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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第五章 武器を抱いて炎と踊れ
210/303

攻撃目標

ニドホグの攻撃を受けて、絶対絶命のヘーゲルシュタイン。

成す術のないスーツαは…。


「少将閣下!たった今、ウクライナ基地から十基のミサイルが発射されました」


 ヘーゲルシュタインの前に座っている兵士(オペレーター)が緊張した声を張り上げた。


「コンピュータの軌道計算によりますと、一基がベルリン、二基がノイシュタット、七基がブラウン中佐の率いる生体スーツ隊に向かうようです」


「なに?スーツ隊に七基のミサイルだと?」

 オペレーターの報告に、ヘーゲルシュタインは、中央モニターの画面を眉尻を上げて睨み付けた。

 ロシア軍が放ったミサイルはモニターに黄色の線で描かれている。線は黒い液晶画面の右下からほぼ垂直に上昇し、高度一万メートル上空から三方向に分岐した。

 重なった七つの線が早くも降下を始めた。着地点はノイシュタットの十キロ前方でドラゴンの襲撃を受けているスーツ隊だ。


「ロシア軍め、生体スーツをかなりの脅威と捉えたようだな」


 正しい判断だとヘーゲルシュタインは考えた。敵が生体スーツなら、自分だってそうする。

 驚異的な機動力を持つ超大型機械兵器部隊を全滅させられたのだ。それほどの脅威対象は、ミサイルで破壊してしまうのが一番手っ取り早い方法だ。


(それにしても、七基ものミサイルで攻撃とはな)


 ロシア軍の機械兵器はアメリカ軍の技術で開発されたと聞いている。同盟軍に面目が立たなくなったウォシャウスキーが、烈火の如く怒ったのは想像に難くない。


(ミサイルを七発食らっても、スーツ隊が全滅することはないだろうがな)


 むしろ、敵の攻撃でスーツ隊を間引いて貰うのは、こちらとしても好都合なのだ。

 彼らはあまりにも強大過ぎる力を得たから。


(エンド・ウォー以前の飛翔兵器が甦って、お互いに便利な戦争が出来るようになったということか)


 ヘーゲルシュタインは皮肉っぽく息を吐いた。


「敵ミサイル二基、あと五十秒でノイシュタット基地に到達。ベルリンには一分四十八秒後に到達します」


「敵ミサイル三基を迎撃せよ」


 レーダーに映った敵ミサイルに向けて、ヘーゲルシュタインの号令が飛ぶ。

 管制室の大画面モニターの前に座るオペレーター達の目が、敵ミサイルの映像と手元のタッチパネルの間を忙し気に行き来する。

 準備完了の合図を受けて、ウォシャウスキーの手前に座る兵士がミサイル発射に向けてカウントを開始した。


三、二、一(スリー、ツー、ワン)


 ヘーゲルシュタイン以下、管制室にいる全ての兵士達が、自軍のミサイル発射台に切り替わったモニター画面を見つめる。画面には敵ミサイルを撃墜すべく角度を調整された三基のミサイルが映っていた。


発射(ファイヤー)!」


 兵士は冷静な声を放って、発射ボタンを押した。





「ニドホグ、用意はいい?」


 生体スーツがミサイルが破壊された爆風で地表に張り付いているのを見て、フィオナが叫ぶ。


「グアアルルルッ」


 フィオナにニドホグが呼応する。

 空をも割れよとばかりの巨竜の大音声(だいおんじょう)は、雷の如く地上へと落ちていったに違いない。空を見上げるしかできない生体スーツには、己らを嘲笑う声に聞こえるだろう。

 大きな咆哮の後、広げていた巨大な両翼を畳み、コマのように回転しながら上空へと急上昇を開始した。


「ドラゴンが高度を上げたぞ!あいつ、一体何をするつもりだ?」


 ブラウンを護衛する為、戦車、戦闘車と共にダガー隊から離れたガルム2は、戦闘態勢を取りながらニドホグの様子を窺った。


「ドラゴンの攻撃目標が変更されたようだ」


 戦闘車のハッチを開けて上半身を突き出したブラウンは、双眼鏡(ビノクラー)を両目に当てた。尻尾の後から弾丸を引き連れて高度を上げていくドラゴンを確認すると、思い切り舌打ちする。


「…これはまずいぞ!」


 ブラウンのあからさまに狼狽した声に、マディが心配そうにハッチから顔を覗かせた。


「中佐、どうなっているんです?」


「ドラゴンはロシア軍のミサイルを猛烈な速度で追尾している。奴の狙いは我が軍の迎撃ミサイルの破壊だ!我々は足止めされたんだ!!」





 翼で身体をすっぽりと包み、弾丸状に姿を変えたニドホグが、亜音速で空を飛ぶ。

 ロシアのミサイルに追い付くと、その軌道と並行するように進路を変えた。

 ニドホグの胸部の中央にはカンガルーの育児嚢に似た袋がある。それは、エビやカニが脱皮したてのような柔らかい甲殻(こうかく)(のう)で作られている。

 フィオナがその袋の中に入ると、嚢の壁から伸びたニドホグの無数の神経束(しんけいそく)が少女の全身に絡みついた。

 ニドホグの神経がフィオナの身体を覆い尽くす。心音と脳波の波が一つに重なった。


 少女と巨竜が同期(シンクロ)した瞬間だった。

 フィオナが自分の目に神経を集中させると、瞬時にニドホグの視神経と繋がった。

 巨大な眼球を遥か下へと動かすと、人間では到底目視出来ない場所まではっきりと見えた。敵のミサイルが発射されたのがニドホグの目に映った。

 プロシア軍の迎撃ミサイルは、ロシア軍の弾道ミサイルの信管と弾頭に的確に狙いを定めて飛んで来る。


「どうやらロシアのミサイルより、プロシアのミサイルの方が性能が上らしいわね」


 このままだと三度目のミサイル攻撃も阻止されるのは確実なのが、フィオナにも理解出来た。


「あのミサイルを撃ち落とす。行け、お前たち!」


 フィオナは、ニドホグの後ろを飛んでいる十発の弾丸に命令して急降下させた。




 点滅を繰り返していた赤い点がレーダーから消えた。

 モニター画面の映像が瞬時に切り替わる。

 青空を映した画面に、灰色の大きな爆雲が浮かんでいた。

 その数二つ。ヘーゲルシュタインとオペレーター達は信じられない面持ちで映像を眺めていた。


「迎撃ミサイルが破壊されました!敵の別部隊から攻撃を受けた模様です」


 我に返った兵士の一人が叫んだ。もう一人のオペレータが、目の前に設置されたモニターを見て零れんばかりに目を見開いた。


「ドラゴンです!ドラゴンが敵ミサイルと一緒に飛んでいます!」


「残りのミサイルを全て発射。戦車隊、ドラゴン及びミサイルに砲撃開始しろ!」


 ヘーゲルシュタインの命令よりも早く、兵士はミサイル発射ボタンを押していた。





 百の戦車砲が一斉にニドホグに向いた。それを見たフィオナがにやりと笑った。


「地べたにいる戦車なんか、ミサイルと一緒に破壊してやる」


 フィオナは百の弾丸を戦車の砲塔に一気に落下させた。


 レーダーに浮かび上がった新たな赤い点滅は、二十秒も経たないうちに全て消滅した。


「我が軍の迎撃ミサイルは…全て、破壊されました!」


 真っ青な顔をしてオペレーターが悲鳴を上げた。


「戦車隊の砲撃はどうなっている!!」


「戦車隊は…」


 モニターに目を張り付けていたオペレーターが、首を捩じってヘーゲルシュタインに顔を向けた。その表情が恐怖に凍りついている。


「…ドラゴンの銃弾によって、壊滅しました」


「少将!あと十秒で、基地に弾道弾が落下します!」


「全員体勢を低くして、ミサイルの衝撃に備えよ」


 そう叫ぶのが精一杯だった。このままロシアの大型弾道ミサイル二基の直撃を受ければ、ミサイル発射台は跡形もなく吹っ飛ぶだろう。発射台の下にある地下基地を覆う管制塔のシェルター外壁が持つかどうかは神のみぞ知る、だ。


(運が良ければ死なずに済むか?五体満足かどうかは分からんが)


 ヘーゲルシュタインは地下管制塔の床に大きな身体を屈めて、頭の上に両手を置いた。





 スーツ隊の十キロ後方で、巨大な黒煙が立ち上った。


「ノイシュタットのミサイル基地がミサイルに爆破された模様です」


 ジャックの緊張した声をイヤホンで聞きながら、ダガーはノイシュタットにリンクスを向けた。ビルとハナ、ケイも、ノイシュタットから立ち上がる煙を、唖然(あぜん)とした表情で眺めた。


「ベルリンに弾道ミサイルが落ちるまで、あと、三十秒です」


 ジャックの悲痛な通信がイヤホンに響く。

 チームαの全員が押し黙ったまま、モニターに目を凝らした。


「あと二十秒で、ベルリン、プロシアの首都にミサイルが落ちる」


 ジャックが声を震わせた。


「なあ、俺達、この戦争(ロング・ウォー)に負けたって事なのか?」


 誰に話すでもなく、ビルが呆けたように言った。目に映る光景がまだ信じられないらしい。


「それだけじゃないわ。ベルリンにはプロシアの政府機関が全て集約されているのよ。国会議事堂の近辺には貴族議員宿舎が密集している。あそこを狙われたら、どれだけの政治家が死ぬと思う?プロシアが国家として機能しなくなってしまうわ」


「プロシアが国家として機能しなくなるって、ハナさん、プロシアはどうなっちゃうんですか?!」


 ケイの問いに、ハナは重い口調で説明した。


「軍事同盟軍、ロシアとアメリカに支配されてしまう。そうなれば、プロシアが解体される可能性が出てくるでしょうね」


「俺達の国がなくなる?そんな馬鹿な!」


 ケイは茫然(ぼうぜん)として息を飲んだ。


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