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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第五章 武器を抱いて炎と踊れ
195/303

作戦名0(ノーリ)


 バラノフの説明に、ダガーは険しい表情で反論した。


「確かに、我が隊は犬型生体兵器の攻撃もあって、お前達のロシア戦車大隊の侵攻を完全に阻止することは出来なかった。それでも、相当数のロシア戦車隊を壊滅させた。プロシアまで侵攻する大隊は殆んど残っていないだろう」


 ダガーはそこで言葉を切って、イヤホンの中心を指で押した。別の場所にいる隊員から連絡が入ったらしく、バラノフには聞こえない小さな声で口早に会話している。


「ダンから、ウィーン市街に残っているロシア戦車を全て撃退したと連絡が入った」


 話を耳にしたバラノフが、鋭い目付きでスーツの上に身を乗り出しているダガーを見上げる。


「先陣を切ってプロシア本土を目指したロシア戦車隊も、途中で待ち構えているプロシア国防軍の戦車隊とビッグ・ベアの攻撃を受けて、全滅に追いやられているだろうよ」


 無謀な作戦だったな。

 そう言いたげな鳶色の目が、スーツの上からバラノフを見下ろす。


「どうだろうな。俺達は特殊任務部隊(スペツナズ)だ。前線で、お前達をかく乱させるのが主要任務だった。俗に言えば斬り込み部隊の親玉さ。任務に失敗すれば、一等先に切捨てられる。そんな部隊が、ウォシャウスキー将軍が指揮する作戦の全容を知る立場にあると思うか?」


「ウォシャウスキーが、作戦の指揮を執っているだと?」


「そう聞いている。ああ、作戦名だけは知らされていたな。それを教えてやろう」


 一呼吸置いてから、バラノフは言った。


「ノーリ。ロシア語でゼロという意味だ。何がゼロを差すのか、俺には見当もつかんがな」


「ゼロ、だと?」


 目を見張るダガーに、バラノフは少しだけ溜飲が下がる思いがした。


「軍曹!大変です!」


 ガルム2が手を振り回しながらリンクスの方に走って来る。


「ドナウ運河の向こう岸に待機していた残りのロシア戦車隊が一斉に撤退して行きます」


 ダガーが眉尻を吊り上げて、厳しい視線をバラノフに向けた。バラノフは無言で首を竦めた。


「ハナ、ジャック、ダン、ケイ。我々はブラウン隊と合流する。スーツを獣型に変形させろ。すぐにノイバウに向かうぞ」


「軍曹、機械兵器のパイロットはどうします?スーツの背中にでも縄で括りつけますか」


 ダガーの命令にジャックがバラノフ隊を見た。四足走行のスーツで、六人の捕虜をどうやってノイバウまで連れて行くかと思案顔だ。


「その必要はない。彼らはここで開放する」


「「えっ。開放しちゃうんですか?」」


 ダンとジャックの驚いた声が見事に重なった。


「我々には捕虜を人道的に扱っている余裕はない。こいつらは特殊部隊だ。ここに捨て置いても、ドナウの向こう岸にいる味方の軍まで、自力で容易にたどり着くだろう」


「はあ…」


「時間がないのよ。さあ、行くわよ」


 ハナは納得できない顔の二人に向かって言い捨てると、さっさとキキを猫型にして四つ足で駆け出した。ジャックとダンもガルム1・2を獣型にするとノイバウに向かって走り出す。


「ケイ、行くぞ」


 瓦礫の前に、一人所在無げに離れて立っているフェンリルをダガーが(うなが)す。

 声が聞こえていないのか、ケイは返事をしなかった。ダガーはコクピットを全開させたリンクスをフェンリルに近付けて、その胸の辺りをリンクスの手で何回かノックした。


「あ、軍曹…」


 ケイが慌ててハッチを開ける。

 リンクスをフェンリルの肩にもたれ掛けさせると、ダガーは操縦席から立ち上がってケイを覗き込んだ。

 きょとんとした表情がダガーを見返す。

 その表情からして、命令はおろか、ロシア機械兵器部隊とのやり取りも耳に入っていなかったらしい。


「お前、今回も、フェンリルとかなり深く同期(シンクロ)したようだな。大丈夫か?」


 ダガーはケイの頭からヘルメットを取り払った。掌で前髪を持ち上げて額の傷に目を凝らす。


「人工神経線維の暴走は起きていないようだ」


「あ、はい。大丈夫です。頭痛もしていませんし」


 コクピットの正面から自分の頭を()めつ(すが)めつしているダガーをぼうっと眺めながら、ケイはこくこくと首を動かして頷いた。


「機械兵器を速攻で倒した戦闘は見事だった。まるで、アシュルを見ているようだった…」


(アシュル?)


 ケイは首を傾げてダガーを見つめた。


(ああ、思い出した。ミニシャさんが言っていたっけ。フェンリルの最初のパイロットだった人だ。確か、戦士(ウォーリアー)って…)


「気を付けろよ、ケイ。飲み込まれたら最後、戻って来られなくなるからな」


 ダガーの恐ろしく真剣な表情に、ケイは目を瞬いた。


「のみこまれる?何にです、軍曹」


「自分の深淵に、だ」





 すらりと伸びた四本の足が、大地を蹴って駆け出していく。

 獣型になったフェンリルとリンクスのフォルムは、それは美しいものだった。


「生体スーツか。人間の限界を超えるスピードを叩き出す機械兵器よりも、さらに上を行く戦闘機があったとはな…」


 どんなに人間離れした怪物が操縦しているのかと思ったら、コクピットから現れた兵士はどう見ても普通の人間だった。女のパイロットもいると知った時には心底驚いた。


「見た目は普通でも、奴らは俺達よりも身体能力の突出した兵士だったという事か?」

 

 考えても分からない。

 しかし、スーツを動かす兵士の身体的負荷も相当なものだろう。

 二体の生体スーツが瓦礫に隠れて見えなくなっても、バラノフは彼らが走り去った方向から暫く目を離さないでいた。


「さて」


 敵も味方も姿を消した廃墟で、自分の部下達に目を向ける。

 グラチェフは意識を取り戻したイリイーンを膝に抱き抱えて二言三言、語り掛けながら、彼の髪を指先で優しく()いていた。

 アレクセイは自分より小さなスーツに負けたのが余程ショックだったようで、地べたに力なく座り込んでいた。

 そんな弟を慰めているのだろうか、双子の兄ウラジミールが弟の隣にしゃがみ込んで、励ますように肩を叩いている。


「少佐、これからどうします?」


 隣に並んで聞いてくるキーシンに、バラノフは腕を組んでうーんと唸った。

 バラノフが率いる特殊部隊はロシア軍でも畏怖される存在だった。

 今までは、だ。


「プロシア軍の生体スーツとの戦闘で、機械兵器を一体残らず失ってしまったからな。おめおめと軍に戻ってみろ。上官に激しい叱責を受けた後、身柄を拘束されて強制収容所行きだ」


「それだけで済めばいいんですがね」


 くしゃりと顔を顰めてから、キーシンは地面に唾を吐いた。


「俺が思うに、全員銃殺刑になるんじゃないかと」


「ああ。バラノフ隊は百戦錬磨の英雄って事になっているからな。その部隊が敵にぼろ負けしたと国内の人間に知られるよりは、敵の生体スーツと戦って全員が戦死した方が、戦意高揚になる。そっちの方が確率が高そうだ。」


 バラノフの話に、キーシンが深々と息を吐いた。


「プロシア軍の捕虜っていう、一番マシな選択が消えちまいましたからねぇ。で、どうします?」


「せっかく部隊の全員が生き残ったんだ。南方か、フォーローン・ベルトにでも流れて、新しい生活でも始めるか。俺は戦うしか能のない男だからな。傭兵に身を落とすしかないな」


 バラノフは投げやりに言うと、目を瞑ったまま空を仰いだ。


「少佐と一緒なら、傭兵って生き方も面白そうだ。強制収容所も、味方に殺されるのも、ご免ですからね。他の奴らも異存はないでしょうよ。どうせ俺たちゃ、天涯孤独の身の上だ。この先ずっとお供しますよ」


「そうか?」


 キーシンの嬉しそうな声に、それもいいと思った。


 いや。窮屈な軍規から解放されるのは、かなり魅力的ではないか。


 バラノフは目を開けて空を眺めた。

 からんと晴れた青い空が目に飛び込んでくる。果てのない色がバラノフを自由へと誘う。

 楽な生活が待っているわけではないのは重々承知の上だ。

 それでも。


「そうするか…」


 独り言ちた後、針のように細長い銀色の円筒が天空をゆっくりと移動しているのを見つけた。

 円筒の後から、一筋の白い線が掃いたように蒼天に浮かび上がるのを、目を凝らして見つめる。


「あれは、何だ?」


 空を見上げたまま次第に険しい表情になるバラノフを見て、キーシンが訝し気な表情をする。


「おい、みんな!あれを見ろ!」


 キーシンが怒声を上げて、空を指差す。

 グラチェフ、イリイーン、アレクセイ、ウラジミールが、一斉に空を仰いだ。


「アメリカ軍と共同して新型兵器を極秘開発しているという噂を聞いたことがあるが」


 誰に言うでもなくバラノフは呟いた。


「作戦名、ノーリ。あれが、そうか…」


バラノフ隊のパートはこれで終わります。

で、最後になって、はっと気が付きました。

なぜ、イリイーンを女の子にしなかった?名前も女の子みたいだったのに。

両刀使い&サドマゾっ気(どっちもかよーで、超節操無し)のあるグラチェフに義理の弟より義妹絡ませる方が、絶対、受けがいいだろうが!

グラチェフさんはバラノフさんとタメで三十歳。イリイーンは十四歳。

どっちにしても変態です( ̄▽ ̄;)


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