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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第五章 武器を抱いて炎と踊れ
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胸騒ぎ

ウォーカーにアメリカ帰還計画が了承されたと知って、複雑な思いを抱くニコラス。

監視レーダーが不審な物体を捉えた。指令室のモニターに映った人物の姿にユーリーは愕然とする。


 指令室に戻ると、アメリカ軍副司令官の定席(じょうせき)となる椅子の隣にニコラスが所在無(しょざいな)げに立っていた。

 足早に向かって来るユーリーを、きまり悪そうな顔をしたニコラスが出迎える。

 さっきの喧嘩をまだ引きずっているようだ。ユーリーが口を開く前に、先にニコラスが小声で喋り出した。


「ニドホグが出動したと聞いて、こっちに来たんだ。タブレットのモニター画面より、こっちの方が状況が把握しやすいからね。もちろん君の邪魔はしないよ。ここで見てるだけ」


 ユーリーは無言のままニコラスを見つめながら、自分の耳の後ろを探って耳に装着されたイヤホンから透明なコードを引き出した。コードの先を指で押すと、薄い吸盤が現れる。その吸盤を、ユーリーは己の喉元に張り付けた。

 イヤホンには張り付けた人間が発声する度に特殊な振動を起こす機能が付いている。

 周波数を合わせた者同士しか言葉は聞き取れず、他の人間が会話を盗み聞きしようとしても不可能になる。

 ユーリーが会話を誰にも聞かれたくないと知って、ニコラスも耳の裏から急いでコードを引き出した。

 ニコラスが喉元にコードを貼ったのを確認してから、ユーリーは話を始めた。


「先程ウォーカーと協議した結果、アメリカ帰還計画の了承を得た。後はララ・メイが計画を実行するのを見届けるだけだ」


「先程、だって?」


 言い争いの後、ユーリーがすぐに副大統領執務室に足を運んだと知って、ニコラスは驚いた。

 思考力は足元にも及ばないが、行動もずば抜けて早い。

 ガグル社の輩出した天才にまんまと言い(くる)められるウォーカーの姿を脳裏に浮かべながら、ニコラスはユーリーの顔をまじまじと見つめた。


「そうか。ようやくバートン博士の願いが叶うんだね。喜ばなくちゃいけないんだろうけど、メイ博士がいなくなると思うと、寂しくなるな」


 誰にも聞こえていないのに、つい周りを気にして、あちこちに目を(せわ)しく動かしてしまうニコラスの様子を見て、本当にお前は肝の小さい奴だと、ユーリーは肩を竦めた。


「メイ博士の計画の計画を知っているのは、ウォーカーだけだ。彼女がモルドベアヌ基地からいなくなると知ったら、どれだけの人間が動揺するか分からないからな」


「そうだね」


 ニコラスはユーリーに同意するように頷いた。


「最終戦争で避難してきたヨーロッパの地は仮宿暮らしだ。いつかは母国アメリカに戻て、エンド・ウォー以前の世界一偉大出会った国家を再建する。と、モルドベアヌで生まれたアメリカ人は物心ついた時からこの話を耳にタコができるくらい聞かされて育つ。だけど、世代が進み生まれ故郷がこの地となった人間には、それは単なるお伽話だ」


「お前でも、さすがに分かるか」


 ユーリーがニコラスの説明を聞いて満足げに微笑んだ。


「だが、本当にアメリカ大陸に渡る人間がいると知ったら、モルドベアヌの住人はどうなる?見たこともない母国への郷愁を幼い頃からしっかりと植え付けられている彼らは、かなり動揺するだろう」


「自分達も早くアメリカに帰らねばならないという強迫観念に襲われる?」


「そういう事だ。アイデンティティークライシスに陥る可能性もある」


「先人達の悲願が、呪いのようになって後世に受け継がれているのか」


 気の毒に。ニコラスは小さく呟いた。


「だから、ニコラス、メイ博士の事は絶対に他言するな」


 ユーリーは一層厳しい表情になった。


「兵士達は、難攻不落と謳われたモルドベアヌの要塞を生体スーツに破壊されてかなりショックを受けている。無論、ウォーカーもだ」


 虚ろな目で自分を眺めていたアメリカ軍の最高司令官を、ユーリーは思い出していた。


「自信を失った指導者は保身に回る。決して困難に立ち向かおうとはしなくなる。今のウォーカーでは基地を統率するのはおろか、祖国帰還計画の実行も困難だろう」


(そうだね。皆が、君みたいだったら、いいのにな。どんな荒波が襲って来ようとも、絶対に尻込みしないどころか、荒波を弾き飛ばして突き進んでいけるのだから)


 ニコラスは心の中で呟いた。


「ニコラス、寂しがってなどいられないぞ。メイ博士の次は、俺達が計画を実行に移す番だ。まずはロシア軍にプロシアを壊滅させるのが先だがな。ガグル社にも、いや、アシュケナジに、目にもの見せてやらねばならない」


「それには、ニドホグは無事に帰って来てくれないと…」


 ニコラスの心配そうな顔を見たユーリーの眉間にきゅっと皺が寄る。


「俺の作り上げた人工生命体は完璧だ。ニドホグがガグル社の兵器に劣ることはない」


「分かっているよ」


 だけど。


(どうしてだろう。胸騒ぎが止まらないんだ)


 口にすればユーリーの機嫌を損ねる。吐き出したい言葉を、ニコラスはぐっと飲み込んだ。

 ユーリーは辛気臭く項垂れるニコラスから、モニター機器を操作してミサイルを監視している兵士の元へと大股で歩いて行った。


「現時点の状況はどうなっている?一基くらいはプロシアの地面に落ちたか?」


 ユーリーの期待に反して、兵士が浮かない顔で報告を始めた。


「副司令官殿、たった今ガグル社から、大量のミサイルがニドホグに発射されました」


「ガグル社め。火力が拮抗しているのを打破しようとしているな。まあ、こっちとしても、アシュケナジとウォシャウスキーの消耗戦を見学しているほど、暇ではないが」


 ユーリーは良く通る声で、指令室の兵士に号令を掛けた。


「ニドホグ援護のミサイルをすぐに発射しろ。それと、プロシアの主要都市に地形照合(テレコム)型誘導型ミサイルの発射準備を開始。ポップアップ機能で、目標となる大型建築物の上部にぶち込んでやれ」


「了解しました」


 ユーリーの命令を受けた兵士達が、各自の持ち場で忙しくキーボードを叩き始めた。

 ガグル社の迎撃ミサイルを目標にしたミサイルが放たれる。

 都市に投下するミサイルの軌道計算をコンピュータに打ち込み終えた兵士が、大きく声を張り上げた。


「計算終了しました。誘導ミサイル発射いつでもできます」


「やれ」


「了解。誘導型ミサイル発射」


 ユーリーの命令を受けて兵士がスイッチを押す。指令室のメインモニターに、都市に落下させる数と同じ誘導弾が音速を越えた速さで飛んでいくのが映った。


「超低空飛行、且つステルス機能付きだ。ガグル社だって撃ち落とせないぞ」


 大型画面に映るミサイルを、ユーリーは両目を細めて眺めた。


「副司令官殿!モルドベアヌ山中で不審な動きをする未確認物体を監視レーダーが捉えました。かなり早い速度で基地に接近しているようです!」


「なに?山の中だと?」


 狼狽えた顔で報告する若い男の兵士に走り寄ると、ユーリーは廃止の座る椅子の後ろからモニター画面を覗き込んだ。

 ユーリーが目にした時にはすでに遅く、五メートル以上ある高い木が何本も揺れているのが映っているだけだった。それでも大型の物体が通った後だとは確認出来た。


(まさか、プロシア軍の生体スーツじゃないだろうな…)


 脇に退いた兵士の顔を一瞥すると、真っ青な表情をしてモニターに震える瞳をくぎ付けにしている。呼吸も荒い。未確認とは言ったが、明らかに生体スーツと認識しているようだ。


「監視ドローンを山中に移動させて、物体を確認しろ」


「は、はい…」


「いい。俺がやる。どけ」


 (おび)えて手の動作が遅くなった兵士に舌打ちして、ユーリーは兵士を椅子から押し退けてモニターの前に座った。モルドベアヌ山の麓を飛んでいた(わし)型生体ドローンを二機、物体を捉えた監視カメラの近隣に移動させる。

 四足走行するスーツを、ドローンの監視カメラが映し出す。全身が銀色に光り、前足が後ろ足より長い。

モルドベアヌ基地を襲った三体のプロシア軍のものとは、全く型が違う生体スーツだった。


「いたぞ。あれは…人、か?」


 スーツの首の後ろに人が乗っているのを発見して、ユーリーは目を凝らした。

 次第に形相を変えてモニターを睨む己の姿に、若い兵士が身体を小刻みに震わせているのも気が付かない。


「アシュケナジ!」


 悪鬼となった表情で、ユーリーはこの世で一番憎悪する者の名を叫んだ。


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