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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第五章 武器を抱いて炎と踊れ
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ララ・メイの赤ん坊


 ノイバウへ向かう幹線道路を疾走する戦闘車に追撃を掛けて来た数両ロシア戦車が、主砲を向ける。と、同時に、その戦車の砲塔が大きな音を立てて空中に吹っ飛んだ。

 道路の並木で見えないようになった丘陵の上から、ビッグ・ベアが狙撃したのだ。

 ビッグ・ベアに気付いて主砲を向ける残りの戦車にも、素早くそして的確に、弾丸をお見舞いした。

 車両の真ん中を撃ち抜かれた戦車が火を吹いて燃え上がる。

 残り一両となった戦車が退避する様子を見せずに、木を薙ぎ倒してビッグ・ベアに突っ込んで来た。


「勝ち目がないのは分かってんだから、さっさと逃げりゃいいのに。ああ、そうか。ドナウ運河を渡った戦車は決死隊なのか」


 ビルは至近距離からライフルを撃った。

 百二十ミリ滑空砲の戦車砲弾と同等の弾丸が貫通した戦車は瞬時に爆発した。

 車両のなかの兵士は一瞬で粉々になっただろう。痛みを感じる間もなかった筈だ。


「なんてこった」


 敵戦車を黒い残骸に変えたビルは、陰鬱な表情で息を吐いた。


「中佐。幹線道路沿いのロシアの戦車は全て撃破しました」


「了解した。ロウチ伍長、すぐに我々と合流せよ」


 イヤホンから聞こえてくるブラウンの声に、「イエッサー」と返事してから、ビッグ・ベアの背にライフルを装着させて、四つ足走行モードにする。

 丘陵を降り、綺麗に剪定された並木を軽く飛び越えて、アムシュッテンに続く幹線道路に出ると、ブラウンの乗る戦闘車に向かって走り出した。


「ん?」


 レーダーが、十キロメートル後方から時速百キロで走行してくる五つの物体を捉えた。


「おっ、軍曹達か!」


 キキ、ガルム1と2、フェンリルにリンクス。


「全員揃っている。ってことは、ウィーン市街の敵は全て撃退したんだな」


 それにしても、随分と()いているように見える。


「ロウチ伍長、そっちの様子はどうだ」


 ダガーから通信が入る。その険しい口調に、嫌なものを感じたビルの頬が引き締まった。


「中佐は無事です。兵士一人と戦車一両がやられましたが」


 ビルはビッグ・ベアの走行速度を落として、猛進してくるダガー隊を待ち受けた。


 その時、レーダーが別の物体を捉えた。


「これは、何だ?」


 ビッグ・ベアの人工眼が精密加工した映像をモニターに送ってくる。遥か上空を白い尾を引きながら筒状の人工飛翔体が滑空していく姿に、ビルは目を見張った。


「おいっ!あれは何だ?」 ビルに続いて空の異変に気付いたジャックが、ガルム1のモニターに目を凝らした。


「えっ、何?まだ敵がいるの?どこ?」ケイが幹線道路をきょろきょろと見回す。


「アホ。空だよ空。ケイ、レーダーで探知しろよ」ダンが、ケイにがなり立てる。


「レーダー探知しました。上空、高度、約十キロメートル。ミサイルです!」ハナが叫ぶ。


「爆体は円筒型。体長五・三メートル。速度は亜音速。発射地点を割り出しました。ウクライナのリボフ基地から発射されたようです」ダガーが冷静な声で状況説明する。

 

 ブラウンはイヤホンの周波数を戦闘車の通信機器に切り替えた。狭い車内に、チームαの緊迫した声が放たれる。


「着弾位置を確定できるか?おおよそでいい、すぐに計算しろ!」


 ブラウンの張り詰めた声がダガー隊のイヤホンに響く。

 ジャックがいち早く計算を開始した。ガルム1の人工脳によって割り出されたミサイルの着弾距離が、チームαのモニター画面に映し出される。

 ミサイルがどこに向かっているのかを知ったチームαの全員が、息を飲んだ。


「敵ミサイル目標地点は、首都、ベルリン、です」


 ダガーの重い声が、無線機から聞こえてくる。


「そうか」


 スーツの機関銃で撃ち落とそうにも高度があり過ぎる。

 何故、スーツ用のロケットランチャーを装備させてこなかったのかと今更ながら後悔しても、後の祭りだ。


(最悪だ)


 死刑宣告を言い渡された気分だと、ブラウンは思った。





 モルドベアヌ基地にニドホグが戻ったのを知ったニコラスは、急いでフィオナを迎えに行った。

 だが、ニドホグから降りた筈のフィオナの姿はどこにもない。


「あいつめ、どこに行ったんだ?」


 ニコラスはニドホグの周りで忙しく働いている作業員達に、手当たり次第フィオナの居場所を聞いて回った。

 作業員達は一様に困り顔をしながら、ニコラスに答えた。


「フィオナさんならニドホグから降りるとすぐに転がるように駆け出して、格納庫を出て行きましたよ」


 作業員が困った顔をするのには訳がある。

 戦闘から戻った荒ぶる竜を、今から決められた場所に格納しなければならないからだ。

 成体になったニドホグは、頭から尻尾の先までが三十メートルはある。その体長に合わせて新しく作った“巣”に移したのだが、彼はコンクリートで作られた巨大な長方形の部屋があまり好きになれなかったようで、大人しく入ってくれる試しがなかった。

 そうはいっても、幼体だった頃に使っていた岩盤を穿って洞窟に似せた穴蔵では、巨大化したニドホグの身体は半分も入らない。

 お気に入りのねぐらだった洞窟に戻れない不機嫌な巨竜の鼻を撫でて、「いい?ニドホグ。ここがあなたの新しいお家なんだからね」と言い聞かせながら、その岩のように硬い巨大なお尻を叩いて新しい格納庫に移動させるのは、フィオナの役目だ。

 だが、今日に限ってその役目を放棄して、どこかへ行ってしまったらしい。

 そういう訳で、作業員達はニドホグを新しい「巣穴」に移動させるのに必死だった。

 それはそうだ。こんな巨竜に前足で叩かれたり、噛み付かれでもしたら、即死するしかないのだから。


「ミッションから戻ったら医務室にすぐに来るように言っておいたのに、あの子ったら、いつになっても


 姿を見せないんだ。ここから出るとき何か言っていなかったかい?」

 それでも次々と訪ねていくうちに、作業員の一人が「そう言えば」と、顎を擦りながら話し始めた。


「フィオナさん、赤ちゃんが生まれたって、随分とはしゃいでいましたっけ」


「それか」


 ニコラスは踵を返すと格納庫を後にした。

 走ったり歩いたりを繰り返しながら、産婦人科の入院病棟、ララ・メイの個室の前まで来た。息を切らしながらドアを小さくノックすると、中からララの優しい声が聞こえてくる。


「どなた?」


「メイ博士、ニコラスです。そこにフィオナはいますか?」


 ドアに頬を張り付かせるようにして遠慮がちに聞くと、ララの明るい声が返ってくる。


「ええ、いるわよ。ニコラス、あなたも入ってらっしゃいな」


 ララの言葉に、ニコラスはそっと病室のドアを開けた。ララが、枕の上に上半身を預けて生まれたての赤ん坊を抱くその横で、ベッドの端に両肘を付いているフィオナの姿があった。


「フィオナ」


 娘の名を呼んだニコラスの目に、胸元の半分を大きく開けて赤ん坊に授乳するララの姿が飛び込んできた。

 赤子が吸い付いている豊満な乳房に暫し目を奪われたニコラスだったが、はっと我に返ると、顔を真っ赤にして、慌ててくるりと後ろを向いた。


「博士、こ、これは、失礼しました」


 しどろもどろで話すニコラスの背中に向かって、フィオナが声を張り上げた。


「ニコ、見てよぉ。すごいんだから!赤ちゃんって、ママのおっぱいからこんなに一生懸命にお乳を飲むんだよ」


「見てって…。フィオナ、それは無理…」


 背中を縮めるニコラスに、フィオナが無邪気に言い放った。


「ねえ、ニコ。あたしもニコのおっぱい飲んで育ったの?」


「え゛…。フィオナ、何、言ってるんだ」


「何って、赤ちゃんはお母さんのおっぱい飲んで大きくなるんでしょ?だからあたしもニコの」


「フィオナ!その話はもういいから!」


 答えに窮したニコラスが小さな悲鳴を上げた。不満そうに唸るフィオナの声と、今にも吹き出しそうなララの気配を背中で感じて、背中を小さく丸める。


 突然、病室のドアが大きく開いて、ユーリーが病室に入って来た。

 ドアの角に顔を打ち付けそうになったニコラスが慌てた表情で、反射的に両手を突き出して上体を仰け反らせる。


「何だ、ニコラス、お前もここにいたのか」


 滑稽な格好をしたニコラスを、ユーリーは眉を顰めて見つめた。 


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