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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第五章 武器を抱いて炎と踊れ
206/303

ミサイル基地

ブラウン隊に話は戻ります。

それからウォーカーとユーリー、食わせ者同志の話し合い。


 鷹の姿をしたドローンはブラウンの頭上で大きく羽ばたくと、大空へと舞い上がった。

 本物と見紛うほど精巧な人工羽毛の中身はロボットだ。ドローンは弾丸のようなスピードで、一直線にノイシュタットへと飛んでいく。その姿は瞬く間に小さくなり、空に溶け込んだ。


「ドローンから映像が届きました」


「これは…ミサイルの発射口だ」


 戦闘車のモニターに送られてきた映像にブラウンは目を見開いた。


「そうか。ヘーゲルシュタイン少将が百両もの戦車隊をノイシュタットに移動させたのは、侵攻するロシア戦車からこのミサイル基地を守る為だったのか」


 草の生える地面が四角に割れ後方へとスライドするのを見て、ブラウンは唸った。

 地下の発射場がミサイルごとせり上がっていく。すらりとした円筒状の大型ミサイルが一基、その全容を現した。


「スーツの人工脳が熱を感知したのは、ノイシュタットに設置してあったミサイルの発射装置に点火したからだったのか。体長は五メートル以上ある。結構大型のミサイルだ」


「ノイシュタットにミサイル基地があったとは。中佐はご存じだったのですか?」


 ダガーからの通信にブラウンが首を振る。


「いや。我が軍が地対空ミサイルを所有しているのも、ミサイル基地があることも、ヘーゲルシュタイン少将からは聞かされていない」


 プロシア軍の最高幹部が地対空ミサイルを所有しているのを極秘にしていたのは(もっと)もだと思った。

 地上戦ならともかく、高高度の空を飛ぶミサイルなど、ウィーン条約を完全に無視した殺戮兵器だ。それをプロシア一国で密かに開発していたのが知れ渡れば、他の共和国から糾弾され、孤立する羽目になる。


「あんなものが戦闘に使用されれば、戦争の拡大を防ぐために限定戦域で戦うと定めた意味がなくなってしまう。だが、ロシア軍のウィーン侵攻で、条約は無効になった」


 無法状態の戦闘へと突入するのは覚悟はしていたが、大陸弾道弾クラスのミサイルが空を飛び交う事になるとはブラウンにも想像出来なかった。


「熱量が最高値を記録しました。すぐに発射されます」


 ハナが緊張した声で叫ぶ。

 その直後、ロケットが空中に放たれた。

 遥か上を飛ぶロシアのミサイルに向かって垂直に飛んでいく。


「迎撃できるか。成功してくれ!」


 地上では無敵の生体スーツでも、空の上の戦闘となると何も出来ることはない。パイロット達はただ空を見上げて祈るばかりである。


「中佐。あれはレーダー式誘導ミサイルだと思われます。大丈夫、撃ち落とせます」


 通信機から聞こえてくるジャックの声は確信に満ちていた。戦闘車のハッチから不安そうに空を見る兵士達の顔に安堵の色が浮かぶ。


「おい!見ろ!」


 兵士達が高い空に目を凝らす。首を痛いくらい仰け反らせて上を見た場所に、オレンジ色の炎が小さく弾けた。数秒してからドンという衝撃波が空から落ちてくる。

 ジャックの言う通り、味方のミサイルによってロシアのミサイルが迎撃されたのだ。


「やったぞ!」


 マディ達、戦闘車に乗る兵士達から、どっと歓声が沸き上がった。





 ユーリーが深々と頭を下げて執務室から退出するのを、ウォーカーは椅子に腰を下ろしたまま見送った。


「ユーリーめ、とんでもない作戦を立てたものだ」


 ウォーカーは音を立てずに閉まった扉を眺めながら、深々と息を吐いた。


「しかし、なかなか興味深い作戦だ。アメリカ軍の最新兵器をロシア軍に譲渡して、プロシアに電撃戦を仕掛けるように仕向けるとは」


 戦域で連邦軍に敗退した情報はウォシャウスキーの耳に届いているだろう。


「敗退したアメリカ軍は身動きが取れない。勝ったとはいえ、プロシア軍は戦力を使い果たした。ウィーン条約に気を許しているプロシア国防軍の兵力は高が知れている。そうなると、あの強欲なウォシャウスキーのことだ。ロシアの一人勝ちを狙うだろう」


 五人の科学者がガグル社から出奔し、アメリカ軍の傘下に入ってから早くも十年になる。

 機械工学を網羅するバートンによって、モルドベアヌ基地の地下に地熱を利用した発電所がいくつも建設された。

 お陰でエネルギー効率が格段に良くなり、居住地区の電気や水の使用制限が解除され、基地から逃げ出す者は一人もいなくなった。





 前時代的だった兵器も、彼らが持ち込んだガグル社の技術で、超が付くほど進歩した。

 ウォーカーは、何故これほどまでに我々アメリカ軍に協力してくれるのかと、ユーリーに訪ねたことがあった。


副大統領(ヴィープ)、それは貴方が、ガグル社と、最高責任者であるアシュケナジを俺同様に憎んでいるからですよ」


 そう言ったユーリーの表情は、口から氷の炎を吐くのではないかと思えるくらいに冷ややかだった。

 時として、憎しみは愛よりも膨大なエネルギーを生み出す。

 まさにあの時のユーリーがそうであった。


「それに我々は、ただの善意だけで、アメリカ軍の強化を図っているわけではありませんよ」


「そうだったな。我々は公正な取引をしているのだ。互いの利益の為にね」


 ウォーカーの言葉に、親愛の印とばかりにユーリーが笑みを返す。


(ユーリー。この食わせ者め。私がこの歳まで、どれだけの人間を見てきたと思う?)


 これは取引ではない。駆け引きだ。

 アシュケナジという共通の敵に抱くお互いの憎悪を上手く引き出して、相手を自分の思い通りに動かす。

 しかし、それは今、ロシア軍を利用する計画で一旦休止となった。


「アメリカ軍は、父の代から随分とウォシャウスキーに利用されてきたからな。ロシアと同盟を組んだことで我らが流した血を、そろそろ彼らにも支払って貰いたいと思っていたところだよ。利息もつけてね」


「俺がウォシャウスキーに作戦内容を伝えます。彼は喜んで計画に乗ってくるでしょう」

 

 確かに、老獪なウォシャウスキーを丸め込めるのはユーリーしかいないだろう。

 ニドホグを使ったアウェイオンの戦闘以来、誰も信用しないあの老人が、ユーリーだけには一目置いているのをウォーカーは知っていた。


「しかし、ユーリー、猜疑心だらけのウォシャウスキーをよく手懐けたな。一体どんな方法で懐柔させたのかね」 


「彼は人から奪うだけの人生を繰り返してきていますから」


 片方の口の端を、軽蔑した表情で、ユーリーは持ち上げた。


「己の信頼や忠誠心を、あの老人に無償で差し出す部下は誰一人としてロシアにはいないでしょう。だから俺は惜しみなく与えることにした。あなたを信頼していると言って、ウォシャウスキーが欲しがっていた機械兵器や生体兵器、無人戦車に弾道ミサイルをね」


 ウォーカーは、眉を顰めてふんと鼻を鳴らした。


「そして、お前が与えた最新兵器(おもちゃ)を使ってプロシアを火の海にしろと、奴の耳元で囁くのか」


「そうです」


 ぞっとするほど冷淡に、ユーリーは答えた。





「次のミサイルが発射されました!今度は二基同時です」


 ジャックの通達に、皆は一瞬で緊張の中へと引き戻された。


「目標は?」


「ベルリンとノイシュタットです」


「そうか。ロシア軍め、どうしてもプロシアの地にミサイルを落としたいようだな」


 ブラウンは険しい表情で空を睨んだ。

 敵の放ったミサイルと同数のミサイルが、ノイシュタットから連続発射される。

 ロシアのミサイルを二基とも撃ち落としたのを見て、兵士の一人が、はあっと、大きなため息を吐いた。緊迫した空気が緩んだ。


「あのう、中佐。俺達ここで、空のミサイル戦を傍観しているしかないんでしょうか?」


「いい質問をしてくれたな、ロウチ伍長」


 ブラウンは困ったように頭を掻いた。


「私はウィーン市街が攻撃を受けていると聞いて、かなり狼狽した。それで、スーツ用大型ロケットランチャーを忘れるという大失態を犯してしまった」


「中佐のせいではありません。軍曹として、チームが携帯する武器にもっと注意を払うべきでした」

 

 肩を落とすブラウンの頭上で、ダガーがリンクスの頭を深々と下げる。


高高度(こうこうど)のミサイル戦はヘーゲルシュタイン少将が全指揮を執っている。我々がやるべきことは、幹線道路とその周辺を警固だ。敵機械及び生体兵器を駆逐した今、ノイシュタットへのロシア軍侵入を絶対阻止する任務に切り替える。撤退した敵戦車がいつ戻って来るか分からない…」


「お話の途中失礼します」


 ブラウンの話を遮ってハナから緊急の連絡が入った。


「中佐、十時の方向から急接近してくる飛翔体をレーダーが捉えました!」


「何だと!ロシア軍は別の基地からもミサイルを発射したというのか?」


「違います。この陰影は…」


 ブラウン隊、チームα全員の目が、モニター画面に釘付けになる。


「ドラゴンだ!!」




 

「ウォシャウスキーは君の計画に易々と乗ると思うかね?」


 首を傾げるウォーカーから視線を離すと、ユーリーは目の前に置かれたティーカップを持ち上げて紅茶を一気に飲み干した。


「乗りますよ。ウォシャウスキーの野望はヨーロッパの征服だ。彼は良くも悪くもすぐさま実行に移すタイプです。征服に至る最短距離のプロセスを示せば、動くのは必須」


「なるほど。君の思惑通りになるように、期待していよう」 





 ウォーカーは自分一人になった執務室で、ソファの背もたれに両腕を広げて寛いだ。


 ロシア軍のプロシア侵攻。次の計画。

 そして、その後。

 次々と示されたユーリーの作戦計画を、今再び頭の中で反芻する。

 人道を無視した計画の行きつく先に、腹の底から揚々とした気分が込み上げてくる。

 楽し気な含み笑いが口から零れるのをそのままにして、ウォーカーは再び扉を眺めた。


「これからが楽しみだ」



203部分を書き直しました。気になって読み返したら、ストーリーが破綻していた箇所があったので。宜しくお願いします。<(_ _)>

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