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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第五章 武器を抱いて炎と踊れ
213/303

救出

ヘーゲルシュタインの救出劇です。


「効率が悪そうだな」


 頭を突き合わせた格好で両手で穴を掘っているキキとガルム1の様子に、ビルが焦れたようにビッグ・ベアを揺らした。


「穴を掘るなら熊の方が向いているな。俺にやらせろ。いいですか、軍曹?」


「分かった。すぐに交代しろ」


 辺りを素早く見回して敵の姿がないのを確かめたダガーが、リンクスの左手を手前に振った。

 キキとガルム1が勢いよくジャンプして穴の縁に足を着地させたのと交互して、獣型に変身したビッグ・ベアが穴に飛び込んだ。


「見てろよ。穴ってのはこうやって掘るんだ」


 得意げに叫んでから、ビルはビッグ・ベアの大きな前足で穴の底の土を猛然と掘り出した。


「ふうん。ネコとはスピードが全然違うわ。穴掘りみたいな単純作業は、熊の手に限るってことね」


 顔ごと穴に突っ込んで地中深く掘り進めていくビッグ・ベアに、キキは肩を竦めてから土で汚れた両手をひらひらさせた。

 それから背中のホルダーから引き抜いた機関銃を腰に引き付けて、いつでも引き金を引けるように構えた。


「ハナさん、その態度だと嫌味にしか聞こえませんよ」


「何で?私、ビルをリスペクトしているつもりだけど」

 

 ジャックとハナのいつものやり取りを耳にしながら、ケイは空を見上げた。

 フェンリルがケイの動きに連動して上を向き、その頑丈な首を左右に動かす。フェンリルの人工眼がミサイルを捕捉することはなかった。

 ロシアの弾道型ミサイルがガグル社のミサイルに全て迎撃されてから、早くも十分が経過していた。

 爆発した十二基のミサイルが空中にまき散らした黒い爆煙もあらかた霧散して、いつもの青さに戻っている。


「両軍とも、ミサイルの撃ち合いは小休止というところか」


 空を仰いだリンクスが、機関銃の銃口を地面に向けた。


「双方のミサイルが底をついたってことは、ないですかね?」


「まさか。互いに様子見しているだけよ」


 ジャックの希望的観測をハナがすぐさま否定した。


(ニドホグ。あいつはどこに行った)


 ケイはフェンリルの人工眼レーダーで、ニドホグを探していた。

 ノイシュタットに“生きた”弾丸を投下してヘーゲルシュタインの戦車大隊を全滅させた巨竜は、少しの間、上空で巨大な弧を描いていたが、東と西からミサイルがプロシアの空を飛翔し始めると、何処かに飛び去った。


(フィオナ。あいつは何か企んでいる。またここに戻って来るはずだ)


 キリキリという音が甲高い音がした。

 戦車と戦闘車のキャタピラが金属の不協和音を奏でながら、全速力で道路を走行して来る。

 フェンリルの人工眼を、空から幹線道路に移動させると、黒焦げになった味方の戦車を道路の脇に退かしながらガルム2が大股で歩いて来た。

 ガルム2の後ろを走る戦闘車と戦車が、ケイのバイザーディスプレイに映った。 


「基地はどうなっている?」


 停車した戦闘車のハッチから外に出たブラウンは、砲塔に足を掛けて伸び上がるようにしながら、大地に穿たれた大穴を覗き込んだ。


「でかい穴だな。弾道弾の直撃を食らったか。基地は管制室ごと跡形もなく吹っ飛んでしまったようだ」


 穴の周辺には、破壊された鋼鉄板の残骸が散らばっている。

 おそらく管制室の防護扉だろう。悔し気に舌打ちするブラウンに、ビルから通信が入った。


「中佐!穴の中心から二メートルくらい掘り進めたところ、コンクリートの壁にぶち当たりました。かなりの強度と厚みがあります」


「コンクリートだと?」


 ブラウンは、はっとした表情になった。


「ここは平地で、何の遮蔽物もない。こんな場所からミサイルを撃てば、わざわざ自分の位置を敵に教えることになる。だから、敵の攻撃に晒されるのを想定して、基地自体がシェルターになっている可能性がある」


「中佐、スーツ隊が基地の上にいるのに、どうして少将から連絡が入らないんでしょうか。もしかして、基地の電気系統が破壊されているのかも知れません」


「だとすると、換気システムも作動していないことになる」


 ジャックが何を言わんとしているのか、ブラウンは即座に理解した。

 十メートル以上地下にある基地の空気循環が止まれば、強固なコンクリートで覆われ密封された管制室は棺桶に早変わりだ。


「ロウチ伍長、穴を掘るのはお終いだ。少将達が窒息してしまう前に、管制室の出入り口を探し出せ!近くにある筈だ」


「了解です」


 ブラウンの命を受けたビッグ・ベアは穴から飛び出した。

 大きな身体を地面にひれ伏すようにしてあちらこちらへと忙しなく顔を動かしていたが、編成を組んだ大隊から一両だけ離れた場所で、砲塔がぺしゃんこに大破している戦車に目を向けた。


「もしかして、敵の攻撃を防ぐために、戦車で基地の入り口をガードしていたのかも」


 プロシアの戦車は敵から受けた銃弾の貫通を防ぐ超硬鋼鉄の塊だ。

 実際、戦場で掘った穴の上に戦車を停車させて、敵の激しい攻撃から避難させた歩兵を守ることもある。

 ビルはビッグ・ベアを人型に姿を戻すと、破壊された戦車のキャタピラに両の手を掛けて、えいこらさと持ち上げてから脇に転がした。


「思った通りだ。入口があったぞ」


 地面に四角い切れ込みが入っているのを確認したジャックとダンが、ガルム1と2の機関銃の台座を鋼鉄製のスライド扉と地面の間に差し込んで、人が通れるくらいにこじ開けた。

 その隙間に早くも身体をねじ込もうと屈んだブラウンを、マディが押し留める。


「中佐はここで待っていて下さい。中は俺が見てきます」


 言うが早く、マディが小銃を手に、身体を扉の隙間に滑り込ませた。

 リンクスの機関銃を構え直したダガーはチームに鋭く言い放った。


「今のところはミサイル攻撃も敵影もない。だが、気を抜くな。ここの守りを固めろ」


 ダガーの声に反応したビル、ハナ、ジャック、それにダンが、スーツに戦闘態勢を取らせた。四方に銃口を向けながら用心深く接敵の気配を探る。

 フェンリルの足元にいるブラウン隊を、ケイはそっと見た。

 ビルの開けた隙間をブラウンが心配そうに覗いている。一応、銃を手にした護衛の兵がいるが、彼らも気もそぞろな表情で穴を見つめていた。


(確かにな。この状態で敵に襲われたら、生身の兵士を守り切れない)


 気を引き締めたケイは、フェンリルの人工眼を空に戻した。

 嫌な予感は当たるものだ。操縦席のモニター画面の片隅に、微かに映る影を見つけた。

 ケイはすぐさま隊の全員に報告を入れた。


「百キロ西から、こちらに進路を取る大型の未確認物体を発見!敵か味方かは不明です」


「本当だわ。それもかなりの大型よ。ドラゴンがこっちに戻って来るのかしら」


 キキのレーダーも物体を探知したようだ。ハナの緊張した声がケイのイヤホンに届いた。


「ドラゴンにしては飛行速度が遅い。地上を移動している可能性が高いです」


 モニターを凝視しながらジャックが言った。


「ガグル社の方向から前進して来たと見ていいでしょう。彼らはミサイルの代わりに、別の新兵器を投入したのでしょうか」


「別の新兵器()投入したと言った方が、良さそうだ。ジャック、スーツの人工脳が新たなミサイルを探知したぞ」


 ビルがビッグ・ベアの機関銃の銃口で空を指す。チームαは、いつの間にか雲の多くなった空に、一斉にスーツの顔面を向けた。

 巨大な飛翔体が一基、ウクライナ・リボフ基地に向かって飛ぶのが、ケイ達、スーツ・パイロットが装着したバイザーディスプレイに鮮明に浮かび上がった。


「ガグル社が再びミサイルを発射したぞ!」


 ケイは背筋を震わせた。あれはさっきのような迎撃ミサイルではない。一発で基地を破壊する為の超大型ミサイルだ。

 突然、兵士達の歓声でフェンリルの足元が騒がしくなった。ケイはフェンリルの頭を少し動かして下を見た。

 金属板の開閉口をこじ開けた隙間に手を入れて、ブラウンが何か叫んでいる。

 隙間から伸びてきた手が、ブラウンの手を握りしめた。その手を力一杯引き上げると、隙間から年配の偉丈夫の上半身が現れた。


「ヘーゲルシュタイン少将が生きていたぞ!!」


 ブラウンの怒鳴り声に、チームαは全員、足下に目を向けた。




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