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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第五章 武器を抱いて炎と踊れ
211/303

ガグル社参戦

ロシア軍の弾道弾がベルリンの主要部に降下する。

意外な結果にウォシャウスキーは激高し、ユーリーがほくそ笑む。

そして、遂にアシュケナジが動き出す。



「弾道ミサイル、降下開始しました。着弾地点は…国会議事堂の真上です」


 もはや勝敗は決った。

 チームαは唇を噛み締めながら、ジャックの報告を聞くしかなかった。


「やはりね。我が軍を戦意喪失させるには、一番いいターゲットだもの」


 ハナが荒々しく言い放つ。


「着弾まで、十五秒」


 ジャックがカウントを取り始めた。

 ケイはコクピットのレーダーに映る弾道ミサイルの陰影を見ていたが、ヘルメットのバイザーディスプレイを作動させると立体映像に切り替えてフェンリルの顔を空に向けた。

 フェンリルの人工眼がズームアップして、ロシアの弾道ミサイルを映し出した。

 銀色のミサイルは音速に近いスピードでベルリンの空を降下していく。

 その映像は、手を伸ばせば触れそうなくらい鮮明だった。


「十二、十一…」


 ジャックが苦しそうに口から秒数を吐き出していく。


「くそっ!俺達では、どうすることもできない」


 ビルが怒りに満ちた唸り声を喉から絞り出す。


(あと八秒で、ベルリンに弾道弾が落ちる)


 ロシアの弾道弾が直撃したら、議事堂の建物は原形を留めないくらいに破壊されるのだ。

 無論、建物中内や周辺にいる人達も。

 ケイは落下するミサイルを見ていることが出来なくなって、思わずぎゅっと目を瞑った。


「おい!レーダーに未確認物体が現れたぞ!敵の弾道ミサイルに急接近している。すぐに九時の方向をチェックしろ」


 突然、ダガーがジャックの重苦しいカウントを遮った。

 チームαが俯いていた顔を跳ね上げて各自のモニターに目を凝らす。

 ケイも目をこじ開けてバイザーディスプレイの映像を見た。

 目の前の画面に映るのは、どこからともなく現れたミサイルが急角度で上昇してロシアの弾道型ミサイルの細長い胴体へと突っ込む姿だった。

 議事堂の真上、五百メートル上空が強い光を放つ。直後、巨大な爆雲が広がった。


「これは…迎撃ミサイルだ」


 リンクスの人工眼から送られてくる迎撃の映像を、ダガーはバイザーディスプレイで見ていた。操縦席のモニターに、爆心から波状に広がった衝撃波の数値が表示されている。


「爆発後に爆音が発生した。音速を越えたミサイルだ!」


 ミサイルの破片と灰が国会議事堂の屋根と周辺に降り注ぐ。その映像を、ケイも息を飲んで見つめていた。


「あと一・五秒遅かったら議事堂に着弾していました。そうなったら、あのレンガで出来た建物は完全に吹っ飛んでいたでしょう。ギリギリ間に合ったって感じかな」


「プロシアの中心部が大きな穴ぼこにならなくてよかったぜ。大した性能のミサイルだ」


 ジャックの説明に、ビルが深々と安堵の息を吐いた。

 敵ミサイルの赤い点滅がモニター画面の真ん中で消滅した直後、フェンリルの人工脳は未確認飛行物体の分析を終えていた。


「超低空飛行ミサイル?そんな高度な兵器をプロシアは隠し持っていたってことですか?」


 初めて聞く兵器に、ケイは目を見開いた。恐らく今、チームの皆も自分と同じ表情でモニター画面を仰視しているに違いない。


「プロシア軍が超低空ミサイルを保有しているなど、俺は噂でも聞いたことがない」

 

 ダガーの驚きを隠せない声に、ジャックの緊張した声が重なった。


「軍曹、ミサイル周辺の大気分析が終わりました。地上から五メートル上にミサイルの廃棄熱を感知。あのミサイルは発射直後から超低空飛行して来た模様です」


「それでスーツの高性能レーダーが反応しなかったのか。しかし、あの迎撃ミサイルはどこから飛んで来たんだ?」


 解析結果に首を傾げるダガーに、ハナがジャックの説明の後を継いで喋り出した。


「軍曹、ミサイルの発射地点を確認しました。ミサイルは…ガグル社から飛来したものです!」





「将軍閣下!レーダーからミサイルが消えました!」


 突然の凶報に、ウォシャウスキーは腰かけていた椅子から飛び上がるようにして立ち上がった。


「どういう事だ!!」


 あと瞬き一つもすれば、プロシアの中心が灰燼(かいじん)と化した映像が、自分の目に映る筈ではなかったか。

 眼を大きく見開いて睨み付けた中央モニターの大画面には、確かに弾道弾を表示する印は消えていた。


「詳しくは分かりませんが、げ、迎撃されたかと…」


 狼狽し切ってしどろもどろで答えるオペレーターに大股で歩み寄ると、ウォシャウスキーはその肩に鉄拳を食らわせた。

 七十の齢を過ぎたウォシャウスキーだが、軍人として日々鍛えているので、腕力は意外とある。それも怒りに任せて殴り付けたものだから、若いオペレーターは、いとも簡単に椅子から転がり落ちた。


「我が軍の弾道ミサイルが撃墜されただと?!プロシア軍の迎撃ミサイルが生き残っていたというのか?何故、気が付かなかったのだ」


 ウォシャウスキーは管制室をぐるりと見渡して大声を張り上げた。

 怒りに震える老将軍の表情を見て、その場にいる全員が、胸に銃口を突き付けられたように恐怖に身を縮めた。


「恐れながら、将軍閣下、プロシア軍の迎撃ミサイルはアメリカ軍の飛行生体兵器が発射基地ごと殲滅しています。我が軍のレーダー探知が及ばない場所から飛翔して来たミサイルのようです」


 一人だけ、ウォシャウスキーに面と向かって言葉を返す兵士がいた。


「何だと?」


 ウォシャウスキーは鷲のようなどう猛な瞳を動かして、その兵士に視線を当てた。

 怒り心頭になったウォシャウスキーの顔は青黒くなる。

 そこまで激高した権力者の心を鎮めるには誰かが制裁を受けることが多々あった。地位のはく奪は可愛いもので、大抵は投獄、最悪が、死刑だ。

 陰で死神と仇名される表情に、その兵士だけは目を逸らさずにウォシャウスキーをじっと見返した。

 怒りの目でオペレーターを睨み付けたウォシャウスキーは、兵士の冷静な態度を目にすると、幾分か落ち着きを取り戻した表情になった。


「ふむ。それで貴様は、そのミサイルがどこから飛んできたと俺に説明するつもりかね?」


 若いオペレーターは、怜悧な表情を崩さないで答えた。


「ガグル社からです」





「猛禽類型生体ドローンからの情報が入りました。ガグル社から超低空飛行音速ミサイルが一基、ロシアの弾道弾に発射されました」


「そうか。分かった」


 ユーリーから次の指示が出ないのを訝しんだアメリカ兵士が、モニターから目を上げて後ろに座るユーリーに問いかけた。


「司令官殿、十二秒の間にモルドベアヌ基地からミサイルを発射すれば、ガグル社のミサイルを撃墜出来ますが?」


「放っておけ。我々は、ロシア軍に散々利用されてきたのだ。今度は奴らに捨て駒になってもらう。彼らが手持ちのミサイルを全て撃ち尽したところで、俺達がプロシア軍の生き残りに反撃すればいい」


「了解しました」


 兵士が納得した表情でモニターに視線を戻す。指令室の中央に鎮座する大型リクライニングチェアに背を預けながら、ユーリーは静かに含み笑いを漏らした。


「アシュケナジ。ようやく奴を、引っ張り出せたな」





「ガグル社から音速ミサイルが発射されました。ターゲットに向かって地表の約五メートル上空を飛行しています」


 山と谷、そして広大な森林の上を、障害物を避けながら猛スピードで飛んでいくミサイルが、G―1のモニターに映し出された。

 あまりの低空飛行で、連邦軍、軍事同盟軍の使用するレーダーでは探知できない。

 ミサイルが突然レーダーに姿を現した時、捕捉された目標物に残された時間はない。

 それはスーツも例外ではないだろう。一度目は運よく回避できたとしても、追跡装置にロックオンされてしまったら、ミサイルは音速のスピードでどこまでも追って来るのだ。


「シャドウミサイルか。大した技術だ」


 オーリクはアシュケナジの命令に従って、巨大な岩盤が隆起した山の突端にG―1を座らせていた。

 元が猿だから、ごつごつした岩場でも器用に座る。

 オーリクの頭に装着している全方位型バイザーディスプレイに、G―1の肩に乗ったアシュケナジが映っている。山頂から吹き下ろす強風に長いローブをはためかせながら、ガグル社の方向を凝視していた。

 その体勢になってから、早くも一時間が過ぎようとしていた。

 生身の人間ならば、肌を切るような冷風にあおられた途端、バランスを崩して遥か下の岩場に転落してしまうだろう。

 だが、アシュケナジは荒れ狂う風の中で微動だにせず、同じ方向を一心に見つめていた。

 突風が吹き付け、アシュケナジの頭をすっぽりと覆っていた大きめのフードがめくれ上がる。その頭部が、金色に輝く機械で覆われていた。

 アシュケナジの全身が強化外骨格に覆われているのが分かった。

 オーリクはバイザーに映し出される己の支配者を眺めながら、ガグル社の総帥が身に着けている強化外骨格(エクソスケルトン)の性能が一体どれほどのものか、想像してみようとした。

 この世界で万能の神と呼ばれる男が、今、破壊神に変わろうとしている。

 オーリクに理解できたのはそれだけだ。

 遥か遠方の空の下で小さな閃光が走った。

ロシアの弾道ミサイルがガグル社のミサイルに迎撃された瞬間だった。

 千キロメートル以上離れてた爆発は、勿論、人の肉眼に映ることはない。スーツの人工眼であっても、微かな熱として感知されただけだ。

 だが、それで十分だった。


「ハンヌからの合図を確認した。行け、オーリク。エンド・ウォーの第二幕が上がるぞ」


 アシュケナジが高らかに命令する。オーリクはG―1の腰をゆっくりと持ち上げた。



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