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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第五章 武器を抱いて炎と踊れ
207/303

ドラゴンの弾丸・1

ニドホグの登場。

エマを意識不明にされたケイが憎しみを燃え上がらせる。



「ドラゴンだと?!」


 ノイシュタットとアウシュッテンに分岐点する幹線道路で、ブラウン隊とチームα(アルファ)の一行が一斉に十時の方向の空を仰いだ。

 レーダーで捉えるだけの影が瞬く間に肉眼に映るまでに大きくなっているのに、皆の表情が凍りつく。


「凄いスピードだな。どのくらいの速さで飛んでいるんだ?」


「時速、約二百キロです」


 驚きを隠せないブラウンに、ダガーがモニターを睨みながら素早く応答する。


「奴はどこに向かっている?」


「ロシアのミサイルと同じ、ベルリンと思われます」


「軍事同盟め。我が国の首都を何としても陥落させたいってわけか。ダガー、話している間に、ドラゴンの巨大な両翼が肉眼で見えるようになったぞ」


 ブラウンは悔し気に舌を打ち、ダガーはドラゴンを捉えた鳶色の瞳を、猛獣のように光らせた。

 突然、音信不通だった無線機が、ざらざらした声で喋り出した。


「ブラウン中佐、私だ。聞こえるか」


 ヘーゲルシュタインの声だ。ブラウンは無線機に向かって大声を張り上げた。


「こちらブラウン。閣下、上空にドラゴンを確認しました」


 ブラウンにヘーゲルシュタインが重々しい口調で返した。


「うむ。ノイシュタットでも確認している。アメリカ軍め、どうやらロシアのミサイルが我らに迎撃されるの見て、援軍を寄越したようだ」


「閣下、我が隊は戦闘可能な兵力を保持しています。いつでもご命令を」


「そうか。では、ブラウン隊に告ぐ。ノイシュタットのミサイル基地を、我らの戦車隊と共に援護せよ」


 ヘーゲルシュタインと無線でやり取りしているブラウンの脇で、マディが素っ頓狂な声を上げた。


「スゲエな。ヤガタ基地で初めて見た時よりもドラゴンの身体がでっかくなっている。それに、なんだか急にデブになったように見えるんだが。中佐、俺の目、疲れて霞んじまったんですかね?」


 目を擦りながら吐息を漏らすマディに、無線を切ったブラウンが鋭く言い放った。


「太ったんじゃない。ウレク、レーダーに目を凝らしてみろ」


 ブラウンは拡大したモニターの映像を指差した。


「見ろ。黒い物体が、ドラゴンの身体を粒子みたいに取り巻いている。あれは生きた弾丸だ」


「生きた弾丸?何ですか、そりゃ?」


 この上官は一体何を言い出すのかと、マディを筆頭に、機甲部隊、歩兵隊の兵士一同が困惑顔で首を傾げる。


「ジャック、ガルム1の人工脳からドラゴンの弾丸のデータを出してくれ」


 ブラウンはモニターに映し出された弾丸の構造と空を交互に睨みながら、マディ達に説明を始めた。


「あの弾丸の外殻はドラゴンと同じ超硬質の有機物で出来ている。中もほぼ同物質だが、内部は昆虫のような神経構造をしている。はっきり言えば、あれは虫だ」


「虫!あれが?」


 マディと兵士達は驚いた顔をして、ブラウンと同じように空とモニターに目をやった。


「そうだ。ドラゴンが弾丸に何らかの指令を出して虫を自在に操っているらしい。アウェイオンで弾丸の形をした虫の攻撃を受けて、連邦軍はほぼ壊滅という憂き目にあった」


「中佐、ドラゴンがベルリンからノイシュタットに進行方向を変えました」


 ジャックが興奮した声で叫んだ。


「中佐、奴はプロシアのミサイル基地を攻撃するつもりです!」


「真っ先に脅威の排除を行うのが、戦争の基本原則だ。今から我々はヘーゲルシュタイン少将の戦車部隊と共に、ノイシュタットのミサイル基地を援護する。全員、戦闘位置につけ!」


 ブラウンの号令に、リンクス、ビッグベア、ガルム1・2、キキ、最後にフェンリルが機関銃の銃口を空に向ける。一台残った戦車にはマディが乗り込み、自分達の司令塔を防御するべく戦闘車の前方に配置した。


「ジャック、ダン。ガルム1・2は中佐の戦闘車の両脇を固めろ」


「了解しました」


 ダガーの命令に、ガルム1・2がすぐさま配置を変える。


「二十秒後に我が隊の上空を通過します。機関銃を撃ってみますか」


「ドラゴンの飛行高度に機関銃を撃っても弾は届かない。少し待て」


 待機命令を出してから、ブラウンは考え込んだ。


(ドラゴンがあの高度で飛行するのは、戦車の砲弾もスーツの機関銃も届かないと分かっているからだ。あいつは人間に近い知能を持っているのか?まさかな。あんな怪獣が)


 ブラウンは乱暴に首を振った。ドラゴン、あの怪物はアメリカ軍によって遠隔操作されている生きた飛行兵器だ。


(いや。待てよ)

 

 大敗退したアウェイオン戦で、僅かに生き残った兵士のなかにコストナーがいたことを、ブラウンは思い出した。


(ダガーがコストナーをヤガタに連れて帰って来たのは、あの少年兵が、ドラゴンから至近距離で攻撃されてただ一人生き残った人間からだ)


 それで、生き証人のコストナーは、ブラウンに何と言ったか。


(ドラゴンの胸に少女の顔があったと、コストナーは叫んでいた)


 あの時は恐怖で幻覚を見たのだろうとしか考えなかったが、もしかしたら、コストナーは本当に少女を見たのかも知れない。


 だとしたら、その少女が…。


「ドラゴンの操縦者か?」





 ドラゴンだ。

 あいつが、また、自分の前に姿を現した。

 

 薄茶色の髪と瞳を持つ少女の姿が、ケイの脳裏に浮かび上がった。


(あたしの名前はフィオナ)


 砂漠が広がる戦域で、高らかに自分の名を叫んだ少女。


(ケイ・コストナー。次に会った時には、必ず、お前を殺す)


 ケイはフィオナの言葉を思い出して、ごくりとつばを飲み込んだ。


(くっそぉ、あのガキ、こっちが思い知らせてやる。あいつのせいでエマは意識が戻らないんだ)


 エマ。


 愛しい少女の名を口にしたケイの瞳み微かに怒りの炎が灯った。

 緊迫した最中で、生きた人形のようにベッドに横たわるエマの表情が脳裏に浮かんでしまう。その瞬間、ケイの胸が掻き毟られるように痛んだ。


(それにあいつ、爪でエマの首を傷付けた。あんなに鋭くて尖った長い爪を生やした人間なんかいない。少女の姿をしているが、中身は薄汚い化け物だ)


 だから、今度は容赦しない。

 ケイはフェンリルの顔を持ち上げて上空を見た。

 フェンリルの人工眼がドラゴンの全容を捉えた。漆黒の皮膚に覆われた恐ろしい顔が、ケイの戦闘用ヘルメットに搭載されているバイザー・ディスプレイに広がった。

 ドラゴンの黄色の目がフェンリルを捉えた。どう猛な光をフェンリルに向かって矢のように放つ。


〈見つけた。お前だ〉


 ケイの耳元で、少女の声が響いた。


「この声は、フィオナ?!あいつ、俺のヘルメットのパーソナル無線周波数を知っているのか?」


 慌ててヘルメットを抑えた。

 ディスプレイに、大きく口を開けたニドホグの映像が映る。


〈ケイ・コストナー、最初にお前を殺す!貴様の生体スーツをばらばらに引き裂いてやる。覚悟しろ〉


 落雷のような大音声(だいおんじょう)を空に響き渡らせると、身体を覆っていた弾丸と一緒にニドホグは急降下を始めた。


「ふざけるな!フィオナ、ニドホグと一緒に、お前をあの世に送ってやる」


 ケイはあらん限りの声で叫ぶと、ニドホグに向かって機関銃のトリガーを引いた。


「おい、ケイ、何やっている!まだ攻撃許可は出ていないぞ!」


 フェンリルの発砲を制止させようとビルが叫ぶ。それでもケイは引き絞ったトリガーから指を離さなかった。命令を無視して攻撃を始めたケイに、ブラウンが冷静な声で指示を出した。


「構わん。フェンリルはそのまま銃撃を維持しろ。皆も攻撃を開始するんだ」


 一呼吸置いてから、ブラウンが緊張した声を張り上げた。


「ドラゴンの進路を見てみろ。奴の第一攻撃目標は、生体スーツに変更したぞ!」



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