繰り返しながら、スーツの頭部を貫こうと降ってくる。


「戦法を変えたか。そんなことをしても無駄だからな!」


 フェンリルが機関銃から手を放して腰の両脇から拳銃を引き抜いた。

 弾丸に一発ずつ銃弾を撃ち込む。

 全ての弾丸がフェンリルによって破壊されたのを知ったフィオナが怒りに絶叫した。


「ニドホグ、あいつらを、お前の巨体で押し潰してやれ!」





「ドラゴンが俺達に向かって急降下して来るぞ!体当たりでもかます気か?」


 翼を広げたニドホグが、スーツの頭上に影を作るのを見て、ダガーが叫ぶ。


「ビル、ドラゴンを撃て!ケイを援護しろ!」


「了解です。くそっ、あと少しでミサイルが射程距離に入るってのに」


 ちっと舌打ちしてから、ビルはニドホグに機関銃を向けた。

 トリガーを引きながら右へ左へと銃口を大きく振って、弾幕を作る。

 ニドホグが弾丸を発射した。弾丸は密着して一塊になってビッグ・ベアに襲い掛かった。

 塊の中心に機関銃を撃つと弾丸はぱっと散開して、蠅のようにビッグ・ベアに纏わりついた。


「何じゃこりゃ!くそ、これじゃ銃が使えねえ!」


 ビルが機関銃を振り回して、虫のように飛び回る弾丸を追い払おうとした。

 リンクスの顔の前にも弾丸が飛んで来た。

 ダガーは左手からブレードを出して一陣の疾風を放ち、弾丸十数発を真っ二つにする。


「ドラゴンめ、弾丸を虫のように操って、俺達の射撃を妨害するつもりだな」


「軍曹!ミサイルがすぐそこまで迫っています!」


 ダンが金切り声を上げた。



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