ドラゴンの弾丸・2
ニドホグと生体スーツの戦いが始まる。
空中からニドホグの弾丸を受けたチームαは…。
ブラウンの咆哮と同時に、チームαは上空に向かって一斉射撃を開始した。
「バカね。そんなちゃっちい銃で、ニドホグを倒せると思っているのかしら」
フィオナが小馬鹿にしたように、鼻を鳴らした。
ニドホグは己の身体を扇ぐように巨翼を動かし、降下していた巨体を空中に停止させてから、一気に高度を上げた。
「成体化したニドホグの威力を知るがいい」
フィオナはニドホグの胸から顔の上半分を覗かせて、道路に立って機関銃を撃つ六体のスーツを眺めた。焦げ茶色の大型スーツの隣で機関銃を撃つフェンリルに焦点を当てる。
「狼のスーツ。ニドホグ、あいつから息の根を止めて」
ニドホグの中でフィオナがフェンリルを指差す。フィオナの命令を受けて、ニドホグは身体を覆っていた弾丸の一部を霰の如くフェンリルに向かって一直線に降下させた。
「来るぞ。ドラゴンの弾丸を破壊するんだ!」
ダガーが叫んだ。リンクスが目にも止まらぬ速さでドラゴンの弾丸を一発ずつ撃ち抜いていく。ビッグ・ベアとキキもリンクスに倣って、機関銃の銃口を高速で振り動かし始めた。
金属の銃弾と超硬化有機物の弾丸が互いの鼻先を超高速度で激突させる。その衝撃は凄まじく、一瞬で粉々に吹き飛んでいく。
「やったぞ!」
銃弾と弾丸が細かい破片となって降り注ぐ空を見上げながらケイが歓声を上げた。フェンリルの脇でビルが咆える。
「気を抜くな。すぐ第二弾が来るぞ!」
ビルの言葉通り、ニドホグが再び弾丸を放った。弾丸は一塊になって急降下を開始する。
「今度も全部破壊してやる」
ケイがフェンリルの機関銃の引き金を引いたと同時に、ドラゴンの弾丸が四方八方にぱっと弾けた。
弾丸は、巨大な打ち上げ花火のような円を形成して散らばったと思うと、空中で停止した。
ケイは空に向けたままのフェンリルの顔を左右に動かして、スーツ隊の遥か上で輪になっている弾丸の様子を窺った。
「なんだか嫌な予感がする」
ケイが恐る恐る隣のビルに尋ねた。
「伍長、俺達のスーツ、弾丸に囲まれているような気がするんですけど」
「気がする、じゃない!ドラゴンめ、俺達に全方位から弾丸を撃ち込むつもりだ!」
ビルが大声で叫んだ。
「戦闘車を中心に円陣を組んで防御しろ!」
ダガーの命を受けた六体のスーツが瞬時に配置転換する。スーツの動きと前後して襲い掛かって来る弾丸に、機関銃のトリガーを引き絞っていた。
スーツの銃撃を躱し切れずにドラゴンの弾丸が消し飛んでいく。スーツの攻撃を回避した弾丸が、フェンリルに向かって速度を上げた。ケイは目前に迫ったドラゴンの弾丸に銃弾を放った。
「後ろからも来る!」
フェンリルが百八十度回転し、背後に迫っていた弾丸を仕留めていく。次の瞬間、フェンリルが上体を移動させた。
「どうした!?」
自分の意に反したフェンリルの動作に驚く暇もなく、その首筋を後ろから他の弾丸が掠めていく。フェンリルを捕え損ねて前方へと飛んでいく弾丸の尻目掛けて、ケイが機関銃を放った。
「この動き…。そうか、フェンリルの人工脳が、自動操縦からリモートコントロールに一瞬で切り替わったのか」
多分それは、他のスーツよりも発達した人工ニューロンの成せる業だ。
自分の放った銃弾に弾丸が弾けるのを見て、ケイは、ふうっと、吐息を吐いた。
「助かったよ、フェンリル」
ほっとする間もなく、生き残ったドラゴンの弾丸が獲物を狙う鮫の集団の如く、フェンリルに向かっていく。
「もしかして、フェンリルがターゲットになっているのか?」
ダガーとビルが気が付いた時には、撃ち逃した全ての弾丸は、フェンリルの前後左右に迫っていた。
「くそ」
ダガーが一直線に飛んで来る一発の弾丸を狙い撃ちにした。
それが合図のように、他の弾丸がスーツから弾けるように距離を取る。と同時に、一斉に低空飛行を開始した。
地面すれすれで接近して来る弾丸に、リンクス、ビッグ・ベア、ガルム2が銃口を下に向けて連続掃射する。
ドラゴンの弾丸はコイル状に弧を描いてスーツ隊の銃弾を回避すると、地表から突然直角に浮上した。
「なんだ、この動きは!機関銃の攻撃が全く追い付かない」
予測不可能になった弾丸の動きにジャックが戸惑いの声を上げる。目の前に現れた弾丸に銃弾を撃ち込もうとガルム2が銃口を向けた瞬間、正面のビッグ・ベアが目に入った。
「危ない、コックス!」
「うぁっ、伍長、撃たないでぇ!」
ガルム2とビッグ・ベアが銃口を向け合っている体勢に、ビルとダンが驚きの声を上げてトリガーから指を離す。
「まずい!同士討ちになるぞ」
スーツ隊が躊躇した僅かな隙を突いて、ドラゴンの弾丸が胸と背中、両肩の四方向からフェンリルを貫こうとしする。
「うわあっ」
「はっ」
ケイの悲鳴に鋭い掛け声が重なった。フェンリルの前と後に強力な風圧を感じたケイは、自分のバイザー・ディスプレイに一筋の白銀が流れるように輝く映像が映るのを目にした。
「間に合ったようね」
両手からブレードを出現させたキキが、フェンリルの前に立っていた。
「ハ、ナさん?」
キキが切断した四発の弾丸が全て真っ二つになってフェンリルの足元に落ちている。
「次、来る!」
瞬きより早く、キキの二枚のブレードが、フェンリルの前で幾度も十字を切る。
縦と横に切断されたドラゴンの弾丸は、アスファルト舗装された道路にぱらぱらと落ちた。
「そうか、ブレードで切っちまえばいいんだ!さすがサトー上等兵!イかしてるぅ」
「伍長、早くキキから距離を取って。ビッグ・ベアまで切り刻んじゃうわよ」
おお怖いと言いながら、ビッグ・ベアがキキから飛び退る。その両手には既にブレードが出現していた。空に煌めいた刃が弾丸をすぱりと切断する。
「ケイ!お前も機関銃からブレードに切り替えろ」
「はい!」
ダガーの指示を受けたケイは両方のブレードを突出させ、目にも止まらぬ速さでフェンリルに迫っていた複数の弾丸を一気に切り裂いた。
高速で飛ぶ弾丸を一瞬の早業で生体スーツが切断していく。
一気に形勢が逆転した。
キキとビッグ・ベア、それからフェンリルの三体のスーツが至近距離の弾丸をブレード攻撃し、距離を取る弾丸に向かって後の三体が機関銃を連射する。
次第に減っていく弾丸を空中で見ながら、フィオナは険しい表情をして呟いた。
「乳白色の生体スーツ。確かあれは、コストナーがエマと呼んでいた女のパイロットが搭乗しているやつだ。だけど、あの生体スーツはニドホグが戦域で破壊したはず」
フィオナはニドホグの中で首を傾げた。
「随分と早く修理できたのね。それにしても、あの子、あんなに腕の立つパイロットだったかしら?戦域では大した動きはしていなかったけれど」
腕を一本、あいつの肩から毟り取ってやったのに、何であんなにぴんぴんしているのと、不機嫌そうに舌打ちする。
ママ・グレイスの三匹の子猫達、キキ、ナナ、レミィの姉妹であることをフィオナは知らない。
彼女達は同一の乳白色、そして同型だ。フィオナがキキとレミィを同じスーツと思い込むのも無理はなかった。
「生体スーツを操る兵士は、ガグル社から与えられた技術力を使いこなしている部隊だって。ファーザが言っていたのは、この事か」
だから、フィオナ。絶対に気を抜くな。
「分かっているよ。ファーザ、あたしは絶対気を抜かない」
ユーリーの言葉を反芻したフィオナはニドホグに次の作戦に移行する命令を下した。
「そうよ。あの狼、ケイ・コストナーは、後からゆっくり始末してやればいい」
フィオナは捕食者特有の残酷な表情を浮かべると、上唇を舌先でなぞるように舐めた。
「楽しみながらね」




