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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第五章 武器を抱いて炎と踊れ
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想定内

ユーリーがララの計画をウォーカーに説明する。

それを聞いたウォーカーは、軍隊の立て直しが先だとユーリーに不満をぶつける。

「何だね、これは?」 


「メイ博士から、副大統領閣下への請願書です」


 ユーリーは副大統領専用執務室の机の上に書類を差し出した。途端にウォーカーの表情が険しくなる。


「“アメリカ大陸帰還計画”だと?ユーリー、いくら何でも性急過ぎやしないか?」


「そうでもありません。この計画は亡きバートン博士が十年前から準備していたものです。彼女の遺志を継いだメイ博士が先陣を切ろうと動き出したまでのこと。彼女の意思は固い。閣下には、是非、お目を通して頂きたく存じます」


 猜疑心丸出しの目で自分を見るウォーカーに、ユーリーは言葉を追加した。


「無論、私は彼女と共にモルドベアヌを離れるつもりはございません。閣下がご存じの通り、私の行き先はメイ博士とは正反対の方向です。それに、私はまだ、貴方と交わした契約の水準までガグル社を追い詰めていない」


「それを分かっているのなら、読んでみよう」


 ウォーカーは、仕方なさそうに計画書の全てに目を通した。

 船に搭乗するのは、ララ・メイと生まれたての赤ん坊、それから、モルドベアヌ基地の居住地に住む五人の一般人希望者。

 十名に満たない人数で、さほど大きくない木造船を使って黒海から地中海を経由して大西洋に出ると書いてある。

 ララ・メイから提出されたレポート用紙三枚にも満たない計画書の内容に呆れたウォーカーの口から、溜息が漏れた。


「こんな少人数で、それも木造船で大西洋を渡るつもりかね?黒海はともかく、地中海は無法地帯の海域が多い。少しでも正規の海路から外れると、すぐに海賊の餌食だぞ。あまりにも無謀な計画だ」


「マクドナルド大佐を護衛に付けますので、海賊の心配は無用かと」


 マクドナルドと聞いて、ウォーカーは荒々しく鼻を鳴らした。


「戦域戦で敵スーツに部下を全滅させられた、あのサイボーグのマクドナルド大佐をかね?彼は頭しか戻ってこなかったのだろう?そんなポンコツが使い物になるのか」


 椅子に背を深く預けたウォーカーが、ユーリーを下から覗き込むように見上げる。


「バートン博士が作り置いていたスペアボディがあるので、脳の機能に損傷がなければ作動します。大佐の大脳、小脳、脳幹を隈なく検査しましたが、異常はなかった。ただ、重篤な外傷後ストレス障害(PTSD)を発症しかねないので、戦域戦の記憶は消去しましたが」


「そうか。大佐がリユースできて何よりだ」


 ウォーカーは不機嫌な顔でユーリーを睨み付けた。


「だがな、ユーリー。今はまだ戦争中だ。メイ博士の計画に気を移して貰っては困る。それに、難攻不落の要塞と謳われていたモルドベアヌが現在どんな状態になっているのか、君が一番理解しているはずだ」


「はい、閣下。それは十分に承知しております」


 慇懃に答えるユーリーに、ウォーカーは堰を切ったように怒りをぶちまけた。


「ならば聞くが、ゴキブリの如く我が基地に潜り込んで来た連邦軍の生体スーツに防衛兵器を大量に破壊された。地下発電所一基も修復不可能だ。ヤガタ戦では、デビル・ドッグ隊がプロシア軍の生体スーツに全滅させられたと残存した兵士から複数の報告を受けている。

 我が軍は短期間では回復できない痛手を被ってしまった。ユーリー、君はどうやってこの状況を立て直すつもりだ?勇ましいのは口ばかりで、本当は基地のアメリカ人を置き去りにして、モルドベアヌから逃げ出す算段をしているのではないだろうな?」 


「ご冗談を、閣下(ユア・エクセレンシー)


 ユーリーは背筋を伸ばすと、ウォーカーに鋭い眼差しを一瞬浴びせ、それからゆっくりと頭を下げた。


「お怒りはごもっともです。しかし、ご安心ください。確かに生体スーツに基地に侵入されたのは想定外でしたが、作戦は順調に進行しております」


 顔を上げたユーリーは、持っていたタブレットをララ・メイの計画書の隣に置くと、ウォーカーに向かって不敵な笑みを浮かべた。

 タブレットに指を滑らせて操作すると立体プロジェクターを作動する。ウォーカーの目の前に、プロシア上空を飛んでいるミサイルの3D映像が映し出された。


「ご覧下さい。プロシア軍は戦域戦に気を取られて、ロシア戦車大隊にウィーンへの電撃侵攻を許した。ロシア戦車で蹂躙の限りを尽くされたウィーン市の中心街は今や瓦礫しか残っていない。生体スーツとロシア軍機械兵器を戦わせたのは、敵スーツにウクライナ・リボフ基地に進攻されないようにする為でした。

 お陰で、ウォシャウスキーは、地上戦からミサイル戦へと円滑に作戦を運ぶことが出来た。向かうところ敵なしの生体スーツでも、数千メートル上空を飛ぶには手出しは出来ない。奴らは指を咥えて見ているしかないでしょう」


 もう一度、タブレットにユーリーは指を滑らせた。猛禽類型生体ドローンの映像に切り替わったらしく、機関銃を携帯した六体の生体スーツが恨めし気に空を見上げている姿に切り替わった。


「…ガグル社がロング・ウォーに参戦したと聞いているが?君には、それも、想定内かね」


 タブレットに表示されているプロシアの地図を眺めながらユーリーの説明を聞いていたウォーカーが、顔を上げる。その苦り切った表情にも、ユーリーは笑顔のまま頷いた。


「はい。プロシアの主要都市にミサイルが着弾すれば、あの国は壊滅します。プロシアを従順な番犬として使っているガグル社にとっては、大きな痛手となる。飼い犬を守る為にミサイルを撃つしかなくなった。奴らの参戦は我らの思う壺なのです」


「思う壺だと?ガグル社はロシア軍とは比べ物にならない高度な武器を保有している。ガグル社が本気を出したら、ロシアが互角に戦えるとは思えないが」


 あっという間に破壊されてしまうのがオチだと言いたげに、ウォーカーは顔を顰めた。


「閣下の仰る通り、ガグル社の方がロシア軍の兵器より性能も火力も数段上でしょう。しかし、それで構わない」


「何故だね?」


 ウォーカーの質問に、ユーリーがゆっくりと頭を右に傾けた。その動作と一緒に手の甲を表にして、胸の前に両手を持ち上げる。

 

 既視感(デジャビュ)。ウォーカーは激しく目を瞬いた。


 ユーリーの今の動作を、随分昔に見たことがある。

 少年時代、下らない質問に笑みを絶やさずに辛抱強く答えてくれた。あれは、誰だったろう。父親ではないのは分かっている。


「彼らがいくら高度な技術を保有していても、ミサイルを無尽蔵に発射できるはずがない。ガグル社がミサイルを消耗すればするほど、ミサイルを温存しているアメリカ軍が有利になる。我が軍のミサイルは、

ロシアに技術提供した数倍以上の威力があるのですから」


「ガグル社がミサイルを撃ち尽くしたところで、我が軍が攻撃を開始するという訳か」


 ウォーカーはぼんやりとした表情で、ユーリーの顔に視線を走らせ続けた。


「そうです。ロシア軍の援護にニドホグを出撃させました。ニドホグのような強大な生体兵器は、ガグル社には、いや、この世界には存在しません。無敵の生体兵器を保有する我が軍に敗北はない」


「そうか。ならば期待しよう、ユーリー副司令官。バートン博士の遺した計画を実行に移すがいい」


「副大統領の寛大なるご裁量に感謝致します。これで、我が子の顔を見ることなく散ったバートンの魂も、浮かばれることでしょう」


 ユーリーは、未だ不機嫌そうに口をへの字に曲げているウォーカーに深々と頭を下げた。



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