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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第五章 武器を抱いて炎と踊れ
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独裁者


 上官から命令を受けた兵士の指が、機材に取り付けてあるスイッチの一つをオンにする。

 モーターが低い音を立てて回転し始めると、天井の鋼板がスライドを開始した。

 地面を四角く切り取った穴の中に陽の光が差し込む。

 銀色のミサイルに太陽光線が反射して白く輝いた。

 ランチャーに搭載されたミサイルの直径は一メートル、総長は九メートルほど。

 一・五メートルの間隔を開けてずらりと横一列に直立した爆弾を、ウォシャウスキーは基地の指令室から目を細めて見つめていた。

 全てがアメリカ軍のMk84型を改良して作った地対地弾道ミサイルだ。

 飛行可能距離は千キロを超える。一発落ちれば地面に十一メートルの大穴を穿(うが)ち、三百八十ミリの甲板、三メートルの厚みのあるコンクリート壁を容易に貫通する。


「連邦軍め。ウクライナ基地の地下にミサイル発射場があるとは、夢にも思わぬだろう」

 

 ウィーンの戦域休戦会議に出席した連邦軍の重鎮の顔が、ウォシャウスキーの脳裏に甦った。

 豪華なテーブルを挟んで目の前に居並ぶ上級貴族将校は、小綺麗な顔と指をした連中ばかりだった。彼らが一度たりとも戦地に赴いたことがないと一見して分かった。


(ふん。共和国の貴族(ぶた)共めが。生まれる時に咥えてきた銀の(さじ)を、軍人になっても手離さずにしゃぶっているのか)


 侮蔑と憎悪が、腹の底を怒りで熱くする。戦う事で己の人生を切り開いてきたセルゲイ・ウォシャウスキーにとって、連邦軍の貴族軍人のような人間こそ真っ先に粛正すべき存在だった。





 エンド・ウォーの災厄に襲われたロシアは、他国と同様、長い辛苦の道を歩んだ。

 否、広大な国土(ゆえ)に混乱に果てがなかった。

 他国よりも困窮が続いたのだ。

 地方ごとに首長を名乗る人物が現れてロシアからの独立を宣言し、反乱を起こした。

 阻止しようとする中央政府との対立が激化して内戦状態になった。

 内戦が混乱を極め、ロシア国家が分解消滅するのも時間の問題と思われた時、救世主となる一人の軍人が現れた。

 彼は天才的な戦略で、瞬く間に反乱軍を鎮圧した。

 男は将軍となって軍事独裁政権を立ち上げ、ロシアの支配者となった。

 自分に背く人間を武力で徹底的に排除・粛正を行った。

 ロシア国家を絶対主義体制の軍事国家として再構築して、政権を盤石なものにしていった。

 

 将軍となった男の名は、セルゲイ・ウォシャウスキー。

 ロシア中興の祖とされるウォシャウスキーの祖父である。 


 ウォシャウスキーが独裁を布いたロシアは、ある意味平和な時期であった。

 恐怖政治に誰もが息を殺す安定であったが、泥沼の内戦が続くよりはましだったからだ。

 だが、彼の統治は長くは続かなかった。

 ウォシャウスキーが暗殺されたからだ。

 独裁は崩壊した。

 将軍の息子とその妻は亡き父の政敵によって、身に覚えのない罪をいくつも着せられた。

 一族や取り巻きと共に強制労働の刑に処され、シベリアの収容所に輸送される途中で行方不明となった。

 将軍の妻と祖父と同じ名を持つ息子の忘れ形見だけが、シベリア近くの寒村へと放逐された。

 ウォシャウスキーが十六になった春に、祖母が流感に罹って死んだ。

 凍てつく大地での極貧暮らしで、祖母は、襤褸(ぼろ)のように朽ち果てていった。

 ウォシャウスキーはたった一人の肉親の(むくろ)を、凍てついた庭先に一日かけて掘った穴の中に埋めた。

 貧しくて石碑など買えない。河原から拾ってきた石を祖母の墓標とした。

 炭で石の上に書いたのは祖母の名ではない。“復讐”の文字だった。


 十七になって軍に入隊し、内戦が続くウクライナで兵役に就いた。

 あまりの優秀さに、中隊長が推薦状と共にウォシャウスキーを士官学校に送り込んだ。

 異例の抜擢を最大の好機と悟っって、必死に軍学を励んだ。

 

 士官学校を首席で卒業後、少尉となって戦車隊の車長を務めた。

 ウォシャウスキーはウクライナ戦線で数々の功績を上げた。少佐まで昇進すると、ウォシャウスキー将軍の孫の噂がモスクワにまで届いた。

 その名に利用価値があると気付いた将軍に見い出されて彼の右腕になった。

 将軍は政治の中枢に君臨する人物であった。

 戦車隊から国家保安部隊に転属されたウォシャウスキーは、犬のように忠誠を尽くした。

「将軍の靴を舐める男」と周りから揶揄(やゆ)され嘲りを受けても、愚直に従った。

 保安部隊のトップに上り詰めた時、将軍の一人娘との縁談話が持ち上がった。

 ウォシャウスキーは深々と頭を下げて、父親が国の統治者という以外、何の取り柄のない女を自分の妻に貰い受けた。

 四十を過ぎた遅い結婚だった。

 孫が生まれると、年老いた将軍はウォシャウスキーに完全に気を許した。

 加齢による健康不安を抱えていた将軍は自分の地位を婿に譲ると宣言した。

 将軍の言葉に、誰も異を唱える者はいなかった。

 老いた将軍は気付かなかったのだ。

 国家保安(スパイ)部隊を完全に掌握したウォシャウスキーに楯突く者など、もはやロシアに存在しない事を。


 ウォシャウスキーは将軍の大命を授かって、ロシアの中枢に立った。権力の委譲が速やかに行われ、大々的な祝賀会が連日開かれた。

 一週間後、隠居した元将軍とその夫人、一人娘であるウォシャウスキー自身の妻を、人里離れた別荘で銃殺した。

 ウォシャウスキーに躊躇はなかった。

 何故なら将軍こそが、ウォシャウスキーの父とその一族を殺し、祖母と自分を北の荒れ地へと追放した張本人だったからだ。


 復讐を決意してから、三十年が経っていた。

 (よわい)、四十六の春。ウォシャウスキーはロシアを手中に収めた。

 それから二十年の月日が流れ、ウォシャウスキーは粛正(しゅくせい)した義父と同じ年齢になった。

 先の将軍からウォシャウスキーに統治が移っても、内戦で疲弊し切った国土は思うように回復していない。

 ロシアより先に政治の安定と経済発展を成し遂げたプロシアは、東ヨーロッパの国々を次々と合併して、ヨーロッパの国々を()べる大国になりつつあった。


 指を咥えて見ているだけでは大国ロシアの権威が失墜する。

 帝政ロシア時代の領土を奪い返す名目で、先の将軍が始めた戦争が、予期せぬほど長引いて、国庫は空に近くなっていた。

 ウォシャウスキーは、中立の立場を取っていたアメリカ軍を甘言によって味方に引き入れ、同盟軍としての戦力を得たが、限定戦域での不利な戦局は変わらなかった。

 それどころか、プロシアを筆頭とする共和国連邦軍に、軍事同盟は圧倒されつつあった。

 戦果が得られない上に重税に次ぐ重税で、国民は不満を爆発させる寸前だ。

 前の将軍一派が息を吹き返す前に、血の粛正を行なうことで動乱を抑え込んだが、戦いの形勢は悪くなる一方だった。


 救いの手は思わぬところから現れた。

 アメリカ軍の特別参謀を名乗る男が、僅かな兵を連れてウォシャウスキーの元を訪れたのだ。

 黒髪に藍色の目をした長身の若い男の顔を、ウォシャウスキーは、この日初めて見た。

 男の立案した作戦には耳を疑った。

 武器を積んだ飛行体で連邦軍を空から攻撃するという、エンド・ウォー以前の主力戦を口にしたからだ。

 半信半疑のままアメリカの飛行体を目にしたウォシャウスキーは、再び度肝を抜かれた。

 それと同時に、戦域で大逆転が待っているのを確信した。

 果せるかな、空飛ぶドラゴンに圧倒された連邦軍は総崩れとなって、アウェイオン戦は軍事同盟の圧勝で終わった。

 

 だが。

 次の戦いは軍事同盟が敗北した。生体スーツという敵の新兵器が現れて、ロシア軍の戦車隊とアメリカの最新の機械兵器を壊滅状態に陥れたのだ。

 若者は戦域での敗戦を意に返さない様子で、次の戦略をウォシャウスキーに提示してきた。

 連邦軍との条約を一方的に破棄して、ロシア軍の戦車大隊でウィーンの幹線道路からプロシアの首都ベルリンまで一気に侵攻する電撃戦を行えという。

 あまりの無謀な計画に、さすがのウォシャウスキーも首を縦に振らなかった。

 躊躇するウォシャウスキーの反応を見越してか、若者はアメリカ軍の高度な軍事技術をロシア軍にも導入すると確約した。そして、それは現実となった。

 戦車隊及び機械兵器と生体兵器を放ち、先にウィーン市街を徹底的に破壊する。彼の提案した作戦をスムーズに行う為の前哨戦は成功した。





「本番はこれからだ」


 ウォシャウスキーはアメリカ軍から譲渡された最終兵器を嬉し気に眺めた。


「多連装発射ロケットシステム。これでプロシアは壊滅状態に陥る」


 三十年という気の遠くなるような戦争も、必ずや転機を迎えるだろう。


(あの若者、名を、ユーリーと言ったな。ウォーカーめ、中々頭の切れる部下を飼っている)


 分厚い鋼板がスライドして、コンクリートに覆われた地表から四角い空間が複数現れた。

 ミサイルは三十基。


「発射の準備が整いました」


「よし。ベルリンに向けて、第一弾をお見舞いしろ」


 威厳のある声で命令を下すと、兵士の指が速やかに発射ボタンを押した。

 連邦軍の主力国家であるプロシアを潰せば、穀物の一大生産地、ポーランドが手に入る。


(この戦争に大義などない。どの国が生き残り、どの国が死ぬか。それだけの戦いだ)


 正面の巨大モニターに映し出された、雲一つない大空に弧を描いて飛んでいくミサイルを仰視する。

 ウォシャウスキーは、モニターの前に座る兵士の肩に手を置いて呟いた。


「青とシルバーのコントラストというのは、随分と美しいものだな」



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