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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第五章 武器を抱いて炎と踊れ
212/303

戦車隊全滅

ガグル社のミサイルに弾道弾を迎撃されても戦いを続行するウォシャウスキー。

攻撃の手を止めぬ独裁者同士の戦いを、ユーリーは冷徹に観察する。

一方、スーツ隊はブラウンの命令でノイシュタット基地へ急行するが…。


「ガグル社がミサイルを放っただと?」


 ウォシャウスキーは信じられないと言った面持ちで、管制室の中央モニターを見た。

 弾道ミサイルが迎撃されて、一筋の煙が薄く漂う空の映像が映ったままになっているのに気が付いたオペレーターが、急いで画面をヨーロッパ大陸の立体地図に切り替える。

 プロシアとフランス、ベルギーの三国に囲まれてた小さな公国、ルクセンブルク。

 その中央に位置するガグル社から発射されたミサイルの軌道が、ベルリンまで記されている。


「そうか。ガグル社は、我らの戦い、ロング・ウォーに、とうとう参戦して来たか!ユーリー、奴の嫌な予測が見事に的中したという訳だ。ふん。全く、大した男だな」


 ウォシャウスキーは天井に顔を向けると、からからと笑った。

 今まで見たこともない大仰な笑い方に、兵士全員が怯えた表情で、ウォシャウスキーを盗み見る。


「将軍閣下、我が軍の弾道弾を迎撃したあの兵器は、超低速飛行音速ミサイルです。我々のレーダーの性能ではとても探知できません。あんな恐ろしいミサイルにリボフ基地がターゲットにされたら、我々は(のが)れる(すべ)がない。ここは一旦、退却しては如何でしょうか」


 ウォシャウスキーの隣にいる中年の将校が、青褪(あおざ)めた表情で進言する。

 その気弱な言葉に、鬼の形相になったウォシャウスキーが、将校の横面を殴り付けた。


「貴様、それでもロシア軍人か!この軟弱者めが!」


 腰の拳銃を引き抜くと、床に倒れた将校の左胸に躊躇なく銃弾を撃ち込んだ。

 将校は恐怖に顔を歪めたまま絶命した。

 あっという間の出来事に、管制室に小さなどよめきが上がる。


「よいか!プロシアを盾として使っているガグル社が、我が軍の弾道弾を迎撃するのは想定に入っていた。戦闘態勢を維持しろ。我々は一歩も引かんぞ!」


 ウォシャウスキーは、死体となって床に横たわる将校に目もくれずに号令を掛けた。 


「リボフ基地の弾道ミサイルは何基残っている?」


 目の前で行われた粛正にも動じずに、薄緑色した目の若い兵士がウォシャウスキーの問いに、淡々と答える。


「七基です」


「くそ。敵のスーツをかく乱するのに、少々使い過ぎたか」


 ウォシャウスキーは、自分の幅広い顎に手を当てながら独り言ちた。


「すぐにキエフとミンスクの後方主要基地に連絡を取れ。プロシアとオーストリアの都市の全てに、ありったけの弾道ミサイルを撃ち込めとな!」





「ロシア軍のキエフ基地、ミンスク基地から同時刻に弾道ミサイルが発射されました。その数十二発。全てプロシア共和国の主要都市に向かっています」


「ウォシャウスキーめ、後で何とでも言い訳できるように、ガグル社に直接弾道ミサイルを撃ち込むのは避けたか。実に賢明な判断だ」


 白けた表情で大画面モニターを眺めながら、ユーリーはつまらなそうに鼻を鳴らした。


「だがな将軍、アシュケナジはあんた以上に残酷な男だぞ。アシュケナジは、敵と見なせば、砂粒ほどの慈悲も与えることなく、徹底的に叩き潰す」


 ウォシャウスキーは、この世に自分以上の独裁者が存在するとは、夢にも思っていないのだろう。それが独裁者と言われる所以(ゆえん)でもあるが。

 そして。

 ウォシャウスキーが致命的なのは、アシュケナジがこの世界の独裁者だという事実に、ロシアの老将軍が気付いていない事だ。

 アシュケナジは、アフター・エンド・ウォーの世界に生きる人間を誰一人として慈しむことはない。

 だから、もし、世界を滅ぼそうと決めたなら、迷うことなく実行に移すだろう。

 そんな冷徹な人間に、最初から逃げ道を用意しながら戦うウォシャウスキーのやり方は、通用しない。


(あいつを倒そうと思えば、真っ向から挑むしかない)


 モルドベアヌ基地の指令室に設置されている巨大なモニター画面が、ガル図法の平面地図に変わった。

 ヨーロッパ中央から東北部がクローズアップされ、キエフとミンスクのロシア軍基地から飛び立った弾道ミサイルの軌道が黄色の線で表示される。

 その数、十二()

 画面下の黄色い線が右から左へと移動を始めた時、反対方向から赤い線が現れた。


「副司令官殿、ガグル社からミサイルが十二基、発射されました」


「ふん。今度は通常の迎撃ミサイルのようだな」


 ミサイルが同数なのは、ロシアの弾道弾を一発も逃さずに迎撃できる精密なセンサーが装備されているからだ。


「ロシア軍がいくら弾道弾を発射しても必ず迎撃される。だが、ガグル社のミサイルを減らすことにはなるから、決して無駄玉ではない。ウォシャウスキーには、手持ちのミサイルを撃ち尽くすまで頑張って貰おうか」


 モニター画面の上半分が、実写の映像に切り替わった。ロシア軍のミサイルが、空中でガグル社のミサイルに次々に迎撃されていく。

 ガグル社とロシア双方のミサイルが空中で衝突して吹き飛び、オレンジの炎を噴き上げながら黒い爆雲(ばくうん)に変わっていった。


(アシュケナジ、あんたがこの消耗戦をいつまで続ける気か、とくと拝見させて貰うぞ)


 口の中で呟いてから、ユーリーは口角をゆたりと持ち上げた。





「中佐、頭の上が、スンゲエことになっていますね」


 マディが額に手を翳して空を見上げる。ブラウンも眩しさに目を細めながら、大空を見た。

 

 一体どれだけのミサイルが打ち上げられたのだろう。

 プロシア上空に現れた複数のロシアの弾道弾が、反対方向から飛んできたミサイルに次々と迎撃されて、盛大に轟音(ごうおん)を響かせる。

 弾道弾が吹き飛んだ直後、空には丸々とした黒い煙がいくつも浮かび上がった。


「あのミサイルはどこから飛んで来たんだ?ダン、ガルム2で解析してくれ」


 ミサイルから上官を守ろうと、戦闘車の上に屈み越しになっているガルム2を見上げてブラウンはダンに連絡を入れた。


「中佐、ガルム2の人工脳によると、ミサイルは中央ヨーロッパ方面から音速で飛翔したようです」


「だとすると、プロシア国内の基地からではないな。ダン、ガルム2はミサイル発射の発射地点を確定したか?」


「えっと、それがですね…」


 ガルム2の弾き出したミサイルの軌道が信じられなくて、ダンは口籠った。入れ替わるようにしてブラウンの耳に飛び込んできたのはダガーの声だった。


「こちらチームα(アルファ)。ブラウン中佐、聞こえますか」


「ダガーか!ロシアの弾道弾は回避できたようだな」


「七基のミサイルは全て破壊しました。全員無事です」


「そうか」


 チームαが無事だと知って、ブラウンは胸を撫で下ろした。

 兵士達に聞こえるように、イヤホンの受信を戦闘車の無線に繋いだ。


「中佐。ガグル社がロシア軍ミサイルに向けて迎撃ミサイルを発射しました」


「何だって?!」


 ダガーの言葉に驚いた兵士達の顔が、薄煙(うすけむり)がたなびく青空に向いた。


「中佐、それって、ガグル社がロシア軍を敵対勢力と見なしたってことですか?」


 マディが大きな声でがなり立てる。


「確信は持てない。だが、プロシアがロシアに敗北したとなると、ヨーロッパの国々のパワーバランスが大きく崩れてしまう。それを危惧して参戦したとも考えられるが…」


 分かっているのは、悠長に考えている暇はないということだ。


「それよりも、ヘーゲルシュタイン少将の安否を確認しなければならない。ダガー、すぐにノイシュタットに急行せよ」





 四足走行に変えた生体スーツはすぐにノイシュタットに到着した。

 スーツを人型に戻して立ち上がらせたチームαは、目の前に広がる惨状に顔を顰めた。


「これは酷い…」


 基地を防衛していたはずの百両の戦車大隊は全てが黒焦げになって、そこかしこに散らばっていた。どの砲塔の天辺にも大きな穴が開いている。


「発砲する間もなく、ドラゴンの弾丸に撃ち抜かれて破壊されたようだな」


 まだ燃えている戦車の横に、全身が炭化した死体が投げ出されていた。

 高熱で焼かれた為に、手足が九の字に曲がっている。その惨たらしい状態を目の当たりにしたケイは、腹から熱い塊がせり上がってくるのを感じた。嘔吐(えず)きそうになって、慌てて口元を手で押える。


「戦車隊の生命反応はゼロです」


 ハナが冷静な声でダガーに報告した。

 ケイは口と顎を掌で覆ったまま、戦車の残骸を見渡した。三百人の兵士の命が一瞬で消えたのかと思うと、怒りが湧いてくる。


「基地はどうなっている?ハナ、ジャック、中を調べろ。ビルとケイは敵の襲撃に備えろ」


 リンクスとビッグ・ベアが、キキとガルム1を警固する為に戦闘態勢を取った。背中から機関銃を引き抜いて胸の前に構え周辺を見回す。

 ケイもフェンリルの手に機関銃を握らせて辺りに気を配る。その後ろで、キキとガルム1が大地に穿たれた大きな穴を覗き込んだ。


「直径四メートル。深さは五メートル、か。ミサイルの発射場は弾道弾の直撃を食らって跡形もなく吹っ飛んだようです」


 ガルム1は大地に腹這いになると、穴の中心を指差した。


「ノイシュタット・ミサイル基地は秘密裏に作られた基地だ。敵に悟られないように地下に管制室があるんでしたよね?少将達が生き埋めになっているかもしれません。掘ってみますか」


「掘るっていっても、掘削機(くっさくき)がないのよ。どうするの?」


 呆れたように言うハナに、ジャックはガルム1の両手を突き出した。


「スーツの手をシャベル代わりにするしかないですね」


「あ、そう。犬は穴を掘るの得意でしょ。ジャック、頑張ってね」


「酷いなあ。ハナさん、俺だけに掘らせるの?」


 ガルム1が穴の端に膝を付いてしょげたようにキキを見る。


「冗談に決まっているでしょ」


 ハナはキキの肩を竦ませてから、穴の中に降りると、焦げた土を掻き出し始めた。


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